第61話「類似性」
「これはみなさん、おそろいで」
ひとまず攻撃を中断した青髪の子供は、俺たちに視線を向けながら、見た目に反した硬い口調で言ってきた。
その表情はニコニコと笑ってはいたが、明らかに表面上のモノだろう。声は子供らしく高めだが、纏う雰囲気はなんとも薄ら寒い。
そんな子供――の外見をした魔物は、アルに視線を戻して言った。
「ね? ボクの言った通りでしょ。あいつらがここに来るまで結構かかるって。あの状態の君だと、たぶんもたなかったと思うよ?」
「っ。元はと言えば誰のせいだと」
「そこはしょうがないじゃーん。ボクが最初に
「っ……」
わあ、アルが珍しくイラついてる。
因みに、俺と初対面時もあんな感じではあったけど。
俺はひとまず呼びかけた。
『おい、アル! 1回落ち着け! そんでいい加減、こっちを話に入れてくれ』
俺の隣でディーやハクも頷く。
「まずは、お前が無事であったと喜ばせておくれ。特に、宵闇はお前が死ぬかもしれんと色を無くしていたのだ」
おい、ディー。余計なことまで言うんじゃねえよ。
「現状説明も求める。……殊更、そこにいる存在について」
そうそう、ハク。それが最優先事項だよな!
俺がウンウンと頷く一方、ディーは青髪の奴に向け、いつものように親しげに言った。
「お前も矛を収めてこちらに来い。我らと話そう」
この呼びかけに、奴は案外素直に返してくる。
「いいよー。元はと言えば、こいつが斬りかかってきてただけだしぃ」
だが、気が抜けない雰囲気は相変わらずだ。
第一、アルを攫ったのもたぶんこいつだしな。
アル自身も、剣は収めたが警戒は解いてない。
そりゃそうだ。
俺とのリンクが切れたことで、アルは命の危険にさらされたんだからな。その主原因 (推定)には最大の敵意を向けてしかるべきだろう。
何しろ、魔力を生成する体内器官——マジコンが制御不能になっていたアルにとって、強力な魔物もいるらしいこのイリューシアの森で取り残されるのは、ほとんど四肢をもがれて猛獣の前に放り出されるに等しい。
…………だから俺は、大慌てで駆けまわっちまったわけだが。
まあ何より、アルが無事でよかったよ。
人間、死んだらそれで終わりだからな。
異世界転生しちまってた俺が言っても、説得力皆無だけど。
「体調に問題はねえのか、アル」
俺は人型をとりつつ、アルに近づいて言った。
見た感じ絶好調なのはわかるけども。一応の確認だ。
案の定、アルも軽く頷いて言ってくる。
「不本意ながら、そいつのおかげで。……ここ最近では一番状態が良いですよ」
この返答に、俺は確信を深めて言った。
「リンクを繋ぎなおす必要もなし、だな?」
この問いに、アルは微妙な顔して頷いただけだ。
なんでそんな顔するのか、俺にはいまいちわからなかったが、とにかく、更に喜ばしい情報に俺は口端を上げて言った。
「すげぇな!」
何しろマジコンの欠陥は、明らかにアルのボトルネックだったからな。
それが解消されるのはいいことだし、てっきり俺は一生アルについて回る障害だと思ってたから、それが思いがけず解決したのは本当に嬉しい。
アルも一転、何やらホッとしたような顔で頷いた。
……こいつにしては中々見ない表情だ。
俺はそんな相棒の様子を観察しつつ、ふと訊いた。
「――だけど、どうしてこんなあっさりマジコンの欠陥が修正されたんだ……?
ああ、えっと……やっぱ、魔力の属性が相性良かったから、なのか?」
俺はディーの言っていたことを思い出す。
これに、アルは言った。
「そうです。どうやったかは僕も知りませんが、見ての通りあいつの魔力は“水”に適性がある。対して僕の魔力は“植物”への適性が高い。
等しく生命が水を必要とするように、あいつの魔力が、僕の体内で良い方向に影響したようです」
「……ふーん」
俺はひとまず、言いたいことを全部飲み込んでいつものように相槌を打つ。
そうしてみんなでなんとなく泉の近くへ足を向けつつ、俺は1人思った。
……「属性」という要素が絡むと、ホント魔力ってわけわからんよな。
だってそうじゃないか?
もしかすると、アルの説明はまるで筋が通っているように聞こえるかもしれないが、そもそも、魔力を一種のエネルギーだと捉えた場合、属性がどうたらこうたらという理屈はまず通らないはずなんだ。
何しろ生物——特に高等生物が水を必要とする理由は、体内環境の維持に大量の水が不可欠だからだ。それというのも、生命が生じたのは太古の海。その当時の環境がないと、今でも生命は生きていけない。
じゃあ、特に人間のような陸上生物にとって“太古の海”は何かと言えば。それは、血液に始まる体液がそれだ。
だから成人男性なら全体重の60%が水分だし、もっと言えば0.9%;w/wの生理食塩水として常に一定濃度で保たれている。で、これが太古の海と同じ塩分濃度だと言われているわけだ。
一方、エネルギーの一形態である魔力に、これと同じ理屈が通るのか?
通らないだろ。
俺が魔力を超音波や電磁波と同じように扱えていることからすると、「魔力がエネルギーの1つ」というのは、いい加減確信していいはずだ。
ついでに、ルドヴィグが空気分子に運動エネルギー与えて小型竜巻を起こした、とか、ハクが金属結合に干渉してその形を変えた、とか、魔力をエネルギーと捉えることである程度――いやこれでも無理やり感ありまくりだが――説明ができる場面もいくつかあった。
だが、ここに“魔力の属性”という要素が加わると、途端に俺の知識じゃ説明がつけられなくなる。
まるで魔力それ自体に意思でもあるのか、って感じだ。
どうにも
そもそも、魔力の5つの属性とその関係性が、地球でいう五行思想と類似性が高すぎるんだよな。……これについては
因みに、五行思想あるいは五行説について、ここで少し語らせてもらおう。
この五行思想というのは、古代中国で発祥した世界観の1つで、めちゃくちゃざっくり総括すると「世界は
そしてその5つの要素というのが「水」「木」「火」「土」「金属」なわけだが……。
な? この世界の「魔力の属性」と丸被りだろ。
で、その5つの要素の関係性にも高い類似性がある。
のちに五行説は陰陽説が融合して、陰陽五行説になってるから、もっと複雑な話はいくらでもあるんだが……。
とりあえず、その5つの要素の関係性だけをピックアップしてみるとこんな感じだ。
「水」は「木」を育み、「木」は燃えて「火」を生じ、「火」は燃えカスとして「土」を生じ、「土」の中からは「金属」が生まれ、「金属」は結露して表面に「水」を生じさせる……とか。
逆の関係性だと、「木」は「土」の養分を吸収し、「土」は「水」の流れを阻害し、「水」は「火」を消し、「火」は「金属」を溶かし、「金属」は「木」を切る……とか。
こんな感じで5つの要素にはまさに“相性”とでもいうべき関係性がある、と考えるのが五行説だ。
まあ、ここまで長く言及したが、要は古代人にとっての“科学”に相当する思想だな。ちなみに、安倍晴明で有名な陰陽師というのは、この思想を研究する学者だった、とも言える。
だがもちろん、この説はある一定の真理をとらえてはいても、とても科学的とはいえないし、現代の地球では精々ゲームのバトル要素として織り込まれるくらいでしか出番はない。
なのに、この考え方が
とはいえ、なんで地球で生まれた思想が異世界に適用できてんだろうか……。
例えば、これが単に未熟な考察の元生まれた“思想”でしかないならいいんだ。2つの世界間では基本的な現象が共通しているんだから、似たような考え方が生まれる可能性は十分にある。
ディーやアルには悪いが、俺は今までそっちの可能性もあると疑っていた。
……だが、これがどうにも違うらしい。
特に今回、アルの不調がその説通りに解消されたのを見るに、この世界では実際に通用する確固たる“
……しかし、そんなことありえんのか?
地球では思想でしかなかったものが、異世界では法則として成り立っている、なんてことが……?
まあ、そもそも魔力という存在自体が異質だし、物理法則に則っているのか反しているのかもよくわからんのだが。
「…………」
「クロ、どうしました?」
「いや」
静かなアルからの問いに、俺は無言で首を振る。
現時点でこの疑問をアルに話そうが無意味だと思うし、ひとまず今は優先すべきことが別にあるからな。
俺は、なんとも言えない消化不良感を持て余しつつ、みんなの集まる場へ大人しく足を進めた。
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泉のほとりで銘々に腰を下ろし、俺たちは現状を確認する。
主に語ったのはアルだ。
やっぱハクやディーと話してた通り、霧を発生させたのは青髪の魔物。で、アルがいきなり消えたのは、この森自体の性質に寄るらしい。
ここまでは一応予想通りだったな。
なんでも、青髪の奴によればこの森は魔力濃度が高く空間が不安定?とのこと。
視覚で互いに観測されているうちは何も問題ないが、霧などで視界が奪われ他人から見えなくなると、途端に存在が曖昧になり瞬間移動してしまう、なんてことがあるらしい……。
……他人からの観測の有無が存在証明に関わっているとか。まるで量子論みたいな話だな。
あ、「“シュレディンガーの猫”みたいな話」といえばちょっとは耳馴染みもあるか?
で、俺たちから1人遠く離されたアルは、一足先に追いついた青髪の奴と遭遇。
ただでさえ俺とのリンクが切れたところに、森に満ちてる高い魔力が負荷をかけ、更にはアルに匹敵する魔力量の魔物との接触は、相当こいつの神経を削っただろう。
そうして必死に魔力制御に徹していたアルを見かね、青髪の奴が手を出した。
で、それに反抗したアルは、ついに魔力を暴走させ、棲み処ごと吹っ飛ばされかねないと焦った青髪の奴が慌ててアルの身体――マジコン自体に干渉した、と。
「……なんとも言えんマッチポンプだな」
思わず俺が呟けば、すぐ隣にいるアルが言った。
「まっちぽんぷ。……それはどういう意味です」
訊かれると思っていたから、俺は苦笑しつつ答えだけ言った。
「自分で火をつけておいて自分で消すような、偽善的な自作自演のことを言う」
ちなみに“マッチ”は英語、“ポンプ”はオランダ語で和製外来語だ。つまりは日本語。
で、その俺の言に、アルは「ああ」と頷いて言った。
「こいつのやったことは、確かにそのマッチポンプですね」
淡々と言ったアルに、少し離れて向かい側にいた青髪の奴は、眉をひそめて呟く。
「……なんかボク、馬鹿にされてる?」
そう言ってアルを軽く睨みつけた奴は、それまで関心も低そうに足を投げ出していた姿勢から一転、膝を引き寄せ魔力で軽く威嚇してくる。
……この青髪の奴、俺達には張り付けたような笑みを向けるんだが、一方で、なぜかアルにはストレートな感情を向けるんだよな。
傍から見ている俺は「なんとも感情の起伏が激しいな」と思いつつ、隣のアルを窺ったところ――。
「へえ? それはちゃんとわかるんですね」
「……」
なぜか淡々と煽っていた。
オイオイオイ。俺もこの青髪の奴にはどう接すればいいかわかってないが、アルはちょっとつっかかり方がおかしくないか?
まあ、奴のせいで死にかけ、そうかと思えばマジコンの欠陥を治され、振り回されまくってるから、これでも穏やかな方かもしれないが……。
ちなみになんとなくだが。
青髪の奴との間には、アルが今語った以上の何らかがあった気がするんだよな。しかもかなりセンシティブな何かが。
ここで訊いてもアルには話す気無いんだろうから、後で慎重に確認しとこう。
どうせアフターケアはする必要がありそうだし。
それにしても久しぶりに見るぜ、この嫌味ばっか言うアル。最近は大人しかったのもあって、ちょっと前のツンケン度合いMAXのこいつは、第三者として観ると興味深い。
そうかぁ。思えば俺への態度は結構軟化していたんだなぁ。
「まったく。アルフレッドもお前もひとまずそれを収めないか。話が進まないだろう」
俺が勝手に感慨深く思っていれば、ディーが見かねて2人のことを止めに入った。
ちなみに、ハクは無言で我関せずだ。ま、俺もアル贔屓だから似たようなもんだけど。
一方、場の仲裁を請け負ったディーは、青髪の奴に視線を移して話題を変えるように言った。
「――そしていい加減、我はお前の名を聞きたいのだが。…………といっても、我らと同じくお前も名は無し、か?」
第61話「類似性」
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