第60話「合流」

視点:1人称

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 俺が恐れていたことがついに起こった。

 異様な魔力波が、森の中心方向から伝わってきたのだ。


『ッ』


 それを感知した瞬間、俺はその方向へ向けて四つ足で駆ける速度を上げた。ついでに後ろ足で踏み切り、向かうは頭上。


 大樹に駆け上り、枝をしならせ次へ飛びつく。

 あとはそれの繰り返し。


 足場にするのは、樹齢数百年レベルの大木だ。高さは優に数十メートル、幹の太さも数人の大人が腕を広げてやっと囲めるような感じだ。俺が全体重をかけ踏み込もうが軋みもしない。


 ガッガッと、自重で落ちる前に次の幹や枝へ。各間隔は数 m程度。


 こうして移動すれば、多少地面を走るよりも速度を上げられる。


 いい加減、木の密度が高く、地面を走っていられなかったのだ。

 だが、これでも圧倒的に――。


『おそいッ!』


 正直言って、俺には魔力の属性? を判別することはできねえんだが、しかしこの状況ならアルの魔力が暴走したのは確定だろう。

 なのに、この速度じゃ到着まであと数分はかかる。


 遅すぎるっ。


 それまでアルの身体、もつのか……?!



 

 俺は、最悪の想定を必死に頭の片隅へ追いやりながら、ただひたすら速度を上げた。




 なのに――。




















「ちょぉっとぉ! ひどくない?! 君のこと治したの誰だと思ってんの?!」


「それに関しては、礼を言います。――だが、それとこれとは、話が、別だ!」


『…………』


 全速力で駆けた結果――。


 俺がたどり着いたのはデカい泉のほとり。

 ちなみに、その透明度は目を見張るほど。鬱蒼と茂る木々もポッカリと開け、頭上から差し込む日光がキラキラと水面で反射してた。


 本来ならその美しさに目を奪われるべき光景だが……。




 俺は、別の要因で絶賛混乱中だった。




 一方、そんな俺に気付いているのか、いないのか。そこにいたのは2つの存在。


 その片方は、ついさっき死んだとさえ覚悟した相棒――アルフレッド。

 俺は正直、ってのに、なぜか五体満足でピンシャンしていやがる。


 ……まあ勿論、アルが生きてくれてたのは純粋に嬉しいんだけども。


 そしてもう一方は、薄蒼く長い髪が印象的な子供。とはいえ、さっきから魔力直接操って、水流バンバン飛ばしてることから、間違ってもヒトじゃあないんだろう。


 発してる魔力も普通の魔物とは段違いな強さだし、状況的には「イリューシアの魔物」と言われる存在、だと思う。


 ついでに、人型をとり、言葉も発してることから、十中八九、俺たちと同じような存在でもあるんだろう。

 そして、その属性は“水”、と思われる。水流飛ばしまくってるし。



 ……一応、「同類がここにいるかも」なんて話してたとはいえ、それがこうして確定すると、なんとも拍子抜けな感じだ。こんな都合よく見つかっちまって、なんか現実味に欠けるというかなんというか……。


 因みにディーによれば、“水”の属性をもつ奴がいれば、噴火の一件で負ったアルの不調も治せるだろうって言ってたけども。


 しかし、その肝心のアルも魔物も、なぜかさっきから気の抜けるような言い合いしながら戦ってんだよな……。


 ついでに、お互い致命傷を狙いにいってないような気がする。


 いや、戦闘自体は結構シビアだし、アルは剣とか脚とか容赦なく振り回してるし、魔物も当たったら身体に穴空きそうな水流飛ばしまくってはいるんだが……。


 それでも、傍から見ていてなんか気が抜ける。

 たぶん聞こえてくる会話が――特に魔物の声が――、真剣みに欠けているからだと思う。

 遊びの延長でやってるって感じ?


 ま、お互い繰り出してる攻撃は、間違っても“お遊びレベル”じゃないんだかな……!


 現に、俺がそうして見ている間にも、アルと魔物は再度ぶつかった。


 中・遠距離では魔物の攻撃――ウォータージェット超高圧の水噴流顔負けの水流、というか水弾が撃たれまくる。

 狙いを外したそれが地面を穴だらけにしていることから、生半可な威力じゃないことは明白だ。


 ひとまず、地球の技術を参考にすれば、たぶんその圧力は300 MPaとか500 MPaとか。


 恐らく魔力で水を操り (たぶん水素結合に魔力で干渉してるんだと思う)、細く圧縮することで (ここの理屈はわからん。重力でも発生させてんのか……?)それだけの圧を創り出しているんだろう。そしてそれを、まるで弾丸のように撃ち込んでくる。


 ちなみにその“弾”は、空気中の水蒸気でも凝縮してんのか、空中から瞬く間に生じて大きくなり、グシャリと圧縮された次の瞬間、撃ちだされる。


 一方、それを迎え撃つアルは、驚いたことに空間を立体的に活用しながら全てを避けきっていた。


 ……あ、でもこれは避けられないんじゃね?!と俺が慌てた次の瞬間――。


――ジャッ!


 金属が削れる独特の音。


 何かと思えば、どうやらアルはその避けきれない水流を、なんていう気違い技を披露しやがったらしい……。


 いやいやいや…………。

 ちょっと待て?


 とりあえずここでは地球のウォータージェットを引き合いに出すが、確かその水流は500とか800 m/sとかだったはず。

 つまり、軽く音速約340 m/sは超えてんだぞ?


 確かに魔物の放ってる水弾はもうちょっと遅いかもしれないが、それでも人の視覚で捉える分には誤差の範囲内に決まってる。

 

 なのに、それを避けるばかりか、確実に捉えて剣でいなす……??


 え? 人間は視認してから動くまでに最低0.2秒はかかんだぞ?


 武術の達人とかは、その0.2秒切ってくる場合もあるらしいが、それでもそんな神業は一定の型にハマったその瞬間繰り出される“反射”のなせる業のはずだ。


 だが、アルは紛れもない実戦で、しかも彼我ひが50 m以内の超至近距離で、まさかの十三代目石川さん銃弾も斬れるあの人みたいなありえねえことをやりやがった……。


 …………アル、お前いつから本格的に人間やめたんだ?


 俺の混乱が深まる中、そんなこんな魔物の張る弾幕から見事自分の間合いにまで接近したアルが、剣を突きこんだ次の瞬間、蹴りを放った。


 ドッという打撃音。


 刺突は避けられた魔物だが、間髪入れない蹴りには対応できず、見事に入ったそれに小さな身体が軽く飛ぶ。

 だが、上手く衝撃をいなしたのか、重い音のわりに魔物は平然と着地し文句を言った。


「いったーい! いくらボクでも、当たれば痛いんだよっ?」


 そのなんとも迫真に欠けた言いように、逆にどれだけダメージが入ったのかがわからない。

 だが、アルは初めからそんなことを気にしてないらしく、淡々と鼻で笑って言った。


「ハッ。言ってわからないなら、身体に教えるしかないでしょう。精々、僕の八つ当たりに、付き合って、ください!」


「ああ! もう! 君なんか連れてこなきゃ良かったぁ!」


 そうしてまた、繰り返される容赦ない攻防。


 ……ホント、繰り出される技に対して挟み込まれる会話に温度差がありすぎる。

 見てるこっちは風邪ひきそう……。


『あー……。……マジでこれ、どんな状況?』


 俺は遂に声、というか念話を発して問いかけてはみた。


 だが、予想通りアルも魔物も気づいちゃいないらしい。

 あいつらからの返答は一切ない。


 俺は、何とも言えない心情に陥りながら、脱力感に腰を落としてため息を吐くしかなかった。



 ……なあ、数分前の俺の絶望、返してくれる……?



 何しろ、俺がこっちに向かう途中、断続的に来ていた魔力波が一時パタリと止んだんだ。

 俺はてっきり間に合わなかったんだと――アルが死んじまったんだと、呆然自失しかけたのだが……。


 その直後。

 恐らく戦闘中と思われる、魔力のぶつかり合いのような反応が伝わってきた。


 俺は混乱したが、それでも一縷の望みを賭け、再度足を進めて漸うこの場にたどり着いたわけだ。


 なのに――。





 それなのに、この、突っ込みどころ満載で、かつ意味不明な状況は、一体どういうことなんでしょうかねぇ……!





 俺は再度脱力した。


 特に、アルの見るからに絶好調な様子には目を見張る。


 ここ最近涼しい顔して隠してたけど、アルはバスディオ山の噴火以降、身動きするのも結構辛い状況だったんだ。

 つまり、剣を振るのはもっての外。筋力もかなり衰えてたはず。


 ところが、ところが。


 今ではそれが嘘だったように軽々と剣を振り回し、四肢を躍動させては相手とやりあっている。

 すなわち、今までの不調が無くなった上、魔力を使って身体強化しまくってるんだろうが――。


 一応強調しておくと、あいつは今、俺とのリンクが無い。


 なのに、そうして躊躇なく魔力を使っているあたり、バスディオの一件で負った不調はおろか、もしかすると俺と出会って以来アルの枷になっていたマジコン自体の欠陥リンクが必要な理由も治ったのかもしれん。


 で、あいつらの会話を聞いてる限り、それをやったのはあの青い魔物、みたいなんだけど……。


宵闇ショウアン? ……これは、どういう状況だ?』

『……』


 そうこうしている間にも、ガサガサ、バキバキという音ともに、ディーとハクもやってきた。

 因みに、本性をさらした状態。


 恐らくは、彼らも不審な魔力の動きに堪えられず急いで来たんだろう。俺より1、2分遅れた程度。

 もとから小型の俺と比べ、ハクは翼が嵩張るし、ディーは言うまでもなく体躯がでかい。


 それでも森の上空スレスレを飛んでここまで来たんだと思われる。


 もしかしたら他人に目撃されて、森の外でちょっとした騒ぎになっている可能性もあるが……。

 まあ、外縁部とは数十 km離れてるから、多分、大丈夫だろ。


 彼らは木々の枝葉を折りながら高度を落とし、適度なところで人型をとって飛び降りてくる。

 俺はそっちへ視線をやりながら、困惑のままに言った。


『どうしたもこうしたも、俺も全くわかんねえよ。俺が来た時にはああだった』


「……あの青髪のが、イリューシアの魔物、か?」


「まあ、恐らくそうだろう」


『たぶんな』


 そんなことを適当に言い交わす。


 ついでに、さすがのアルフレッドや魔物もこっちに気付いたらしく、気づけばさっきからしきりにしていた戦闘音や会話も止んでいた。


 両隣にディーとハクが並ぶのを待ちつつ、そっちへと視線を向け直せば、両者ともに驚いた顔してこっちを見てた。


 ……本気で気づいてなかったんだな。





 んじゃまぁ、ひとまず。

 あいつらに、こうなった経緯を、たっぷりしっかり、問いただすことから始めましょうかね……!








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