第47話「齟齬」


 そういえば。

 

 以前、俺が「溶岩ドームが――」とか「ドーム状火山が――」とかなんとか、口走ったことを覚えているだろうか。


 あの時の説明に関して。

 実は俺にはがある。



 とりあえず、マグマの成分の違いによって、その色や粘り気、噴火の規模が異なってくる、というのはもういいだろう。


 そして、今回噴火したバスディオ山の山肌は白っぽく、長期間噴火していなかったことから、俺はドーム状火山である可能性を疑った。


 日本で言えば、長崎の雲仙普賢岳や北海道の有珠山などがそれだ。いずれも過去の噴火では大きな被害をだしているのだが――。

 

 実は、このパターンの火山が噴火した場合、最も厄介なのは火口から噴き出す溶岩なんかじゃない。


 「火砕流」こそがヤバいんだ。


 そもそも、ドーム状火山の噴火では、マグマ、すなわち溶岩が火口から流れ出すことは稀で、その代わりに「溶岩ドーム」というものが形成される。


 文字通り、粘性の高すぎる溶岩が火口で盛り上り、ドーム状になったものを言うんだが。

 これの中には、火山性ガスがたっぷりと含まれているんだ。何しろ、粘性が高くて簡単にガスが抜けないからな。


 そしてこれがどんどんと盛り上がり、やがて限界に達して崩壊すると――。


――火砕流が発生する。


 それは、高温の火山性ガスや火山灰などが一気に斜面を高速で流れ落ちる現象だ。

 つまり、火砕流は高温の気体と灰が主成分。温度は約700℃、スピードは時速80 kmを超える。


 更に付け加えれば、そんなヤバいモノが、見上げるように高くて分厚い、“真っ黒な壁”として麓に迫ってくるわけだ。



――どうか想像してみてくれ。


 

 ……いかな俺達でも、実際この火砕流が発生しちまった場合、もうやれることはほとんどなかったと思う。


 例えば、俺が地形を変えて塞き止めようとしても――まぁ、無理だろう。

 とにかく手を打つための時間が無い。



 俺の判断では、溶岩だけならギリ対処できるんじゃないかと思っていた。


 だが、火砕流が発生したらその時は――。




――アルとイサナだけを背中にのっけて、俺は逃走しようと思っていたんだ。




 だからこそ、アルには火砕流について何も話さなかった。

 あいつに言っちまうと、絶対にこれにも対処しようとするからな。


 だが、さすがに火砕流に手を出すなんてなぁ、無理な話だ。

 少なくとも分が悪すぎる。


 そんなものに相棒の命をベットする賭ける気は毛頭なかったから、その後アルから散々責められることになろうとも、俺は逃げる気満々だった。




 だが、結論として、その俺の懸念やら覚悟やらは、杞憂に終わった。

 



 内心ビクつきながらバスディオ山を確認してみたところ、噴煙は山腹から上がっており、その噴煙口にも山頂にも、溶岩ドームとわかる兆しはなかったのだ。


 これが分かった時、俺は腰を抜かしかけた。

 いや、ホント。


 俺のにわか知識で想像するに、恐らく、溶岩ドームの形成前に運よく山腹から火山性ガスが抜け、マグマの性質が変化した、とかなんじゃないだろうか……。


 ま、門外漢の適当な話だ。真に受けないでくれよ。


 とはいえ、俺もこの通りあっさい知識でしか判断できていないから、引き続きどんな危険があるかはわからなかった。


 噴き出す溶岩だって、移動速度は火砕流に及ばないものの、温度でいえばはるかに上だ。火山弾だって人に当たれば致命傷を与えうる。


 だから俺たちは、慎重に慎重を重ね、打てる手はすべて打って事に当たった。



 それでも――。





『――まさか、とはいえ、こんなになるまでアルも頑張らなくていいのになぁ』


 地に伏せつつ、脱力した状態で俺は思わず言った。

 それに対し、ハクもおもむろにくちばしを振って同意する。


『まったくだな』


 その淡々としつつも、ハクにしては感情のこもる言動に、俺は物珍し気な眼を向けた。


 一方、火にかけたスープを世話していたディーは、言葉を迷いながら言う。


「……此奴は、自己を犠牲にする癖でもあるのか?」


 その適切な洞察に、俺は目を眇めて首肯してやった。


『まさに。おっしゃる通り』


「そうか……」


 俺の返答に、ディーはなぜか微笑んだようだ。

 何かと思ってそっちを見れば――。


「つい先日まで、我に対してあれだけ警戒――いや、怯えていたというのにな」


 そう続いたディーの言に、俺は心中で苦笑する。


『……ありゃ。しっかりバレちまってたぜ、アルちゃんよ』


 茶化すように俺は言ったが、相変わらず相棒からの反応は無い。


 対するディーは、一転、眉尻を下げて言った。


「あの土壇場では他に方法も無かった。許してくれよ、宵闇」


 これには俺も口端を上げる。


『ああ。元々俺も怒っちゃいない。――頭でもわかってるんだ。……どんな道筋を辿ろうと、今回、アルがこうなることは決定だったってな』


 そうして俺は、前脚で地面を撫でる。


『――そうでもしなきゃ、こんなデカい相手に、あらがえるはずもねぇからな』


 ましてや、確実に被害は軽減できた。これ以上を望んだら、バチが当たるってもんだろう。

 命が助かっただけ御の字だ。




 何しろ、アルが望んだのは人間には分不相応な、欲深い願い。

 まったくもって私欲じゃないのが呆れかえるが、それを叶えるためには、どうしても、どうやっても、無理は避けられなかった。


 そういうことなんだろう。




=======================================




『おーい、アル。起きろ。飯だぞ』


「……」


 お。


 食事ができたんで、ダメもとで寝ているアルに声かけてみたら、ピクリと腕が反応した。んで、しばらく待ってみれば、メッチャ緩慢だが、アルが上体を起こして起き上がる。


 そうして座った体勢になったものの――。



 吐き気でも堪えるように、アルは顔をしかめて頭を押さえた。



 あぁあぁ……。起きはしたけどこりゃぁ……。


 のっそりとしたその重怠い動きや、ひしひしと伝わってくるアルの不機嫌そうな空気に、こいつの体調が相変わらずすぐれないのは明白だ。



 しょうがねえなぁ。こんな様子を見せられると、俺も精々寝具として貢献してやるか、という気にもなる。



『どうだ? 俺の毛皮の寝心地は』


「――何もないよりはマシ、ですね」


『ハハッ。お前らしい返答』


 即行でこんな言葉が返ってくるあたり、どうやら思考力に問題はなさそうだ。


『で? 体調の方はどうだよ』


「……」


 こっちは咄嗟に言葉も返ってこないレベルとは……。

 やっぱ相当悪いな。


『なあ』


 俺は遂に、かねてからの疑問を訊くことにする。


『――お前の、この体調不良ってなんなんだ?』


「……」


 俺は躊躇いながらも言った。


『回復力も人並み外れてるお前が、未だにこれだけ消耗が激しいってことは、ただの疲労とか、魔力不足とかってわけじゃねえんだろ?』


「……」


 一応ここ3日は、アルの休息を優先して訊かなかったんだが、さすがの俺もこんな長期間アルが復調しないんじゃスルー出来ねぇ。


 だが、アルはだんまりだ。ただし、一概には説明できないのか、言葉を探すように視線を彷徨さまよわせているみたいだな。


 そうして沈黙するアルに代わり、見かねたようにディーが言った。


「端的に言えば、其奴そやつの不調は、魔力の生成回路に不具合が生じているのが原因だ」


 俺は、ディーへと視線を移して言った。


『生成回路……。その不具合は、やっぱディーと同化したから、だよな』


「ああ」


 頷く彼女は、丁度アルとイサナのスープを鍋から取り分けているところだった。

 そうして視線を俯けながら、再度申し訳なさそうに眉を下げる。


「――災厄が始まって4日。あの時点で、我は自身の魔力を御しきれなくなっていたからな」


『それを再調整? するために、アルと同化する必要があったんだよな』


「そうだ」


 俺もそこまではわかってる。

 何しろ現場にいたしな。




 当たり前だが、最終日の4日目が一番きつかった。


 で、俺たちの中でであり、そして、あの時に最も倒れてほしくなかったのもディーだった。




 過去を振り返りながら、彼女は言った。


「やはり、大地の力は圧倒的だった。我であってもその力に呑まれ、あの時は自壊しかねない状況だったのだ」


 これを引き継いでアルも言う。


「――なので、一度ディーの現身うつしみを解き、僕の身体を起点に再構成すれば、狂った彼女の根源も整うのではないか、と考えたんです。……一か八かでしたが」


 それを聞いた俺は『……ホントこの手の話はツッコミどころ満載なんだが――』そんなことを呟きつつ。


『要は、ディーが熱暴走しそうになったから、余計な熱――エネルギー魔力を体外へ放出する必要があったってことだな。で、理屈は知らねえが、それにはアルとの同化が不可欠だった、と』


 俺は適当な事を言って自分自身を納得させる。……ひとまずそうしとかないと話が進まねえし。


 あ、でもヤベ――。


「……ネツボウソウ。……まぁ、あなたが納得できるなら、とりあえずいいです」


 もはやお約束のようにアルが新ワードに反応してきた……。これは、あとで間違いなく問い詰められるパターンだな……。


 えぇえっとなんだったっけな。

 鉱物と、五行説……についてだったか。噴火前に訊きたそうにしてたあれも、きっとこいつのことだから覚えてるんだろうしなぁ……。


 鉱物に関してはまだしも、五行説についてはホントざっくりとしか俺も知らねえんだけど。




 一瞬にして脇道にそれた俺とアルの思考に、しかしすぐさま軌道修正がかかった。


「いいか? 話を戻すぞ?」


 すまん、ディー。続けてくれ。


 その彼女は、何が面白かったのか軽く笑いながら言ってくる。


「――あの時のアルフレッドの提案には、確かに一縷いちるの望みがあった。我の眼から見ても、な。そして現に、上手くいった」


 だが、ここで彼女は顔を曇らせる。


「その一方で、我の魔力でアルフレッドの“回路”が乱されてしまった。……災厄が収束してなお、体調が戻らぬのはそのためだ」


 なるほどな。


『その“回路”ってのは、環境中から取り込んだ魔素?とか 生命力体内のエネルギーとかを、自分の魔力に変換する機能のこと、だよな』


「ふむ。その理解で合っている」


 て、ことは、ディーの言う“魔力の生成回路”っていうのは、俺の認識で言えばマジコンのことでいいんだろう。


 俺は独り納得した一方――。


 ディーは心なしかしょげているようだ。

 表情なんかは普通だが……なんとなく、彼女が内心で自責の念を抱いてる、ような気がする。


 そんな俺とディーのやり取りに、アルが億劫そうに、だがねつけるように割入った。


「……この状況は、もとより僕の想定内です。貴女が気にする必要はない」


「『……』」

 

 字面だけならまるで拒絶するようなアルの言葉と、その不機嫌な表情に、俺もディーも揃って黙った。




 …………ホントこいつって、言い方と表情でデッカイ損をしてるよなあ。




 今きっと、ディーも俺と同じこと考えてると思う。

 実際、沈黙しながらお互いに苦笑しちまった。




 その間に、ディーが取り分けたスープがイサナの手で、アルの元へと運ばれる。


 スープの具は獣肉と、野菜が数種類。野菜の方は、保存の利く根菜類で、肉の方はイサナが朝方狩ってきた小動物を捌いたもの。


 これに炭水化物――パンを加えれば、まぁ、栄養素的には最低限クリアって感じだな。


 イサナから椀を受け取ったアルは、端的に礼を言いつつ、相変わらず俺の事を背もたれにしながら食事に口をつけ始めた。




 うんうん、いいぞ。

 しっかり食っとかないと回復するものもしねぇからな。




 繰り返すが、アルはこの3日ほとんど動けてない。

 筋肉量なんかも落ちてるだろうし、そろそろ骨なんかの成長へも悪影響が出てくだろう。


 この状態がもっと長く続くようなら、早いとこ対応策を考えねぇとマズい、よな。




 そんなこんなで、一旦会話が途切れる中。

 再度口を開いたのはディーだった。


「――我とアルフレッドでは、魔力の相性がどうの、というのは既に話していたな?」


『……やっぱ、この状況にもそれが関係してんのか』


「ああ」


 ディーは続けた。


「込み入った理屈はいくらでもあるが……。結論だけを言えば、アルフレッドの魔力は、我の魔力に善の影響を与える。だが、片一方が優れれば、もう片方が劣るのは自然の摂理。我の力が整った代償として、今度は其奴の身体へ悪影響がでた、というのが、最も明瞭な論理だろう」



 ……なんか。

 話だけ聞くと、エネルギー保存則に近いモノがあるな。




『……では、どうすれば元に戻る』


 お?


 今、発言したのは珍しくハクだ。こいつもなんだかんだ、アルの事を心配してくれてるようで嬉しい限り。


 一方のディーは迷うことなく言った。


「――“水”の気を求めるしかあるまい。それも、我らと同等の存在を」


『『……』』


 うーむ。話が一足飛びに飛躍したな。


 あ、でも確か……。


 俺の知ってる五行説では「“木”は“水”から生じる」とされてたはずだ。

 この世界でも理屈が同じか知らないが、ディーの言いたいこともきっとそういう話なんだろう。


 しかし――。


『それって、結構厳しい条件なんじゃ?』


 俺は思わず呟いちまった。

 自然と声の調子も落ちちまう。


 だってそうだろ?


 俺、ハク、ディーと、この場には都合よく似たような存在が集まっちゃいるが、これ以上のお仲間がこの世界に果たしているのかどうか。


 そんな俺の後ろ向きな発言に、それでもディーは至って軽く返してくる。


「なに。失望するほどのことではない」


『……』


「何しろ、この世のどこかに、“水”の魔力をもち、我らと並び立つ存在がいるのは明白だ。でなければ、この世のつり合いがとれんからな」



 ……まあ、確か、に?


 要は、この異世界を構成する5つの魔力、そしてそれによって生まれた存在が俺たち、とするならば、5つの魔力全てに対応した存在お仲間がいないとおかしいって話だろう。


 つまり、俺、ハク、ディーの他に“木”と“水”のお仲間がいるってことだな。


 じゃあ、ひとまずディーの言い分を採用するとして――。


 次の問題は、その肝心のお仲間――特に「“水”の属性もち」と、どうやったらこのだだっ広い異世界の中で巡り合えるのかってとこだよな。





 とはいえ、これまでの流れをあらためて勘案するに――、案外、近場にいそうだな。そのお仲間……。


 さっきの今で俺の言ってることがブレブレになってるが、しかし、5つで全てなのが前提となると、その半数がこのオルシニア近隣にいたあたり、確率としてはありそうな話だ。


 ここまで俺とハクとディーが調子よく出会っちゃってるし、案外残りの奴らとも都合よくエンカウントしそうではある……。




 そんなことを考えていれば、アルがパンをスープに浸しつつ言った。


「ひとまず、この数日休息をとったことで体調は回復に向かっています。

 同類を探すのは、長期的な行動として視野に入れてもいいでしょうが、今すぐに、という差し迫った話ではないでしょう」


 ディーも頷いて言った。


「確かに。それに、水の気を求めずとも、土の気――すなわち宵闇が傍にいるなら、劇的ではないにせよ効果は見込める。水辺に寄るのも一案だろう」


『……現時点ではそうするしかない、か』


 アルやディーの言う通り、同類探しは努力目標って感じだな。

 俺たちがやれるのは、精々それらしい噂がないかアンテナ張っとくくらい。


 そして、直近の対応策としては、俺がアルのサポートに回るしかねえな。

 


 まぁ、仕方ない。


 寝具役の他、こいつを背に乗っけて足にもなってやりますか。

 なに、噴火の間は常にその状態だったんだし、今更だ。


 それに、俺はこいつの相棒だしな。







第47話「齟齬」

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