第48話「今後の方針」



『ところでアル、イサナのおかげで少し情報が入ったんだが――』


 俺は話題が切れたのを機に、アルが寝ている間に分かったことを話して聞かせた。


 溶岩で畑が一部燃えたことや、あちこちの村で亜人――恐らくはアルが探されていたこと、ハクが連絡要員として王都に向かうことになったこと、なんかをだ。


「そうですか」


 アルは聞き終わると、ハクの方を見て言った。


「ひとまず、ハク、お願いします」


『ああ。任された』


 瞬き1つでハクは答える。

 対するアルは、思案気に言った。


「可能であれば、ローランドからルドヴィグ殿下へ上手く繋ぎがとれればいいんですが……」


 うわぁ。

 ローランドさんに胃薬送りたくなるな。


 まぁ、アルに協力してくれて、この状況をなんとかできる権力者は、ルドヴィグ以外にいなそうだから、ローランドさんには頑張ってもらうしかない。


 あぁ、そういえば――。


『お前を探してるのって……そのルドヴィグの指示、とかじゃあないよな』


 何しろ「を探している」という時点で、ルドヴィグの指示にしては違和感がある。


 アルも同じ印象をもったらしく、俺の問いに頷いた。


「恐らく、今王都では事態を把握し始めたばかりでしょう。経緯を確認するためにも、僕は捜索されているのだと思います」


『なら、探しているのは国王、というか国ってことになんのか』


 俺の問いに、返るのは肯定。


「ええ」


『じゃあ、お前は出頭した方がいいのか?』


「……まぁ、そうですね」


『……』


 そのアルの微妙な反応に、俺は前々からの懸念を口にした。


『そういや、今回の件でお前が処罰されるとするなら、どの程度になるんだ?』


 当事者としては誠に業腹だが、与えられた仕事噴火を防ぐことを達成できなかった、という事実は変わらない。


 責任ある立場貴族に叙せられているからには、ペナルティが課されるのは想定の範囲内。


 ホント、当事者として出来ねえ任務与えやは業腹だがながって、クソジジイ


 俺の問いに、アルは相変わらず他人事ひとごとのように言った。


「さぁ、なんとも。ただ、どうも僕は第2王子グスターヴ殿下に疎まれているようですから、貴族位の剥奪もしくは永蟄居えいちっきょ、くらいの話が出るだろうとは想定しています」


『おいおいおい……』


 現代人にとっては、永蟄居生涯登城できないことの痛手がいまいちピンとこないだろうが、確か江戸時代で言えば最も重い罰の1つだ。


 俺が眉をひそめていれば、アルはこっちを見て言った。


「あくまで想定です。何しろ、僕の魔力は国としても手離せない。……結局のところ、数年の謹慎くらいが妥当でしょう」


 ちなみに謹慎とは、屋敷に閉じこもって外部との接触を断つことだと思われる。現実的な話で言えば、年単位で無収入になるのと同義だろう。


 はたで聞いていたディーも、眉をひそめて言ってくる。


「それならば都とやらには戻らず、行方を眩ませた方がいいのではないか?」


 これにアルは言った。


「……それも選択肢の1つではありますね。とはいえ、僕が保護すべき者たちもいますし、果たすべき義務もある。この先ずっと、という訳にはいきません」


 だよなぁ……。

 つまり、どんな過程を踏もうが、最終的には国へ弁解しにいく方向にもっていくのは決定なんだ。


 問題はそのための足掛かりをどうやって作るのか、ってことになる、のだと思う。


 一方、ディーは再度思案して言った。


「では、我がバスディオ火の神を騙って、此度の貢献を証言してやってもいいが……」


『おお! それいいんじゃね――』


「いえ」


 俺はディーの提案に諸手を挙げかけた、が、すかさずアルから指摘が入る。


「――この国では、神々は自然物に宿れども、現身を持たない、とされているんです。正確には。なので、ディーが公の存在として姿を現わすと、王都の教会本部も座視しないでしょう。事態がどんな方向に転ぶかわかりませんよ」


 これに、俺は再度地面に脱力する。


『あぁぁ……。確かに、宗教系に手を出すのはヤバいな』


 何しろ、地球の歴史を思い返せば、人類史上の少なくとも半分くらいの戦争は宗教関連で勃発している、といっても過言じゃない。


 つまり、宗教って言うのはそれだけナイーブな項目ってことだ。

 それへ自ら爆弾背負って突っ込むのは、やっぱリスクが高すぎる、な。


『じゃあ、どうする?』


 俺は降参してアルへ訊いた。

 この場で最も適切な答えを出せるのは、やっぱりこいつしかいないだろう。


「……僕としても、現状のまま王都に向かいたくはありません」


『だよな』


 俺は頷く。


 今のままじゃあ、完全な丸腰の王都に味方がいない上、鎖で拘束されたままアルも万全じゃない中飢えた猛獣第2王子殿下、他の前に出て行くようなものだ。


 碌な抵抗もできないだろう。

 必要なのは、十分な休養期間と確かな後ろ盾、といったところか。


「――なので、しばらくは東部アレイアにある、ルドヴィグ殿下の直轄地を目指そうかと」


 まあ、そうなるよな。

 この国の東部、というと海に面してる地域だ。


『で、ルドヴィグに保護を求めるのか』


「今は状況が変わっているので、殿下にどのような対応をされるかわかりませんが、最もマシな選択肢ではあるでしょう」


『……保護下にさえ入れれば、いくらでも理屈はつけられる、か』


「ええ。……何しろ王子殿下なので」


 多少の不条理は押し通せるってことだろう。

 それで時間を稼いでほとぼりが冷めた頃に登城する、って感じか。


 地球の現代とは違い、連絡手段も交通手段も未発達のこの世界では、事態をうやむやに、のらりくらりと躱すのは案外簡単だ。


 噴火の混乱のさなかわざわざ糾弾されにでていくのではなく、ある程度、状況が落ち着いた頃を見計らうのもアリだろう。



 現状、こいつ以上の意見を出せるはずもなし。


 と、いうわけで、当面の行動目標は決まった。


 目指すはルドヴィグの直轄地――海に面する東部アレイア! ってな。


 対して、ここまで静かに聞いていたハクは淡々として言った。


『では、私はその旨をあちらへ伝えればいいな?』


「はい。僕からも一筆したためますので、それと共にローランドへ伝えて下されば」


 アルの言葉に、ハクは静かに了承を返す。


『じゃあ、俺たちは明日にでも東部へ向けて出発するか? お前は荷台で横になればいいし』


「ええ。行動はなるべく早い方がいい」


 俺の提案にアルも頷き、ディーやイサナも了解の意を示してくる。


 ハクが王都に行って何日で戻ってこれるか知らないが、しばらくは別行動、だな。




 あ、因みに。


 実は、俺、ハク、ディーは、どちらかが本性になってさえいれば互いの居場所が数km単位でわかるようになっている。なので、二手に分かれても問題は全くないのだ。


 もっと言うとこれは、魔力を使っての探索とまた別の感知方法になる。

 あっちは有効範囲が限られてるし細かな判別がつかないのだが、今言った方では、俺ら限定とはいえ、ほぼ距離に関係なくお互いを感知可能。


 そのため、別行動しても大体のあたりさえ付けられれば、合流するのに苦労はない。




 ……あと、もう1つ因みに。


 こんなふうに俺たちが互いの位置を把握できるようになったのは、実のところ今回の騒ぎの後だったりする。


 と、いうのも、今回俺たちは噴火を抑えるのに“土”“金属”“火”の属性が必要だってんで、お互いに魔力の融通をしあってた。


 だが、どうもそれで俺たちの魔力的な繋がり? が強くなってしまったらしく、いろんな点で変化しちまったってわけだ。


 要は、アルと俺の間にあるようなリンクの簡易版が、ハクやデイーとの間にも形成された、と言えば伝わるだろうか。


 ま、この理屈は俺も未だによくわかっちゃいないんだけどな……。




 しかしおかげで、ハクやディーの感情とか思考とかがぼんやりとわかる時がある。同じく俺のも向こうに伝わっちまってんだろう。


 ……少しむず痒い心地だが、別に悪いことではない、と思う。


 俺が前世の知識を口走っても、意味がざっくり伝わりやすい、なんていう点も便利だしな。





 そんなやり取りをしている間に、アルとイサナの食事も終わった。

 片付けのためにイサナが動き出す中――。





 ディーが不意に言った。


「そういえば、我の新しい名は決まったか? 宵闇」


 ディーの期待に満ちた碧眼から逃げるように、俺は視線を逸らすしかない。


『……………………まだだ』


 そういや、噴火前に彼女から言われたっけなぁ……。

 正直、冗談かと思って忘れてたわ。すまん。


 どうも、彼女にとっては“宵闇ショウアン”とか“月白ゲッパク”とか、日本語の名前が興味深いらしく、数日前の俺らの自己紹介の後に「我も欲しいな」とは言っていたんだ。


 その時は俺も調子よく「よかったらアンタのも考えてみるぜ」なんて答えたんだが……。


 社交辞令は言うべきじゃねえな。完全に俺が悪い。


 だが、そもそも――。


「なぜ貴女は、新しく名が欲しいんです」


「……」


 俺に背を預けたままのアルが言った。

 丁度、俺の問いを代弁してくれた形だ。


 対する彼女は数秒沈黙する。

 そうして言った。


「……我だけ無いなのは、寂しいだろう?」


「……」

『は?』


 思わず反射で訊き返しちまったが……。すげえ意外過ぎる答えが返ってきたな、おい。


 一方のディーは、心もとなさそうに言葉を継ぐ。


「我も“我の名”が欲しいのだ。ディーというのは、我が自分で名づけたうえ、バスディオから借りたモノ。別にこちらの名も気に入ってはいるが――」


 そう言って、ディーはその碧眼を俺に向ける。


「我も皆と揃いの名が欲しいと。……そう言っても良いだろう?」


「『……』」



 いや、自分で名づけたのは俺も同じではあるんだが……。



 とはいえ。


『わぁかったよっ。あんたに似合う名を考える! ――から、もうちょっと待っててくれよ』


「ああ! よろしく頼むぞ、宵闇」




 あんな寂しそうな顔に次ぎ、あれだけ嬉しそうにされちゃあ、俺もまた張り切って考えるっきゃねぇな!







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