第46話「人外」
「――しかし、お前はおかしな奴だな」
そんな感じで俺が独りでぶつくさやっていれば、ディーがおもむろに言ってきた。
何かと思ってそっちを見れば、イサナから鍋の世話を引き取ったらしい彼女が、面白がるような視線を向けてくる。
「我らは元来、“疲れ”とやらを感じないはずなのだが」
そう言って、彼女は膝に片肘をついた。
「例えば、これに類する“魔力の枯渇”を感知しようと、我らにとってはそう大した問題ではないし、精々動きが鈍る程度。それに対する恐怖といった感情はあれど、それを“疲れ”とは認識しないはずだ。現に――」
沸騰し始めた鍋の中へ、イサナが切った具材を投入しながら、彼女は言う。
「――我にとってその感覚は理解しがたい。聞けば
このディーの言葉に、俺は寝転がりながらも大いに頷く。
『だよなぁ。おかしいことのはずなんだ』
俺がそう返したら、なんかディーが微妙な顔をしていた。が、構わずに言う。
『――なにせ“疲れ”ってのは、神経もしくは筋肉が受けたダメージを、脳が感知することで初めて“疲れ”と認識されるんだからな』
ついでに言うと、俺の身体は“疲れ”だけでなく“のどの渇き”とか“空腹感”とか、そういった他の感覚――いわば種々の生理現象も伴っている。
そんなこと、ありえるはずがないんだけどな。
あ、念のため補足すると……。
一昔前、「疲労物質=乳酸」「乳酸が溜まるから疲れが~」とかいう理屈がまかり通っていたんだが。
あれはどうやら違うらしいので気をつけてくれよ。
もし未だにその御託を語った商品があったとしたら、それは相当な粗悪品か詐欺だ。
乳酸はむしろ疲労を抑制する働きがあるし、筋肉のエネルギー源として消費されるから、そもそも「溜まる」なんていう表現は不適当。
ま、人体を単純に考えていた頃の迷信って言ってもいい。
もっともっと人体は複雑怪奇で、未だにわからない事の方が多いんだ。
つまり俺は、ディーの言う通り“疲労”なんてモノを感じないはずなんだ。
理屈ではな。
繰り返すが、俺って形態変化とかアルへの同化とか、まともな生物――というか、まともな物質には到底無理なことができちまう。
当然、俺という存在が、神経とか筋肉とか、ましてや脳なんていう高尚なモンで構成されているはずがない。
『――なのになァァ……。ホント、なんで俺は今、紛れもない“疲労感”に苛まれてんだろうな…………』
マジで。
どうなってんだろうな。
強いて考察するなら、俺の前世の記憶が影響して、現状を“疲労状態”とでも誤認してんのかねえ。
そんなとこまで再現してくれなくてもいいんだけど。
おい、聞いてるかよ、俺をこの世界に転生させた
一方、ディーとハクはこの
「……のう、月白。今、
『先と同じだ。わかるわけがないだろう』
「ふむ、そうか。含意はおおよそ掴めるのだがな」
ごめん。ホントすまん。
俺は念話でも言った。
『……今、頭回ってねぇんだ。言葉が意味不明でも気にしないでくれ』
「ああ、よいよい。先に言った通り、含意は掴めている。この“念話”であればな。人型の際には気を付けておくれ」
『おーう。善処する』
俺はディーの言葉へ緩慢に頷いた。
それにしても、やっぱ念話だと“言語”じゃなくて“思念”で伝わるから、日本語を知らなくても、ざっくりと感覚的には意味が伝わるらしいな。
アルと会話してても時々あった現象だが、特に俺やハク、ディーの間では、そういうことが起きやすいんだろう。
それはそれでありがたい。
――あ、そういえば。
『なぁ、イサナ。一部、結界乗り越えて村に降りちまった溶岩。あれってどうなってた?』
丁度、イサナが近くに来たんで聞いてみる。
突然の問いにも、彼は驚くことなく答えてくれた。
「はい。今朝確認してきました。ひとまず山際の畑が燃えたようですが、それだけだったようです。怪我人はなかったと」
俺はそれにホッとした。
『そっか、ありがとう。ひとまずよかった。……マグマの粘性が高かったのが幸い、かね』
だが、農家にとっては丹精込めて作ったモノが燃えちまうのは、やはりやるせないことだろう。
俺たちが溶岩を抑えきれなかったせいだし、申し訳ないな。
他にも火山灰や火山弾など、噴出物を完全に防げたわけじゃないし、それによる被害も少なからずあるんだろう。
まあ、これでも最善を尽くした結果だ。
アルなら気にするのかもしれんが、俺からすれば十分及第点。
よくやったもんだよ、俺たちは。
おかげで
そう。バスディオ山の噴火は俺たちが4日間かかりきりになってやっと
なにせ、500年かけて蓄積された溶岩だ。本来なら数年かけて放出されるのが普通だから、たった4日で完全に止められたっていうだけで奇跡的だぜ、ホント。
噴火が落ち着いた直後は、さすがの俺たちも疲労困憊で、その間は荷馬車に待機させてたイサナに、色々と走り回ってもらっちまった。
俺たちが休息できる場所にアタリをつけて、今いる木立に案内してくれたのもイサナだし。俺たちがまともに動けない今も、アルの食事の用意は勿論、荷馬車の管理やその馬の世話だってやってもらってる。
「――あの、それと」
『ん?』
俺が感慨とともに改めて振り返っていれば、イサナが言った。
「……どうやら、シルバーニ様の居所が捜索されているようでした」
お?
『何を見た?』
「はい。ある程度身なりの良い人間が、村人数人に“災厄後に亜人を見なかったか”と尋ねまわっていて――」
『……』
どうやらイサナは、周辺一帯を見て回ってくれたらしく、少なくとも確認できた村のすべてで、そいつらは同じことをしてたらしい。
『……誰の指図か、とか、わかるか?』
「いえ、すみません。そこまでは」
俺の問いに、イサナは眉を下げて言った、が。
『……そっか。いや、十分だ。貴重な情報、ありがとな』
俺は心からの感謝を送る。
指示された以上の働きをしてくれたんだ。当然だろう。
イサナはホッとして、次いで嬉しそうにしていた。
うんうん、そういう表情してると子供らしいが、もう少し気を抜いてくれてもいいんだぞ。
だが、それはそれとして――。
『……ひとまずは見つからない方が無難、といったところかね。少なくとも、アルがこの状態のうちは静観するしかねえ、かな』
あ、でも――。
『ローランドさんやシリンさん達には、こっちの状況伝えといた方がいいかもな。もしかしなくても俺たち、生死不明になってるだろうし』
その何気ない呟きに反応したのはハクだ。
『ならば、私が向かおう』
えーと?
『……つまり、その姿で王都まで飛んでくってことだよな』
『ああ。夜間にそれなりの高さを行けば、人目に付くこともない』
…………ホントか?
背側の羽が真っ白、腹側の羽毛も黄みのかった白、対照的に嘴と足が真っ黒で、瞳は黄色の
それがハクの本性だ。
その姿で夜飛んで、人目につかねえなんてことがホントにあんのか?
まあ、俺やディーが下手に行動するよりも、空路を行けてディーよりも小型なハクに頼むのが選択としてはベターたのは間違いないけども――って、いや、ちょっと待て。
『そういや、ハクって鳥目じゃねえの? 夜も視界効くのか?』
『――結論から言えば、視える。問題ない』
『……』
表情の乏しい鳥類だからわかりにくいが、ハクからは『何を言っているんだお前は?』という言外のニュアンスが漂ってくる。
あっれー、
もちろん、夜行性のフクロウとかは別にしても――。
あ。
『――そうだった。鳥目って実際はニワトリぐらいで、むしろ夜に見えなくなる鳥類は珍しいんだったな……。て、いうか、そもそも俺たちにそんなことは無関係か』
「「『……』」」
また、俺がわけわからんこと言っちまったせいで、ディーとハクから怪訝な眼を向けられちまった。イサナさえ微妙な顔。
あ、でも――。
『視力とは別にハクも超音波――じゃなくて、魔力で周囲を認識してたりとかすんのか?』
懲りずに飛び出す質問に、重ねてハクは不思議そうに言った。
『むしろお前はやっていないのか』
『あ、標準装備なのね……』
そっかぁ……。
一応、俺が必死になって身に着けた魔力の使い方なんだけどな……。
だが、そんなことは脇に置き。
『――ならハク、夜になったら頼んだ。ローランドさんや、もちろんシリンさん達も、相当心配してるだろうからな』
『ああ』
よし。
ついでに、王都の反応もローランドさん経由で知りたいもんだ。
下手すると、今回の任務は失敗、ということでアルが責任を追及される、なんて流れもあるかしれない。
もしそんなことになるのなら、このまま姿を消すのも一案だな。
まあ、とにかく。
先の不安ばっかり考えていてもしょうがない。
第46話「人外」
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