第45話「休息」

視点:1人称

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『ああぁぁああ、だりぃいいいぃ』


 俺は獣姿で四肢を投げ出し、テンション最底辺でボヤいていた。

 もうホント、マジでダルい。


 ちなみに噴火が収束して今日で早5日。


 だというのに、この不調が一向に改善する兆しは無いわ、わでどうにもならない。



 まぁでも、本来は3、4年続くような大災害をたったの4日で抑えたんだ。

 むしろ、この程度で済んでよかった、と言ってもいいが……。



 それにしてもダルい。



 こんな状態は前世で最後に完徹して以来だ。しかも、当時の嫌な事まで色々思い出す始末。

 まさに負のループ。


 ああ! もう!

 なんで前世の名前は忘れてんのに、こんないらん記憶は覚えてんだよ!



 俺は無理やりにでもイラつきを掘り起こし、ダルさを蹴りだす。

 そうでもしないと思考もはっきりしないからな。



 ひとまず。

 俺のこの不調は、噴火を抑えるのに力を使い果たしたプラス1があるからだ。


 ……ホント、


 そんなことを俺が内心で呟いていれば、少し離れたとこに並んでるディー (人型)とハク (鳥型)の会話がこっちにも聞こえた。


「……月白ゲッパクよ。時々、我は此奴こやつの言葉が分らんのだが――。お前は今の音の羅列が何かわかるか?」


『私も同じだ。知らん』


「そうか。うーむ」


 すまん。

 特にここ最近は、そういう配慮ができてねぇわ……。




 ところで。


 そんな俺たちが今、どこにいるのかといいますと――。バスディオ山からある程度離れた、人の立ち入らない鬱蒼とした木立の中だ。


 なので、俺とハクは人型を崩して本性を晒してる。


 ホント、イイとこ見っけられて幸いだ。

 なんだかんだ本来の姿になってる方が楽なんだよな。


 ハクにとってはもう慣れた事らしいけど、長時間人型をとる、というのは俺にとってまだキツイ。


 なんかこう……、……あれだ――健康診断で息止めて腹を引っ込めてる感じ?


 いや、俺はんなことやってねぇけどな。

 前世ではそんなヤバい体型してなかったし……。



 まあ、そんなことはどうでもよくて。



 ちなみに、ディーの方は本性のサイズがデカすぎるってんで、自重して人型のままだ。


 確かに彼女の本性は、それこそ「質量保存則どうなった?」って感じの大きさだしな。

 それに、1のも彼女だし。

 



 一方、今回の騒動で多大なダメージを負ったのはやっぱり――。




「あの、ショウ様」


『――お?』


 イサナに呼びかけられて、思考に沈んでいたところを浮上する。

 そんな俺へ、イサナは申し訳なさそうに言った。


「荷馬車に取りに行けば、もっと布地がありますが、どうしますか?」


『……ああ、えっと。俺に関してはその点大丈夫だ。ありがとな』


 さっきの俺の『ダルい』という発言の意味を、こいつは雰囲気で察し、申し出てくれたらしい。

 気が利く奴だ、ホント。


 だが、もう既に俺の身体の下には布が敷かれてて、そういう意味での居心地は全く悪くない。高めの気温も木陰がちょうど緩和してて、過ごしやすいし。


 そもそも、自前の毛皮が毛布みたいなもんだしな。


 堆積した火山灰も既に可能な限り取り除いたし、許容範囲内。


 それに、非科学的な存在の俺が多少悪環境に晒されようがぶっちゃけどうということはないのだ。


 むしろ心配すべきは――。


『アルの方はどうだ? 俺からは見えねぇが、色々足りてるか?』


「はい、おそらく。先刻、断られましたし」


 の様子を窺いながらの返答。


 そういや、2時間くらい前に直接確認してたっけな。


『なら、荷馬車まで距離もあるし、別に持ってこなくていいぜ』


「はい。わかりました」


 イサナはこっくり頷いて、俺から離れていく。

 向かう先はこの近くの水場の方。


 そろそろ昼も近いから、食事の用意を始めるんだろう。

 ホント、よく動いてくれるもんだ。


 俺的には心苦しいばかりだが、現状他に動ける奴がいねえしなぁ。


 その中でもいくらかマシなディーが、多少興味持ってイサナを手伝ってるのが幸いだ。


 何しろ、炊事で最も面倒な火おこしが、ディーの力でメチャメチャ速くなった――というか一瞬で済むようになったからな。


 それでも、水汲んで湯を沸かすとか、食材を運んでくるとか、子供にとっては重労働ばかりだ。


 もちろん、ディーはそっちも手伝いたそうなんだが、対するイサナは積極的に頼らないし、ディーも世慣れしてないしで……。結局、一番働いてるのはイサナだ。


 ホント、諸々の事情があるとはいえ、地球で言えば中学生か、下手すると小学校高学年程度の子供をこんな悪環境で労働させていると思うと、めっちゃ居た堪れない。


 さらには、イサナ本人がなんの疑問もなく、従順に動いてくれるところがまた追い打ちをかけてくる。


 そういう世界なんだから仕方がない、とはいえなぁ……。




 俺は1つ息を吐き、無意味な思考を切り替える。


 イサナに話しかけられて中断したが、今回の騒動で多大なダメージを負った奴、そして今現在の俺のダルさおよび身動きとれない主原因、つまり、アルの現状について、少し説明させてもらいたい。


 まず、あいつが今どこにいるのか、どうなっているのか、というと――。


 実は、俺の視界の外で


 要は、こいつも俺と同じくへたばって動けなくなってんだ。しかも、さっきから全く応答がないのを見るに、と思われる。


 ほとんど寝息も聞こえなくて、「本当にコイツ寝てんのか?」とか、あるいは「……生きてんのか?」とか心配になってくるレベルだ。


 まぁ、例のリンク通してそこはちゃんとモニタリングできてるからいいとしても――。


 噴火が収まってからここ数日。アルはずっとこんな調子だ。

 時々意識は戻るんだが、簡単な応答と食事くらいしかできていない。


 怪我したわけでもないし、今回は魔力が暴走するようなこともなかった。

 だが、やっぱ長期間、魔力を大量に使い続けたことがマズかったんだろう。そもそも、人が活動しちゃいけない環境下で、食事や睡眠も碌に採れない極限状態だったしな……。


 今は疲労のピークで休眠期間、といったところだ。


 ついでに言うと、アルがこんな調子なモンで、リンクで繋がってる俺の方にも影響が出ている。


 ディーに言わせると、俺の魔力はアルにとってかて? になるらしく、アルも無意識に俺の魔力をリンク通して取り込んで、補おうとしてるらしい。


 冒頭で言った1ってのがこれだ。


 こいつのためならまあ、我慢のしがいもあるが。……正直言って、この状況は結構ツライ。


 なんか、腹の底の気力がごっそりと持ってかれる感覚だ。

 ひたすらダルい。


 でも、魔力を直接操ったり、取り込んだりできる俺たちは、ある程度こういう魔力不足もすぐに回復できる。が、一方のアルはそうもいかないのだ。


 ディーに言わせれば、周囲に存在する魔力、というか魔素? を体内の魔力として変換する効率?――いや、吸収する効率、だな。

 これが優れている人間や生物が魔力を行使できる存在であり、アルもその点、劣っているわけじゃない。


 むしろ、生物としてはとっても優秀で、だからこその魔力の多さだ。


 しかし、やはり俺たちとは比べるべくもない、といったところ。


 しかも今回こいつは、まーたムチャしやがったからなあ。




 …………あ、気づいた?


 「なんで噴火を止めるのに関係無かったはずのアルが、こんな消耗してんのか」って話になるよな、今度は。


 何しろ今回の事態の肝は、溶岩をどうやって抑えるか、だ。


 それには“火”“金属”“土”の適性持ちが必要で、該当するのはディー、ハク、俺。

 アルだって“土”に多少の適性があるが、メインの適性は“植物”だ。


 なので、今回あいつはお呼びじゃねえと――少なくとも後方支援程度だと――俺は思っていたんだが。




 ところが、ところが。


 蓋を開けてみれば、アルは大活躍だった。――言い換えれば、最もムチャしたのがこいつ、とも言える。




 ひとまず端的に結論だけを言っちまうと。

 やっぱ惑星の起こす事象火山の噴火に抗うなんてこと、そう簡単にはできなかった、ってことでいいんだろう。


 その結果がコレだ。


 この状況に落ち着くまでホント色々あったし、だったりするが――。


 生憎、俺が今強調したいのはそこじゃねえんだ。

 じゃあ、何が問題なのかって言うと……。



――アルの体勢が、俺の身動きできない最大の原因になってるってとこなんだよ。



 というのも、現在のアルちゃんは、地面に横たわった俺の腹を堂々と枕およびクッションとして使っておりまして……。


 要は、俺の胴体にしがみついてんだ。

 いつだか、シリンさんたちの山小屋で泊めてもらった時と同じである。……いや、あの時よりも間違いなく遠慮容赦がなくなってんだよな……。


 現に身動きできねえし。


 ……まあ、トラの毛皮の敷物っていえば、結構昔から珍重されたイイものなわけだし?


 その中でも、俺の毛皮がこれ以上ないモフモフだっていうのは、俺自身も認めるところだが――。


 この、なんとも言えない俺の気持ち、わかる?


 「こいつも俺の事信頼してくれてるんだな」って、なるべく前向きに捉えながらここ数日過ごしてるぜ全く。


 扱いは完全なる寝具、というか抱き枕だがな。


 とはいえ、アルの回復の為にも直に接触してた方が、魔力のやり取りはスムーズだ。そういう必要性もあるんだが……。とはいえ、すげえ微妙な気分だ。


 第一、ビジュアル的に暑苦しいんだよ。


 だって、俺、結構毛足長いぜ?

 確かにモフモフなのはいいだろうが、さすがに暑くねえんだろうか……。




 ああ、因みに。


 “黒い毛並みに銀の縞”という地球ではありえない配色の俺は、強いて言うとベンガルトラとかよりもアムールトラに近い。


 何しろ、身体がデカいし、毛も長い。


 換毛期なんてものはなく年がら年中モフモフ。たぶん、アムールトラの夏毛と冬毛の中間くらいの長さ、なのかな……?


 もう1つ因みに。


 インドやネパールなどの森林や湿原に生息するベンガルトラよりも、ロシアや中国北東部の寒冷地に生息するアムールトラは、体毛が深くて長いという特徴がある。

 加えて、防寒のために身体も大きくなるから、9種確認されているトラの中でも最大だ。


 ただ、俺が前世で生きてた頃には、森林伐採による生息域の縮小や獲物の減少で、生息数が500頭程度に落ち込み、痩せた個体も多くなったっていうのを小耳にはさんだことがある。


 レッドリストでは絶滅危惧種指定。


 あくまで俺は特徴が似てるってだけだが、今考えるとなんとも心もとない話だ。「頑張れ同胞!」とでも声援を送っとこう。


 何しろ、そんなことくらいしかできないんでな。






 また話がそれちまった。

 えっとなんだっけ? ――そうそう。


 アルが俺の事を枕およびクッション扱いしてる件。


 前回同様、息苦しいとかそんなんじゃないんだが、ただでさえ俺も身体が怠いというのに、こう、なんというか、視覚的? いや、感覚的に? 落ち着かないんだよな……。


 必要性のためにしょうがねぇとはいえ、どうにも――。






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