第38話「魔力」
「それでは、1つ1つ確認させてください」
「ああ」
改めて狭い御者台で向かい合った両者。
青年は言った。
「まず、こちらの世界での認識について僕から説明します」
そう言って、彼は言葉を継ぐ。
「一般的に、500年前に起こった災厄はバスディオ山に宿る火の神が
「そして、今またあの時と共通した兆候がいくつか現れており、再び
その言葉に、宵闇は顔を
「僕の方針としては、まずバスディオ山にいるという火の神の捜索、それと並行し、近年カルニスで起こっていた異変について調べようと考えていました」
そうして言葉を切ったアルフレッドに、宵闇は数舜思案した。
なぜ、今回はこんなことが起こったのかと思ったのだ。
何しろこういった“方針”に関し、今までアルフレッドと行違ったことはなかった。では、なぜ今回は――?
それに思いを馳せれば。
――確かに要因はあった。
「……そうか。
タイミングの悪さに宵闇は歯噛みする。
もっと早くに状況を知ることができていれば、やりようはいくらでもあったろうに、と。
「いや、俺がローランドさんにでも聞けばよかったんだよな……」
――だが、もう既に王都からはでており、今からでは取れる手段も限られる。
宵闇が発想する中での最善は、近場の領主を訪ねまわり領民の避難を促す、といったところだが、果たしてこちらの言い分をどれだけ聞き届けてくれるのか。
そんな思案を巡らせる宵闇に、今度はアルフレッドが尋ねた。
「――あなたの知識からすると、現在起こっている事象はどう説明されますか」
その真剣なアルフレッドの眼差しに、宵闇は言葉を迷って押し黙る。
「そうだな……。一体どこから話したもんか……」
――そうして。
彼はひとたび瞑目した。
まずやるべきは、彼の身体を駆けまわる焦燥を、一旦思考から切り離すこと。
考えを明瞭にし、話をわかりやすく相手に伝えることに集中するためだった。
――何しろこの場で最も重要なことは、アルフレッドと共通認識を作ることだ。
同じ知識を共有し、足並みそろえて事に当たらなければ、到底この事態を収めることはできない。
宵闇は深呼吸したのち、眼を開いて言った。
「――まず前提として、この地面のずーッと奥深くでは、マグマっていう物凄く熱い岩がドロドロに溶けて動き回ってんだが」
「信じられないだろうが」と前置きしつつ、宵闇は言葉を継ぐ。
「そのマグマが動き回った結果、一部が数年をかけて地上へと昇ってくることがあるんだ。その過程で起こる地揺れが“火山性微動”であり、昇ってきたマグマが地上の出口から噴き出したものを“噴火”という」
「――また、そうして噴火する出口、および地上に出たマグマが冷え固まってできるのが“火山”だ。この場合はバスディオ山がその火山にあたる」
「ここまではいいか」そんな含意を込め、宵闇はアルフレッドを見遣った。
それに対し、青年は眉を
「で、引き続きマグマについて説明するが」
それを受け、宵闇は続けた。
「そのマグマの色と粘り気、そして噴火の規模は、溶けている岩石の種類によって異なってくる。詳しくは割愛するが、黒っぽいマグマは粘り気が弱く、その分、四六時中、小規模な噴火をし続ける火山になる。一方で、白っぽいマグマは粘り気が強く、中々噴火しない火山になる。だが、裏を返せば――」
「噴火するまでにマグマをため込み、やがて大規模に噴き出す、というわけですか」
打てば響くようなアルフレッドの返答に、宵闇は状況も忘れてニヤリと笑んだ。
「そうだ。……以前、噴火したっていうバスディオ山の山肌が白っぽいってことは、今回の噴火は高い確率で後者のパターンだ。しかも、500年分のマグマを溜めに溜めこんでる……」
「……」
だが、宵闇の表情はすぐにも深刻なモノへと変わっていき、それにつれ、段々と状況を理解したアルフレッドもまた、その秀麗な面差しをキツイものへと変えていく。
「どれだけ楽観的に見積もっても、数年単位で影響が出るのは避けられねえだろう。特に、カルニスの農業は壊滅的な被害を
「っ……」
宵闇の前世――地球の、特に東端の島国での実例を想えば至極妥当な想定だった。
加えて、農業が主要産業のオルシニアにとっては、火山の噴火による被害は、一体どれほどに上るのか。
それに思い至り、アルフレッドは息を呑む。
「大量のマグマが麓に流れてくるだけでなく、火山灰も無視できない。
……俺の世界の話だが、とある火山が大規模に噴火したことで火山灰が太陽光を遮り、年間を通して気温が低下。数年単位で広範囲の農作物が不作になり、それがとある国の土台に致命傷を入れた一因、という見方もある」
「……」
予想を
「――つまり、噴火による被害はカルニスに留まらず、オルシニア全土および周辺国にも及びかねない、ということでいいですね」
「……ああ」
最悪を考えれば、まさにアルフレッドの言った通りだった。
仮に、南部のカルニスだけでなく、西部イルドアにまで噴火の影響が及ぶのであれば、オルシニア国内の食糧事情はたちまち危機的状況になる。
更に、それが周辺国も同様となれば、輸入による食料の確保も叶わない。
優秀なアルフレッドは、ほぼ瞬時にそこまで思い至り、半ば呆然と言葉を吐いた。
「その状況になった場合、一体どれだけの人々が飢え死にすると思います」
「……」
宵闇は答えない。
……いや、
あくまで、最悪のシナリオに基づけば、であったが――。
「下手をすれば、オルシニアという国、それ自体が消えかねませんよ……!」
「……そうだ」
――そして恐らくは、そうなる確率が半数を超えている。
宵闇の押し殺した返答を聞くや。
アルフレッドはその手にあった手綱を
ガタリと動き出した荷馬車に、慌てて身体を支えた宵闇は、驚愕の視線をアルフレッドへ向ける。
「おい、アル!?」
「バスディオ山へ向かいます」
端的な返答に、宵闇は瞬時に言い返す。
「行ってどうするつもりだ! 高い確率で神とか魔物がどうのって話じゃねえんだぞ!」
「それでも、どうにかしなければ――!」
更に手綱を打ち、馬の速度を上げながら、アルフレッドは驚くほど静かに言葉を継ぐ。
「……この事態をどうにかしなければ、みすみす多くの命を取りこぼすことになる……!」
既に彼のフードは取り払われ、その冷淡な表情は露わだ。だが、その静けさの中にも、確かな覚悟があることを、宵闇は見て取った。
「――それを知りながら、背を向けることはできません」
「……」
要は、
だがそれは、宵闇からすれば検討するはずもない、ありえないことだ。
何しろ宵闇には
火山の噴火という事象を引き起こす“惑星”が、一体どれだけの大きさで、そして、それに対する自分たちが、一体どれだけ矮小な存在か。
それを思い知っている宵闇からすれば、発想すらするはずのない、バカげた話だ。
だが、アルフレッドはそれをやるという。
彼のことであるから、何も無知から言っているわけではなかった。
止めようのないことと知りながら、何か方策があるはずだと、一縷の望みをかけその場へ向かうつもりなのだ。
また仮に、宵闇の提案した通りに今から民の避難を促そうと、制度の整わないオルシニアでは、火山の噴火から命を救えても、早晩大半を飢え死にさせるのは眼に見えていた。
で、あれば。
アルフレッドの取れる手段は、火山の噴火自体を止める、それ以外にはないのだ。
――それに思い至った瞬間。
宵闇は、これ以上なく脱力する。
「ハアァぁぁ……。…………そういや、前にルドヴィグ殿下がお前のこと“お人好し”って言ってたっけなあ……」
頭を抱えながら、宵闇はそんなことを呻く。
だが、彼が相変わらず座っているのは振動の増した御者台の上だ。長くはその姿勢を保てず、宵闇は仕方なく顔を上げた。
「お前って、ホントお人好しだな」
黙して馬を操る相棒に向かい、そんなことを呟きつつ。
宵闇は、半ばヤケになって言った。
「わァかったよ。……なんとか噴火を防ぐ方法を考え出してみせよう」
因みに――。
この時点では、確かにコレは無茶な選択だった。
だが、結果として彼らは正しい選択をしたと言える。
鍵となるのはバスディオ山に住まうという火の神。――いや、魔物。
そして何より、宵闇がすっかり失念していた重大な要素。
彼の前世とは全く状況を異にするモノ――それは。
第38話「魔力」
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