第37話「認識の違い」
視点 : 3人称
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――翌、早朝。
前日に引き続き、1台の幌馬車がカルニスへの街道を進んでいた。
言わずもがな、アルフレッドら一行だ。
道程としてはほぼ半分を超えたところ。もう間もなくカルニスの地に入るだろう。
この日、御者を務めていたのは全身黒づくめの男――
そして、その隣にはフードを深く被った美丈夫――アルフレッドがいた。
旅の途上でもフードから零れる金の色は損なわれず、生憎その翡翠の瞳と尖った耳は隠されていたが、佇まいだけでも確実に人目を引く。
一方、他の2人――ハクとイサナの姿はなく、恐らくは幌の中にいると思われた。
早朝とはいえ、季節は夏。
既に日は昇りきっており、小鳥の鳴き声が遠くに聞こえていた。
因みに御者台は、体格のしっかりした成人2人――宵闇とアルフレッドが並ぶには当然狭い。
両者ともに窮屈そうに腰かけていたが、しかし、どちらも地に降りて歩こうとは思っていないようだった。
……御者の宵闇はともかく、少なくともアルフレッドは歩いても良さそうなものだ。
だが、彼にその気は全くないらしく、人を射殺しかねない渋面をそのフードの影からのぞかせており、見事に“不機嫌”を絵に描いたような様相だった。
――恐らくは、頭を上げているのも辛い状況と思われる。
いわゆる、低血圧。
頭痛やめまい、気分の不安定感。
睡眠時間が一定せず、充実した眠りを享受しにくい彼の生活を思えば当然だ。
ここ数ヵ月はいくらか改善していたものの、久しぶりに無理を通したことで再び悪化したらしい。
もはや遠慮も何もなく、青年は隣の宵闇を御者台から押し出しかねないほどに身を寄せており、対する宵闇も事情は想像に難くないため、体よく支えに甘んじている。
片腕がほとんど封じられていようがなんのその。
数日間のオーバーワークを傍で見ていただけの宵闇は、このくらいなんてことはないらしい。何を言うでもなく、青年の好きにさせている。
そんな状況の中、宵闇が呑気にも疑問を発した。
「そういや、アル。今更な事を訊くが“火の神”ってのは……もしかして魔物じゃねえのか?」
この問いに、アルフレッドは盛大に顔を顰めて返答する。
「……あんた自身も、今“火の神”って言ってんでしょう」
そんな青年の辛辣な返しにもびくともせず、宵闇は確信を得てしまった驚愕の事実に目を見開いた。
「……てことは。まさか、マジもんの“神”がいんの……?!」
「……」
「認めたいような認めたくないような」といった複雑な感情を見せつつ宵闇は再度尋ねた。だが、これにはアルフレッドも言葉を迷う。
「――その点に関しては、僕も結論をだせませんが。少なくとも僕自身は、火の神の姿を見たことはありません」
「……その言い方ってことは、『見た』って主張してる奴もいるってことだよな」
宵闇の確認に、アルフレッドは頷く。
「なんでも、赤く燃えながら空を縫うように飛ぶ、だとか言われていますね」
「……つまり、今回の任務って、そのいるかいないかもわからない“神”を探し出すことからまず始めないといけないわけ?」
「そうなります」
「……」
その途方もない話に宵闇は押し黙った。が、すぐにも別の切り口に思い至る。
「え、ちょっと待て。その神を鎮めろってことは、今、神様はお怒りなんだよな」
「そうらしいです」
「……具体的にどういう被害が出てんの?」
この問いに、アルフレッドは淡々と答えた。
「未だ人的被害はありませんが、数年前からカルニス――特に南端のバスディオ山付近では地揺れが度々起こっています。また、最近ではその頻度が上がり、揺れが強くなっているそうですね」
「ほうほう。……ん?」
何かに引っかかった宵闇に気づかず、アルフレッドは言葉を継ぐ。
「また、ローランドが知りえた範囲では、僕たちが王都に戻った数日前に、山が黒い煙を吐き出すようになったと――」
「……」
――この時点で、宵闇の表情は完全に抜け落ちていた。
何しろ、ここまでの情報を聞かされれば、彼にとっては神や魔物など全く関係のない、
「……なんか顔色悪くなってますけど」
幾分、様子を窺うようなアルフレッドの顔を呆然と見返した数秒後、宵闇はガバリと頭を抱えて呻いた。
「待て待て待て。ちょっと待て!」
――因みに彼は今、御者である。
「っ! そういうあんたは、まず馬を止めろッ」
咄嗟にアルフレッドが宵闇から手綱を奪い取ったことで、2頭の馬は従順に止まってくれる。
とはいえ、急な停止命令に2頭の馬も不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「え、え。……え!」
「だからなんですか」
その間にも宵闇にしては珍しく取り乱し、相変わらず頭を抱えたままだ。
それへ律儀に返すアルフレッドとのやりとりは、まるでコントじみた調子だった。――が、宵闇からすれば間違っても冗談ではない。
「――嘘だろ! てことは、俺たちが今向かってる目的地って、もしかしなくても噴火間近の火山ってこと?!」
そう言って、再度確認するような視線を向ける宵闇に、アルフレッドはあくまで冷静に返した。
「……まず、フンカ、とは何かを教えてください」
宵闇もいくぶんトーンを落として言葉を選ぶ。
「あぁあ、えっと。……噴火ってのは、山からスゲえ熱い溶岩――溶けた岩が流れ出てくることだ。真っ黒い煙が山から吹き出したりもする。……どっかの記録とかに残ってたりしねえか?」
これに、アルフレッドは瞬時に記憶をさらう。
もちろん、1件の事象が該当した。
「……恐らくですが、およそ500年前に起こった“災厄”がその噴火だと思いますが」
「……もしかして、それもそのバスディオ山が?」
恐る恐る訊いた宵闇。
無情にも青年の答えは頷きだ。
「ええ。“バスディオの災厄”と言われています」
そのアルフレッドの返答に、宵闇は一旦黙りこむ。
だが、再度ハッとして尋ねた。
「ちょっと待て。今、500年前って言った?」
「ええ。言いました」
「……」
先を促すようなアルフレッドの視線にも気づかず、宵闇は更に問う。
「ちなみにだけど、バスディオ山ってゴツゴツした白い山肌で、結構
「……そうですね。何度か遠目で見た限りでは」
慎重な青年の返答に、遂に宵闇は顔を歪めて呟いた。
「――わぁ……。溶岩ドームの可能性大……。噴火の規模がヤバい奴……」
ほぼ独り言のように言ったその表情は、衝撃が大きすぎて無表情に近い。
だが再度、宵闇は目を見開く。
また別の問題点に気づいたからだ。
「――おいおいおい、ちょっと待て」
「あなたさっきから、そればかりですね」
「悪かったな! 俺も混乱してんだよ!」
冷静なアルフレッドのツッコミに、しかし、宵闇の声には余裕がない。
「つまり、今回の任務ってもしかして……」
既に重々承知しているはずの答え。
だが、万が一にも聞き間違いの可能性がないかと、宵闇は促すようにアルフレッドを見たのだが――。
「『火の神の怒りを鎮めてこい』そのままの意味です」
「……」
彼が口にする言葉は相変わらずだ。
しかし、
「……」
数秒、アルフレッドの顔を無表情で見つめたのち、宵闇は素早く彼の手から手綱を搔っ攫って
「はい! 撤収ー!!」
「なにしてんですか、あんたッ――」
アルフレッドは珍しく動揺の声を漏らしたが、宵闇はそれを遮り言い放つ。
「無理に決まってんだろ! ドーム状火山の噴火だぞ!? それを鎮めてこい?
ハッ、バカ言ってんじゃねえよ、あの
宵闇は一気に
だが、荷馬車の方向転換が早々簡単にいくはずもない。
ましてや、馬の操作を昨日今日習ったばかりの宵闇だ。
無茶な指示に、2頭の馬も混乱して
幸いにして周囲に他の旅人はおらず、差し迫った危険はないが、最悪の場合、このままでは荷台が横転しかねなかった。
当然、ハクやイサナも幌の中から何事かと顔を出す。
その間も、宵闇とアルフレッドの間で手綱の奪い合いが続いていた。
「ちょっと、何するつもりで――」
素早く手綱を取り返しつつ青年が言えば、宵闇が舌打ちしながら言い返す。
「噴火しねえうちにできるだけ遠くに避難するんだよ! 俺たちがカルニスに向かうよりも、周辺住民の避難を呼びかけろ! その方がよっぽどマシだ!」
同時に彼は、アルフレッドに奪われた手綱を狙って手を伸ばす。対するアルフレッドも腕を目一杯後ろに伸ばし、奪われまいと抵抗した。
よくもまぁ、御者台から落ちないものだと感心できるほどの攻防。
アルフレッドの方へ身を乗り出すような姿勢のまま、宵闇は苛々と声をあげ――。
「早くしねえと、一体、どんだけの人間が死ぬかわかったもんじゃ――」
「
「っ」
あまり頻繁には呼ばれない名を使われたことで、宵闇は反射的に押し黙った。
「…………なんだ」
「一度落ち着いてくれませんか」
「ッ……。……わかった」
そしてしばらくの沈黙ののち、「悪かったな、取り乱して」という宵闇の謝罪が続いた。
第37話「認識の違い」
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