第36話「酒の席」
「へえ……。これ美味いね。どこの酒?」
「お、あんちゃんわかってんねえ! これはなんと! ビュルゴーの酒さあ」
「ああ、そりゃ美味いにきまってらあな!」
「ビュルゴー?」
「おいおい、あんた言葉は上手いのに、そんなことは知らねえのかい!」
「悪かったな」
「ガハハっ!」
「ビュルゴーっていやあ、カルニスのなかでも1、2を争う酒どころよぉ!」
そんな、酔っぱらったおっちゃんらの
どうせ、相手は俺の返事なんか気にしちゃいない。
そして、俺が今「美味い」といった酒は、地球で言うところの“ワイン”だ。
ついでに、俺の周りにいるとっても気のいいおっちゃんらは、カルニスから王都に向かってる人足たちだ。
時刻は既に日が暮れてから数時間。
「――にしても、これからカルニス向かおうなんて、酔狂な奴もいたもんだ!」
「ホント、ホント!」
「ほれ、旅の餞別だ。遠慮せず、もっと吞め吞め!」
「アハハ……」
焚火を囲み、すっかりデキあがっちまってるおっちゃんらから、アルハラ紛いに際限なく酒を勧められるこの状況。
一体、俺に何が起こっているのかというと――。
王都を出てから早1日。
イルドアへの街道をただひたすら進んでいた俺たちは、夕闇が迫ったいい加減な時間に野宿の準備に入ったわけだ。
因みに、本来なら移動距離を調整して宿にでも泊まった方が賢いが、あいにく急ぐ旅路なもんで、距離を稼ごうとした結果だ。
夜通し移動するほど無理はしないが、可能な限り南に進んでおきたい。
そうして街道脇に場所をとり、粗方の設営をイサナやハクに任せ、一方の俺は、防犯も兼ねて近辺に同じく野営しそうな集団へ挨拶にまわっていた。
ついでに言っとくと、アルの方は未だに眠気の為かどうにも薄らぼんやりしてるんで、邪魔にならねえように荷台に押し込んできた。
それで、この“挨拶まわり”ってヤツに話を戻すが。
実はこれって、オルシニアの旅人共通の習慣だったりする。アルと任務を
中々に面倒だが、やっておかないと無駄に警戒されちまうし、
特に、街道沿いで野宿というと、利用できる場所も限られてて、大概他の旅人たちと空き地を共有することになる。
互いに防犯を兼ねて顔見せしとかないと、夜も安心して眠れねえってわけだ。
……と、いうことで。
別に俺が仕事サボって、くっちゃべって呑んでたわけじゃないってことは分かってくれ。
何しろ俺の他には、子供のイサナと、不愛想が代名詞のアルとハクしかいねえからな。……俺がやるしかねえだろ?
それに、近場にいる人間たちがどんな雰囲気をもっているかを知っとくのはこっちとしても大事だ。アブねえ奴らがいるようなら、警戒しとかなきゃいけねえし。
ついでに、任務にあたっては丁度いい情報収集にもなるしな。
そういう経緯で顔を出した集団の1つが、カルニスから王都に向かう、このおっちゃんら、という訳だ。
俺が近づいてった時点で既にほろ酔い加減だった彼らは、俺たちがこれからカルニス向かうと知るや「難儀な仕事もあったもんだ!」と陽気に笑いの種にし (もちろん俺は適当な事を言ってただけだ)、あまつさえ俺まで巻き込み本格的に盛り上がり始めてしまった。
そのままの流れで今に至る。
途中、様子を見に来たイサナに目配せだけは出来たんで、アルたちにもこっちの状況は伝わってんだろうが……。
なるべく早く、隙を見てこの場から抜け出したい。
俺、こういうのは苦手ってわけじゃねえけど、好きではないんだよなア……。
「お、これも美味い」
「いける口だなア、あんちゃん!」
とはいえ、酒を呑むのは俺も好きだ。
何しろ日本一の酒どころ――全国新酒鑑評会・金賞受賞数が最多の県出身だし。
自慢じゃないが、日本酒に関してはある程度舌が肥えてる。それに、ビールは勿論、ワインやウイスキーも結構吞みつけてた。
ザルってほどじゃないが、前世じゃそこそこ強かったし。
ホント、これには両親に感謝したもんだ。優秀なアルコール分解酵素を受け継げたんだからな。
「こっちのは、ヴェルドーラの酒だぜ、吞んでみろよ!」
「いやいや、あんたらどんだけ、カルニス各地の酒ため込んでんだよ」
「ガハハッ! そんなことは気にすんじゃねえよ!」
いや、笑って誤魔化すな。
俺としては、今日みたいに夏日の夜にはぜひともビールと洒落こみたいものだ。常温の赤ワインも悪くないけど。
……だが、あいにくこの国ではビールは造られていないらしい。
それどころか、おっちゃんらに言わせれば“穀物から醸造する酒”については聞いたことがないという。
なんでだよ……!
地球では古代エジプト人 (もしくはメソポタミア人)が発明した、人類最古の酒類の1つだぞ。ワインがあるんだから、ビールだってあるはずだろ!
原型さえあれば、あとは俺がホップを見つけて、日本人にはお馴染みのピルスナースタイルに仕上げてみせるってのに……!
……まあ、実際、そんな時間はねえし、簡単な話じゃねえけども。
「おい! あんた、なに難しい顔して呑んでんだ!」
「いや、単発酵のワインがあっても、単行複発酵のビールの再現は中々難しそうだな、と。ましてや並行複発酵の日本酒は無理だ。呑みたいけども」
俺が故郷の酒を想って適当なこと言ってれば、隣のおっちゃんにバシバシ背中を叩かれる。
「おいおい、あんちゃん面白いな! 俺には何言ってんのかわっかんねえぞ!」
「わかんねえのに、面白いのかよ」
「ガッハッハ!」
いや、だから……。まぁ、いい。
と、いうことで、俺は妥協して異世界のワインを飲んでいる。
……いやあ、さっきは「ビールも!」なんてワガママを言ったが、異世界に転生してまさかワインが吞めるとは思わなかった。
驚くことに、風味は多少違うが、色が暗い赤紫色で、甘みと渋みと酸味が合わさった、まごうことなき
中には、アルコール濃度がたぶん5%ちょっと、甘みが強い
地球の発展しきったワインに比べるべくもないが、ビュルゴーのは風味もしっかりあって普通に呑めた。
それにしても……。
ホント、地球と動植物の形質がほとんど一致してんのはどういう理屈なのかねえ……。
しかも、この場合、ブドウがこの世界にあっただけでなく、ワイン酵母もちゃんといて、それが糖分を発酵させるメカニズムも一緒ってことだろ?
こういう地球との共通点を見つけるたびに、俺は頭が痛くなるぜ……。
とにもかくにも。
この世界の、この地域で、主に生産されている“酒”は、ワインやその他の果実酒であり、その一大産地がオルシニア南部――カルニス地方だそうだ。
……そういや、ちょっと待て。
つまり、カルニスって――。
もしかして火山地帯?
ブドウとかの果実って、確か水はけの良い土壌がイイんだったよな。特に、石灰層とか火山岩層とか、一般的に貧栄養の土壌。
日本で言えば、山梨や長野、九州地方、他。
世界で言えば、イタリアとか。
九州は果実の生産じゃ確か上位になかったと思うが、日本の中でも活火山の多い地域の1つ。
山梨や長野も近辺に活火山があるし、青森や山形、福島といった東北地方にも古い火山は多い。いずれも、果実の生産上位を占める地域だったはずだ。
そして、イタリアに関して言えば、歴史あるワインの生産国だ。かつ、ヨーロッパ有数の火山地帯。
とにかく。
ワインや果実の生産が盛んってことは、地球のパターンを参照するに、カルニス地方は火山地帯の可能性が高い。
火山地帯に“火の神”ねぇ……。
それを
いったい、どんな魔物なわけ?
あとでアルに確認しとこう。
「――なあ、あんたら。カルニスで暴れてる魔物に関して何か知らねえか?」
「あ? 魔物?」
「そんなんいたかねえ?」
「俺はきいてねえ」
「んなことより――」
……ああ、こりゃダメだ。
おっちゃんらは、俺の質問を流しつつ、どんどん酒と肴をカッ喰らってる。
ここにいても、これ以上の情報は得られねえな。
そろそろお暇しとこう。
「――ああ、えっと……。俺はそろそろ戻るぜ? 美味い酒、ありがとな」
「おおよ! また縁があったら呑もうや!」
「達者でな!
……若いって言っても、たぶん俺あんたらの数歳下くらいだぜ?
もちろん、前世の話だけど。
俺は苦笑を返しつつ、適当に手を振ってやっとアルたちの方へ戻ることができた。
だが――。
俺はこの時、気づくべきだった。
やっぱ、転生して酔わない身体になった俺でも、周りにあてられて多少
おっちゃんらは、確かに「今からカルニスに向かうなんて」と言っていた。ってことは、彼らがカルニスを出た時点で、何かしら危険は始まっていたってことだ。
俺が「魔物が暴れている」と思い込んで訊いちまったからこそのミスだった。
ついでに言うと、俺は“火の神”イコール“魔物”という認識でいたんが、この世界の人間にとっては全く違うってことも失念していた。
“神”と“怪異”が紙一重という認識の
だからこそ、俺はこの時、きっと大事な話を聞き逃しちまった。
「にしても、さっきのあんちゃん、変な事を訊いてきたもんだ」
「そうそう。何しろ、今のカルニスじゃ魔物なんてメじゃねえモンがお怒りだからなア」
「だよなあ。さすがの魔物も目立つことはできねえだろ」
「そんなところに向かわなくちゃいけねえなんて、あいつらも難儀なもんだ」
「まだ若いのに、もったいねえ」
「
第36話「酒の席」
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