第35話「経緯」

視点 : 1人称

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「『カルニスの火の神を鎮めてこい』だそうですよ、今回の任務は」


 アルはそう言って、王城から来た書簡をぞんざいに俺へ投げて寄こした。


――それが出発前、一昨日の事。


 俺もこっちの言語書き言葉がようやっとわかるようになってきたんで、その実践がてら書斎のソファで目を通させてもらったが――。


「……おいおい、見事に用件しか書いてねえ指示書だな。もはや悪意しかねえだろ」


 そんな俺でも読まずに秒で解るレベル。

 ホントなぁんにも必要な情報が書かれていなかった。


 まったく、情報が不足しまくってるうえに、任務間のインターバルも充分じゃねえ……。

 なんだよ“神”を鎮めてこいって。抽象的すぎんだろ。


 そして、こいつにもっと休みをやれ。


 アルも苛々とした足取りで応じ、そのまま自室で着替えて戻ってきた。


 数分前まで、王城から来た使者への応対に出ていたから、今まで格式張ったお堅い服を着てたんだが、戻ってきたときにはもう簡素な部屋着に変わってる。


 そうして、無駄にした時間を取り戻そうと、すぐにも席について書類仕事に取り掛かっていた。


 何しろ、ルドヴィグ殿下の地方外遊 (という名の王家の点数稼ぎ)につきあっていたから、俺たちが屋敷に戻ってきたのは結局3日前だ。


 日にちがあったように感じる人もいるだろうが、ちょっと考えてみてほしい。


 イルドアでの件は死者数も多く、近年稀にみる被害がでたわけだ。俺たちは関わってないが、ルドヴィグ殿下の手配でヘンネ村周辺では事後調査なんかも行われてる。


 すなわち、そういった関連でアルが作成すべき書類なんかもバカみたいに多い。

 加えて、留守の間にたまった貴族としての決裁書類なんかもアルは抱えてるわけで……。


 とても3日なんかで終わる仕事量じゃない。


 おかげで、アルはほとんど今まで不眠不休で諸々の書類仕事を終わらせにかかっていたんだが、そこに追い打ちをかけるように次の任務が来た。




 王城からの使者が来てる間、俺は邪魔にならないよう書斎にいたんだが、その対応を終え、アルが戻ってきたのがついさっき。


 案の定、その使者がもってきたのは次の任務の指示書で、しかもそこには「2日以内にカルニスへ出発しろ」とある。


 ……これって、アルの仕事、終わらねえんじゃねえか?




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――あの時の俺は本気でそう思った。



 だけど、なんとアルはきっちり仕事を終わらせ、2日後の本日、カルニスへ向けて出発してみせた。


 しかし、その“代償”とでも言えばいいのか。


 アルは今、移動中の荷車でお昼寝してる。


 今回は同行者イサナとハクもいるし、荷物も多いってことで荷馬車を用意してたんだが、結果的にアルのためになってよかったぜ。


 ……そりゃ、机で2、3時間程度寝るだけの、ほぼほぼ3徹 (任務通知が来る前からやってた)をこなした後なら、どんな場所でも寝られるよな。


 不幸なことに、この世界にはまだサスペンションなんて上等なモンはねえから、結構荷台の振動はスゴイ。


 しかも、熱中症を心配する程度には気温も高い。


 なのに、そんな劣悪な環境でも熟睡できちゃっているあたり、アルがどんだけ疲労してたかは察せられるというものだ。


 せめてこれだけは、と、俺とローランドさんでクッションとか毛布とかを改造して割とよさげな寝床を作ってやったが、それでも硬いし、痛いし、暑いのにはかわりないだろう。


 ホント、どこのブラック企業の社員だよ。

 こいつ、今までもこんな生活だったのかねえ。よくもまあ、過労で死なねえもんだ……。




 因みに、人間って1日7時間は寝ないと寿命が縮むと言われている。


 俺もそんな詳しくねえけど、睡眠時間が7時間以下だといろんな疾患の発症率や十数年以内の死亡率とかが上がっちまう、という科学的根拠がちゃんとある。


 ……もう1つ因みに言っとくと、日本って睡眠時間が最も短い国の1つだったりする。その平均時間はおよそ7時間。


 俺にとっては結構衝撃の数字だった。

 「7時間で短いのかよ!」って。


 俺の経験上、7時間寝られれば十分なんだよな……。むしろ寝すぎてるイメージ。1番忙しい時で5時間睡眠を1年間、なんて生活もしてたこともあるし……。


 ……前世の俺も寿命を削っていたのは同じか。


 一方、確か南アフリカの国々では、なんと1日9時間程度がだそうだ。裏を返せば、それ以上寝てる人もいるってことだから、その生活スタイルの違いに愕然とする。



 まあ、そんなことはさておき。





 今回の任務には俺とアルの他に同行者が2人――イサナと、そしてハクがいる。


 まず、イサナに関してはイスタニアの元間者ってことで、監視も兼ねてるから当然だ。ルドヴィグ殿下とも約束しちまったしな。




 因みに、イサナとはここ数日ちょっとばかし会話して、俺の主観的にはだいぶなつかれたような気がしている。

 

 案外、素は言動が荒いことや、やらせてみると大概の事は器用にこなしてしまうこともわかった。


 それに、イサナの生い立ちなんかもそれとなく聞いた。


 俺の感覚では、なんとも心痛む話で、とてもじゃないが文字に起こせない壮絶な過去だと思った。

 だが、イサナ本人はなんとも軽く話していたし、アルも淡々とした態度だったんで、やっぱこの世界ではめずらしいことじゃねえんだろうなあ……。


 まあいい。

 うまいことルドヴィグ殿下からイサナの処遇は任されたし、これから色々教えてってやろう。


 そのうちに、彼が犯した罪についても話し合えたらいい。






 イサナに関しては現状、そんな感じだ。

 逃げ出そうとする様子もないから、ひとまず俺が監視ってことで、御者として働いてもらってる。


 まあ、俺たちが虐待するはずもなし。その上、衣食住は保障されるんだから、逃走よりも俺たちに従う方がお得だろう。

 ということで、俺はほとんどイサナを警戒してない。






 しかし問題? は、ハクの方だった。


 なぜかシリンさんの申し出で、明らかに不満アリアリのハクが、俺たちの任務に同行することになっちまった。


 まあ、人手が多くなるのはありがたいし、俺たちとしては断る理由もないうえに、出発の準備で大忙しだったから、なし崩し的にハクの同行を受け入れたんだが――。


 王都を出てから最初の数時間はなんとも会話がかみ合わなくて苦労した。


 しかも、ハクのポリシーなのかなんなのか、「新しい名が欲しい」とか言ってきたんで、久しぶりに頭を絞って考えてしまった。


 その結果。


 俺的にはまだまだ改良の余地ありだったが、彼の新しい名は“月白ゲッパク”に決まった。




 はい、拍手!

 パチパチパチ~。




 ……まあ、あんまり“ハク”から離れた名前は俺が嫌だったんで、その点に苦心したが、ちょうどいい言葉を思い出せてよかったぜ……。


 しっかし、アルには丸投げされて俺が考えるしかなかったんだが、ホントに俺が提案しちゃってよかったのかねえ。


 第一、新しい名前なんて考えなくていいだろうになあ。

 



 因みに、これは推測でしかないが……。


 ここ数日、シリンさんとハクの間では結構シリアスなやり取りがあったらしく、ハク的には“己の主人”をくらいの気持ちで、今回の任務に同行したらしい。


 そんな気負わなくてもいいのにな。

 ちょっと行ってまた帰ってくるだけだ。


 そうして帰ったら、またシリンさん達と家族みたいに食事を囲みつつ、旅先での話を聞かせてやればいい。


 その行為を阻むモノは何1つないのだが……。


 俺からすれば、そんな程度の事でも、ハクにとっては、あるいはこの世界の人にとっては、違うのかね。



 ま、ハクの心情はさっきの休憩で色々話して多少分かった。


 これからはもう少し、ハクとも共感して話せるかもしれん。





第35話「経緯」

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