第25話「真理の一端」
あくまで淡々と、アルフレッドは必要事項を告げていく。
「ちなみに、山中の人物は今のところオルシニアが関知することではありません。ですが、この国の民を害したことは看過できない」
「あなたが黙秘を貫こうと、事態が終息し次第、あなたを王都へ輸送するのは確定事項です。それだけは承知しておいてください」
一方、少年は今しがたのやり取りで、既に諦念を感じ始めていた。
イサナは震える拳を握りこみながら言う。
「……僕は、一体何をすればいいんでしょう」
“わざわざ王都へ輸送する”ことから、何か別の役割を求められているのだと、イサナは解釈した。
何しろ、彼のような
それを、手間暇かけて手当てをし、監視付きとはいえ寝床を与え、暴力を振るうでもなく淡々と言葉で事実確認をされる――。
すなわち、自分自身に、何らかの利用価値があるのだろう、という考えだった。
確かに、イサナは従魔術を使える。
彼からすれば、魔物を忌避する
……それとも拷問の末、あるだけの情報を吐かされるのか。
少年の脳裏に一抹の不安が過ぎった。
だが、そんな虜囚の心情に、青年は一切の配慮をしない。
「特に何も」
そんな短い言葉で返したのみだった。
おかげで、少年が感じている不安は一切解消されない。
「――ただ、あの魔物については詳しく話してください。あなたを襲っていた二足歩行の魔物のことです」
「!! ……」
青年がそう言った瞬間、当時の恐怖でも思い出したのだろうか、イサナの表情はこわばった。
すぐには返る言葉もなく、アルフレッドは眉をひそめ、先を促そうとしたが――。
――アル?
勿論、青年にこんな愛称で呼びかける存在は1人しかいない。
「……今開けますよ」
呼びかけられた青年は、これ見よがしに溜息を洩らしつつ、しかし、身軽に席を立って扉を開けた。
やがて、男――
「ありがとよ。手がふさがってたもんでな」
その言葉通り、男の手元には湯気の立つ椀が3つあった。
中に入っているのは野菜を煮込んだスープにパンをつけこんだ簡素な食事。
盆に乗ったそれらを室内に運びいれながら、上体を起こしている少年を見つけ男はニコリと笑みを向けた。
「お、起きたんだな。ジャストタイミング」
「……それは“最適な瞬間”という意味ですよね。……僕としてはもう少し遅い方が良かったんですが」
「ありゃ、そうだった?」
「…………。しかも僕らの分まで。不要でしょう」
「確かにちょっと早いけど、あとにしたら二度手間だろ?」
そんなやりとりを交えつつ、2人は少年の元へと近づいていく。
それにつれ椀から漂う匂いが増し、イサナの腹から空腹を知らせる音がなった。
「!!」
慌てふためき赤面する少年に、宵闇は一笑して椀の1つを差し出す。
「ははっ。やっぱ腹減ってたか。遠慮しないで食え。何しろお前は怪我人だ。しっかり食って回復に努めろ」
「……クロ」
短く呼び名だけを口にした青年は、眼で雄弁に「情を寄せるな」と語っていた。
「ああ。わかってるよ。……でも、これくらいは必要だろ?」
「……まったく」
眉尻を下げて返す男に、アルフレッドはもはや何度目かもわからない息を吐く。
隣国の間者など、今後どのように処遇されるか未知数なのだ。そんな存在に肩入れすることなど、アルフレッドにとってはともかく、宵闇にとっては自殺行為に等しかった。
既に手遅れな感はあったが、今からでも心理的に距離をおいておくのが身の為だと、青年は再三忠告し続ける。
男もまた、そのことを頭では理解しているのだ。だからこそ、アルフレッドに全てを一任すると先程告げた。
だがやはり、庇護対象に同情を寄せるのは男の本質と言ってもよく、さっきの今で変えられるはずもない。
そんなやり取りが為される中、一方の少年はと言えば――。
信じられないモノを見る目をして、椀を受け取ったまま硬直していた。
イサナからすれば、虜囚であるはずの自分になぜ
「……ん? どうした、食べていいぞ? ……あ、片腕で食べにくかったら介助してやるからな」
「あ、えっと……」
男に心底不思議そうな表情で促されるも、イサナの困惑は更に深まる。
そもそも彼の感覚的に、
一方、宵闇とは違い、少年の心情が手に取るようにわかるアルフレッドは、同情さえ込めて告げてやった。
「……誰も責めませんから、さっさと食べてください。話しができないでしょう」
「っ」
その言い方に、宵闇は軽く眉を顰めたが、あいにくイサナの心理を慮ればこのくらいの言葉で促した方が話は早い。
案の定、少年はまだいくらか困惑を残しながらも、恐る恐る椀の中身へと口をつけ始めた。そしてその様子に、男もまたイサナの“現状認識”を遅れて理解することになる。
「……ひとまず、食べれるうちに食べとけよ」
宵闇は何とも言えない表情になりながら、結局のところそれだけを言った。
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「……では、改めて問います。あなたを襲っていた魔物、あれについて知っていること、すべて話してください」
「……」
先程とは違い、空腹が満たされ、一定の信頼感も生まれたかといった感じだったのだが、それでもイサナは黙して答えない。
……いや、“答えない”というよりも“答えられない”あるいは“言葉に迷っている”というのが適当なようだった。
「――っ!」
意思に反して言葉に詰まり、少年の中では焦燥ばかりが大きくなっていく。
みるみる顔色が悪くなっていくイサナの様子に、男は見かねて声をかけた。
「おいおい、そんな青ざめるな。今、食事やったろ? ここに軟禁する以外、お前に何かする気はねえよ」
「……時間は差し上げますから落ち着いて話してください」
アルフレッドもまた、何か事情があるらしいことは察していた。それに、現状急かす必要もない。
少年に説明する気があるのなら、多少時間をかけようとも構わないのだ。
そうした空気を感じ取り、イサナも多少は緊張を解く。
そして、彼は何度か唇を湿らせ、漸う言った。
「……任務を果たすには、今従えている奴では足りなかった。だから、試してみることにしたんです」
「何を」
端的で静かなアルフレッドの問いに、少年は再び言葉を迷ったようだが、やがて言葉を継いだ。
「……魔物は、魔力をもたない命が、大量の魔力をもつことで成るんじゃないかって、僕は前から思っていました」
「……」「!!」
一見飛躍した少年の話す内容に、アルフレッドは眉をひそめたが、一方の宵闇はハッと目を見開き驚きを示す。
両者で反応が分かれるなか、イサナもまたその様子を慎重に見つめていた。
なにしろ、彼が今しがた口にした考えは、この世界においては異端と言っていいものなのだ。
魔物を人類の敵と定義するオルシニアでは勿論、魔物を従魔として活用するようなイスタニアにおいても、良くて黙殺、悪ければ拒絶の上、気狂いとでも罵倒されるだろう異端な考え。
なぜなら、それは
仮にその考えが的を射ていた場合、極論を言えば、
だからこそ、イサナは言葉を迷っていたのだ。
まともに取り合われないならまだしも、異端者として奇異の眼を向けられることを恐れたのだ。
「――だから、従魔に魔力を注ぐことでもっと強い魔物になるんじゃないかって考えたんです」
「……それを試した結果、あれができた、と」
重々しく問いかけたアルフレッドに対し、少年は首肯する。
一方の宵闇は、苦々し気な表情を浮かべ、押し黙っていた。
「……それは、あなたが自分で考えたことなんですね」
「? ……はい」
青年の問いはまだ続く。
「その考えを、他に話したことは」
「いえ、ありません」
「……そうですか」
ひとしきり確認したのち、アルフレッドもまた眉を寄せて黙り込んだ。
イサナからすれば、話を頭ごなしに否定されるでもなく大真面目に取られていることに驚きながらも、剣呑な雰囲気を醸し出す2人に不安げな眼を向けた。
「…………ったく」
やがて、組んでいた腕を解き、頭に片手をやった男が呟く。
「イサナ。こんなことを俺がお前に言うのはお門違いだが――」
しかし、その瞬間。
「「!!」」
「?」
宵闇と青年が同時に一方向を見晴るかした。
その視線の先には小屋の壁を越え、西に聳える山並みがある。
――そして時刻は既に、月の昇る夜となっていた。
「アル」
「ええ」
何が起こったのか分からず困惑するイサナへ、宵闇は静かに向き直って告げる。
「……いいか、イサナ。本来、こんな俺が言うことじゃないんだが――」
「生命ってのは、人が安易に手を出しちゃいけないモノなんだよ。……ひとまず、お前がやったことの結果、しっかり自覚しろよ」
「……」
「生憎、これ以上はあとだな。ひとまずここで待ってろ」
かけられた言葉の意味がわからず、眼を瞬かせるだけのイサナを残し、男と青年は小屋の外へと駆け出して行った。
第25話「真理の一端」
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