第22話「異なるモノ」



 それにしても。


 イサナを襲った魔物だが、まるで俺たちが追っていたあのウルフが、突如二足歩行に変態姿形が変形したかのような奴だったな。


 体毛がウルフと同じ灰色で、俺の知ってる表現で言えば体長2 mちょいの狼男ワーウルフ

 結構な迫力だったが、俺が全力で蹴り入れたら吹っ飛んだんで、体重はそれほどじゃないらしい。


 ただ、まさかアルから逃げきるとは思わなかった。


 もうちょっとでイサナ獲物にトドメを刺せるって時に割り込まれれば、普通の獣なら激高するだろう。

 少なくとも、今まで俺たちが討伐してきた魔物はそうだった。


 なのに、今回の狼男はそんなこともなく、アルとの力量差を正しく推し量り、片腕を飛ばされながら逃げに徹したんだ。


 ……すなわち、ある程度の理性がある。


 いっそ、本能で動いてくれる方が対応はしやすいんだがな。今後、一体どんな面倒事になるか分かったもんじゃねえ。


 やっぱ俺が獣型になってでも、あそこで追跡しとくべきだったかも……。いや、イサナを早く安全なところに移さないといけなかったし、無理だったな。





――注目すべき点はまだある。

 

 狼男とウルフに共通点が見られたことだ。

 俺がどっちも「オオカミ」と表現している通り、両者の間には姿形の特徴とか体毛の色とか共通している部分が多々あった。




――そしてもう1点。


 ……恐らくは、イサナは一連の事象と無関係じゃない。


 そもそも、こんな山の中に子供が1人なのが変な話だ。


 百歩譲って、1人でいた子供が魔物に襲われたのだとしても、その魔物にケガを負わされながら、あまつさえ死ぬこともなく、こんなところまで逃げてこられるはずがない。


 この情報だけでも、イサナが普通の子供でないことは明白だ。


 そして、「なぜそんな特殊な子供がこんな山の中にいたのか?」「なぜ異常な魔物に襲われていたのか?」そんなことをつらつらと考え、ついでにシリンさんが懸念してたことも考慮すれば。


 “イサナが隣国の工作員かも”と考えるのはわりと自然な思考だろう。


 例えば、イサナが隣国からウルフやあの狼男を従魔として連れてきたはいいが、制御しきれずに牙を剥かれた、とか……?


 ひとまず何も証拠はないが、全然関係ない事象が同時進行している可能性より、すべてに関連がある可能性の方が圧倒的に高い。


 であれば、ウルフによる一連の被害から原因不明の魔力現象、そして今さっき遭遇した狼男やイサナの存在まで、すべて関連付けて考えておく方がいい。





 ……因みに、今の論理展開は俺の個人的な経験則なので、真に受けないでくれよ。更には理系的経験則じゃなく、数々の創作物を見てきた末のオタク的経験則だ (ここ重要)。


 まあ、そんなことはどうだっていいんだが……。










「――やはり来たか」


「ハクさん!」


 意識のないイサナを背負い、引き続きアルとともに小屋の方へと向かっていれば、その途中にハクさんが1人で佇んでいた。


 場所は、小屋の屋根が木々の合間からようやっと見えるようになったあたり。


 ハクさんはいつものごとく、彼の魔物姿を想起させるような白髪を後ろで束ね、切れ長の目元から明るい黄色の瞳が接近する俺たちを見つめていた。


 多分だけど、ハクさんも山頂付近の現象を感知して、その方向をメインに警戒していたんだろう。彼の口調からは俺たちが来ることもあらかじめ予想してたって感じだ。


 ひとまずはハクさんに近づきつつ、俺たちは呼びかける。


「詳しくは後で説明するけど、この近くで異常な魔物が出た。俺たちよりも頭1つ2つデカイ奴」


「急な話ですが、よろしければしばらくヘンネ村へ移っていただけませんか。そちらの方がまだ安全です」


 だが、ハクさんは特にそれに反応することもなく、俺の背負っているモノを見て目を眇めた。


「……その子供はなんだ」


「こいつは――」


「道中、魔物に追われているところを助けました。それが、何か」


 俺が答えるよりも先に、アルが答えた。

 けど、ハクさんは益々不審げだ。


「魔物に追われていた――。……同行者は」


「いえ。1人だと」


「……」


 それを聞いた瞬間――。




 突然、ハクさんの姿がぶれ、


「ハクさん! なにを――」


 俺がイサナを抱えたまま咄嗟に避けて距離をとれば、俺と入れ替わるような位置に立ったハクさんが、何もなかったような顔で言う。


「その子供の腕を見せろ」


 そして再度、俺に迫ってくるので俺も再び跳んだ。


「ちょ、やめろって!」


 こいつは今、貧血なんだぞ。意識が無いとはいえ、あんまり振り回したくねえってのに!


「……何事です」


 アル、助かる! そのまま壁になってくれ。


 少し遅れて動いたアルを挟み、俺たちはひとまずイサナを守るようにハクさんへ警戒の目を向ける。

 一体、何だってんだ。


の腕を見せろ、と言っている」


「腕……」


「なぜですか」


 ようやっと動きを止めてくれたハクさんだが、話す言葉が要領を得ないのは相変わらずだ。


 この間まではシリンさんが隣にいたから、あまり不便を感じなかったが、どうやらハクさん単独だとコミュニケーションに難がでるらしいな。


 説明も無しに突然実力行使とか、こりゃアルより会話に向いてねえぞ。


「……むしろなぜ、理由を問う」


 ……ほら。

 このヒト、端から円滑なコミュニケーションをとる気が無い。むしろ、「何それおいしいのか」レベルだ……。


 シリンさーん、貴女の従魔が暴走してます!

 現状、魔物狼男が出歩いてるから危ないけどちょっと出てきて通訳してくれませんかねえ……!




 さすがの俺たちも二の句が継げずにいれば、ハクさんが譲歩したような溜息をついて言ってきた。


「……では、お前でいい。そいつの腕を確認しろ。“刻印”がないならそれでいい」


「……アル、いいか」


 俺は念のため、ハクさんから視線をそらさずアルに確認するよう頼む。

 ハクさんがちゃんと説明さえしてくれれば、こんな余計な警戒しなくていいんだがな―――。





「っ!!」


 だが、イサナの身体を腕に抱えなおし、その腕が露わになった瞬間。


 俺は目を見開いた。




「――刻印とは、この8つの数字ですか」


「そうだ」


 ハクさんには頷きとともに肯定される。


 があったのは俺がさっき応急処置したのとは別の方――左腕の上腕。


 そこに。


 明らかに後天的で人工的な“模様”があった。

 アルによるとそれは“数字”。


 地球で使われているどのそれとも異なりながら、どこか共通性を感じさせる、この世界発祥の数字だ。ちなみに言えば10進法。

 俺も最近見慣れてきたので大体わかる。


 そんな、本来であれば人類が誇るべき最古の発明の1つ、それが――が人の肌の上にある、という光景に俺は存外ショックを受けた。


「……アル、これ焼き印か」


「でしょうね。しかも相当古い。少なくとも数年たってます」


 その言葉に、俺の頭は


「ッ数年って! こいつ、いくつだと思って、っ―――」


 そして反射でアルに食って掛かってしまい、俺は無理やりに口を閉じた。

 ……こいつに訴えたってなんの意味もねえ。


 突然、情緒不安定になった俺に対し、ハクさんは心底不思議だ、とでもいうように首を傾げた。


「お前は何に憤っている?」


 そのハクさんの態度に、俺はイヤでもこの世界の“基準”を突き付けられ、再度頭に血が上った。




 感情の矛先は勿論、ハクさんなんかではない。


 こんなが焼きごてを充てられ、あまつさえ隣国への工作員人殺しとして使われる、なんてことがまかり通る、この世界のに対してだ。


「――あぁあぁ、そうなんだろうな、こんなことがありふれてんだろ、この世界ではな!」


「クロ」


「……わかってるよ」


 淡々としたアルの声に、俺は再び荒れ狂う感情をねじ伏せることにする。


 俺だって、この感情が正義漢ぶった青臭いものだとは重々自覚してるんだ。それに、は今の話題において重要じゃない。


「それで? この数字には何の意味が?」


 アルが話を戻して問いかければ、ハクさんから返ってきたのはほぼ俺の予想を裏切らない言葉。


「私たちを追う者たちの共通点がそれだ」


「……なるほど」


「チッ。……こうも手っ取り早く確信できなくてもいいんだけどな」


 つまり、少なくともイサナはイスタニアからオルシニアに侵入して来た工作員の1人、と断定されたようなものだ。


 もっと言えば、数秒前まで“推定”、だったものが、この瞬間から“確定”になる。これで、アルも本格的に対応を考えなくちゃならなくなった。


 ついでに俺が思い至るのは、スパイとしてそういう目的で長く活用するならこんな焼き印をイサナに入れておくのは致命的な欠点になる、ということ。もし、潜入中に身体検査されれば、今みたいに言い逃れできない証拠になってしまうからな。


 にも拘わらず、まるで管理ナンバーをつけているということは――。


 十中八九、使い捨てが前提碌な情報を持ってないということだ。


 それに、普段においては逃走防止にも役立つだろう。こんな焼き印が入っていれば、普通の生活はとてもでないが送れない。

 そもそも、こんな子供のうちから使い捨ての駒そういう扱いを受けているなら、それ以外の生活なんて知りようもないだろう。


 ましてや、まともな教育なんて望むべくもない。きっと倫理観なんてクソ喰らえ、ってなもんだ。

 生きるために、どんな犯罪にでも従事するだろう。


 俺は考えれば考えるほど、たった十数歳の少年イサナに関わる理不尽に胸がムカついてしょうがなかった。


 ……だが、俺にとっては至って自然なこの感情の動きは、あいにく異世界ここじゃあ、だいぶ異端なのはよくわかってるつもりだ。


 それでも、どうしようもない感情を飲み込もうとしていれば、ハクさんが言った。


「お前は、ソレをどうするつもりだ」


「……まさか殺せとでも?」


 俺は内心の苛立ちのままに、ハクさんに突っかかる。

 ……自分でも引きそうなくらい低い声だ。


 だが、相手は微動だにせず言ってくる。


「それこそまさかだ。私はソレから情報を吐かせたい。シリンの懸念が正しければ、一連の騒ぎの元凶はソレだろう。その確証を得たい」


 あくまでも淡々とハクさんは言う。


「クロ」


「っ」


 すまんな、アル。

 どうにも感情を制御できない。頭ではわかってるつもりなんだがな。


 俺は握っていた拳をゆっくり開く。


「どうにもわからないな、お前は。ソレと今日初めて遭遇したのは事実だろう。ならば、どうなろうと関係はないはずだ」


 心底不思議そうな表情でハクさんは言う。


「――そも、お前たちが庇オルシニ護すべき対象ア国民を殺して回っていたのがソレのはずだ。どうしてそこまで敵意を見せる」


 まあ、彼からすれば、イサナは彼の大事な存在を脅かす可能性があるんだ。当然の対応だろう。


 


 ……こんな簡単に他人イサナに同情しちまう俺も悪いしな。








「ッハアァ……。―――申し訳ねえな。気にしないでくれ」


 俺は、今度こそいろんな感情を抑え込みながら、2人に向かって微笑んで見せるしかなかった。





 恐らくはひどい表情をさらしちまっただろうが……。

 しょうがねえな。














 ひとまず、イサナの体調が無事回復するかの保証はない。


 ということで、イサナの意識が戻り次第対応を考え、それまでは俺とアルがイサナの身柄を預かる、ってことで話はまとまった。


 そうしてようやっと小屋へと移動する――という道すがら、ハクさんが呟いた。


「……お前はどうも、私とは異なるようだな」


 それに、俺は思わず笑って返す。


「奇遇だな。俺も今回のやり取りでそう思ったよ」


 その返答に、ハクさんは数瞬俺のことを見つめてきたが、結局何も言わず、今度こそ小屋へと先導していく。


 付き合いの短い俺には、淡々と零されたそのハクさんの言葉と表情に、彼のどんな感情が含まれているのか知る由もなかったが――。


 少なくとも、俺はを感じていた。

 何しろ、ちょっとした希望が潰えたわけだからな。

 

 ハクさんは俺と同じく、人型になれる魔物で“珍しい存在”。いわゆる俺たちは“お仲間”な訳だ。

 

 だから俺は、ちょっとばかし期待してたんだ。


――ハクさんも俺と同じ、地球からの異世界転生者なんじゃないか?


 ってな。


 だからどうだっていう話だが……それでも、俺はやっぱり気になっていた。

 


 この世界のどこかに俺と同じ経験異世界転生をした奴がいるんじゃないか?

 俺と共感できる奴がいるんじゃないか?


 って。



 やっぱ、俺にも郷愁はあるからな。

 最近は、隣にアルがいてそれなりに楽しい日々を送れているし、何しろ憧れの異世界転生なわけだから不満なんてこれっぽっちも魔物に転生した以外にないけども。


 だけど、期待しちまったんだ。

 同じ境遇の奴を見つけたんじゃないかと。



 だけど、どうやらハクさんは俺とは違うらしい。

 少なくとも、思考や感性を俺と共感させられるほど、彼は俺と同じというわけじゃない。


 今回のイサナへの対応でそれがはっきりとわかってしまった。

 

 ちょっとでも期待してたぶん、なんとも寂しいことだが……。

 まあ、そんなに都合が良い事は、早々起こらないもんだな。








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