第21話「後悔」

視点:1人称

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――時を少し遡る。





 ヘンネ村の畑のあぜ道に立っていた俺は、突如感じた違和感に顔を上げた。


「……なんだ?」


「クロ、今のは――」


 そして少し離れて前方を歩いていたアルも、俺と同じ方向に視線をやったのち、こっちを振り返ってくる。


「ああ、山頂のチョイ下くらい、だな、たぶん。派手に魔力が吹き上がった」


 俺はざっくり割り出した魔力の発生源――西に聳えるイルドア山脈の一角を指さす。


 俺が感知したのは魔力の波――魔力波だ。だが、今の状態人型だと大雑把な方向くらいしかわからん。


 ……くっそ。獣型になればもっと詳しくわかるんだが。


「……」


「よくある現象だったり?」


 ちらりと思案するようなアルに、俺はダメ元で聞いてみたが――。


「……いえ、少なくとも僕は知りません」


 やっぱそうだよな。


「なら、未知の自然現象か人為的な魔力暴発……。あるいは魔物が暴れだした、とか?」


「……」


 あ、ちょっと待て、アル。俺、今適当な事言ったからな?

 そんな深刻な顔して悩むなよ。


「……やっぱ、シリンさん達もこっちヘンネ村に呼んどくか?」


「検討すべき――いや、少なくとも知らせに行きましょう」


 だよな。何か山で異変が起こったなら、最も先に影響を受けるのはシリンさんたちだ。彼らもさっきの現象を感知して不安に思ってると思うし、あるいは何かもっと詳しいことを知ってるかもしれない。ちなみに、ここ数日何往復もしてるから今更体力的に苦になることもない。


 では、さっそく行きますか、っと。

 ……?


 俺がアルの言葉に頷き返していれば、人が小走りで近づいてきてた。

 あれは……ラルフさんだな。どうした?


「アルフレッド様! すみません、今、よろしいですか」


「ええ。……なんでしょう」


 彼はこの村に住む農民の1人だ。男盛りの明るい人で、村長ってわけじゃないが村の中心的な存在。


 そんな人が軽く息を整え、口を開く。


「ばあさま――私の祖母が……、何かが起こったからアルフレッド様にお知らせしろと」


「!」


 ……驚いた。

 確かこの人のお婆さん、盲目になってたよな。やっぱ、そういう人はそっち系の感知能力が高くなったりすんのかな……?


「……すみません。年寄りの世迷言を――」


 申し訳なさそうに続けたラルフさんに、アルが答える。


「いえ、当たっていますよ。どうやら、山頂付近で何かあったようです」


「! それは……」


 ラルフさんも目を見開く。


「まだ何があるかわかりませんが、このことは皆さんにも知らせてください。僕たちは様子を探りに山へ向かいます」


 お、伝言頼むのいいな。

 それじゃあもう1つ、俺もラルフさんに頼んどこう。


「ついでに、シリンさん達の避難も相談してくる。だから、もしよければ、どっか空き家とか提供してもらえないかな」


 俺のこの言葉に、彼はパッと笑顔を浮かべた。


「ええ、ええ。構いません。丁度いい場所もありますから、うちの者に準備させます。……よかった。あの家族のことは我々も気になっていたんです」


 だよな、一応ご近所さんだもの。シリンさん達も山に住む猟師として、村との交流はしてたらしい。

 あと、ハクさんは天候も読めるらしく、大雨が来るとか、いつから晴れるとか、そういうのも時々教えてたそうだ。


 だから、この村の人たちにとっては身元不確かな新参者でも、シリンさん、ハクさん家族への印象は悪くない。


「それでは、しばらくここを離れます。何もなければ今日中に、少なくとも明日には戻ると思います。その間は、みなさんで警戒をお願いします」


「わかりました。……道中、ご無事で」


 ラルフさんは深々と頭を下げ、送り出してくれた。


 俺たちはそれに応えつつ、その足でシリンさんたちの小屋へと向かうことにする。

 必需品は常に携帯してるから、わざわざどっかに寄る必要もない。


 ……あ、ちなみに、俺たちはこの村で村長さんの家に間借りさせてもらってる。


 ここ数日は、対ウルフ用に村の周りに柵つくったり、土塁作ったり、そんなこんなを俺たちは指導してたんだが、そのお礼として可能な限り歓待したいっていう村長さんの好意に甘えた形だ。





 しっかし、なんともまあ、俺たちがこの村に来た当初と比べ、村の人たちの対応も親し気になったもんだよ。


 これはシリンさんたちと会う前の話だが――。


 まず初っ端、村の人たちにはアルの尖った耳の形エルフ耳で怖がられ、俺の姿も外人東洋人なのと黒一色っていうのが倦厭され……。王都から派遣されてきたって証明できるまで、結構遠巻きにされちまった。


 まあ、魔物が近くに来てるってことで、彼らの警戒心も高まってたからな。しょうがない。


 ただ、しばらく付き合ってみると、アルとか俺の外見に対する忌避感は王都の人たち程強くないとわかった。


 見慣れてしまえば気にならない、みたいな感じ。

 さっき話したラルフさんも、すっかり俺たちの外見なんて気にしてないしな。


 正直、これは俺にとって意外だった。


 偏見かもしれないが、田舎の方がこういう排他的な傾向は強いイメージがあったんだが、実際はそうと決まってるものでもないらしい。


 ……俺たちの身分を慮ってるだけかもしれないけど。


 とにかく、王都ではあからさまに顔を顰められて嫌がられていたのが、ここでは数日滞在してる間にそんな反応をされなくなった。


 これは、当然ながら良い事だ。

 アルは何があっても他人事みたいな顔してるが、誰であろうと他人から嫌悪されれば傷つくもんだろう。

 

 あいつも、内心ではちょっとずつ傷ついてるはずだなんだ。

 だから、それが軽減されるのは、あいつの精神衛生上、すごく良い事だ。



 ま、王都にいる時だってアルには一切、傷ついてる素振りなんかないんだがな……。





 閑話休題話を戻す


 そんなこんなで、俺たちは木々の合間を縫って道なき道に分け入っていく。

 目指すはシリンさん家族の住む山小屋だ。


 勿論、シリンさんたちの小屋につながる道はちゃんと他にあるんだが、俺もアルも方向感覚は悪くないから問題ない。

 それに、今回は異変の詳細を探る目的もある。だからこそ、軽くその発生源に近寄りつつ移動することにしたのだ。


 彼らの小屋は山腹に位置してて、さっき感じた魔力波の発生源とは若干北寄りに離れている。つまりは少し弧を描いて小屋に向かう感じだな。


 とは言え、ちょっとした遠回り程度。何か痕跡でも見つけられればラッキーてな位だったのだが――。





 結果、を俺たちはした。






 それは、俺たちが山中に入って間もなくのことだった。


 地響きとか吠え声っぽいのとか、色々不穏なモノを俺たちは感じ取った。

 当然、様子を見に進路を変更して向かってみれば、デカい狼男みたいな魔物に襲われている少年――イサナを見つけた。


 その拾い物ことイサナは、俺が駆け寄ってった時点で満身創痍だった。

 全身には擦過傷のほか、背中に打撲、そして右腕前腕に酷い裂傷を負っていた。


 幸い、腕の傷は太い血管を外していたが、止血もしないで逃げ回っていたのは明白で、どれだけの失血量かも不明。


 ま、輸血とかの医療行為は端から俺には無理だから失血量の正確な推定なんて無意味なわけだが。

 とにかく、少年の自己治癒力にすべて賭けるべく、優先すべきは止血だった。


 ただ、これに関しても、雑菌のついてない清潔な布なんて俺は携帯してなかった。勿論、煮沸消毒して用意するような準備も時間もない。


 ならばと、俺がぶっつけ本番で試したのが、主に血中の血小板に魔力で働きかけ、瘡蓋かさぶたの形成を速めることだ。


 ……因みに、只今もっともらしい説明御託を並べてはいるが、同化可能なアルならまだしも、イサナに対しての対処は本当に適当で、すべては大雑把なイメージのみで魔力をイサナの身体に流し込んだだけだ。


 ホント、狙い通りの現象を起こせてよかったぜ……。


 やっぱ「魔力」っていうのは、都合が良すぎるエネルギーだよ。

 ……恐らくは、「使用者の思念 (笑)に従って自在に物理法則に干渉できる」なんていう、核エネルギーよりもとんでもねぇ、が「魔力」なんだと思うし、だからある程度確信をもってイサナの止血に俺は魔力を用いたわけだが……。


 正直に言って、俺は「魔力って何?」というこの問いから全力で目を逸らしていきたい所存だ。でなけりゃ、俺という存在も含め、さえ危うくなりそう。


 わかってもらえるか?

 この精神崩壊一歩手前の心境……?




 ま、話を戻すが。 


 ついでにもう1つ白状すると――。

 実は、最後にイサナの緊張を解いて眠らせたのが最善だったかも自信はない。


 本来であれば、失血して血液が不足した場合、重要な臓器に血液を優先して循環させるために、交感神経反射が起こる。そうして血液不足で弱まる血圧を無理やり維持するわけだ。


 つまり、重度の失血が懸念されるなら、血圧を維持するため、交感神経が活性化するのはむしろ正しいことだ。


 だが、俺がイサナに促したのはリラックスすること――交感神経から副交感神経への切り替えだ。


 ……全くの素人判断だったが、あの時はそうすべきだと思ったんだ。


 あの時のイサナは、呼吸も速かったし顔色も悪かった。意識も落ちかけていたし、一見して重度の失血が疑われる状態。


 けれど、あの時点でそんなレベルの状態にイサナがなることはほぼありえないことなんだ。


 何しろ、俺たちが村で魔力波を感知してから彼を見つけるまでたった十数分。それは、イサナの逃走継続時間としても妥当な分数ふんすうだろう。


 その間に、意識が混濁するような量の失血をしたとすれば、イサナの体重が40 kg程度だと仮定して、分速80 mL以上の大量出血をし続けていたということになる。


 だが、そんなことはありえない。

 一見して腕の太い血管は傷ついておらず、イサナの服もそんな大出血を示唆するほど汚れてはいなかった。

 なら、イサナの身体に現れていた不調は、失血によるものが主ではなく、魔物に襲われたことによる極度の緊張が要因だと、俺はほぼ直感的に思ったのだ。


 だからこそ、俺はイサナに安全を実感させ、緊張を解くことを優先した。


 ……でもその対応が今後、イサナの回復に吉と出るか凶と出るか、俺にはわからないんだよな。これ以上の知識を俺は持ち合わせていないし、それに、根本的な問題としてここは異世界なわけだから、俺の知識がどこまで適用できるのかもわからない。


 ……ホント、こういう時に感じるのは「もっと勉強しときゃあよかった」という後悔だ。

 世界の違いに関してはもうどうしようもないが、ちゃんと正しい知識が俺にあれば、こんないくつも賭けをしなくとも自信満々に対応できたんだよ……。


 俺も昔は一応、人並みには頑張った方だが、“学び”に果てはねえもんだ。もっと色々







 ……ま、もう終わったようなもんなので、イサナのことはもう運を天に任せるしかない。とりあえず、落ち着いて身体を休められる場所に早く運んでやらないとな。









第21話「後悔」

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