第15話「従魔と術者」
『まさか
思わず呟けば、ハクさんが明確に反応する。
「今、“聞こえてんのか” と言ったな? 不明瞭だが聞こえている。
……そうか。シリン、お前には聞こえていないのだな」
それに思い至ったらしい彼が呟くように尋ねれば、シリンさんが言った。
「何も。……ハク、誰と話しているの?」
「客人のジュウマだ」
ハクさんの返答に、シリンさんは一転、眼を見開いた。
「まさか、この国に……」
なんか「信じられないものを見た」、みたいな反応だ。
そもそも、“ジュウマ” って……“従魔” か? 俺がよく知らない言葉は曖昧に翻訳されるから、漢字変換迷う。
『えぇっとぉ……、アル? この場合、俺はどうすれば?』
同化解いて、姿見せるか?
「……そうしてください」
よっしゃ。
アルのお許しが出たんで、ちょっとばかしカッコつけて登場させてもらいますか!
『んじゃあ、今から出てくから驚かないでくれよ』
「!!」
今度は強めに念話を発してみた。これぐらいならシリンさんにも聞こえるだろう。
突然届いた念話に彼女はびっくりしてたが、俺の言葉に頷いてくれた。
因みに。
この “念話” ってのは、要は空気の代わりに魔力――いや、この場合、魔素とでも言えばいいのか? ――を振動させ、言葉を伝える方法だ(おそらく)。つまり、声と同じく “
あと、念話を感知するのがどこの器官かは知らんが、人の聴覚に違いがあるのと同じく、念話の感知能力にも優劣があるらしい。
だから俺は、念話を届けたい相手に合わせその都度出力を調整してる。
翻って、ハクさんはつまり、俺がアルに向けて出力を絞ってた念話さえ聞き取れるほど、感知能力に優れてるってことだ。
要は “耳” がイイんだな。
……ひょっとすると、人間としては良すぎかもしれんが。
俺は同化を解いて、2人の前に姿を現す。
客観的にはアルの身体から黒いモノが剥がれて、獣型にまとまってく感じかな。
まず頭、次に前脚ができて胴体が続く。最後に後脚と尻尾ができて、“俺” の完成! ってな感じだ。
俺の身体、結構デカいから、なるべく威圧感を与えないよう、動作もゆっくり、アルの後ろに回り込んでお座りする。
アルの背もたれになる感じだな。ちょっと低いけど。
シリンさんは俺の登場に息を呑んでた。
けど、悲鳴を上げられないだけマシかな。
獣としても俺は大きいし、更には魔物だから本能的な恐怖もあるはずだ。
それをどうにかするのは現状、不可能なので仕方がない。
ひとまず、自己紹介はしとこう。
『――俺の名は
「……そうだったのですね」
シリンさん、やっと呟いたって感じで言ってくれる。
一方、ハクさんが俺に向ける視線は鋭いまま。いつでもシリンさんの前に出られるように準備万端って感じだ。
ちょっと怖いなぁ。
「魔物を人の敵とするこの国で、中々珍しいことだな」
そんなハクさんからは淡々と感想をもらったが……ん? ちょっと待て。
『つまり、外国では事情が違うのか、アル』
思わず訊けば、すぐに答えが返る。
「らしいですね。魔物を従属させる従魔術などが外国にはあります。そういう地域では、魔物がちょっと珍しい家畜みたいな扱いだったりするそうです」
『へえ』
やっぱ、文化の違いみたいなものはあるんだな。
……ってことは、今のハクさんの言い方からすると、この人たちは外国人、なのか?
あー、と、いうことは……?
『……アル、この山超えた先にあるのはなんていう国だ?』
「イスタニアですね」
突然俺が話題を転換してもアルは動じない。
思いつくままに俺は言った。
『もしかしてそこは、従魔術が盛んな国だったりする?』
「ええ」
『ふーん。……じゃあ、従魔をもてるのは貴族だけだったりするのか?』
度重なる疑問に、アルは少し詰まって言った。
「……僕もそこまで詳しくはありません。ただ、術者本人でなければ魔物を従魔として使役できないそうですから、貴族とは限らないのでは?
ただ、術者は貴重で戦略的価値も高いので、こぞって貴族が求めるでしょうね」
へえ。
『……じゃあ、シリンさんはイスタニアの貴族、あるいはそれに準ずる身分かもしれないってことか』
「「!」」
あ、やっちまった……。
『……わりぃ。無意識に思考がもれた。気にしないでくれ』
といっても、シリンさんの表情が引き攣ってる。ハクさんの視線も鋭さが増した。
ルドヴィグ殿下にもやっちまったけど、念話で話してると本音とか無意識の思考とかがガバガバになるんだよなぁ。ムズイ。
「どうか聞き流してください。僕も忘れます」
アル、ナイスフォロー。
と、思っていれば、シリンさんが言った。
「……いえ。……わたくし達の事情はショウ殿のご指摘でほぼあっております。ただ、あくまで元です。今は見ての通りの身分ですので」
彼女の表情は引き攣ってたけど、声音に湿っぽさはなかったな。昔の身分に未練はないらしい。家の中を見るに暮らしは充実してるみたいだし、案外肌に合ってたとかなのかな。
国元で何があったか知らないが。
「なぜお前はわかったんだ」
ハクさんが訊いてくる。
けど――。
『……むしろ、隠してるつもりだったのか?』
「「……」」
あー……またやっちまった、かな?
俺が内心冷や汗かいてれば、アルがため息ついて言ってくる。
「……ハア。ちょっとあなた、人型になってくれませんか。それで少しは静かになるでしょう」
『すまん……』
失言を連投しちまった俺は、ひとまずおとなしくアルの言葉に従った。獣型から人型になるため、俺は一旦形を崩して身体を再構成する。そしたら――。
「まあ! ショウ殿
両手を合わせ驚きを示したシリンさんが、興奮の見える声で言った。
今の言い方をしたってことは、
ちらりと思考を逸らしつつ、俺は言った。
「シリンさんがそう言うってことは、珍しいことなんですね?」
俺の身体は濡れちゃいないが、アルと一緒に床に座っとこう。
そうして俺はアルの隣に動きつつシリンさんに尋ねた。
彼女は頷いて言う。
「ええ。可能な魔物は珍しいでしょう」
俺は言った。
「姿を変えられる魔物っていうのは、俺みたいに獣型と人型の姿、どちらもとれるってことですよね」
重ねた質問に、今度は否定が返る。
「いえ、多少の違いはあります。……魔物の姿から人に似せた姿をとるモノもおりますし、身体の一部だけが急激に変化するといった場合もあります。……とはいえ、確認されたのは記録上数例しかありません。本当に珍しいことです」
うわぁ、いろんなパターンがあるのね……。
とはいえ、俺みたいに形態変化できる魔物が珍しいことには変わりない。なんとなくそうだろうなとは思っていたが、図らずも確信を得られてうれしい限り。
なんか、俺と他の魔物って根本的に違う感じなんだよな。
ちなみにその違いは、
例えば、他の魔物って斬れば普通に赤い血が出るし、死体になればただの有機物の塊だ。つまりは生物の枠に嵌ってる。異常なのは魔法を使ってくる点くらい。
だが、俺は違う。
人型をとれたりアルに同化できたりするのもそうだし、他にも色々
まあ、俺はいわゆる異世界転生者だし、その点が関係してるかもしれんが……。
これ以上は他の“人型をとれる魔物”と比較しなきゃ結論はだせない。ぜひとも直接会って色々検証したいところだ。
「――ああ、あと、従魔ってなんですか?」
これも忘れないうちに聞いとこう。
まあ大体予想はつくけども。
シリンさんも今の俺の質問で自分たちの思い込みを察したらしい。
眼を見開きながら、答えてくれる。
「従魔術で術者の配下になった魔物のことです」
やっぱりか。――ってことは、俺は従魔ではねえな。
一方のシリンさんも言った。
「……ショウ殿は、アルフレッド様の従魔ではないのですか」
これにはアルが頷く。
「ええ。僕は従魔術を知識では知っていますが、使ったことはありませんし、僕はクロの――このヒトのことですが、行動を制御していません」
「!!」
「……」
だが、アルの返答が伝わった瞬間、またしてもハクさんの放つ気配が固いモノになったし、何気にシリンさんの身体も緊張で強張った。
……もしかして、俺が従魔だと思ってたからこそ、比較的落ち着いた反応だったのか? だったら悪い事しちまった、かな。
「――客人、どういうつもりだ」
わお、ハクさん本気で殺気だしてるよ。
一見して武器は見えないから、魔法が得意なのか。それとも無手とか暗器とか?
俺たちは床に座ってるし、ハクさんは立ってるから、体勢的には圧倒的にこっちが不利だ。
問答無用で攻撃されたら……、
俺が現実逃避的なことを考えてれば、アルがなぜか溜息をつきながら口を開く。
「……信じられないでしょうが、このヒト――クロに人間を害するつもりは全くありません。勿論、僕にもありません。どうか、矛を収めてはいただけませんか」
……そうそう。
俺に他人を攻撃する気は全くねえよ?
因みに今のは
「――俺は外にいた方がいいか?」
気まずさを誤魔化そうと提案すれば、アルは身軽に立ち上がろうとする。
「いえ。そんなことならお暇します」
おいおい、もう暗いぜ? 怪我すっか風邪ひくのがオチだって。
俺が思わず助けを求めてシリンさんに視線をやった。――ら、彼女は一瞬驚きはしたが、すぐに微笑んでハクさんとアルを押しとどめてくれた。
「ハク、威圧をやめてください。アルフレッド様、この天候の中、足元も不安定です。どうぞ、今夜は泊まっていってください。ショウ殿も」
「……いいのですか?」
胡乱気な表情をするアルに、シリンさんはニコリと微笑んで頷いた。
「はい。お二方を信用いたします。あいにく、この一間と毛布ぐらいしか提供できるものがありませんが……」
「十分です。ありがとうございます」
さすがのアルも素直に礼を言う。
ああ、よかった。
俺もシリンさんに頭下げとこう。
食料は携帯してるし、最近は野宿も多かったから、温かい部屋と毛布を貸してもらえるだけで全然ありがたい。
「……シリン」
一方、ハクさんは表情が乏しい中でも不満そうな声で彼女に呼びかけたが――。
「ハク、私のことなら信じられるでしょう?」
「……それを言われては、退くしかない」
シリンさんに諭され、なんとか受け入れてくれそうだ。ホント逆の立場だったら俺もいやだもの。彼には心底同情する。
一晩中、監視されるんだとしても文句はねえな。
ところでこの2人、結局のところ夫婦なのか?
第15話「従魔と術者」
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