第16話「約束」

途中で人称が変わります。

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 そんなわけで、俺たちはシリンさんのご厚意に甘えて一晩泊めてもらった。


 もちろん、居間の一画と毛布を貸してくれただけなんで、寝床なんてものはなかったが、アルは獣型になった俺を枕とクッション代わりにしたんで、睡眠の質としては悪くなかったようだ。


 ……俺の寝心地は最悪だったけどな。


 あいつも180 cm越えのイイ体格してるわけだから、普通に重い。別に俺の内臓がつぶれるとかの心配はないが……こう、気分として寝苦しかった。


 まあ、これもアルの信頼の証だと肯定的に捉えよう。特にあいつの場合、警戒心がバカ高いから、俺がついて歩くようになったもっと始めのうちは、めっちゃ浅くしか寝てなかった。それが、俺を寝具扱いしてくるまでになったんだから、大きな変化だろう。


 なんか、言ってて泣けてくるけどな。




 まあ、そんな話はいいんだ。


 俺たちは翌早朝からちょっとばかし畑の世話なんかを手伝って、精一杯の礼をしつつ、シリンさん、ハクさんとお別れした。


 因みに、息子さん、娘さんとも挨拶はできた。名前はアラン君にセリンちゃんだそうだ。たぶん、もう会うこともないだろうけど、もし機会があれば次は獣型でも怖がらないでほしいなあ。


 あと、突然話が飛ぶが、この家族どことなく名前がアミノ酸っぽいよな。セリンちゃんはまんまアミノ酸だし、リシンとかアラニンとかも語呂が近い。


 ……全然近くない?


 そっか……。








 そんなこんなで俺達は魔物の捜索再開だ。


 俺は魔力を広げて近域の地形を把握していく。


 ちなみに、わかるのは地形だけじゃない。魔力同士は干渉するから、魔力濃度の高い場所――例えば、魔物とかがいる場所ではその波形が乱れる。


 俺が探すのはそういうポイントだ。


 時々地形的な要因で魔力濃度の高い場所もあるけど、それは動くか否かで見分けられる。更には、動くモノなら工夫次第で移動速度も割り出せる。

 これで結構、特定できるもんだ。


 案外、便利な魔法だろ?





 ……おっと、説明してる間にさっそく変な反応があったが……。


 なんだ、シリンさんたちの小屋の場所だ。

 距離的にも間違いない。


 俺たちが一晩いたから魔力濃度もちょっと高くなっちまったかな。

 ……あるいは。


 まあいい。どちらにしろ次だな。







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 黒い獣――虎と、青年が足早に山間を移動していく。


 足元は昨夜の名残でぬかるみ不安定だが、彼らはそれをものともせずに駆けていた。四つ足の獣はまだしも、青年のほうは驚異的な速度だ。



 彼らは魔物を追っているのだ。



『!』


 そんななか、地を蹴りながら、虎が反応する。


『アル! 奴らまた圏内に入ってきた。今度は数もわかるぜ。獣型が3!』


 その言葉に青年は眉を寄せる。


「報告よりも少ない……」


『けど、確かめないわけいかないだろ?』


「……そうですね」


『んじゃあ、こっちだ』


 虎は身軽に進行方向を変えた。その先に魔物がいるのだ。

 当然、青年も続く。


 彼らに疲労の色はない。


 特に青年は、元々の地力が違うのは勿論、全身に魔力を巡らせ、“身体強化”を行っていた。

 筋肉の瞬発力や持久力、関節の強度、心肺機能、等々。様々な身体機能を底上げし、常人では不可能な運動量を可能にする。


 この魔法こそ、彼が“不死身のシルバーニ卿”と称される所以の1つだ。


 といっても、これが他の誰にもできない魔法、というわけではない。

 ATP通常の体内エネルギーの代替として魔力を使っているのだ。多少の魔力をもつ人間なら無意識に使う、いわゆる「火事場の馬鹿力」に等しい魔法といえる。


 ただし、燃費がものすごく悪い。


 普通ならこの魔法を常時展開するなど不可能なレベルで燃費が悪かった。


 そのため、誰もが使える魔法でありながら、それを意識的に戦闘に用いる者は少ない。

 瞬間的な膂力の底上げになら使えるが、出力の調整に失敗すれば使用者自身が怪我を負う。常時使用するとなれば魔力がもたない。


 体内魔力が急激に枯渇すれば最悪の場合、身体機能に異常をきたす可能性を考慮すると、まさに火事場で咄嗟に発揮される馬鹿力魔法として使うのが妥当なのだ。


 しかし、そんな常識を覆したのが青年の“身体強化”だった。前提となるのは湯水のごとく消費できる膨大な魔力だが、それでもなお、徹底的に効率化した魔力運用によって青年の“身体強化”は実現されている。


 因みに、元から青年の“身体強化”は高効率だったが、近頃は人体に関する虎の知識が合わさったことで更に効率が上がっている。


 当然、虎も青年が疲れにくいことそのことは承知しているが、冗談めかして聞いておく。


『アル、疲れてねえかよ。俺が背に乗せてやろうか!』


「いらぬ世話ですよ。さっさと案内してください」


 パフォーマンスと言ってしまえばそれまでだが、そういう“気遣い”を見せておくのもコミュニケーションとしては重要な事だ。


 実際、青年は自分の不調を隠すことに長けている。


 何しろ、青年が負傷するのは珍しい事でないにも関わらず、王都における彼への評価は“不死身”だ。つまりは、怪我していようとそれに周囲が気づかない。


 しかも、最近虎も確信したことだが、青年に隠している自覚は一切ないのだ。


 周囲に弱みを見せられない環境で育ったために、青年にとっては自身の不調を隠すことが既に息をするのに等しい行為なのだ。


 だからこそ、虎はこまめに気遣っている。


――唯でさえ青年はこのところ動き詰めで、体力が削られていないはずはないのだ。


 アルフレッドからの辛辣な返しにも動じず、虎は一笑して前を向く。


『そんだけ舌鋒鋭いなら大丈夫だな』


 やせ我慢なのは明らかだが、本人の言も信じてやらねばならないだろう。


 虎は青年の走りやすいルート選択を意識しつつ、魔物を追うことに集中した。









 そして、もうすぐ夕方に差し掛かるかという頃だった。


 魔物らは立ち止まったり駆けだしたりを繰り返し、移動を続けている。虎と青年が追跡を始めてからおよそ半日、直線距離でかれこれもう30 km以上移動しているだろう。

 初めは狩りかと思われたがそうではなく、何とも意図が不明だった。


 ただ一旦、目視できる距離まで迫り件の魔物――ウルフであることは確認している。だが、頭数が軍からの報告よりも少なかったため、寝床をつきとめることを主目的に、虎と青年はここまで休みなくウルフを追跡し続けていた。


 そろそろ時間的にも目的を達成できるか、というところだったのだが――。






『……なんだ?』


 不意に立ち止まった虎へ、青年もまた足を止める。


「クロ」


 短い青年の催促に、まもなく虎から答えが返る。


『今、後方から魔力波がきてる。……たぶん交戦してる。それと不明瞭だが魔物が複数』


「後方……」


『あっちの方角だが――』


 虎と青年はその先を見晴るかし、


 何しろあちらの方向には――。


『アル!』


 とある懸念に突き動かされ、青年は素早く身を翻していた。

 今度はその背を獣が追う。


『あっちはシリンさんたちがいる。小屋の方に戻んのか!』


「ええ! 僕たちは。杞憂であれば最良!」


『ここまで追ってきたのに惜しいがなぁ』


「人を守れないなら、無意味です」


 思い切った判断だった。半日かけてここまで追ってきたものを、見す見す打ち捨てるのだから。

 だが、青年の声音に迷いは無かった。


『りょーかい! 付き合うぜ』


 虎もまた軽快に返しつつ、未だ前を行く青年との距離を詰めた。


「クロ! 魔力波は――」


『まだ来てる! ……予想通りなら


 青年は、わかっていると言いたげに眉を寄せる。


「だとしても、多数相手は」


『ああ。あの小屋だって決して丈夫な造りじゃない』


「っ」


 逸る気持ちに反し、速度は中々上がらない。


 これまでは比較的登りだった道行が、うって変わって降り坂だ。

 しばらくすれば、先行していた青年の足もさすがに鈍った。


 実際、登りよりも降りの方が体力は消耗するのだ。姿勢制御に筋肉が酷使され、あっという間に疲労感が蓄積する。

 

 だが、四つ足の獣には関係ない。

 瞬く間に並走し、言った。


『アル、俺に乗れ。急ぐぞ!』


 青年は迷う表情を一瞬浮かべたが、無言で虎に従う。

 駆ける速度は緩めもせずに、青年は虎の背をわしづかみ、見事な体重移動で跨った。


 そのまま彼らは目的地に向け、急坂を直線距離で下っていく。


 何しろ鞍もない獣の背だ。ウマに跨るのとはわけが違う。ただでさえ不安定なうえ、上下動も激しく、一歩間違えれば青年は振り落とされるだろう。

 そして虎も、背に荷を負ったことで動きが制限されることは避けられない。単純な重さだけでなく、四肢の可動域も制限されるのだ。


 だが、青年が振り落とされることはなく、虎の速度も変わらない。


 彼らは無意識のうちに思考を読みあい、互いの動きに合わせているのだ。


 まさに人虎一体となって、彼らは魔力波の発生源――恐らくは、昨夜世話になった山小屋の方へと向かっていった。











 一方、彼らの向かう先では、灰色の獣数頭が小屋を囲んで唸り声をあげていた。


 予想通り、昨夜彼らが泊まった山小屋だ。


 その周囲を半円状に取り囲み、灰色の獣らが今にも飛び出さんと態勢を低めながらじりじりと包囲を狭めていく。


 だが、決定的な一歩を踏み込んでは来ない。


 いや、踏み込めないのだ。


 唸る獣らを威圧し、小屋へと近づけさせないモノがいるからだ。


『とく去れ、ケダモノども。死にたくなければな!』


 その場に気迫のこもる念話が響く。



 小屋を守るように、白くて巨大な猛禽が獣らを威嚇していた。



 翼を広げれば3 m以上ありそうな巨鳥だ。魔力を帯びていることから魔物とわかる。


 それが屋根から獣らに睨みを効かせ、決して小屋の方へと踏み込ませない。


 だが、既に激しい攻防はあったのだろう、ウルフの毛並みも、巨鳥の翼も、それを感じさせるように乱れている。


 特に白い猛禽は、数の上で劣勢。さらには後に引けない防衛戦。


 状況は決して良くなかった。


 獣らの数は5頭。体長は小型とはいえ、1 m以上はある。中にはリーダー格なのか、2 m近い個体もあった。


 身体が大きいぶん白い鳥の方が威圧感はある。しかし、その体重まで考慮すれば獣の方が数倍だった。もし鳥が隙を見せ、獣に伸し掛かられればひとたまりもない。また、獣らには数の利もある。


 普通の獣なら巨鳥の威圧に本能的に耐えられないが、灰色の獣らも生憎、魔力を纏う魔物だった。魔物ならばある程度知能が高い。鳥に隙さえできれば均衡が容易に崩れると分かっているのだ。


 やがて、ひときわ体格の優れた個体が一瞬早く駆けた。

 当然、巨鳥もそちらに反応する。


 だがその次の瞬間、鳥の視界から外れた獣2頭が小屋へと走り寄り、距離を詰めた。こちらが本命なのだ。


 石造りとはいえ、出入り口や窓などは他よりも造りが脆い。数回獣に体当たりでもされれば壊れるだろう。

 1頭が進入路をつくり、2頭目が室内に入り込み、それだけで中は血の海になる。

 

 巨鳥は誘導にひっかかったことにすぐさま気づいたが、既に割り込むだけの猶予はない。

 更には残りの3頭もそれぞれ距離を詰めていた。特にリーダー個体は巨鳥に飛びかかろうと身をかがめる。


 なすすべなく巨鳥が敗れるかと思えたが――。


『“切り裂け”!』


 羽ばたき一閃。

 それによって巻き起こった突風が魔力によって鎌鼬となり、獣らを襲う。


 あたりに血しぶきが舞い、獣の悲鳴があがった。


 巨鳥の魔法だ。


 たまらず寄っていた獣らは残らず後退し、しかしそれでも懲りずに巨鳥を威嚇する。

 異常な執着ぶりだった。


 さすがに形勢不利と判断しそうなものだが、一向に獣らの戦意は削がれない。最悪の場合、他にも仲間がおり、それを頼みに食い下がっているのかもしれなかった。


『……必ず――』


――守り抜いてみせる。


 巨鳥は再び獣らを睨み下ろす。

 手傷を負わせたとはいえ状況は変わらずギリギリだ。だが、巨鳥には絶対に退(ひ)けない理由があるのだ。


――友にかつて誓った約束を。


に手出しはさせん』


 巨鳥は喉を震わせ、威嚇の声を上げた。






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 全力疾走で十数分。

 俺とアルが魔力の発生源に辿り着けば、灰色の魔物数頭ととデカい猛禽が交戦してた。


 鳥の方はオオタカ、かな。ただしシルエットだけ。配色が違うし、めっちゃデカい。

 背側の羽が真っ白で、腹側の羽毛が黄みのかった白だ。対照的に嘴と足が真っ黒で、細部はよく見えんが、中々カッコイイ。


 灰色の方はウルフだ。

 マジで二手に分かれてたんだな。


『おいおい、なんだよあれ』


「鳥型と獣型が交戦してますね」


『それは見りゃわかるよ』


 俺は思わず呆れてしまう。

 今のは答えを求めて訊いたんじゃねえんだよ。


「なら、なぜ鳥型が小屋を守って戦っているのか、ですか? およその推測は立ちますが、確かなことは言えませんね」


『だろうな……』


 アルちゃん、律儀だよね。

 不用意な事言った俺も悪かったけどさ。


『で、どうする?』


「人を助けます」 


 最速で急いできたけど、あの鳥型がいるから、こっちも少しは息を整えられる。

 オオカミも小屋の方には手を出せてない。


 ま、多勢に無勢で押し切られるのは時間の問題だろうが、アルが守りにまわれば大丈夫だろう。


『んじゃあ、任せた。俺は白い方に味方して暴れてくる』


「……程々に」


 なんかアルの微妙な表情が気になるけども――。

 あ、やべえ。


「ハクっ!」


『下がっていろ!』


 鳥型がオオカミに飛びかかられて体勢崩した。

 ついでにシリンさんが飛び出してきて……!


 わあ、ちょっと待って、待って。

 今俺たちが助けてやるから、早まらないで!






第16話「約束」

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