第14話「出会い」
雨雲で暗いからよくわからんが、時刻はそろそろ夕方だろう。足元もいい加減不安定になってきてるし、初夏に入りかけとはいえ、日が落ちて気温が下がれば風邪をひくのは不可避だ。
なるたけ早く身体をあっためねえと。
……だというのに、アルちゃんは突然、足を止める。
「クロ、他の小屋はありませんか。あそこに1つあるということは、もう1つくらいあるでしょう」
『……何言ってんだ。あそこにあるからこそ他にねえよ』
山小屋があるはずの前方に、
ったく、贅沢言ってんじゃねえ。
お前が
熱だして寝込んで、数日棒に振るよりはマシだろ!
言葉にせずとも俺の言いたいことは伝わったらしい。
アルは溜息を吐いて、再び足を進め始める。
まあ、無人の方が勝手に入り込んで雨宿りできただろうが、しょうがない。俺もまさかこんな山間の山小屋に人が住んでるとは思わなかった。
小屋の戸口にたどり着き、戸を叩いてアルは声をかける。
「……すみません。この雨で難儀しています。休ませていただけないでしょうか」
よしよし、こいつにしては及第点。
アルの声に、小屋の中の人たちが反応する。
中にいるのは大人2人に子供2人。十中八九、夫婦とその子供だろう。これは音で分かった。
しばらくすれば大人の片割れが、出入り口の方へと近寄ってくる。
「……何者でしょう」
静かな若い男の声だった。警戒しているのが伝わってくる。
「アルフレッドと申します。御存じかわかりませんが、ここ半月、近隣で魔物によって死人がでています。その魔物を討伐するべくこちらに来た者です」
「……」
数秒の沈黙と人が離れていく気配に、もしや断られるのかと残念に思った。
けど、少し待てば再び人が寄ってきて、木製の扉が少し軋みながら開かれる。
「……どうぞ」
そうして見えたのは、意外にも垢ぬけた男の姿。
不思議な色合いの白髪を後ろでくくり、切れ長の目の奥には明るい黄色が覗いている。服装は質素なものだが、容姿は整っており、とてもこんな山奥で暮らしている人間には見えない。
そんな男は、わずかに警戒をにじませながら身を引いた。
まあ、旦那としては妻と子供を抱えて、身元の判然としない男を家に上げるなら警戒するよな。
気持ちはわかる。
アルはおとなしく礼を言い、旦那の脇を通って小屋の中へと入った。ついでに、腰に下げていた剣も、剣帯ごと外して旦那さんに預ける。
旦那さんはちょっと面くらってたな。
ちょうど「剣を預からせろ」って言いかけてたのかもしれん。
普通なら一悶着あるところなのかもしれないが、
つまり、アルにとって武器があるかどうかなんて関係ない。
今は俺もいるしな。
さて。
大部分が石造りな小屋の中は小綺麗だった。
寝室に続くらしい扉が奥にある以外は、居間と作業場を兼ねたようなこじんまりとした一間だけだが、奥さんの趣味なのか所々に花が生けられてたり、やたら手の込んだ刺繍が飾られていたり、どことなく上品だ。あと、部屋の隅にはちょっとした子供の玩具も置かれてた。旦那さんの手造りかな。
視線を巡らせば、多少緊張しながらこちらを見つめてくる女性と小さな兄妹がいた。
暖炉の前を空けてくれたらしく、彼らは所在なげに立ちあがっている。
……さあ、この人たちはアルの外見を見てどんな反応をすることやら。
アルの精神安定のためには、できればフードを被ったままにしたいんだが、礼儀的にも身体を温めるためにもそれは悪手だろう。
雨よけの外套はもうずぶぬれになっているし、顔を見せないなんて不信感に拍車を掛けちまう。
アルは既に腹をくくっているのか、なんの躊躇いもなくフードをとった。
その瞬間、無造作にしまい込まれ、すっかり湿り気を帯びた金の髪がパラパラと広がり、薄暗い中でも光を返す伏し目がちな翠眼が露わになる。勿論、エルフ耳も露わだ。
軽く首を振って整えながら、アルは言った。
「アルフレッドと申します。この度は、暖を分けて下さりありがとうございます」
そうすれば、何に反応したのか、女性の方から小さく息をのむ音がした。が、特に言葉はない。一方、旦那の方は無言でアルを暖炉の前へと促してくる。
意外に反応薄かったな。
なんにせよ、いいことだ。
濡れた外套は戸口の傍に掛けさせてもらった。
アルは再度礼を言い、やっと火の前に腰を落ち着ける。
いやあ、ありがたい。
旦那さんには椅子を差し出されたが、アルは断った。汚しちゃ申し訳ないもんな。暖を分けてくれただけで充分だ。
奥さんの方は乾いた布を持ってきてくれた。
これもありがたい。
アルは悩んだようだが、こっちは結局受け取った。
ちなみにこの時わかったが、こっちの奥さんもだいぶ都会的な顔立ちだ。
髪は長く、明るい茶髪で、アルには劣るが綺麗な碧眼。
差し出してくれた手元なんかを見ても、生まれてから農作業だけやってきた人には見えない。
旦那と同じく服装は質素だが、振る舞いには粗野な感じが無いし、その容姿には知性を感じる。
こんな山奥でなんとも不似合いな事だ。
一方、子供たちはいつの間にか奥の部屋に行ったみたいだった。
めっちゃ警戒されてんなあ。
布を差し出してくれた奥さんだが、意外にもアルを怖がる様子はない。むしろ向こうから話しかけてきた。
「あの、アルフレッド様。わたくしは、シリンと申します。魔物に関して、少々お尋ねしてもよろしいでしょうか」
アルは、布で身体を拭いつつ視線で促す。
シリンさんは恐縮しながらも言った。
「麓の近隣で、魔物が出たことは私どもも聞いております。ただ、その詳しい話をまだ知らないのです。差し支えなければお教えください」
「ええ。構いません」
まあ、休憩させてくれる礼ってところか。この人たちも、情報が欲しくて家に入れてくれたんだろうしな。
アルはシリンさんに椅子に座るよう促しながら、言葉を継ぐ。
「ただ、わかっていることはそう多くありません。魔物は恐らく、群れで行動する四つ足の獣型複数頭。一度討伐部隊が交戦しましたが、ほとんど痛手を与えられず逃しています」
アルは相変わらず、にこりともしない。
そこへ、旦那さんも言ってきた。
「多数の魔物に対し、貴方は単独であたっているのか」
「……ええ」
「……」
アルの答えに旦那さんは微妙な反応だ。
言いたいこと、色々あるよな。
俺も人手が足りてねえと思ってるもの。
「優秀なのですね」
シリンさんは褒めてくれたが、今度はアルが微妙な表情だ。
確かに、こいつが優秀だからこそのムチャぶりではあるけども――。
「……ですが、肝心の魔物を見つけられなければ無意味です」
「それでこのような雨の中、捜索を?」
わお、シリンさん言うねえ。
「……」
アルは押し黙っちまった。
ただ、シリンさんも焦った顔してるから、思わず言葉が出ちまったんだろうな。
「まさに危険な行為だな。日中から雨の気配はしていた。気が急くにしても――」
「ハクっ」
へえ、旦那さんの名前は「ハクさん」ね。
それはともかく。
まるでダメ押しするようなハクさんの言はシリンさんの慌てた声で遮られた。けど、ハクさんは不可思議そうな表情だ。
全くの無自覚らしい。
この人たち、面白い夫婦だな。
「申し訳ありません。出過ぎたことを」
「いえ」
シリンさんがすげえ申し訳なさそうに謝ってくる。
この世界はまだ身分社会だしな。
でもこいつは身分なんて気にしてません。大丈夫。
ただこの調子だと、アルが雄爵だなんて知れたら、シリンさん卒倒しそうだな。
一方のアルは、ハクさんに視線をやって相変わらず淡々と言った。
「――それよりも、あなたは狩人ですよね。最近、森に異変などはありませんか」
洒落た室内にも獣の皮とか干し肉が吊るされてるし、弓矢なんかもあったから、ハクさんが狩人なのは確実だ。
なんか情報ないかと期待したんだが……。
ハクさんは黄色い瞳を瞬かせたのち言った。
「強いて言えば、罠にかかる獲物が減ったな。それでいつもより足を延ばして探っているが、それ以外、特に変わりはない」
「……」
残念。収穫なしか。
一方、再度黙ったアルに何を思ったのか、シリンさんが言った。
「捜索は、難航しているのですか」
アルは頷いて言った。
「ええ。統率の取れた群れのうえ、警戒心も高く、俊敏です。しかし、打つ手はあるので、あとは遭遇できればすむのですが」
「その “手” というのを差し支えなければお教えくださいませんか。何か、弱点などがあるのですか?」
ぐいぐいくるなあ、シリンさん。
ま、弱点あるなら知っておきたいだろうけど――。
「……いえ。僕の持ちうる手段で対処できる、という話です」
「その手段というのは」
「……そこまでは」
アルもさすがに口を閉ざす。
要はアルの “魔法” および “俺” のことだが、あまり手の内をベラベラ話すわけにいかないからな。
「あ、すみません……。差し出がましいことを」
シリンさんは申し訳なさそうに言ったが……。
それでも気にはなるようだ。
……なんだろうな。頻繁に外に出る旦那の為、とか。それとも、シリンさん本人が知識欲旺盛なのか。
あと彼女、明らかに学があるな。言い回しが教育を受けた人のそれだし、アルとの比較的お堅い会話も普通に成り立ってる。
そして気になることはもう1つ。
シリンさんの脇に、さっきから
なんか、夫婦というより主人と従者みたいな距離感……。
……もしかしなくてもシリンさん、
なんでこんな辺鄙なところにそんな人がいるんだ……?
ついでに、ハクさんの気配もなんか変だ。
これだとまるで――。
いや、深くは探らないでおこう。
すごく興味は惹かれるが、藪をつついて蛇をだしかねない。
まあ、ひとまず話題が切れたんで、アルに1つ伝えとこう。
『なぁ、少し雨脚は引いたが相変わらずの土砂降りだ。安全を考えればここに泊めてもらうのが一番だが、どうする』
「……」
アルは迷うように一瞬顔をしかめた。
こいつも本格的に暗くなった中、ぬかるんだ斜面を下るリスクはわかっている。
多少、礼金を渡しても、ここに留まるのがベストだろう。
そう、結論付けようとした時だった。
「……客人、ジュウマがいるなら隠すべきではない」
思わぬところから言葉が飛んできた。
同時に、じわりとハクさんの放つ気配が鋭くなる。
「……ハク?」
だが、シリンさんは不思議そうにしただけだ。
それでも、ハクさんは繰り返す。
「ジュウマがいるだろう。その状態ではこちらも警戒せざるを得ないぞ」
「……」
恐らく“ジュウマ”ってのは……。
俺のこと、だよ、な?
……またこれかよ……!
第14話「出会い」
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