白の章
第13話「イルドアの悪夢」
途中で視点が切り替わります。
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――オルシニア西部、イルドア地方。
山脈によって隣国と隔てられ、その山々からの豊かな水源が土壌を育むこの土地は、食料の一大生産地として、国を支える要衝だ。
何しろ、国の農地の5割近くがこの西部地方に集中し、農作物の生産量では7割を占める。まさに国の食糧事情を左右しているのだ。
そのため、統治は必ず公爵位や譜代の家名に任せられ、また、適任がいなければ国の直轄地として国王自ら統治に携わる。
それだけ戦略的にも重要な土地だ。
また秋には、冠雪を頂く山並みを背景に、麦穂のさざ波が果てしなく続く絶景が見られる。風光明媚な地でもある。
とはいえ今は初夏。
青々と競い合うように植物たちが成長し、昆虫たちも有限の生を伸び伸びと謳歌する季節。
それは鳥も獣も同じ。あらゆる命の躍動が始まる。
そんな麗らかな地において――。
――惨劇が起こった。
場所はイルドアの西端。山脈の裾野。
闇夜に獣の遠吠えがやたらと響くとある晩のことだった。
獣の吠え声は山麓の村では珍しくもなかったが、その夜はしきりに耳について、誰もが言いしれない不安を抱えて床に就いた。
そして、明けて翌日。
嫌な予感に駆られたとある村の者らは、朝一で山際に住む夫婦の家に向かった。
彼らは狩猟を生業としており、血の穢れを村から遠ざけるために、少し離れた場所に居を構えていたのだ。
人々が足早に向かえば、夫婦が住むはずの小屋は遠目にも壁の一部が壊れているのが見てとれた。緊張が高まり、2人の名前を半ば叫びながら駆けつければ、そこにあったのは筆舌に尽くしがたい凄惨な現場。
一面に広がった赤とむせ返るような異臭の中に、独特の獣臭さと濃密な魔力が残っていたことから、やったのは相当力ある魔物とわかった。それも複数体。
とても農民たちが束でかかって敵う相手ではなく、すぐにも砦へ被害が届けられた。
これは後の話だが。
この魔物の群れは“イルドアの悪夢”と呼称され、その名の通りこの地方で大きな被害を出した。
加えて、この“イルドアの悪夢”は非公認ながら全く予想外の火種も呼び起こし――。
あらゆる意味で、記憶にも、記録にも残る事件となったのだった。
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さて、王都で
俺が異世界に転生し、初めて訪れた記念すべき都市――オルシニア王都での日々は、思えばとにかく散々だった。
まず2日目にはルドヴィグ殿下に俺の正体がバレ、そのせいでアルが死にかけ、俺も予想外に体力を削り取られ……。
その後も屋敷の人員募集に応じてきた人間が案の定、暗殺者だったり、そうでなくても碌でもない人間だったり。
結局俺たちが王都にいたのはたったの6日間だったが、とにかく退屈しない、濃密な日々だったぜ……。
ああ、でも、アルがちょっぴり使用人の人たちに柔らかい態度をとれるようになったのは嬉しい変化だったな。
といっても、“こいつにしては”という但し書き付きの、まだまだ、慣れてないのが分かる不愛想さだが、こいつの根っこは元から優しいし、周りも心得てる人たちばっかだから、ひたすら練習あるのみだろう。
あと因みに、アルの代わりにルドヴィグ殿下の兄貴――第2王子殿下が軍隊を率いて向かった魔物の方は、何事もなく討伐されたらしい。
――少なくとも報告上は。
例のごとくルドヴィグ殿下がそれを教えに来てくれたんだが、彼曰く、公になってない何かしらのアクシデントはあったそうだ。
ただ確証に乏しいらしく、それ以上ルドヴィグも言葉を濁してたんで詳しくは知らない。
あまり俺たちに関係あるとも思えないしな。
それにしても、彼は
たぶん、兄貴が率いてった部隊の中に、
彼は将来、一体何になるつもりなのか……。
まあ、そんな感じで王都での束の間の平穏(?)を俺たちは過ごしていたわけだ。
しかし、魔物は国中で発生し続けているわけで――。
俺たちにも王都滞在7日目には正式な任務が下され、また魔物討伐のためにあっちへ行き、こっちへ行きの転戦の毎日が始まった。
よくもまあ、これだけの数の魔物が国中で出没するよなぁ。
しかも、アルはフットワークの軽さを過大評価されてる節がある。
要は費用対効果だな。「軍は維持費が高いから中々派遣しにくい。だが
だから、地元住民が魔物らしいモノを見た、くらいの案件で近場にいたアルが向かわされた場合も何回かあった。
大概は見間違いだったり、比較的無害な小型の魔物だったりだが、たまにメンドーな
そんなわけで、今日も今日とてアルは魔物の捜索だ。
探しているのは最近イルドア地方の西端で騒ぎになってる魔物。しかも単独行動が多いなかで、今回の魔物は群れで行動するらしい。
この任務を命じられ、アルがこっちの地域で調査を始めて早10日。昨日までの成果で目当ての魔物が国境沿いに山脈を移動してることはもう分かってる。
ただ、今日は朝から天候が崩れそうだった。
連日の疲れもあるし、山登りなんてやめとけ、って俺は言ったんだが……。
アルは忠告を聞かず頑固に山へ分け入って、案の定、雨に降られて濡れ鼠だ。
『ったく。だから言ったじゃねえか』
「……聞き飽きましたよ、それは」
同化した状態で思わず呟けば、むっつりとアルの返事が返ってくる。
とはいえ、こいつは少し焦ってんだろうな。
何しろ、今回の魔物はもう何人も喰い殺してる。
魔物の被害が多いこの国でも、これだけ死者がでるのは稀だそうだ。魔物自体が厄介なのもあるが、初めて被害がでた村が辺境だったのもマズかった。
最寄りの砦に情報が伝わり、武官20人くらいの部隊が初期対応に出た時点で死人は既に5人。すべて猟師や農民だ。
更に、その初期対応で派遣された武官の中にも死人が1人。
なんでも、部隊が夜に待ち伏せし見事に魔物を見つけたはいいが、予想以上に手こずり、結局取り逃がしたそうだ。その際に1人亡くなった。
その後、部隊への警戒心からか魔物は狩場を変え、その先で更に3人、農民や猟師が死んだ。
幸い、というかなんというか。被害者の遺体は残っていて、そこに残されていた歯形やなんかから、1 mから2 mほどの獣型、しかも複数体いることはわかっている。
それに、部隊が交戦した時点で少なくとも5、6頭はいたそうだ。
因みにちょっと補足させてもらうが。
この世界の魔物は地球のゲームみたいに種族名とかはないそうだ。
ただ、その姿形からざっくり鳥型、獣型、植物型、昆虫型くらいには分けられ、あとは全て「どこそこに現れた――型の魔物」みたいなアバウトな識別しかされていない。
なんでも、この世界の魔物は2度と同じ性質・形態では現れないため、種族名なんてそもそも決められないらしい。
つまり、今回のターゲットで言えば「イルドアに発生した獣型の魔物」ってことだな。
魔物の生態を研究してる
一応、識別するのに面倒だから俺たちは勝手に“ウルフ”って名前つけて呼んでる。話を聞いた限りじゃ、オオカミのような姿形かつ群れを作って狩りをするタイプみたいだし。
部隊を警戒して狩場を移動したことや、初回以降、待ち伏せに一度もひっかかってないことから、ウルフは相当警戒心が高く頭も回ることは確かだ。
足も俊敏で、俺たちもまだ遠目にしか確認できてない。
取りうる方策としては、部隊と連携して人海戦術でもって追い込むとかだけど……。
生憎、その手はもう使えなくなっている。
なぜかって?
確かにちょっと前までは派遣部隊とそういう話でまとまってたんだが、ウルフ数頭が国境付近を移動していると分かったとたん、向こうからは難色を示された。
「これ以上、軍を大規模には動かせない」とかなんとか。
まあ、最悪の場合、国境侵犯を疑われて国際紛争の火種になりかねないのは想像に容易い。誰でもそんなメンドーな事態の責任は負いたくないだろう。
魔物が山間部にいる間は大した被害もでないだろうし、平野部に降りてこない限り、もう軍は動かないそうだ。
とはいえ、全部をアルに丸投げするのは無責任すぎると俺は思うけどなあ。
いつまた平野部に魔物が降りて人を喰い殺すかわかったもんじゃないし、報告されていないだけで今も木こりや猟師なんかに被害が出てる可能性はある。
ということで、現在のアルはちょっとばかし焦っていた。
軍の協力が得られなくなってから今日で4日。まったく休みなしで動き回っているんだから恐れ入る。
俺の相棒ながらよくやるよ。
俺も“索敵”は得意だから手伝ってはいるんだが……、どうにも望む成果につながっていないのが悔しいところ。
……それで、話は元に戻る。
今言った通り、アルはこのところ焦っていて、今日なんか天候が不安定だってのに忠告をきかず捜索を続行。
案の定、雨に打たれてずぶ濡れになった。
勿論、アルも対策はしていた。油脂を表面に塗って撥水加工した外套を持ってきてたから、体の芯までずぶ濡れってのは避けられてる。
でも、段々雨脚は強まってるし、このままじゃ確実に風邪をひいちまうだろう。早く、雨宿り先を見つけてやんねえと。
……あ。
『あった。アル、2時の方向にちょっと行くと山小屋あるぜ』
「……ありがとうございます」
ようやっと見つけたぜ。
さすがのアルも素直に礼を言って進む方角を変える。
ちょっと
そうそう。
さっき俺は“索敵”が得意だって言ったが、これについても説明しておこう。
なんと驚け。
俺は視覚に頼らず、半径5 kmくらいの地形とかが魔力を使って認識できるんだ。
……なんか、地味だって?
まあ、そう言ってくれるな。
この魔法は、俺がアルと出会う前、つまり身体の自由がなかった頃、俺の努力と血と汗で (あいにく今の俺からはそんなもの出ないけど)編み出したものなんだ。
何しろ、せっかく異世界に転生して“魔力”なんてものまであるってのに、移動だけができなくてホントにうんざりしてたんだ。
そんな状況が続いて早2日。
俺は閃いた。
――魔力を使えば周辺を探査できんじゃね!?
と。
まさに電灯がピコンッて感じだ。
これも知ってる人は多いだろうが、地球では人間が目で見られない範囲、つまり地中や海中といった場所の探査には、電磁波とか超音波なんかを使っている。
仕組みは色々あるだろうし、俺も専門じゃないのでイメージで話すが、発信器から“波”を発すると、地中や海中から波が跳ね返ってくる。その反射波から、直接見ることのできない地面の下の地層や海中の地形を推定する、ってのがざっくりとした原理だ。
これを魔力でやればいいんじゃないか? というのが俺のアイデアだ。
……とはいえ、全然新しい考えじゃないし、むしろファンタジー系の創作物には比較的よくでる魔法の1つだろう。
オタクとしては閃くのに時間がかかっちまった感がある。
ま、実際やるとなったらたくさんの壁があったわけだが。
そもそも、“波”の性質である「反射」や「
ただ、その頃には魔力がエネルギーの1つの形態であることはほぼ確信していたし、電磁波も超音波も、大きなくくりで言えば “エネルギー” だ。
同じくエネルギーの1つである光は “波” と “粒子” どちらの性質もあるんだし、これだけ揃っていながら魔力の性質だけが全く違う、なんてのは確率的に低い。
ということで、かつての俺はまず、魔力のコントロールからやってみた。
何しろ、魔力の性質以前に俺が魔力を一定の強さ、かつ、
そして、この段階でも課題はあった。
どうやって魔力を観測するのか? ってところだ。
地球であれば電磁波や超音波は、当然、人の眼や耳では観測できない。それ専用の機器を使う。
その機器が反射波を測定・記録できるからこそ、人間は地中や海中の様子を推定できる。
じゃあ、魔力はどうか。
実際、俺は魔力を視認できなかったが、聴覚なのか触覚なのか、とにかく感覚的に感知することは可能だった。
イメージは、風が吹いてくるような “圧” だ。初めは難しかったが、次第に感知することには慣れたし、微妙な違いも感じ取れるようになった。
そうして、徐々に目的の魔力コントロールに移行しつつ、同時に魔力の
コントロールには結構な時間を取られたが、結論から言うと魔力は予想通り反射した。
それがわかれば、あとはひたすらデータ収集の繰り返しだ。
“魔力波” の出し方、反射した物体による反射波の違い、ありとあらゆる実験を重ねた。
結果、今じゃ結構な範囲を
……ちなみに、その代償として反射波がメッチャ複雑になるが、まぁ
ま、そんなわけで。
この能力を使って、俺の忠告も聞かずにずぶぬれになったアルちゃんのため、俺は雨宿りできそうな場所を今まで探し続けていたってわけだ。
第13話「イルドアの悪夢」
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