第11話「あらためて」

視点 : 3人称

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 ルドヴィグとローランドが見守る中、横たわった青年の影が再度蠢き、やがて銀と漆黒の魔物が姿を現す。

 

 そして、間もなくアルフレッドも目を覚まし、ようやく場の空気が弛緩した。








 ローランドはひとしきりアルフレッドの無事を喜び、感涙したが、すぐさま機敏に部屋の片づけに入った。

 

 一方のルドヴィグとアルフレッド、虎の2人と1匹(?)は、荒れてしまった書斎から場所を移し、応接間へと移動する。


 この間、虎は無言であり、動くのもやっとといった態でフラフラしていた。部屋を移れば真っ先に2人掛けのソファに寝そべり、完全に脱力する。


 そんな様子を横目で見つつ、ルドヴィグは尋ねた。


「それで? 状況を説明してくれるんだろうな、アルフレッド」


「説明も何も、見たままですよ」


 虎のすぐそばに陣取ったアルフレッドの淡々とした返しに、ルドヴィグは苛ついた声をだす。


「……お前は、あろうことか魔物に命を繋がせているのか」


「そうです。それが何か」


 一切動揺のない返答に、ルドヴィグは瞬間的に怒りを見せた。


「お前は! 魔物によって、今までどれほどの民草が涙を流してきたと……!」


「――では、僕に死ねとおっしゃるわけですね」


「ッ!!……」


 そうして何も言葉を返せず押し黙ったルドヴィグを、一方のアルフレッドは無関心に見遣る。


「……別に、僕個人としてはいつ死んだって構わないんですが……」


 そんな青年の言葉に対し、ソファに寝そべっていた獣が頭を上げ、気づかわし気に、そして責めるように名を呼んだ。


『――アル』


 青年はちらりと視線を向ける。


「ええ、わかってますよ。……これからは多少、面白く生きられそうだ」


 そうして青年は口端をわずかに上げ、薄く微笑む。


 その気心の知れたやりとりに、ルドヴィグは何とも言えない複雑な表情をした。

 そして、おもむろに獣へと身体を向ける。


「おい、魔物」


『……』


 何の反応もなく、視線だけ向けられたそれを気にすることなく彼は言う。


「……お前は、なんの目的でこの男を生かしている」


 一方の黒い獣は再度、億劫そうに身を横たえていたが、そのルドヴィグの問いに、その姿勢のまま答えた。


『こいつが気に入ってるからだよ。なのに、死なれちゃ面白くない』


「……人の世に、仇成す気は無いのか」


 到底納得していないルドヴィグを横目に見つつ、獣は口の端を歪めて言った。


『その問いに、なんて答えればあんたは納得するんだ?』


「……」


 ルドヴィグは再び沈黙し、その間に獣はゆっくり上体を起こす。そして、銀の双眸をルドヴィグに向け、まるで揶揄うように言った。


『俺の答えは“まったくそんな気はねえ”だ。どうだ、納得するのかよ』


「…………信じられるものではない」


 苦虫を嚙み潰したようなルドヴィグの返答に、獣は憤慨することなく気軽に返す。


『だろ? なら、この問答は無意味だ』


 そう言う獣の表情は豊かではないが、苦笑しているのが声音から窺える。


『ていうか、俺みたいなのって、そんな珍しいのか?』


「……俺みたい、というのは?」


 訊き返したのはアルフレッドだ。


『人間に敵意? がないような』


「そうに決まって――」


「結構いますよ」


「……は?」


 間髪入れないルドヴィグの言葉に、アルフレッドの否定が重なった。困惑の声に、彼は律儀にも繰り返す。


「結構いますよ。人間に無関心なのとか、敵対する気がないのとか」


「……」


 咄嗟に言葉を失うルドヴィグの一方、アルフレッドは獣へ視線を移す。


「ただ、あなたみたいに、流暢に言葉を話して、進んでこっちに関わってくるようなのは僕も初めてですが」


 その答えに、虎は緩慢ながらも首肯する。


『だよなあ。やっぱ多様性あるのが普通だろ。魔物だからって人間に敵対するとは決まってないはずだ』


 一転、瞳をすがめたアルフレッドが釘を刺すように言った。


「……まあ、あくまでいなくはない、という程度ですが」


 そんなやり取りに、ルドヴィグは顔を顰めて呟くように言う。


「……俺は聞いたことが無いぞ」


 アルフレッドは正面へ向き直り静かに言った。


「当然ですよ。そんな魔物はますから」


「……」


 再度黙ったルドヴィグに代わり、獣がのんびりと尋ねる。


『そうしとかねえと、何か不都合でもあるのか?』


 青年は肩を竦めて言った。


「さあ、それは知りません。……まぁ恐らく“魔物は全て人間の敵”としておけば、話が簡単だからでしょう」


 すっかり押し黙ったルドヴィグに構わず、アルフレッドは淡々と続ける。


「それに、その土地の住民からすれば、暮らしを脅かす存在は、それがどんな矮小なものであれ、排除しなければ安心できませんし」


『……さもありなん』


「……」


 納得する虎に対し、軽い衝撃を処理しようとルドヴィグは眉間を抑えて沈思していた。


 傍目にも混乱しているらしいルドヴィグが落ち着くまでしばらく話題が切れたが、その間に虎が緩慢に身を起こした。


 そのまま、形を崩して人型をとる。


 いつもよりも多少時間をかけながら姿を現した黒づくめの男――宵闇ショウアンは、消耗した様子を見せながらルドヴィグへと向き直った。


 しかし、その表情はこれ以上なく真剣であり、自然と場の空気も引き締まる。


 当然、他2人もその動きに注目しており、そのガラリと変わった雰囲気に、青年らは自然と姿勢を正して相対した。


 そうして、男はおもむろに言う




「……ルドヴィグ殿下。まずは、先程までの無礼な態度、申し訳ありませんでした。

 あの姿だとどうしてもが漏れてしまうもので。どうかご容赦ください」


「……」


 何と答えたものか言葉に詰まるルドヴィグはそのままに、宵闇は言葉を継ぐ。


「――それで王子殿下。厚かましいことながら俺から1つ、お願いがあります。よろしいでしょうか」


「……聞くだけはしてやる。なんだ」


 言葉遣いさえも一変し、その著しい違和感にさすがのルドヴィグも身じろいだ。


 対する男は礼を述べつつ、慎重に切り出す。


「今回の件、アルフレッドには咎めがいかないよう、なんとか取り計らっていただけないでしょうか」


「……具体的に言ってみろ」


 ルドヴィグの催促に、男は口端を上げる。


「ではお言葉に甘えます。殿下にはをしていただけないでしょうか」


 この言葉に、ルドヴィグは眉を顰め言った。


「魔物であるお前の存在を、か」


「ええ。そうすることで、国にも必ず益になります」


 ここで男はニコリとほほ笑んでみせる。

 沈黙を守り、先を促すルドヴィグに男は続けた。


「アルフレッド・シルバーニはこの国の支柱の1つであるはずです。俺はその“盾”となりえる」


「それに、俺に表立って士官する気はありませんが、アルフレッドに下された命の遂行には勿論、手を貸します。多少難度が高かろうが、今までよりはるかにその達成度は上がるでしょう」


「どうです。騒ぎ立てて、俺とこいつを失うよりも、無かったことにする方が余程有益だ」


「……理屈ではな」


 ルドヴィグは渋面を浮かべながら、男の言に一定の理があると認めた。とはいえ、感情的な面で受け入れていないことはその表情から明白だった。


 この反応に、男はわざとらしく眉を下げる。


「……どうあっても、魔物が王都内にいるリスクを看過できませんか」


「……」


 ルドヴィグは、数秒瞑目したのち、苛々とかぶりを振って溜息をつく。


「……いや、いい。こういう事項を考えるのは俺の性に合わん。アルフレッド、お前の裁量に任せる。もしもがあれば、お前ならこいつを抑えられるな?」


「命を握られている人間に無茶をいいますね」


「……」


 間髪入れない返しに、ルドヴィグは鋭い視線をアルフレッドへと向ける。


 指摘は的を射ており、ルドヴィグ自身も頭では理解していたが、彼の中ではどうしても、抑止力のない魔物を首都内部に放置することに抵抗があったのだ。言葉の上だけでも、「アルフレッドが制圧できる」と無理やりに納得したかったのだが、その目論見はアルフレッドの偽りない返答に破られる。


 相変わらず渋面を浮かべるルドヴィグを横目に見ながら、宵闇は肘掛にもたれかかってアルフレッドに言った。


「アル、お前が俺は止まるぞ」


 ここでいう“命じる”とは、すなわち魔力を帯びた言葉で対象の行動を制限すること、つまりは魔法の1つだ。男の理解では1種の暗示だろうと考えている。


 勿論、簡単にできることではないし、普通なら余程条件がそろわなければ成功しない。が、特殊な“繋がりリンク”のある宵闇とアルフレッドの間であれば少し事情は違った。


 精神世界さえ共有可能であるために、暗示の類がお互いにかかりやすいのだ。


 すなわち、相互的な魔力干渉を起こしやすい。


 それに、魔力の扱いに1日の長があるアルフレッドが“命令”すれば、その効力は絶対だった。


「それはあなたも同じでしょう」


「いや? 俺はあの魔法を意識して使えない。多分だが、俺とお前なら、お前の命令の方が効くはずだ」


「……どうだか」


 アルフレッドの返答には、本気で疑う響きがあった。実際のところ、男が発する“命令”もその効力は絶対なのだ。


「ハア……。もういい。どちらにしろ、打つ手はないと分かった。俺も腹をくくろう」


 そんな結論の出ないやり取りを聞かされ、ルドヴィグはもう我慢ならん、と背もたれに脱力する。

 “第3王子”という身分にありながら、比較的、自由奔放なルドヴィグがするにしても珍しい姿だった。


 「我が人生でこんな言葉を吐くことになろうとはな……」と小さくこぼし、ルドヴィグは姿勢を正し、男へと改めて向き直る。


「おい、魔物。……いや、ショウとやら。俺はお前を信用し、お前の存在を見逃してやろう。もし、この信を裏切り、民に仇成せば、この俺がどんな手段を使ってでも報復してくれる。肝に銘じておけ」


 その言葉には鬼気迫る覚悟があった。


 ルドヴィグが男に――魔物である宵闇に敵うかは微妙なところだ。庭での攻防からも察せられるが、恐らく現時点では男に軍配が上がる。


 ルドヴィグ自身にもその自覚はあったが、それでも彼はもしもがあれば死力を尽くす、と本気で宣言したのだ。


 その研ぎ澄まされた覚悟を受け止め、男もまた返す。


「承知いたしました。アルに危害が及ばない限り、その信用に応えることを約束いたします」


 そして、着座のまま頭を下げる。


「ルドヴィグ殿下、無理な願いを聞き届けて下さり感謝いたします」 


 は、青年らの文化圏では見慣れないものだったが、しかし一定の礼儀に則っていることは明らかだった。

 礼儀とはすなわち教養だ。そして高い教養をもつ者は、すなわち高い身分にある者だ。


 少なくともこの世界では、いまだそれが常識である。


 言葉遣いも合わせ、正真正銘、魔物でありながら異文化圏の高い教養を纏う宵闇は、人型さえとっていれば人間にしか見えなかった。しかもかなり高位にある者。


 かつてはアルフレッドも同様のことを感じ、不審を募らせた点だが、ルドヴィグもまた同じ疑問にぶち当たる。

 既にアルフレッドは慣れた、というか、そういうものだと納得しているが、ルドヴィグからすればあらゆる要素がちぐはぐすぎて、とても信用できるものではなかった。


 だが、現実問題ルドヴィグには信じる以外に手段は無い。

 苦い表情を浮かべ、ルドヴィグは独白する。


「まったく。てっきり新しい使用人として要らぬ者が侵入したかと警戒してやれば、むしろ俺の方が要らぬ世話だったか」


 これにはアルフレッドも関心を向けた。


「……殿下なら、よほど確信があるまで動かないはず。この人、どんな怪しいことをしたんです」


「俺が怪しいの前提かよ」


「怪しいにもほどがあるわ」


 もはや確信をもって尋ねるアルフレッドに、男は素の口調で言い返し、そこへルドヴィグが反論を重ねる。


「まずここらでは見ない顔立ちだが、話せば流暢に我が国の言葉を話し、ある程度の教養ある振る舞いを見せ、おまけに警戒心のずば抜けたアルフレッドから既に信頼を得ている様子ときた」


「因みに、最後のがほぼ決め手だったな。まだまだあるが、これだけ揃っていてどうして怪しまない」


「一度念入りに“眼”を向けれてみれば、驚いたことに人間とは魔力の流れが違った。

 人なら体の中心に魔力が集中しているが、そいつはまるで魔力の塊そのもののように俺の眼には視える。人間でなければ魔物だろう。

 アルフレッドお前との間に不自然な魔力の繋がりも視えたし、てっきり洗脳でもされているのかと思ったわ」


「「…………」」


「あとは庭での会話だな。目的を達するためには草木の考えをどうたらと。何かの隠語にしか聞こえなかった。あれで、少なくとも刺客の類と確信したんだがな」


 深くソファに沈み込み、緊張から解放された様子でルドヴィグは語る。

 対面にいたアルフレッドは、なんともいえない視線を宵闇へと向けた。


「……おい、アル、なんだその視線」


「いえ? ただ、結局あなたの自業自得だったんじゃないかと思いまして」


 実際、命の危機に瀕したのはアルフレッドだったが、そのことは棚に上げ、疲労困憊している男へ容赦ない言葉を贈る。


 これには宵闇も猛然と反論した。


「でもしょうがなくないか?! 俺は普通に行動した!」


「あなたの主観ではそうですね。でも客観的に、あなたは怪しさの塊みたいなものなんですよ」


 あくまで、自分の対応が“普通”であると男は信じて疑わないが、確かにルドヴィグが言ったように客観的に男の行動を挙げていけば、結論は明白だろう。アルフレッドは至極当たり前だと主張する。


「なんだよ、アルも俺の事、怪しい奴だと思ってんのか!?」


「むしろ、そう思わない理由がどこにあると――」



「ックク。………ハハハ!!」


「「……」」


 珍しく感情を見せながら口論していたアルフレッドと宵闇だったが、ルドヴィグが突如噴き出し困惑する。


 一方、ひとしきり笑ってルドヴィグは言った。


「いやあ、お前がそれだけ他人と言い合いをしているのは初めて見るな。面白いぞ」


 多少、砕けた物言いでルドヴィグは言う。

 そして、彼は宵闇へと向ける視線を先程よりも少し和らげて続けた。


「フン、魔物なのがどうにも気に食わんが、多少、お前を認めてやってもいい。ショウ、今後しばらく、よろしく頼むぞ」


 そう言って、ルドヴィグは権力者よろしく傲慢に笑む。

 宵闇もまた、口端を上げて応えた。



「……こちらこそ。長い付き合いになることを願いますよ」







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