第9話「暴走」そして「再接続」
一応、アルに視線で助けは求めたが、微妙な顔をされただけだった。断ることは不可能らしい。
しょうがないので、王子殿下の後ろについて客間のテラスから庭に出る。
そうして俺は、恐る恐る言ってみた。
「……あの。先程は、庭先で失礼いたしました。処罰があるのならどうか私だけでご勘弁ください」
何しろ王族相手だ。言葉遣いもこれで良いのか不安だが、間違ってもアルには迷惑かけられない。
俺がかなりの覚悟で言ってみれば、王子殿下はちらりとこっちを見つつ、どうでも良さそうに言った。
「フン、構わん。咎めはなしだ。その件に関してはな」
……では、どの件について……?
俺が戸惑う一方、殿下は勝手知ったる様子で、どんどん庭の奥へと歩いていく。既に屋敷からは60 mくらい離れているが、殿下の歩みは止まらない。
そうしながら、彼は再度、俺のことを見遣って言った。
「俺が来た時、お前は庭で何をしていた?」
「……土の整備をしていました。不要な草木を取り除き、土中の栄養を必要な草木へと集中させるためです」
「なぜそれを庭師でないお前がやっていた」
「……」
そう言われてもなあ。この邸の人手不足をわざわざ吹聴するのもマズいだろうし……。
「……その作業が好きだからです」
「ほう。俺には到底、面白い事とは思えんが」
めっちゃ王子様が疑わしそうな顔で見てくるんだけど!
俺は、引き攣り気味の笑顔で答えるしかない。
「――いえ、そうでもありません。草木の考えていることを読み取り、うまく対応しなければ目的を達成することはできません。その読み取る作業というのが実に奥深く、私にとっては楽しいことなのです」
「…………」
今の答えは心の底から言ったんだが、相変わらず王子様に睨まれるため、俺は困惑する。
なんかこの世界的にマズいことを俺はしてるんだろうか。全然わかんねぇんだが。
そもそも、俺みたいな身元不明者が、王子殿下とマンツーマンなんて状況が既にありえないことなんだ。これ以上のマズいことがあるのかよ。
一応、笑顔はキープしているが、内心冷や汗が止まらねえ。
既に俺たちは向かい合って立ち止まっていた。体感で1分ほど、王子様との睨み合いになる。
どうしたもんかと思っていたところ、相手が不意に言った。
「――いい加減、正体を現したらどうだ」
「?」
本気で含意をくみ取れないに俺に何を思ったのか。王子殿下が遂に明確な敵意を露にし、唸るように言った。
「しらばっくれる気か? ――
「!!」
彼の表情は嫌悪に歪み、その鮮烈な感情に、俺は咄嗟に言葉を失う。
対するルドヴィグは、腰に帯びた剣に手を掛けて言った。
「随分と上手く化けたものだが、お人よしのアルフレッドは騙せても、俺の眼は騙せんぞ」
「……殿下、魔物とは何のことで――」
最後の抵抗として誤魔化しを試みる、が。
「騙せん、と言っているだろう。ここまで人に成りきれるとはげに恐ろしい限りだが、所詮は寄生虫。俺の剣で細切れにしてくれる……!」
「は? ちょっと待――」
ダメだ。問答無用で抜かれた!
「ッシ!」
「っうわ!」
というか、こいつの言ってる意味がわからねえ。寄生虫って俺のことかよ!
こっちはまだ状況が理解しきれてねえってのに、王子様は殺気マシマシで斬りかかってきやがる。
……うわああ、白刃なんてこんな間近で初めて見る!
右に左に迫る刃を、俺は必死に回避するのみだ。
「……っ、いつまで人の振りをするつもりだ!
俺の罪悪感を煽りたいなら無駄だ。何しろ俺は王族だ。何をしても大抵のことは許される!」
次々と襲い掛かってくる剣を躱し、俺はもう口調も素のまま怒鳴り返した。
「おいおい、ホント勘弁しろって! 俺は何も悪いことしてねえだろうが!」
「ハッ! 人の世に仇名す以外、
「あるんだよ、これが! とにかくアルに事情を聞けよ。話はそれから……わあ!」
あっぶね! 今、腕1本もっていかれかけた!
焦る俺に、王子様は喜ぶでもなく、怒りをあらわにする。
「やはり、アルフレッドを術にはめているのか、外道が!」
「なんでそうなるんだよッ!」
ホント、こいつが何言ってるのか全然わかんねぇ……!
休む暇なく、攻撃が繰り出され、俺はそれを避けるのに全力を注ぐ。
うおっ、今度は突きか!
俺は昔憧れだったバック宙(咄嗟にやったらできちまった)、更にバックステップで距離を取る。だが、速い。右に風圧を感じ反射で転がればすぐ間近に刃が振り下ろされた。
「チッ!」
王子からは、らしくないでっけえ舌打ちを頂戴。
そして返す刃で横薙ぎがッ。
こっちも転がってギリ躱せたが……。やべえぞ、これじゃ埒が明かない。
今は凌げているが、この王子様の実力はかなり高い上に、ガチだ。死なない自信はあるが、痛いのは勿論避けたい。
俺は一瞬の隙を突き、邸の方へと駆けた。正確にはアルのもとへ。
とにかく、あいつの指示を仰がないことには反撃もしかねる。俺の対応であいつの地位が揺らぐ、なんてことはぜひとも避けたい。
「“捕らえろ”!」
だが、そんな俺の考えは簡単に読まれていたんだろう。王子様から
ほぼ同時に目の前の空間が歪んだように見え、次いで俺の周囲に現れたのは局所的なひとつの竜巻。俺を中心に空気が渦を巻き、逆巻いて、それ以上の前進を阻む。
周囲で轟々と音が鳴り、空気が一瞬で薄くなった。
たぶん、魔力によって空気分子それぞれに運動エネルギーを与え、操っているのだろう。……たぶん。
だとすれば、無視して進めなくはないが、
ひとまず立ち止まるしかない。
さて、どうするか。
「――こんな回りくどいことしねえで、直接攻撃すればいい。何がしたいんだ?」
いわゆる“風の魔法”の実演だ。俺は警戒半分、興味半分で周囲を観察する。てっきり、この小型竜巻は俺を足止めするためだけの、無害なものだと思っていたから、行動不能にされても俺は案外落ち着いていた。
「ふん。アルフレッドとの
王子様が風の壁をすり抜け、俺の背後にやってくる。魔法の操り手は、ダメージなく壁を越えられるらしい。どういう理屈か一瞬思考がそれかけ――。
――アルフレッドとの繋がり……?
放たれた言葉を脳が認識し、その意味を理解したその瞬間。
間抜けにも、俺は初めて
次いでザアッと血の気が引く。
こいつ、風の魔法で空間をかき乱し、俺たちの“リンク”を切りやがったのか!
「…………マジかよ、アル!」
あいつが死ぬ!
俺がそれに思い至ったその瞬間、
『アル!』
一瞬にして取り乱した俺はいつのまにか人型を崩し、獣型になっていた。
俺はその状態のまま、手加減なく魔力を周囲に放つ。
イメージは衝撃波だ。魔力というエネルギーを、パルスとして圧縮・開放する。
単純な魔力の使い方だが、威力は高い。これによって魔力同士が干渉しあい、小型竜巻が霧散する。乱気流が発生し、ついでに王子も吹き飛んだが、知ったことじゃなかった。
もう反撃がどうの、と言ってられないんでね!
「ゲホッ! っ……"切り裂け"!」
チッ!
『ってぇな!』
吹っ飛ばしたのに、ルドヴィグからはしつこく風の刃が飛んでくる。背中を打ったはずだが、意地で発声したらしい。
しかも、その狙いは距離もあったのに正確だ。
右後ろ脚を切り裂かれ、バランスを崩した俺はもんどりうって倒れ込む。
斬られたのはおそらく、ヒトで言うアキレス腱のあたり。普通の生物なら脚が使い物にならないところだが、幸い俺はそうじゃない。
激痛はあるが、それだけだ。
脚も落ちてないし、出血もない。
必死に己に言い聞かせ、俺は藻掻いて立ち上がる。
そんなことより、今はアルのところへ行かねぇとッ。
俺は、今度こそ邸に向かって全力で駆けた。
決して遠くはない距離をもどかしく駆けながら、俺は考える。
たぶん、
“
普通なら見えない、アルと俺の間のリンクが視えていた。加えて、俺が人間ではない――魔物であることも視えていた。
それで俺が、寄生タイプの魔物 (そんなのいるか知らないが)とでも思ったんだろう……!
大きな誤解だ、クソが!
“俺とアルの
俺は“リンク”と呼んでいるが、あれがあるから俺はアルの傍を離れられないし、俺たちは一蓮托生なんだ。
ホント余計な事しくさって、あんの俺様クソ王子が!
邸に近づけば、荒れ狂う魔力が先程より勢いを増しているのが分かった。
俺は速度を上げ、2階の書斎、その窓ガラス目掛けて跳躍する。
『っ!』
あぁああ! 痛い! 足が!
痛覚は本来、防衛反応――つまり命の危機を回避するために働くが、
ホント、なんでこんなとこだけ前世のままなんだろうなぁ!
八つ当たりも加え、助走のエネルギーをそのままぶつければ、窓をぶち破り侵入できた。
ガラスは分厚く、予想より力が要ったし、部屋の調度も傷ついたが全部後回しだ。
「一体何が……!」
ガラス片が散乱した床に着地すれば、ローランドさんの焦り声が部屋の奥、執務机の影から飛んでくる。
いきなり窓を割って魔物が侵入してくれば当然だろう。
2人は仕事の続きに戻っていたから、アルもローランドさんのそばにいるはずだ。
俺が一飛びで部屋を横断すれば、2人の姿が視界に入った。
アルは身体を完全に横たえ、その頭部をローランドさんが抱えていた。アルの意識は既にない。
だが、あいつの身体からは相変わらず魔力が吹き上がり、渦を巻いていた。
魔力というのは、いわば高濃度のエネルギーだ。
さっきの風魔法を見ればわかるだろう。空気分子にエネルギーをもたせ、自在に操るなんてことが可能なのだ。
つまり、こんなに膨大な魔力が荒れ狂っていれば、次の瞬間、大爆発が起こっても不思議じゃない。
そんなエネルギーが荒れ狂う中心で、ローランドさんは意識を保つのがやっとみたいな様子だし、その魔力の発生源たるアルの身体も、このままじゃいくらももたない。
そもそも、こんな莫大なエネルギーを1つの生命が放出し続けること自体が不可能であり、不自然な事なんだ。
だが、あいつの元々高い魔力は、
すなわち、アルの全生命力を削りつくし、魔力に変換し終わるまで、この放出は止まらない。
俺たちを繋いでいた“リンク”は、この
早くリンクを繋ぎなおし、俺との間で循環させねえと!
『ローランドさん、俺です! 信じてそこをどいてくれ!』
さすがプロの執事だ。
突然魔力が荒れ狂って主人が倒れ、更には真っ黒な獣が窓を割って侵入してくる異常事態でも、彼は主人を守ろうと俺とアルの間に身体を乗り出そうとしていた。
だがローランドさんは、俺の放った念話に反射的に動きを止めた。
その隙に、俺はアルと一瞬で同化する。傍目には黒い獣が溶けて形を失い、アルの身体へと降りかかったように見えただろう。
事情説明も王子様への対応も全部ぜんぶ後回しだ。
アル、もうちょっとだ。持ち堪えてくれよ……!
さて――。
同化の
リンクの再接続に入る。
アルのバイタルは……なんとか正常値。
だが血圧が上がり始めてるし、呼吸が速い。……とはいえ、これで意識不明にまでなってんのはちょっと気になるが……、後回しだ。
同化さえできれば再接続に支障はない。ひとまずこっち優先で対処しねえと。
……ところで、こんな時になんだが。
例の“俺がナノマシン集合体”疑惑が(俺の中で)持ち上がったのが、実は前回この“リンク”を形成した時だ。
あの時に、俺は形態変化とか同化とか、そんなこと目じゃないような、生物には無理ゲーなことをやっちまったんだよな。
……ちょっと最初から説明する。
どうやらこの世界の生物のうち、アルやルドヴィグのように魔力が扱えるモノは、細胞内に“魔力を生みだす小器官”をもっているらしい。
酸素を使って
恐らくは、この小器官の数、あるいは活性の良し悪しで、扱える魔力量に差がでるんだろう。
これを仮に
リミッターが外れ、無秩序にマジコンが魔力を生み出し、自傷するのも構わずそれを放出している。
最近はリンクのおかげで全マジコンの7割弱の
俺がすべきはこのマジコンを残らずマークし、魔力で構成したリンクに接続すること。
それによって、アルの体内で生み出される魔力が俺へと流れ、頃合いを見て俺からアルへと減衰させた魔力を戻して循環させる。
とはいえ、言うほど簡単な事じゃない。まず俺がマークすべきマジコンの数が半端じゃないのだ。
俺も一々数えちゃいないが、ひとまずミトコンドリアを想像してくれ。あれはヒトの1細胞あたり平均300~400個存在し、そしてヒトを構成する細胞は37兆2000億個とも言われているから、その総数は推して知るべし。
感覚的な話だが、マジコンの数もおなじようなもんだ。
その8割弱を把握してリンクに接続……。世紀のバイパス手術を“わんこそば状態”で繰り返すようなものだ。しかも複数を同時並行。
……回数はざっくり数
ダメだ、自分で言ってて気が遠くなる。
しかも、あまり状況的に悠長にはしてられない。
本来なら
しかし、
あの時は無我夢中で違和感なんかなかったが、後々考えればこの作業量をたった数分でこなせる処理能力はありえない。
勿論、前世の俺も無理だし、魔物とはいえ今世でも生物の範疇にある限り不可能なはずなんだ。
……すなわち、俺は有機生命体ではなく、
まあ、結局のところ、俺は俺でしかないのでこの問答に意味はないんだが……。
さて、この間にリンクは4割方形成できた。良いペースだ。
なにしろ2度目だ。手探りだった前回よりも手順は記憶されている。
そろそろコツもつかんできたことだし……。
こっからは倍速で終わらせてやるッ。
第9話「暴走」そして「再接続」
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