第8話「招かれざる客」


 そして体感お昼30分前、といった頃だった。


「ほう、新人か。――おい、そこの」


 相変わらず俺は草むしりに没頭してたんだが、不意に頭の上から声を掛けられ、顔を上げた。


「ここの主人に用がある。取り次げ」


 そう言ったのは、明らかにノーブルな出お貴族様だとわかる青年。アルとそう変わらない年齢のようだが、人を従えるのが息をするレベルで染みついているって感じ。

 日に煌めく金髪は短く刈り込まれ、空を映したような碧眼は射貫くようだ。


 俺様系イケメンの典型みてえ。


 でも、従者は1人もいないし、服装は意外に簡素。まるで身なりの良い若商人、って感じだが、腰には立派な剣があるし、モノを知らない俺でも生地や装飾は最高級レベルだと一目でわかった。


 ……今、手とか土で汚れてるから近寄りたくねえな。

 ひとまず、軽く払って立ち上がる。


「……恐れながら、どなた様でしょうか」


 そして、バイトで培った営業スマイルを駆使し、言葉遣いもなるべく丁寧に「てめえ、誰だよ」と聞いてみた。


 俺も昔は学業の傍ら接客業のバイトもやっていたが、マジもんのお貴族様への対応なんてやったことは勿論ない。だが、いくら俺が(見かけ上)ただの使用人でも、正体不明の輩をアルの邸に通すわけにはいかないんでな。


「……この俺を見て、誰かわからないとは変わった奴だ。いいから取り次げ。あいつなら言えばわかる」


「はあ……」


 多少お客の機嫌が悪くなったが、俺は生返事だ。

 アルにアポなしで尋ねてくるような親しい友人がいるとは思えないんだが……。どうしようかね。


「ひとまずお繋ぎしますので、少々お待ちください」


 営業スマイルは続行中だが、心中は不信感でいっぱいだ。言葉遣いも合わせれば、これでは慇懃無礼だな。

 視界の隅でエドガーさんが「お前マジかよ」的な表情をして固まっていたが、気のせいだろう。


 とりあえず、青年を玄関前までご案内しておき、俺は足早に執務室へ向かう。


 あ……。急いで来たから、靴から土を落としそびれたな。

 ローランドさん、掃除は俺が責任もってやっときます……。




「アル、仕事中すまない。客が来たぜ」


 俺は辿り着いた部屋のドアを開けつつ、声をかけた。


 言っとくがノックはした。アルはそういうとこうるさそうだし。


 一方、室内のローランドさんとアルは、執務机に山積みになった書類の影からこちらを不審げに見てくる。やっぱ、アポ無しのようだ。


「なんかやたら態度のデカい奴で、アルに言えばわかるとさ。金髪碧眼の若い男だ。ひとまず玄関先に待たせてる」


 そう続けた瞬間、アルのお綺麗な顔が歪み、ローランドさんの顔色が心なしか悪くなった。


「チッ。先触れもなしか。忙しい時に……!」


「おおう。アルちゃんがガチの舌打ち……」


 ビビってちゃかしたら、俺もギロリと睨まれ、口をつぐむ。

 ……美人が怒ると怖いよな。


「ローランド、客を応接間に通しておいてください。ベスにも伝達をお願いします」


「承知いたしました」


 ローランドさんの引き締まった表情に、お客が相当面倒、もとい高い地位なのだと知る。

 ……うわあ。来客準備、ローランドさん1人で足りるのかよ。


「ベスには俺が伝えにいきますよ。ローランドさんはお客に専念してください。あと、すみません。俺ももうちょっと上手く対応すればよかった」


「ショウ様、助かります。いえ、現状では仕方ない事でしょう」


 ローランドさんは多少強張った表情の中でも微笑んでくれた。

 責任取って、俺も手伝わねえとな。


 ああ、それと。


「廊下汚しちゃったのは俺が後で掃除します!」


 足早に部屋から出て行ったローランドさんの背に断っておく。

 常にキレイにしてるんだろうに、ホントすんません……。


「……で? あいつ誰なの」


「ルドヴィグ殿下ですよ。第3王子の」


「……は?!」


 俺も部屋から出ようと身を翻しかけていたのだが、アルの答えに思わず強引に身体を戻す。


「なんで王族が単独行動してんだよ?! ていうか、俺、失礼な態度とっちまったんだが。マズかったか?」


 おそらく、継承権が低いのをいいことに勝手気ままに出歩いてるんだろうが(それでも異常事態だが)、それにかち合わされる一般人にとっては災難だな。


 俺が訊けばアルは言った。


「いえ。そんなこと、あの方は気にしません。王族としては比較的、ええホントに比較的、面倒なく対応できる方なので」


「……結局、面倒ではあるのね」


 まあ、仮にも王族の人間が事前の断りなくお忍びで、しかも単独で尋ねてきてる時点で、アルにとっても周囲にとってもストレスはマッハだな。


 それでも「ストレスがない方」というのは、おそらくアルを亜人だなんだと差別しないからなんだろう。身分にもめっちゃ寛容みたいだったしな。


 ひとまず俺は、厨房で昼食を準備しているだろうベスのところへ向かうことにした。

 予定変更を伝えにいかねえとな。
















 俺が厨房を経由し、多少身ぎれいにして戻ってくれば、アルはちょうど自室から着替えて出てきたところだった。


 といっても、“ただの部屋着”から“ちょっと金をかけた部屋着”に変わったくらい。全く急いでないことも含め、王族相手にそんなんでいいのかと俺が不安になってしまう。


 てっきりもう客間に行ってるかと思ったんだが……。ローランドさん、間をもたせるのに苦労してると思うぜ?

 

 そして驚いたことに、俺も王子様の前にでることになっていて今度こそビビった。


 ちょい、アル! 俺は礼儀作法その他、全然自信がねえんだけど。くっそ、戻ってこなきゃよかった!


 まだこっちは心の準備ができてねえと言うのに、アルはお構いなしに客室のドアに手を掛ける。因みに、部屋の外で待機していたローランドさんは、多少心配そうな顔をしてくれた。


 だが、アルがそんなことで思い留まるはずもない。


 実際俺自身も抗議したんだが、問答無用で殿下の御前へと引き出されることになった。

 しょうがないので、ソファに掛けたアルの背後でそれらしく控えてみる。


 参考にするのはローランドさんだ。

 ……といっても、まだいくらも観察できてねぇけどな!


 一方、相変わらずの鉄面皮で入室していったアルに、王子殿下はソファセットの上座に掛けつつニヤリと笑いかけてくる。


「アルフレッド! 久々だな。昨日はなぜ、俺のところに顔を出さなかった。お前が尋ねてくればいくらでも時間はつくったんだぞ」


 ……想像していたよりも随分親し気だな。


「お伺いする理由がなかったもので。ご容赦を」


 それなのに、アルの態度に変化はない。というか、これは冷淡と言っていいな。なのに、王子様は動じた様子もない。


「相変わらず歯に衣着せぬ物言いだな。聞いたぞ、ケガを負ったそうだな。何度か城の通路でも顔をしかめていたと、そこらじゅうで噂になっていた」


 ……それたぶん、俺と話してた時のことだよなあ。


「はあ、そうですか。僕がケガしたからといって、そこにどんな話題性が?」


 アルは本気で訝しそうだ。「随分と暇な人たちですね」とでも副音声で聞こえてきそう。


「いやいや、話題性はとびっきりだぞ。あの“不死身のシルバーニ卿”がケガを負ったとなれば、近いうちに雪でも降るのでは、とな」


「ケガなんて珍しいことじゃありませんよ。しかも季節は既に春だ。雪なんて降るはずないでしょう」


 アルちゃん、それ本気で言ってるね? 雪がどうのってのは冗談だよ?


「ククッ。お前も案外、上手いな。今のは面白い」


 いやいや王子様、こいつは本気で言ってるんだよ。


 俺が内心つっこみをいれつつ、表情を変えないよう苦心していれば、不意に話の矛先がこっちに来た。


「ところで、そこの男はなんだ? 先程は庭先にいたが、なぜこの場にいる。庭師ではないのか」


 この言葉に、アルも呆れた表情でこっちを見る。


「……あなた、さっきまで何やってたんですか?」


「エドガーさんに挨拶行ったら、草むしり手伝えって道具押し付けられたんだ。俺も土いじりは嫌いじゃないからな、1人じゃ大変そうだし、お前が書斎に籠ってるのと同じ時間、庭で雑草むしってたよ」


「…………」


 小声でアルが訊いてくるので、仕方なく俺も小声で返せば、なんとも微妙な顔をされた。

 というかお前、ホント目の前の王子様に遠慮しないね。自由かよ。


 アルは呆れた表情のまま王子様に向き直る。


「この人は一応、僕の命の恩人で、僕の客です。今後は従者として討伐任務の際にも連れ歩くつもりです。ひとまず、殿下にもお目通りしておこうかと思いまして、この場に連れてきました。庭先にいたのはこの人の趣味です」


「……ほう、アルフレッドの恩人」


 そんな疑わしそうな眼を向けられても反応に困る。ので、日本人の必殺奥義“曖昧な笑顔”で乗り切らせてもらおう。

 たぶん、“不死身のシルバーニ卿”に命の危機があったことからして信じられないんだろうし、更にはそんな窮地を俺なんかがどうやって助けたのか、って感じだと思う。


「お前、名はなんという。生まれはどこだ」


 笑って誤魔化してもダメだった。王子様の視線は鋭いまま。なんだか追及するような雰囲気だ。

 ……何も怪しいことはしてないと思うんだけどなあ。


「私の名は異国語ですのでショウとでもお呼びください。生まれはここからずっと東の地域ですが、詳しくは申せません。ご容赦ください」


 この世界の世界地図はまだ確認してないので、適当なこと言っとこう。そしてもし深く突っ込まれたら正直にゲロッちまおう。


 因みに、盛大に猫を被って答えたので、アルちゃんが幽霊でも見たみたいな顔してこっち見てるけど、今のところ無視だ。


「フン。こいつもお前と同じく、俺に物怖じしないやつだな。……面白い」


 げっ。ちょっと威圧が和らいだと思ったら、王子様に興味持たれちまったか?

 確かに、一般人だったら王子様相手にこんな落ち着いて話さねえよな。しまったー。


 俺が内心、冷や汗を掻いていれば、思わぬところから救いの手がきた。


「ええ。なので、意外と気が合います」


「「……」」


 そうアルが言った瞬間、俺もびっくりしたが、王子様も目を見開いて固まっていた。

 こいつにしては随分と素直な答えを返したもんだ。


「殿下。それで、本日のご訪問の理由はなんでしょうか。こちらも多忙でして。お察しいただけるかとは思いますが」


 アルは端からこれが狙いだったのか、会話が切れたのを幸いに本題を促す。


 王子様相手に随分強気だなあ、ホント大丈夫かよ。


 ひとまず、王子様に気分を害した様子はない。相変わらず不敵な笑みを浮かべて楽しそうだ。

 ……でも今一瞬、俺を警戒した眼で見た気がするんだよなあ。気のせいかな。


「――そうだ。それが、まさに本題でな」


 そう言って、王子様はもったいぶって足を組み替える。


「喜べ、お前の出番がなくなったぞ。今回の討伐には兄上が向かうことになったからな」


 お? よかったじゃねえか。

 因みに、兄上ってのは第2王子だよな、たぶん。


 だが、アルは薄い反応のまま言った。


「……グスターヴ殿下ですか。それはまたどういった風の吹き回しで」


「遂に兄上自ら上申した。“俺にも武功を立てさせろ”、とな」


「……そうですか」


「なんだ、その浮かない顔は」


「――いえ、次の任務へ気負っていた分、気が抜けたのでしょう。なんでもありあません」


 確かに、アルは微妙な顔をしていた。そのグスターヴってのがちゃんと魔物を仕留められるか疑っている、……いや、あっちは軍隊引き連れて向かうんだろうし、心配はそこじゃねえか。軍隊が向かった先で、住民に負担がかかることをアルは危惧してるらしい。


 ただ、王子様はつまらなそうな顔だ。


「ふむ。……期待外れだな。お前の反応がどんなものか楽しみにして来たんだが」


「それはご期待に沿えず、申し訳ありません。因みにどんな反応を想像していたんですか」


「行けば成功を疑っていない兄上と、朝令同義のオルシ暮改ニア慣用句の父上を嘲笑するかと思っていた」


 ……すげえ事言うな、王子様。


「……それはあなたの心情ですよね」


「ハハッ。違いない」


 え、そうなのかよ。


「僕は特に何も思いませんよ。ただ、グスターヴ殿下の旗下きかにだけは入りたくないと思います」


「ほう、言ったな。兄上を侮辱した罪で投獄してくれる」


「それは困りますね。恐らく隣の牢には、貴方がいらっしゃるでしょうし」


 うーむ。アルも慣れた感じでポンポン言葉を返しているし、王子様は笑って言ってるから本気じゃないだろうが。……中々心臓に悪いやりとりだ。

 それにしても、アルちゃん、結構おしゃべりできるじゃねえか。全く楽しそうじゃないのが残念だが。


「ハッ、バカめ。王族が入るとすれば特別房だ。お前が雑居房の匂いに参っている間、俺は悠々自適に書でも読んでいるさ」


「……」


「なんだその微妙な顔は」


「いえ、“悠々自適に書を読む”という言葉がまるっきり殿下にお似合いでなかったので」


「……。確かにな。もし本当にそうなったら、俺は退屈を極めて狂うぞ」


 王子様も想像して納得したのか、実に嫌そうだ。1人でアルの邸まで来るくらいだし、随分と活動的みたいだもんな。さもありなん。


 ところで、こっちの王子様は魔物討伐にでないのかね。結構魔力量も高いみたいだけど。


「さて、既に用は済んだ。俺は宮に戻る。が、その前に」


 そんなことを考えていれば、立ち上がった王子様がこっちに視線を向けてきた。


「そこの男を少し貸せ。興味が沸いた」





 ……ゲッ。嫌な予感しかしないんだが。







第8話「招かれざる客」


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