第7話「情けは人の――」


「いい人たちいるじゃねえか、お前の身近にも」


 俺は口に出しても言ってやった。

 一方アルは淡々と食事を口に運びつつ肩をすくめる。


「どうでしょうね。

 あの2人も、いつかは辞めて、この邸からいなくなるはずです。ただ、彼らはそれぞれ“難点”がありますからね。簡単には辞めにくいんでしょう」


「だから、言い方……」


 アルの物言いは相変わらず冷たいが、恐らくこいつは、信頼するのが怖いんだ。

 “いつかいなくなるモノ”と決めつけ、最初から頼ることを考えていない。


 あと、難点っていうのは十中八九、ローランドさんは隻眼、ベスはあの言動とあけすけな性格か。


 確かに、ローランドさんの外見を“見苦しいモノ”とするならば、対外的な仕事もある執事としては中々厳しい。

 ベスに関しても同じだ。ああいうタイプはどうしても少数派だろうし、料理の腕はすごくいいのに、周囲から理解が得られず、今まで職場を解雇されてきたのだろう。


「……それでも、残ってくれてる人たちには、感謝してるんだろ?」


 これにはアルも素直に頷く。


「ええ。さっきも言いましたが、ローランドには身辺の管理、ベスには食事の用意で世話になっています。とても助かっていますよ」


 ほらやっぱり。

 お前がそれほど言うのなら、相当、彼らに感謝しているってことだ。


「だろ? なら、もっとそれを言ってやれよ。あの2人も喜ぶぜ?」


 アルは眉をひそめて言ってくる。


「……そうすることになんの意味が?」


「そうだなあ……」


 普通なら、“人を喜ばせるのはイイことだ”的なことを言えばいいんだろうが。たぶんアルは納得しない。

 こいつは、「なるほど必要だ」と思わなければ実行しないからな。


「……お前に合わせて言えば、“情けは人の為ならず”、だからかな。全員に愛想振りまけとは言わねえから、感謝してる相手にくらい、素直にその気持ちを伝えろよ。相手が喜ぶことをしておけば、いつかはお前に返ってくるぞ」


 ……この言い方では誤解されるかな。


「それ、要は、あの2人を懐柔しておけって、ことですよね」


 やっぱり、そう取ったか。

 でもアルが顔をしかめたのは意外だな。


「なに? アルちゃんそういうの抵抗あるの?」


「……」


 ……ちょっと揶揄った言い方をし過ぎたかもしれない。

 アルが苛立った表情をするので、俺は宥めるつもりで諸手を挙げた。


「ごめん、ごめん。それに、俺が言いたいのはそんなことじゃねえんだよ」


 “もしものために懐柔しておく”とか、そんな直接的な利益を言いたいんじゃないと思うんだよな。この格言は。

 だって、そんな下心をもって人に“情け”を掛けていたって、本当に困った時、助けてくれるかなんて知れたものじゃない。

 まさに巡り巡って、他人に掛けた“情け”が自分に返ってくる、ってことを言いたいんだと思うんだ。


 俺は頭の中でまとめつつ、言った。


「他人に優しくすることは、実際、簡単なことじゃない。自分の心に余裕や豊かさが無いとできないことだ。そんな人間になれるよう、常に心掛けていれば、自然と自分自身が磨かれるし、同時に豊かな人生を歩めるようになる」


 ここで言う“豊かさ”は、物質的なものじゃなくて精神的なものだ。


「そして、そういう心の豊かな人間が本当に困った時には、自然と周りから助けの手が出てくるもんなんだよ。これが俗にいう“お天道様は見てる”ってやつだな」


 他人に尽くせる人や頑張っている人のことを、きっとお天道様誰かは見てくれているものだ。これは信仰とかそんなんじゃなく、厳然たる事実だろう。


「だから、世話になってるあの2人が喜ぶことくらい、できる人間になれよ。笑顔の1つ、言葉の1つでいいんだからさ」


 ふう、こんな説明でどうだろう。

 割と適当なことを言ったような気もするが。


「……面白い、考えですね」


「そうか? ちょっと一般的な解釈からはズレてる気もするけどな」


 ふむ。アルには納得してもらえたらしい。


「まあ、とにかく、他人に優しくすることはやって損はない。中々すぐに得にもならないけど、な」


「……」


 きっとこいつは、他人に優しくされた経験に乏しいだろう。優しくされたことが無いのに、他人に優しく振る舞うなんて不可能に近い。地道にやり方を教えてやるしかないんだろうな。


 俺は苦笑を浮かべながら、残りの料理を味わって食べた。








 それにしても。


 俺が口にしたこの食べ物って、俺の身体の中でどう処理されてんだろうな。


 普通の生物、というか人間だったら、唾液中のアミラーゼ消化酵素に始まり、胃液のペプシンとか膵液や小腸の消化液などで消化分解されていくわけだが。


 当然、俺にはそんな高尚なモンがあるはずもない。


 “俺がナノマシン説”なんて、冗談半分に唱えてはいるが、実際のところ俺は俺自身が一番謎だよ。


 ついでに「魔力」という不思議エネルギーについてもな。

 未だに質量保存則も成り立ってんのか確信持てねえし。


 十中八九「物理法則に干渉可能な力」というなんとも胃が痛む存在が「魔力」と定義できそうだが、果たしてそんなエネルギーが存在可能なのかどうか……。


 第一、魔力の媒介粒子はどうなってんだろうな。


 因みに媒介粒子というのは、光を含む全ての電磁波でいう光子とか、わかりやすいところでいうと音にとっての空気とか、なわけだが。


 魔力は何を媒介にして物体に干渉してんだろうか。


 ああ、いや、魔力は物理法則に干渉するんだから、媒介粒子なんていう物理的定義は当てはまらないのか……?


 けど、魔力にも既知のエネルギーと共通した性質があることは俺が確かめてるし……??













 うん。


 これ以上は考えたらダメだ。

 

 ここはぜひ、戦略的撤退()といこう。 







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――明けて次の日。


 てっきり、任務に関しては即日指示がくるのかと俺は思っていたんだが、さすがに行政機関お役所はそんなに速く動けないらしく城からの音沙汰は無い。

 

 一方、アルは各種報告書を作成しなくちゃいけないとかで、ローランドさんと朝から書斎に籠っている。貴族としての決裁書類なんかも溜まってるらしいから、少なくとも昼頃まではかかるとのことだ。


 ……つまり俺は、絶賛暇を持て余すことになった。


 この世界の読み書きをまだマスターしていない俺にアルの手伝いはもちろん無理だし、ローランドさんの手伝いも同様。ベスの方は料理素人の俺が手をだせる領分じゃないし、あまりので街を見学してくることもできない。


 では、俺が今何をやっているかといえば――。






 邸の庭の草むしりだ。


 ……なんで、そんな事をやっているのかって?


 好きなんだよ、草むしり。


 それに、庭師のエドガーさんとこに暇つぶしがてら挨拶にいったら、使用人の新人と思われたらしく、ほじくるための棒とか麻袋ぽいのとか、草むしりの道具一式を無言で突き付けられ、おそらくは担当区域と思われる範囲を顎で指示されたのだ。


 辛うじて自己紹介はできたんだが、それ以降、一言もしゃべらずに俺はかれこれ2時間近く草むしりをしている。


 そして。

 俺は痛感した。


 この敷地を1人で整備するなんて無理ゲーだろ。これを“ちょっと荒れてるかも”レベルに抑えてるエドガーさん、すげえな。


 俺の手くらい、いくらでも貸しますよ。

 それが、俺の好きな草むしりならなおの事。


 



 黙々と作業し続け、指示された部分はもうまもなくまっさらになる。一切の雑草を取り除き、イイ感じに掘り返され、フカフカになった地面を見るのは、何とも言えない達成感があった。

 ちゃんと根っこまで丁寧に取り除いたので、しばらく雑草は生えないだろう。……生えないといいなァ。


 今更言うことでもないが、雑草というのは生命力のお化けみたいなもんで、中々にしぶとい。例えば、根っこが土の中に残っていればそこからもう一度生えてくるし、中にはそれを見越して、茎の根元でブチリと切れて、根っこを丸ごと土の中に残そうとするやつもいる。

 そういうのは要注意だ。根っこもブチブチ切れていくから、力任せではなく、ちゃんと根が伸びている方向を読んで、うまく力を加えて引き抜かないといけない。


 あるいは、引っこ抜かれる時に種をこぼしていく、ちゃっかりものもいる。もちろん、種が土に落ちれば発芽するのは自明だろう。下手すると数日で元通りだ。


 他にも「お前、なんでそんなとこから出てきた」と突っ込みたくなるような、石と石の間とかから生えてくるやつもいる。そういうのは雨上がりに隙を見てズポッと土ごと引っこ抜かなくちゃ取り除くのは難しい。


 こんな感じで、草むしりをしていると雑草の生き残り戦略を目の当たりにすることになるのだが、そのしぶとさ、強かさにはいつも感心させられる。


 まさに“雑草魂”を見せつけられるのだ。


 だから草むしりは面白いし、飽きない。 

 異世界っていっても、そういうところは地球と共通で、俺は1人静かに感動してしまった。


 「こんな、魔物が跋扈ばっこする厳しい世界でも、お前らは一所懸命、生き抜いているんだな……!!」って感じだ。


 そんなことを考えつつ、しかし両手では最後の仕上げとばかりに土の中を文字通り根こそぎにしていたら、いつの間にか背後にエドガーさんがいて度肝を抜かれた。


 気配消して近づかないで下さいよー。

 俺が集中しすぎていただけか。


「ふん。仕事は遅いが、丁寧なのは評価してやる。次はそっちだ」


「いえすッさー」


 際限なく仕事を申し付けられそうな雰囲気に、もういいやと諦める。午前中はこのまま時間をつぶそう。どうせやることもないしな。エドガーさんの手伝いになるなら十分有意義だ。


 俺は手を止め、邸の方に目をやった。


 邸の2階、左寄りの一室がアルの執務室だと言うのはもう知っている。そこから自分の現在位置までを目測する。



 ……うん、この距離ならしばらくは大丈夫だろう。



「最近はアルもるからな」


 さて、新しい区画を始めますか。








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