第6話「宵闇」
そうして、街中、アルの邸、王城、そしてアルの邸と今日1日で移動したわけだが、やっぱ全てが人力で作られてると思うと感動も
特に王城の豪華さと、使われている技術レベルは俺の想像以上だった。
世界史が趣味程度、建築学系もよく知らない俺では、なんとも判断つかなかったが、この世界には魔力というものがあるから、多少技術の面では特殊な発達をしているのかもしれない。
……ん? まだ、煩いのが話し続けるのかって?
まあまあ、そう言わずに。もうちょっと俺の
因みに言っとくと、俺はさっきまでかなりの興奮状態だった。
特に街中ではアルが嫌な顔するから最低限に抑えたんだが、結局のとこ睨まれて嫌味を言われちまったのは御覧の通り。
でも、本音を言えば「イャッホーイ!!」とか言いながら、商店街とか路地裏に突撃をかましたかったくらいなんだ。
……客観的に大人げないのは重々承知してる。
だが、知り合いもいない“異世界”だ。恥は掻き捨て状態だし、見にいきたいだろ? 何が売られてんのか、とか、どんな人がいんのか、とかさ!
それを思えば抑えたもんだ。
で、そのあと。
アルの邸に寄って、身支度を整えていれば間もなく迎えの馬車が来たんで、王城に向かった。
王都の
俺は勿論、この世界では身分をもたない根無し草なんで、登城なんてできるわけない。
だけど、ちょっと訳ありで、アルから一定以上離れるわけにはいかなかったから、俺はあいつに“同化”してついていったんだ。
因みに、俺の形態変化および“同化”のメカニズムとしては、今のところ“俺がナノマシン説”が有望なんだが、どうだろう……。
でもそれだと一気にファンタジーではなく、SFになっちまうんだよなあ。俺としては結論を保留したい。……自分の精神安定のためにもな。
同化するのは、アルの背後霊にでもなった感覚だ。視点を共有できるし、表層心理だけだけど、お互いの思考も読み取れる。
これがすなわち“双方向の念話”だ。
……どんな仕組みかは深く突っ込まないでくれよ。できちまうんだからしょうがない。
ひとまず“俺がナノマシン説”を推しておく。
そして城に着いて、ちょっと控室で待たされ、謁見の間に呼ばれたわけだ。
登城用に正装した“アルフレッド・シルバーニ様”は文句なしに決まっていたし、背景も王城なだけあって、まさにファンタジーのVRを見てる気分だった。
ただ、悲しいことに外見の異なる者――アルへの差別を見せられたのは残念だ。
まあ、地球においても差別は完全になくせていないからな……。更にアルは単独で魔物を倒せるほど強いから、それも遠巻きにされる理由になっているんだろう。
王様から次々と無理難題押し付けられてるのを聞くと、ギリシャ神話の大英勇ヘラクレスを思い出したが、考えてみると彼は自業自得な部分もあったし、ある意味で狂人だったな。
アルとは大違いだ。全然違う。
……たまに、精神にグサッとくる言葉を言われるので、そんな時は「このクソガキが」とか思っちゃったりもするんだが……。
さっきもアルに「もう人間じゃないんだから」的なことを言われて、思わずイラついちまったし。
でもまあ、指摘は外れちゃいない。
あいつが結構なストレス環境にいる中、俺は無神経にはしゃいじまってたしな。それに、あいつがどう感じるかも考えずに、何回も一方的なことを言ってしまったのは反省している。
さて。
話を今に戻そう。
さっきアルの言った使用人というのは、執事のローランドさんのことだ。
彼は白髪交じりの黒髪と髭に、キッチリと執事服を着こんだ品の良さそうな人で、眼は紫紺 (ちなみに地球じゃメッチャ珍しい色だ)。更には、その右眼に黒い眼帯つけて隻眼だからマジでカッコいい。
ただ、間違ってもファッションなんかじゃないだろうし、ローランドさん本人は、俺の視線に申し訳なさそうな表情をするので、一般的な感覚でいうと“見苦しいモノ”なんだろう。
この人とは、城に行く前に自己紹介を済ませている。
一応、俺は人間として紹介された。しかも、ちょっとアルを助けてやったことを取り上げられて、すっかり“アルの恩人”ってことになっている。
まあ、嘘ではないけども。
なので、ローランドさんは俺をアルの客人として恭しく扱ってくれる、のだが。いかんせん庶民感覚の俺はどうにも落ち着かない。ひとまず、必要以上に畏まらなくていいとは伝えてあった。
そのローランドさんが、書斎にいた俺たちに「夕飯ができた (意訳)」と知らせに来たので、今3人で食堂に向かっている。
ちょっと気になるのは、邸内に
懸念事項はあるものの、邸内に漂う美味しそうな匂いに誘われつつ、俺たちは移動したのだが――。
「……ンまあ! ご主人様のお連れ様、ってイイ男じゃなーい!」
食堂について早々、
そこにいたのは、男性用のコックコートっぽい服を着た、ガタイの良い男。だが、その言動からわかる通り、どうやら“彼女”と呼称するのが適切なお方のようだ。
短く刈り込んだ赤髪に灰色の瞳の、中々のナイスガイだが、その仕草には女性らしさもある。
「ベス、無駄口叩かず、配膳を優先してください。給仕はどこです」
アルは慣れているようで、いつも通りの塩対応。
ちょっとは微笑もうよ、お前……。
「あの子はご主人様が出ている間に辞めちゃったわよお。最近の中じゃもった方だったんだけどねえ」
ベスと呼ばれた彼女? は片手を顎に当て、残念そうに言う。だが、実際は予想していたことの様で、心の底からってわけじゃなさそうだ。
「補充が間に合っておらず、申し訳ありません。只今、募集を掛けているところです」
ローランドさんは
「構いませんよ。むしろ、最低限の仕事が回せるなら、新しく人を入れなくても結構」
アルは慣れた様子で返しながら、食卓の一番奥の席に着き、俺は角を挟んで隣に座る。
……というか待てよ、お前。このデカい屋敷回すのに、今でさえ最低限の人数なんじゃないの?
「あらあ、人なら足りないわあ。このままじゃあ、ローランドさんが過労で倒れるわよぉ」
やっぱり……。
「それはご心配なく。私も身の程は弁えていますので、適切に休息をとっております」
そう言ったローランドさんは、恐らく仕事が多くて疲れてるんだろうにそんな素振りもなく、背筋をピンと伸ばし、まさに“プロの執事”って感じだ。ひとまず、彼がベテランで良かったー。
おい、アル、この人がホントに倒れる前になんとかしろよ。
俺の呆れた表情も見えたのか、アルが少し考えなおしたような顔をした。
「……現状の人数で邸内の仕事は回せますか」
そんなことを尋ねたアルに、ローランドさんは珍しそうな視線を向ける。次いで、俺にもチラリと視線を寄こしながら、変に真面目ぶった顔で言った。
「そうですね、庭師と家政婦は1人ずつ残っておりますし、私とベスの計4人。使用していない部屋を閉鎖し、恐れながらシルバーニ様とお連れ様のお手も少々お借りすれば、回せないことはありません」
この人、意外に大胆な事言うな。
ていうか人数、少な!
「いやいや、主人の手を借りなくちゃいけない状況って、それは全然足りてないでしょう!」
俺は思わず、口に出してつっこんでしまう。
「僕は構いませんよ。孤児院にいた時と比べれば、食事の用意に身辺の掃除、全てやってもらえるんだから、楽なものです」
……俺は初めて聞いた話に絶句した。
アルちゃん、孤児院出身なの……!
「それでは、しばらくそのように。ただ、人員の募集は続けさせていただきます」
実際、人手は全く足りていないのだろう。プロ意識があってベテランそうなローランドさんが、「主人の手をお借りする」なんて言うのは相当な事のはずだ。
俺もここの常識には疎いが、少なくとも一般的な話であるはずがない。
「わかりました。僕は怪我を負ったことになっていますから、しばらく
……恐らく、その前にまたここを空けることになるでしょうが」
だと言うのに、アルは普通のことのように会話している。しかも、さりげなく暗殺者が紛れ込む可能性をぶち込み、対するローランドさんも、当然のことのように頷いているのが異様だ。
「……そうでしたか。承知いたしました」
ちなみに、ローランドさんは“休みなし”というアルの言葉に、眉間へ皺を寄せる。彼もアルの事を心配してるんだろう。
「なになに、ご主人様ケガしちゃったの? めっずらしい!」
一方、配膳を終えたベスが、話半分に聞いていたのか多少取り違えて訊いてきた。
「もうとっくに治ってます。この人のおかげで。ただ、不必要な嘘をつくことになったのもこの人のせいですが」
「悪かったよ、それは」
軽くアルが睨んでくるので、謝ってやる。
この話、いつまで突っかかられるんだろうな……。
とはいえ、やっと俺に矛先が向けられたので、ベスさんにも名乗っておく。もうローランドさんから伝わってるかもだけど、こういうのは丁寧にやっておかないとなあ。
「ひとまず自己紹介させてくれ。俺は
異国語で呼びにくいだろうから好きに呼んでくれ」
そう言いながら握手を求めてみる。
既にこの世界に握手の風習があることはアルに確認済みだ。
そして自慢じゃないが、自分で悩みぬいて決めた俺的にカッコいい名前は何度でも名乗りたい。
……何気に接触人数が少なすぎて、回数こなせてないからなあ。
「あら、ご丁寧にどうもぉ。それじゃあ、ショウと呼ばせてもらうわ。こちらこそ自己紹介が遅れてごめんなさい。アタシはデイヴィスよ。みんなにはベスって呼んでもらってるの。どうぞ、よろしくね」
なぜか彼女は意外そうな、それでいて嬉しそうな顔をして握手を返してくる。その感触はやはり男のそれで、握力だってガタイ相応なんだが、水仕事だからこそ手入れが行き届いている肌は女性らしい。
「ああ。よろしく頼むよ。まずは手始めに、あんたが作った料理を楽しませてもらう」
前の生では、ベスのような、いわゆる身体と性別が不一致な人とは交流が無かった。精々、中学の時に隣のクラスにそれっぽい男子が1人いたくらい。……彼? はやたらと女子と話が合ってたんだよなあ。
「ふふん! 今日のは力作よお。ご主人様の帰還祝いと、新しいお客人――ショウもいるって聞いてたから張り切ったわあ」
ベスが弾んだ声で言った通り、卓の上に所狭しと並べられた料理は、
見た感じでは、地球でいう地中海の料理に似ているが、海産物がこれだけ使われてるってことは相当海が近いはず……。
来る時、海見えたか……?
あ、いや、水運が発達してんだな。
ひとまず、「いただきます」と一声かけて目の前にあった皿に手を付ける。カトラリーには俺も使い慣れているナイフとフォークが用意されていてほっとした。
ただ、こういう料理は食べつけてないから、マナーなんかは不安なんだが。
……ええい。
「……美味い!」
考えてみればどうせこっちのマナーは知らないのだからと、開き直って食事を楽しむ。隣のアルを盗み見ても大きな違いはないようなので、もう気にしない。
そして、ベスの料理は案の定、めっちゃうまかった。
特に、鶏肉的な食材とトマト的な食材を煮込んだ皿には、うま味が凝縮されていて、いくらでも食えそうだ。
「あら、そういえば、腕を揮うのに夢中になっちゃって、ショウの苦手な食材を確認しなかったわ。ごめんなさいね。お口に合いそうかしら?」
「ああ、大丈夫だぜ。元々苦手なモンもあんまないし。これ全部ベスが作ったんだよな、すごい」
コース料理という訳じゃ無かったが、卓上に並んでいるのはそれなりの品数だ。肉に魚に、豆類を始め野菜をふんだんに使った皿もある。これだけの品を一手に調理できるのは素人目にスゴイと思う。
見た目が似てるだけで実際どんな食材かよくわかってないけど、食べた限りどれも美味い。
「あら、嬉しいわ。この国で流通する自慢の食材を贅沢に使ったの。このお邸では、こういうところに金の糸目をつけないからアタシの腕も揮いがいがあるわあ」
「……ベス」
ローランドさんが眉を潜め、たしなめるように彼女に呼びかけた。
衣食住の“食”に金を掛けるのは俺も賛同するところだから、ベスの言葉を俺は何とも思わなかったけど、ローランドさん的にはアウトな発言だったらしい。
食卓で金の話をしたからかな?
「本当のことなので構いませんよ」
案の定、アルもそんな細かいことを気にする性格じゃなかった。
しかしそのアルは、相も変わらず淡々と料理を食べ進めていて……。
だからお前、もうちょっと美味しそうに食えよ。なんでこんな美味い料理を無表情で食えるんだよ。
……しょうがねえ、さっきの言葉を俺がベスに伝えてやるか。
「そうそう。こいつは、ベスの手料理を食いに
ちょっと文脈は違うが、素直じゃないこいつの言葉を意訳すれば、この程度にはなるだろう。
「ちょっと、僕はそんなこと一言も――」
「言ってはねえけど、同じような事言ったじゃん。“美味しい食事が食べられないなら、ここに戻ってくる意味はあまりない”、とかって」
ほら、ベスが期待したような視線を向けてんだから、素直に認めろって。
「それは言いました「っしゃ!」けど!」
アルが認めたその瞬間、室内に響いたのは野太い歓声。
勿論、その発生源は誰をかいわんや。
「「……」」
思わずアルと揃ってベスの事を見つめてしまう。
「あら、いけない。今のは聞かなかったことにして?」
「ベス……。嬉しいのはとてもよくわかりますが、さすがに自重してください」
「ホント、ごめんなさいね。オホホ」
ローランドさんは既に見慣れているらしい。呆れたような、しかし親しみも含んだ声で今度こそたしなめる。
「まったく……。もう特に用はありませんので、2人は呼ぶまで下がっていてください」
だから、アルちゃん。もうちょっと柔らかい表現にしろって……。俺たちの給仕に付き合ってると、2人の食事時間が削られるから下がらせたいんだろ?
「承知いたしました」
「御前、失礼いたしますわ」
彼らも、アルの言い方には慣れているのか、特に気分を害した様子もなく、ニコリとほほ笑んで部屋から辞していった。
中々、いい人たちもいるじゃないか。
第6話「宵闇」
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