第7話 祓魔師シモン、詩人を旅に誘う


「なあオルフェ。話する前にちょっといいか?」

「どうしたんだい? シモン」


 悪魔と関わっている疑惑がある美貌の詩人・オルフェが泊まっている部屋に上手いこと招かれたオレ――シモンは、部屋の片隅を見て早々にツッコミを入れざるを得なかった。


「アレ、しまってから話さねえ?」


 部屋はベッドと小さなサイドチェストがあるだけの至ってシンプルな部屋。

 そのサイドチェストの上に、昼の演奏のがたっぷり詰まった帽子が無造作に置かれており、銅貨や銀貨がパンパンに詰まっているであろう、いくつもの真ん丸な革袋が無造作に床に置かれていた。


「不用心過ぎるだろ。オレが強盗だったらどうするわけ?」

「え?」

「えっ、て……」


 あまりにも警戒心のない反応に、オレは咳払いを一度して、ぞんざいに金を扱うオルフェをさとしにかかった。


「いいか。旅をするなら金の管理はしっかりしろ。金がなきゃ旅の途中で食料なり、着替えなり、必要な物が用意できねえ。宿に泊まるなら宿代も必要だしな」


 まあオレは全部前の街に忘れてきたけど。


「それに大金を持ってるって知られたら、盗人連中の絶好のカモだ。街中ではスリ、宿ではコソ泥。下手すりゃ街を出てから後を付けられて、誰もいない街道で身ぐるみ剥がれて殺されちまうぞ」


 自分のことをがっつり棚に上げたオレの話に、オルフェは至って真面目な顔で頷く。


「スリかあ。だから街を歩いてた時よく財布がなくなってたんだね。なにか変だなって思ってたんだ」

「もう既にカモにされてんじゃねえか! その時点で気づけよ!? とりあえずその机の金は全部仕舞え! あ、手伝わねえぞ? 荷物は基本他人に触らせんな!」

「うん、わかったよ!」


 大変真っ直ぐな返事をしたオルフェは、すぐに抽斗の金をまとめ始める。


 ――いや~……調子狂うわ~……


 オレはコッソリ溜息を吐きながら頭を抱える。


 この男、とにかく素直で物を知らない。先程は目先の金にしか興味のない小悪党を例に挙げたが、もし性質の悪い奴に目を付けられれば、全財産巻き上げられて一文無しどころか借金漬けにされた挙句に、人間離れした美貌と演奏技術を買われてどこぞの悪趣味な金持ちの情夫にされかねない……


 ――ってそうじゃねえよ。しっかりしろオレ。


 悪魔とのかかわりを探るための方便が、いつの間にか本気の助言になってしまった。

 気を取り直して、情報収集。


「ところでオルフェ、この街に来る前は何処にいたんだ?」

「西側の港がある街だよ。朝市に行ったら焼いた貝が売っててね。魚醤っていうソースをかけて食べたらすっごく美味しいんだ」

「西側の港って言ったら、アレだろ? 『悪魔の島ディア=ボロス』が見える街」


 一ヶ月前に天変地異に見舞われた、神に反旗を翻した悪魔たちが住まう地。新しい情報があるなら祓魔師エクソシストとして是非とも聞いておきたい所ではあるが。


「……『悪魔の島』が気になるの?」


 『悪魔の島』の名を出した途端、オルフェの動きが止まった。

 どこまでも澄み切った緑青の瞳を、見定めるかのようにオレに向ける。


 ここで問い詰めて追い出されるくらいならマシだが、最悪は下にいる酒場の姐さんを巻き込みかねない。

 オレは一先ず、無難な返しで様子を見た。


「ほら、一月前に天変地異があったって聞いたからよ。何か知ってるなら聞いておきたくてな。折角そっちから来た奴と会えたんだしさ」


 そう答えると、オルフェはフワリと、力の抜けた笑みを見せる。


「ゴメン。僕も詳しくは知らないんだ。乗ってた船が転覆して、気が付いたら港に流れ着いてたから」


 ――うん、やっぱコイツなんか知ってんな。


「そりゃあまた、大変だったなあ。船ってことは、ひょっとしてスフィア教国に来たのは初めてだったりするのか?」


 オレは同情を装いながらも、情報収集を続ける。


「うん。だから僕、教国のこと全然知らなくって。シモンは、星都サン=エッラに行ったことがあるんだよね?」

「おう。酒場の姐さんに聞いたけど、お袋さんの故郷なんだって?」


 オルフェは頷くと、荷物の奥から赤い布で包まれた『何か』を取り出す。


 緩衝材替わりであろう赤い布を丁寧にまくった下から現れたのは、三十センチほどの真っ白な女性の石膏像。


 櫃像ひつぞう――故人の遺骨を納めるための、生前の姿を象った像だ。


「母さんが亡くなって、もうすぐ一年になるんだ」


 どうやら母親のものらしい櫃像を抱えたオルフェは、懐かしむような顔で目を伏せる。


「僕を産んでから亡くなるまで、ずっと星都に帰れなくて。いつか、一緒に行こうねって約束してたんだ。

 けど、色々あって故郷に居られなくなって。父さんも……亡くなってしまったから。正直、他に行く当てもなくて。

 だから、お金を貯めて星都に行って、ひっそり暮らしていけたらなって思ったんだ。

 ……ゴメンね、暗い雰囲気になっちゃった」


「いや、気にしねえよ。星都に行くのは、お袋さんを弔うためか」


 赤い布で櫃像を丁寧に包み直しながら、オルフェは微笑む。


 ――これが演技だったら大したもんだが……。


 オレはオルフェについて分かった事を整理しながら、どうすべきかを考える。


 まず何らかの形で悪魔と関わりがあり、更には『悪魔の島』での異変について知っている可能性が高い。

 母親を弔うために星都に行きたいらしいが……これは多分、嘘を言っていない。

 星都に向かうだけならば、ここまで凝った嘘はいらないだろう。


 祓魔師エクソシストとして、オルフェをここで見逃す選択肢はない。

 少し考えてから、オレはこう切り出した。


「なら、オレと一緒に星都に行かないか?」


 「え?」と顔を上げたオルフェに、オレは人好きのする笑顔で続ける。


「教国に来たのが初めてなら、星都への道も分からねえだろ? 道案内くらいなら朝飯前だぜ」

「え、えーと……申し出は、ありがたいんだけど……」

「それに、星都には知り合いが何人かいるんだ。お前の住む場所探すくらいなら手伝ってもらえるよ」

「ん、んー……」


 躊躇うオルフェに、オレはもうひと押しを加える。


「お袋さんのご家族、探したくねえか?」


 その言葉に、オルフェの緑青の瞳が大きく揺らぐ。


「母さんの、家族……」

「ああ。例えば、お袋さんの父親や母親――お前にとっての祖父さんと祖母さんとか。お袋さんに兄弟姉妹がいたら、叔父さんに叔母さん、いとこだって居るかもしれない。もし居るならその人たちは、お前にとっても家族なんじゃないか?」

「僕の、家族……」


 疑いながらも、ほんの僅かに期待が籠った声で呟くオルフェに、オレは胸を張って自信に満ちた笑みを浮かべる。


「こう見えて、色んな所に顔が利くんでね。住処探しのついでに人探しだってお手のモンさ。

 それに星都は広いからな。お袋さんが何処に住んでいたとか、家族が今も生きているのかとか、伝手もねえのに調べるのはちょっとばかし骨が折れるぜ?


 もちろん、嫌なら無理強いはしねえ。決めるのはお前だ、オルフェ」


 どうする? と投げかけてみれば、オルフェはややあってこう言った。


「シモン。君の提案はとても嬉しいのだけれど……どうして、僕にそこまでしてくれるんだい?」


 馬鹿正直に答えるわけにもいかないので、オレは肩をすくめて返す。


「ま、しいて言うなら一人旅に飽きたのと、お前の歌をもっと聴いていたいからだな」


 想定外の返答にキョトンとした顔のオルフェをそのままに、オレは立ち上がって部屋のドアに向かう。


「なあ、夕方は何刻に弾くんだ?」

「え、えっと白馬の六刻午後六時からだよ」

「じゃあそん時にまた来るよ。もし断っても、星都までの道くらいは教えるさ」


 そうしてオレはヒラリと手を振って、オルフェの泊まる部屋を後にした。





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