第6話 祓魔師シモン、詩人と対面する


 演奏が終わり、大量のを一通り受け取った吟遊詩人の男が二階へ去っていくと、客たちはサッサと飯をかき込んで続々と出て行った。


 あっという間に誰もいなくなった店内には、料理人のねーちゃんとオレ――シモンだけ。


 オレはカウンターに座ってねーちゃんに話しかける。


「まだ作れるモンある?」

「あら、見ない顔ね。後で皿洗い手伝ってくれるなら、賄いタダで食べさせてあげる」

「じゃあそれで」


 賄い飯を作ってくれている合間に、オレはねーちゃんに先程の詩人について探りを入れてみる。


「それにしてもスッゲー演奏だったね、さっきの人」

「ああ、オルフェ? ホントびっくりよ! 一昨日フラッと現れて、『店先で一曲弾かせてくれ』って頼まれてね?」


 おそらく注文をさばくのに忙しすぎて誰にも喋れなかったであろう話を、ねーちゃんは手を動かしながらも、ここぞとばかりに吟遊詩人――オルフェについて話しまくる。


「それで弾かせてみたら、お客さんがたっくさん入って来て! もーてんやわんやよ! で、泊まる所探してるって聞いたから、ウチの二階に泊めてるのよ」


「え、大丈夫なの? 見た感じ、一人で切り盛りしてるんだろ?」

「旦那が死ぬまでは宿屋だったからね。部屋は余ってんのさ。それに、あれだけ荒稼ぎできる奴が、盗みを働くとも思わないね」


 ねーちゃん――未亡人に『ちゃん』はねえな――もとい姐さんは切った野菜と肉、調味料をフライパンに放って手早く炒めていく。


 悪魔が誘惑したり、悪夢を見せて不安にしたりして憑りつこうとしている場合、精神に干渉される影響で、情緒が不安定になる。


 そのため極端な好悪の感情は一つの目安になるのだが、見た感じ姐さんが詩人オルフェに過剰な好意をむけてたり、逆に不気味がる様子もなし。


 ――もう少し踏み込んで聞いてみるか。


「確かに、あの演奏ならどこでもやっていけるわな。オレなんてみたいだったし」


「あはは、そうねー。もう鳥肌立っちゃうわよ。あたしもオルフェが曲弾くときだけは、思わず手が止まっちゃうのよねー」


 姐さんはそう言って、炒め物を皿に盛り、スープとパンを添えてオレに渡した。


 オルフェの曲によって引き起こされた幻視は、どうも姐さんには視えなかったようだ。

 他の客の話を聞いていないため確信はないが、もしかすると幻視アレが視えたのはオレだけだろうか。


 ――だとしたら、あの幻視は意図的に視せてるものじゃない?


 塩の利いた炒め物を口にしながら、オレは首の後ろをさする。痛みの余韻は、もうない。

 そう言えば酒場に近づいても、姿を見ても、痛みは感じなかった。


 演奏が悪魔の力由来なのは確定。しかし――オルフェ本人は、果たして悪魔なのか?


「難しい顔してどうしたの? 口に合わなかった?」

「いやいや、メッチャ美味いよ。ちょっと考え事してたんだ。あれだけの腕があるのに、なんで吟遊詩人なんかやってんのかなーって」


「随分ご執心ねー。本人が言うには、星都サン=エッラに行きたいらしいわよ」


「星都に?」

「死んだ母親の故郷で、そこに行くための路銀を稼いでるんですって」


 オレは適当な相槌を打ちながら、食事に集中するフリをして考える。


 詩人オルフェがやって来たのは一昨日。同じ空間で寝泊まりする姐さんは特に悪魔の影響下にある兆候はなし。

 武器屋のおっちゃんや他の客たちも、何かに取り憑かれたり魅了されているような顔ではなかった。


 あの幻視を伴う演奏が恣意的な物でないからか、あるいは演奏を聴いて日が浅いからかは、今のところ判断できない。


 目的地は星都。死んだ母親の故郷とのことだが、真偽は不明。


 ――んー、今ある情報だけじゃ判断つかねえな。


 オレは手早く飯を食べ終えて、姐さんに声を掛ける。


「ねえねえ、ちょっと頼みがあんだけどさ」


 ◆


 皿洗いを終えたオレは、姐さんの後をついて二階に上がる。

 廊下の突き当りにある角部屋のドアを姐さんがノックした。


「オルフェー、ちょっといい?」

「はい、なんですか」


 部屋からは、あの少しかすれた中性的な声が返ってくる。


「旅の人が、あんたの話を聞きたいんだって。星都にも何度か行ったことがある人なんだけれど――」

「! 今出ます!」


 『星都に行ったことがある』と聞こえた瞬間、喰い気味な返事と共にドアが開く。


 亜麻色の巻き毛を揺らしながら、澄んだ緑青エメラルドブルーの瞳を期待に目を輝かせた美貌の詩人が満面の笑みで飛び出してきた。


 ――ぐぉっ眩しい……!


 あまりの美しさに一瞬息が止まりかけたが、どうにか気合で愛想笑いを浮かべる。


「どうも初めまして、シモンだ。さっきの演奏すごかったぜ」

「ありがとう! 僕はオルフェ。よろしくね、シモン!」

「お、おう。人懐っこいなあ、お前」


 警戒心が一切ない、この世の全ての悪を浄化できそうな純粋すぎる笑みに困惑する。


「ごめんよ、馴れ馴れしかったかい?」

「んにゃ、全然」

「よかったあ……! あ、そうだ。旅の話をするんだよね?

 僕、旅を始めたばかりだから、まだまだ知らない事いっぱいで。シモンの話がたくさん聞きたいんだ」

「おう、旅の先輩だ。何でも聞けよ」


 オレとオルフェのやり取りを聞いていた姐さんが、後ろから声を掛けてくる。


「じゃあ、あたしは晩の営業の仕込みしてるから。何かあったら呼んで頂戴」

「あいよー」

「わかったよ。さあ、シモン。入って」


 姐さんが階段を降りて行ったのを確認したオレは、オルフェが泊まっている部屋に足を踏み入れた。


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