第4話 祓魔師シモン、詩人の噂を聞く


「ありがとうございます、シモン殿。これで故人も安らかな眠りにつけることでしょう」

「なあに。祓魔師エクソシストとして当然の事をしたまでですよ」


 女神エッラを崇める教会の奥にある一室で、オレ――シモンは、この教会に務める老いた女司祭と向き合っていた。


 昨晩の戦いの後。悪魔が憑りついていた女性の遺体を抱えて【身体強化】で夜通し街道を駆け抜け、朝日が半分ほど顔を出した頃、どうにか街に到着した。


 女神エッラに仕える聖職者の証である、右手の甲の七芒星の紋章を見せて門番に事情を説明。

 衛兵に案内して貰った教会で確認したところ、やはりこの街で亡くなった女性だったらしく、遺体はそのまま遺族へと返還した。


 現在は慌ただしく葬儀の準備が進んでおり、今日中に火葬が出来るだろう。


「あちらの女性は、昨夜遅くにお亡くなりになられたのですが。【弔い】の秘跡を準備している間に遺体が消えてしまいまして……お恥ずかしい話です」


 老年の女司祭が頭を下げようとしたのを制して、オレは質問した。


「こうしたことは、今までにありましたか」

「いいえ。このような事は前代未聞です」


 柔らかな口調ながらハッキリと否定した老女司祭だが、ややあって、恐る恐ると言った風に口を開く。


「やはり……一か月前の、『悪魔の島ディア=ボラス』での異変が関わっているのでしょうか……?」


 悪魔の島。かつて女神エッラに反逆した元天使悪魔が棲む、海の果ての島。

 一ヶ月前、その島でこれまでにない天変地異が起こったと、監視していた港町の教会からスフィア教国中の教会へと連絡が入った。


 曰く、島からは数え切れないほどの悪魔たちが現れ、周囲には黄金の炎が吹きあがった。空からは紫色の雷が何度も島に落ち、海は三日三晩荒れ狂ったそうだ。


 さらに島から現れた悪魔たちが人間の住む大陸側へと渡ったとの報告もあり、その日を境に各地で悪魔による被害が急増。


 そこでスフィア教国の星都せいとサン=エッラにある教会本部は、オレを始めとした祓魔師や、本来は聖都の守護に当たっている聖騎士までも動員し、悪魔への対処と悪魔の島ディア=ボラスにて発生した異常の原因究明に乗り出したが――未だ、具体的な成果を上げられていない。


「ハッキリしたことは言えませんが、無関係とは考えられないかと」


 オレの曖昧な回答に、老女司祭は神妙な面持ちで俯いた。一瞬流れた重苦しい沈黙を払拭するために、オレは話題を変える。


「それで司祭様。少しばかりお願いしたい事があるのですが」

「はい、なんでございましょう」


「恥ずかしながら、旅の荷物をあらかた失くしてしまいまして、宿を取るだけの路銀もない状態なのです。どうか厩舎の隅などで構わないので、二、三日ほどこちらの教会に身を置かせていただけないでしょうか」


 申し訳なさそうな表情を装いそう言えば、老女司祭は快く宿泊を許可してくれた。


 【身体強化】をしていたとは言え、流石に悪魔と戦ってから徹夜で走れば疲れる。パンとスープだけの質素な朝食を貰った後、案内された部屋でひと眠りして目を覚ましたのが白馬の四刻午前十時


 そして道中倒した小悪魔インプ屍魔アンデッドの魔晶の代金、合わせて三千八百デール――多分、口止めも兼ねて色が付いている――を受け取り、悪魔祓いに使った星水せいすいも補充。


 老女司祭から雑貨屋と古着屋、武器屋の場所を聞いて、オレは暖かくなった懐にニヤつきながら街へと繰り出した。


 ◆


「なあ兄ちゃん、一人でこれ全部買うのか?」

「これでも絞った方だぜ。どれも良い品だったからな」


 雑貨屋と古着屋で買い物を終え、駄賃を払って教会へ届けてもらった後、街の武器屋で装備を揃えた。


 カウンターに並べた武器の数に、武器屋のおっちゃんは怪訝な顔をしている。


 刃渡り八十センチほどの山刀マチェット、小ぶりだが肉厚な剣鉈、投擲にも使える手斧トマホーク、鉤爪付きのロープに、連射可能なボウガンと矢とマガジン……占めて二千八百デール也。


「そりゃ嬉しいが……お前さん、傭兵かなんかなのかい?」

「似たようなもんかな。人間相手じゃないけど」


 オレが手袋をめくって女神エッラの七芒星の紋章を見せれば、おっちゃんが目を剥いた。


祓魔師エクソシストか! 若いのに大したもんだな」

「それほどでもあるぜ」

「いやいや謙遜……しねえのかよ!」


 ひとしきり漫才を楽しんだ後、おっちゃんが神妙な顔で切り出す。


「って事はよお、兄ちゃん……、持ってんのかい?」

「そりゃそうさ。悪魔祓いの必需品だしな」


 オレは腰のベルトから鞘ごと短剣を取り外し、おっちゃんの前に掲げた。


「おぉお! そいつが、女神に祝福された星銀せいぎんの武器……!」

「おっと。タダって訳にはいかねえなあ」


 手を伸ばしかけたおっちゃんから寸前で短剣を遠ざける。ムッとした顔のおっちゃんにニッコリ笑いかけて、カウンターに置いた武器を指さした。


「悪魔相手だと武器の消耗が早くってさあ。星銀の見物料ってことでちょっと負けてくれねえ?」

「んだよ、聖職者だってのに現金な野郎だなあ……二千五百」


「おいおいおいおい、たった三百? 安く見られたもんだなあ。二千」

「値切りの材料にするお前の方がよっぽど罰当たりだろうが。二千三百」

「やっだな~。女神の祝福を間近でじっくり見れる機会を提供する布教活動だよ~。二千二百」


「まったく、口の回るガキだな。しょうがねえ、二千二百だ」

「聖職者は頭と口回して何ぼだよ。ほい、どーぞ」


 交渉成立。オレは金と一緒に星銀の短剣をおっちゃんに渡す。

 オレがそれぞれの武器をホルスターに装着している隣で、おっちゃんは星銀の短剣を鞘から慎重に抜いていた。


「ハァー……美しいもんだなあ」


 オパールにも似た虹色の不規則な煌めきが閉じ込められた星銀せいぎんは、女神が住む天の国から落ちてきた星の欠片を、銀と合わせて加工したものだ。

 星の欠片と星銀はすべて教会で管理され、加工技術も門外不出。一般人の目に触れる事なんてそうそうない。


「はーい、時間切れだぜー」


 おっちゃんが短剣に見とれている間に、オレは装備を付け終えていた。


 ホルスターの背中に山刀マチェット、腰の後ろに手斧トマホーク、左わきの下に剣鉈。

 腰のベルトの後ろ側にはひとまとめにした鉤爪付きロープを吊るし、連射式ボウガンは古着屋で買った外套の上から背負い、矢を装填したマガジンは雑貨屋で買ったホルスターにさして太ももに括りつけている。


「いやはや、堂に入ってんな」

「まあな。仲間内からは『百器ひゃっき』のシモンなんて呼ばれてるよ」


 おっちゃんから星銀の短刀を受け取り、腰に差し直す。


「ところでおっちゃん、最近この街で変わった事とかある?」


 オレがそう投げかければ、おっちゃんはカウンターから身を乗り出した。


「実はよ、行きつけの酒場に最近妙な奴が入り浸るようになってな」

「妙な奴?」


「吟遊詩人の男なんだが、とにかく歌が上手い。おまけにハチャメチャに顔も良いんだ。

 静かに呑めるいい酒場だったんだが、おかげで毎日満員御礼になっちまったよ」


「酒場にとっちゃ有り難い話じゃねえか」

「そうなんだけどよ」


 おっちゃんは一際声を落として囁いた。


「悪魔ってのは美男美女ってのが相場じゃねえか?」

「違えねえや」


 悪魔は人間を惑わせ破滅に導く。用心深い人間を油断させるために、美男美女に変身したり憑りついたりする事は多い。


 そして巧みな話術や芸を以って人の心に取り入ろうとする。

 特に音楽――とりわけ『歌』は、悪魔たちが好んで使う。美しい姿と歌声で船乗りを魅了する歌人魚セイレーンなんて悪魔がいい例だ。


「もうすぐ昼飯時だからな。今から行けば、聴けるんじゃねえか?」

「そうかい。あんがとよ」


 おっちゃんから酒場の場所を聞いたオレは、新調した武器をひっさげ噂の詩人に会いに行く事にした。


 ――それが、オレの運命を大きく変える事になると知らずに。


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