第3話 祓魔師シモン、道中の悪魔を討つ
「やっべー……荷物と金、全部あっちに置いて来ちまった……」
真夜中の街道のど真ん中、オレ――シモンは途方に暮れていた。
【身体強化】の秘跡を使って駆け抜けた道を未練たらしく振り返れば、城壁はすでに遥か向こう。
仮に今から戻ったとしても、司祭の家への不法侵入と不義密通で衛兵に捕らえられるだけだ。
「まあ、最低限の装備とヘソクリはあるけどよ」
オレは溜息を吐きながら道の端に座り込み、手持ちの装備を確認する。
赤茶のフード付き腰丈ポンチョの下には、革の胸当てに黒いシャツと、武器類を下げておくホルスター。
しかし肝心の武器類は司祭の愛人のねーちゃんとアレコレするには邪魔だったので、泊まっていた教会に置いてきてしまった。
腰のベルトの両側には、
後ろ側には投擲用の太い釘。悪魔祓い用の
最後に鉄板を仕込んだ靴を脱ぎ、中敷きの下から数枚の硬貨を取り出す。
両足で銀貨八枚に銅貨十六枚。合わせて八百十六デールが全財産。街で着替えや野営用の装備を揃えたら、あっという間になくなる額だ。
オレは無情な現実に肩を落とし、真っ暗な道の先をぼんやりと眺める。
――こう、都合よく商人の馬車が盗賊とかに襲われたりしてねえかな?
盗賊が賞金首であれば尚可。美人な娘か妻が同乗していれば大歓迎。謝礼として商人の屋敷に泊めてもらい、夜には娘か奥さんとンムフフフ……。
「なーんて、都合のいいことあるわけねえんだよなーこれが」
この辺りで盗賊の被害があるなんて話は聞かなかったし、そもそもこんな真夜中に女子供を連れた商人が移動をする筈もなし。
もし居たとしても、商売に失敗したか貴族の不興を買ったかで夜逃げ中とかいう
「しょうがねえ。次の街まで、もうひとっ走り……」
そう言って腰を上げた時だった。
ジリ、と首筋の裏が痺れるような感覚。そして――
「誰か、誰か助けてぇーーー!」
遠くから若い女の悲鳴、そして複数の足音がこちらに向かってきた。
――マジかよ
あまりにも奇跡的な出会いに、オレは歯をむき出しにして笑う。
「女神よ、お導きに感謝します……っしゃオラ金ヅルぅ!」
フードを深くかぶったオレは、悲鳴が聞こえた方へと迷いなく駆けだした。
「【
走りながら【身体強化】の秘跡を発動。
真っ暗な街道の先を強化された視力で見通せば、土で汚れた白いドレスの裾を蹴って走る美女の後ろから、小さな影が三つ追いすがっている。
「キィッ、キィッ、キッキッキ!」
最下級の悪魔で、大きさは人間の子供ほど。毛のないつるりとした頭からは二本の曲がった角が生え、細い手足に下腹だけがポコリと出た不格好な身体をしている。
三体の小悪魔は鈎の付いた細い尾をしならせながら、耳障りな声を上げて美女のすぐ後ろに迫っていた。
オレはベルトの後ろから投擲用の釘を三本掴み、祈りの言葉を唱える。
「【
【武器強化】の秘跡。鉄製の黒い釘を、淡い
オレは釘を持った左手を後ろに隠したまま、強化した脚力で
闇の中から勢いよく迫るオレに、白いドレスの女が立ち止まり、追ってきた小悪魔たちもオレに気付く。
オレは構わず加速して、彼女の鼻先で真上に跳んだ。真下に並んだ無防備な三つの頭を目がけて、白銀に光る釘を投げ放った。
「「ギギギィイイイイ!!!」」
頭に釘が突き刺さった二体の
残り一体は右肩に命中し、右腕の付け根から下を失った。
驚愕、痛み、怒り、殺意――隻腕の小悪魔が紫色に血走った眼を空に向けた時、オレは既に腰から抜き放った二本の
見上げることで晒された首筋へ、交差した両腕を振り抜いた。
二本の白銀の軌跡が首の真ん中を横切ったのと同時に、オレは
一拍遅れて、角の生えた紫の頭がボトリと地に落ち、首の断面から紫の血を吹き上げながら胴体が崩れ落ちた。
立ち上がって振り返れば、小悪魔の死体があった場所には紫色の染みと、赤子の拳ほどの艶のない黒い石。
オレは悪魔の魂が凝った結晶――
これは教会に持っていけば悪魔の討伐証明として換金できるのだ。
この大きさなら三つで三千デールは堅い。思わぬ臨時収入にフードの下でニヤケ顔が止まらなかった。
「あ、あの……ありがとうございます」
道の真ん中で立ちすくんでいた白いドレスの女が、恐る恐るオレに声を掛けてくる。
「ああ、もう大丈夫ですよ。災難でしたね」
「え、ええ。あなたがいなかったら、今頃どうなっていたか」
フードを被ったまま笑いかけたオレに、女ははにかんだ笑みを浮かべて礼を言う。
「その、もしよかったら、何かお礼がしたいのですが……」
「ほう、ほうほう。では一つお願いが」
身体の前で指先をもじもじと合わせながら、潤んだ目でオレを見上げる女に、オレはニッコリと笑って。
「とっとと、そのねーちゃんから出てけやクソ悪魔が」
腰のポーチから取り出した
「ヒッ、ギイアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
星水の降りかかった場所を抑え、女は仰け反りながら濁った悲鳴を上げる。
濡れた肌が煙を上げ、指の隙間から覗く瞳は紫色に血走っていた。
「ったく。
女が着ていた白いドレスは、故人が女神の
こんなものを着て真夜中に出歩くのは、死体に憑りつき操る悪魔――
オレは二本のナイフをまとめて左手に持ち、右手に嵌めていた手袋を口で咥えて外す。
露わになった右手の甲には、
「【理に背く者よ、去れ! 我が手は汝を退けん! 汝、己の悪を知り、善なる者に平伏せよ!】」
オレが手の甲を向けて退魔の言葉を唱えれば、
その口から屍魔の本体である、紫色の粘度のある液体が溢れ、地面の上を這って逃げようとする。
オレはすかさず小瓶に残った
紫の粘液は白い煙を上げて融け、地面に残ったのは親指の先ほどの小さい魔晶だけ。
オレはナイフを収め、魔晶を拾い上げると、倒れた女性の遺体の前に
そして右手の人差し指で七芒星を描き、両手を胸の前で組んだ。
「……悪いな、ねーちゃん。【弔い】の秘跡は祭司じゃなきゃ使えねえ。朝までには街に着くから、もうちょっとだけ我慢してくれ」
簡略な祈りを済ませたオレは、遺体を外套で包んで肩に担ぎ、【身体強化】の秘跡を使って再び街へと走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます