第1話-5 恋は、ピンクか?ブルーか?

第5章 恋の進路はどちらへ?

 隆史とヒナノ、高校2年生も終盤に入った。この時期には、高校卒業後の進路相談、進学相談が儀式的に行われる。相談といっても、生徒と親の意向を聞いて、今後、行わなければならない行動をスケジューリング指導するのだ。大学や専門学校への入学を志す者には、その方法として、進学塾を紹介する。仕事に着きたい者には、職業訓練学校、就職先を紹介するうえ、その為にこれから何を学ばなければならないか、を教える。そして、教師には生徒が何をするにも、目指すにも、必要とされる内申書なるものを書く権限、権力があることを承知させるのだった。


 隆史の場合

 隆史の進路は決まっていた。というか、自分だけで決めていることで、それを世間が許すか、どうかは別問題である。


「俺、仁さんみたいにK大経済学部に行く!」

 それを聞いて、担任も、母親も溜息をつく。

「ま、君の自由だ、頑張れ」

との担任の応答に、

「すみません・・・」

と謝る母親。

「なんで、母ちゃん、謝んの?」


担任は、一呼吸おいて、隆史に静かに語った。

「大学を受けるのは君の自由だ。ただ、入学の試験をいきなり受けても戸惑うばかりだろう?どこか、進学塾にでも行ってみてはどうか?そこで、テストやってるから、ドンドン受けて慣れて、当日、試験に動揺しない様にしておいた方が良いネ。それと、何校も何校も片っ端から受けてみて、翌年の次の入試に備えるという手もある。なんせ、君は勉強なんてやった事ないんだし、テストなんてマトモに受けたこともないだろう?」

 ここで、また、母親は担任に謝った・・・


 ヒナノの場合

 ヒナノも進路は決めていた。

「私、学校の先生になりたいんです!」

 担任は、にこやかに頷いて、

「それで、アナタは何の先生になりたいのかな?校長先生とか?」

とヒナノに問いかけた。

 ヒナノは、

「それが・・・学校の先生になって、生徒と過ごしたい、色んなことを教えたい、とか、漠然としか決まってなくて・・・」

と少し困ったように、考えながら答える。

「分かりました。それでは、取り合えず、大学か短大か専門学校で教育学部教育学科を目指してみたら良いと思います。色々な学校の資料はこの学校に有りますので、自由に読んでみて決めてみては?そして、いくつか目標を教えて下さい。それによって、ヤルベキことは違ってきますから」

と言われて面談は終わった。


 隆史とヒナノは、進路指導室にある受験資料室にいた。

 ヒナノは、十冊以上の教育学科のある学校の案内を机に積み上げていた。

 隆史は、K大経済学部の受験用の赤本と、予備校が出版している試験合格手引きなるものを2、3冊手に抱えている。そして、手に取り机で開き見ている、読んでいる?

 隆史が、悩まし気に本を眺めながらヒナノに問う。

「あのさ~、この偏差値って何?」

「K大経済学部 偏差値70とか言うの?」

 ヒナノは、少し驚きながらも、

「あ~、隆史って模試って受けたことないんだっけ?模試、受けた時、結果として受けた人の得点の一番多かったところを偏差値50として、自分がどれくらい点数をとれたか、受けた皆の全体の、どのレベルにいるのか?が分かる数値だよ?」

と、答えた。

「ふ~ん・・・今イチ、良く分んないな」

 ヒナノは隆史の方をしっかりと見つめて、

「どこかで、大学入試模試とか受けてみればイイじゃん!ところで、この前の中間テスト、どうだったの?」

と、誘うように、探るように。

「あ~、4番目くらいかな?木瀬とか斎藤とか、ヒロキよりは上だった!」

「4番って、下からカイ!それって偏差値4じゃない?」

「え?偏差値4だと、K大の偏差値70には、入れないの?」

隆史は、訳分からず、叫ぶ。

 ヒナノは、少し考えてみる。

「う~ん、死ぬ気で勉強すれば・・・イヤ、死んでも入れない!」

「じゃ~、なんで、サーフィン馬鹿の仁さん、入れたのよ?今度聞いてみようかな・・・」

と、隆史は天井を眺めて呟く。

 その言葉に、ヒナノは以前、まり子先生から聞いた話を隆史に伝えた。

「以前、聞いた話だと、まり子先生が学校に来なくなった時に、授業のノートをとって、毎日、毎日、まり子先生の家に持って行っていたら成績上がっちゃったんだとか、聞いたよ」

「ふ~ん、じゃ、俺もヒナノに毎日、授業のノートとって持って行けばイイ?」

と、隆史が漠然と言う。すかさず、ヒナノは応える。

「無理!アンタの字なんて読めたモンじゃない」

「あ~!俺、どうすればいいですか?」

「取り敢えず、私と同じ受験塾行って、一緒に勉強しよう?」

「それで、K大入れるようになる?」

「K大の学園内には、受験の時には入れる、と思う」

と言う、ヒナノの容赦ない答えは、隆史には、強い励ましになったようだ。

「よし!」

ヒナノ、

「え?」

と、隆史の顔をマジマジと見つめるのだった。


 ある日、隆史は、海の上でサーフボードに跨り、波待ちをしている仁さんの横に並んだ。

 そして、何にげに聞いてみた。

「仁さん、どうやってK大行ったの?」

 ボーッとしたままの仁さんは隆史の方も見ないで答えた。

「電車で」

 そして、隆史の顔を薄笑いしながら覗き込むように見て

「って、マジ、錆びついたボケだった?」

と、言う。そして、続けた。

「そこしか、受からなかった」

 前をボーっと見つめ、昔を懐かしむように、

「ただ、東京の大学に行きたかった。この街を出たかった。新しい生活を始めたかった。タダそれだけ・・・」

と、呟いたのだった。

「俺の場合は、進学塾に行かせてもらって、そこの先生が紹介してくれた参考書、ひとつだけを何回も、何回もやった。そしたら、結構、そこに載ってた問題が数多くK大入試問題に出た!まあ、運が良かった?それしかナイ」

そして、仁さんは、隆史に励ますように語り掛けた。

「進学塾とか、学校の進路指導の先生は、凄いぞ!受験生を受からせて合格させてナンボだからナ、職人に近いヨ!真剣勝負だ。人にもよるケドね、無関心、無気力の人もいるし」


 隆史は、取り敢えず、ヒナノと同じ進学塾なるものに通うことにした。

 両親、父親に塾に行かせて欲しいと願い出た時、なぜか母親が泣いていた。嬉し泣きだそうだ。感動の涙だそうだ?なんか、仁さんも、同じようなことを言ってたような気がした。


 二人は同じ塾に一緒に行って、一緒に帰る。海クラブはお預け。剣道、薙刀は、土曜日午後の稽古のみ、とした。土曜日に、勤務を投げ出して海に行けないまり子先生は、少し不服そうである。しかし、海クラブは、平日は隆史とヒナノ以外の部員がいるので顧問としては、堂々と海に行くことが出来て、変わりなく満足気である。


 隆史は、ヒナノと一緒に同じ進学塾に学校帰りに通うのだが、塾の入学テストでもないが、テスト成績により、ヒナノとは同じ教室ではない。ヒナノのクラスの生徒達と隆史のクラスの生徒達ではエラク雰囲気が違う。隆史のクラスの生徒達はナニ人か分からない。髪の毛の色が皆、違う。色んな色に染まっている。習っている内容も違う様で、隆史は授業中、テスト中にヒナノに教えてもらう事が出来ない。ただ、開始、終了の時間は同じなので、隆史は、ヒナノを家まで送ることが出来る。


 ある日のコト、金髪と、アジサイ色の髪の毛の男子二人が隆史に近づいて来た。

 なにやら、カラみたいようだ。

 アジサイが、

「ね~ね~。ムスッとしてツッパッてんじゃん?チョット、〆ちゃおうかな~」

と、チェーンじみた物をチラつかせながら隆史にカラんで来る。

 金のシャチホコは、

「コーヒーとか飲みたいな~、買って来てくれないかな~」

と先の尖ったシャーペンを指で回しながら隆史に恐喝めいたことをし始めた。

 そこで、隆史は、黙って立ち上がり、教室の隅の掃除道具ローカーから1本のモップを掴み取り、竹刀のかわりに、剣道で身構える。

それを、部屋の隅の席にいた巨漢の男子学生が見て声をかける。

「あっ、由比ヶ浜の主将じゃないですか?この前、対校戦にお伺いしたした時の剣道部員ですヨ。あの、白衣の怖~い先生、お元気ですか?」

と、隆史に軽く挨拶をして、同窓なのであろう、アジサイと金色に忠告する。

「お前ら、この人の先生、うちの剣道部の部長先生も怖がて腰抜かすんだぜ、お前ら、死にたくなきゃ、大人しくしてナ!」

 二人にとっては、その巨漢の男子生徒も、剣道部の部長も相当、怖いのであろう。

「剣道部かよ・・・」

と吐き捨てるように言い、席に戻った。

 隆史は、その場にいた、色とりどりの女子の熱い視線を受けることとなったのだ。

 着席している隆史の横に一人の少女が近づいて来た。背は高い方で、隆史より少し低いくらいだ。褐色の髪は後ろに長く、ターコイズブルーがかった色が数本交じっている。片手を隆史の太もも当たりに置いて、耳元で語る。

「私、浜田みゆり、よろしくネ。今日、一緒に帰らない?」

と隆史を誘う。隆史は、考える間もなく、

「あ、俺、一緒に帰る約束あるから。またね!」

 彼女は、その返事が不思議だったのか、しばらく、ジ~っと隆史の目を覗き込む様にみつめ、静かに自席に戻った。そこへ、先ほどの金のシャチホコがやって来た。

「みゆり、みゆり!帰りファミレス行こうぜ?」

と、何時もの様な感じで、楽しそうに誘う。

「行っかな~い、真っすぐ帰る」

 ミユリは、机に怠惰にくずれている恰好のまま、即答した。

「じゃあさ、カラオケとか?」

 金のシャチホコが、食い下がりさらに誘う。

「行っかな~い、真っすぐ帰る」

と、間髪入れず却下された。

「あんだヨ!今日は付き合い悪いじゃん!」

怒るでもなく、不思議がっている感じだ。

「あんたと、付き合ってるつもりは無い」

 ミユリのソノコトバには、少しカチンときたらしい。

「アッ、そお!」

と、語気を強めて、アジサイのほうに行き、

「みゆり、今日は付き合わないってヨ、どうせ、帰ったって一人なのによ、勉強するわけじゃあるまいし・・・」

と少々不満げに伝える。

 ミユリは、それを聞いて、

「チッ!」

と、舌打ちし吐き出す。そして、机に俯せた姿勢で隆史をボンヤリと眺めるのだった。

 そして、一人、口遊む。

(ミユリ)

 やっと逢えた気がしたの

 ズ~っとこの時を待っていた気がしたんだ

 気のせい?

勘違い?


 人違い?すれ違い

 私はココだよ、此処にいる

 やっと逢えた気がしたの

 ズ~っとこの時を待っていた気がしたんだ


 進学塾の受講時間が終了した。生徒たちが正面口から三々五々に吐き出されてくる。

 隆史は、駐輪スペースに向い、自身の自転車を取ってきて、正面口に折り返す。そこに、ヒナノが待っている。隆史は、ヒナノを自転車の後ろに注意深く載せて、走り去る。その二人の姿を、上目遣いにジ~っと見つめるミユリの姿を残して。


*注 自転車の二人乗りは、道交法違反です。片手スマホ、片手傘さし自転車運転と同じく罰せられます。五万円くらいの罰金にもなります。


 そして、その後に、ミユリの見つめる方向に隆史とヒナノが自転車で去り行くのを不思議そうに、そして、ミユリを少し悲しそうに見ている金のシャチホコがいる。


 次の塾の日、受講開始前、再度、ミユリが隆史に近づいて来た。

「ね~ね~。今日、帰りコンビニ寄ってリップ買うんだけど、一緒に行って選んでくれない?」

「あ~、ゴメン、今日、一緒に帰る約束があるから、チョッと無理、カナ」

「あ~、そうなんだぁ」

「青井君、あの伝説の波乗りジーンとマリーのこと、よく知ってるんだって?二人の時に少しお話聞かせて欲しいんだ、何時だったら良いかな?」

「それなら、今度の土曜日でも、朝、海にいる。その後、剣道の稽古で、終わったら、また海に出るけど?」

「じゃあさ、今度の土曜日、朝、海行って良い?」

「イイよ!海って、由比ヶ浜だからネ」

「分かった!約束!」

と、頬をほのかに朱に染めたミユリは、席に戻り、隆史を眺めながら一人微笑む。そのミユリと隆史を、苦い顔で見ている金のシャチホコ。


(ミユリ)

 やっと逢えて、勇気を出して声をかけたの

 ズ~っとこの時を待っていた気がした

 髪はブルーに染めた

 あなたの好きな波の色、空の色

 私はココだよ、此処にいる

 ピンクに頬を火照らせて


 鎌倉の中学校、隆史とミユリはこの学校に通っていた。

 中学に入学して、隆史と同じクラスになったミユリは一目惚れ、と言うよりは、何時も朝、海から髪の毛だけでなく上の白いシャツまでビショビショのまま、サーフボードを担いで登校する隆史に興味を持った。毎日、毎日、海を行ったり来たりしてサーファー気取りのイカレタ少年か?と思っていたら、たまに剣道場で剣道の稽古をしている姿に恋に落ちた。

 おとなしメのミユリは、恋する思いを手紙に綴った。ラブレター、古風な手に出ることにした。それでも、何日も何回も苦労して、書いては消し、書いては消しを繰り返して完成させた物だ。隆史に、それを渡す時、ミユリは人生最大の勇気を振り絞ったのだった。隆史には、ミユリの存在は見えていない、それを彼女は知っていた、感付いていた。

 ミユリが、やっとの思いで隆史に渡した時、隆史は、束になったラブレターとプレゼントらしきを抱えていたのだった。

 隆史は、

「有難う、返事とか書けねえから」

と、あっさりと受け取りミユリの前から去って行った。

 コックリと静かに頷くミユリ。

 ミユリの顔に悲しみの涙はない。

 思い残すこと無く、ヤルベキことはやった、という達成感さえ感じている。

 ヤッテみなければ分からない。やらなくても分かる程、老人ではない。目の前に起こる出来事に、一喜一憂などしていられない。日々、時間は次々と色んな事を運んで来る。ある物を、あるがままに受け入れる。自分の色を見失わない様に。ひとつの事に想いを囚われている暇は無いのだ。


 隆史と、ミユリは、学区が違うので別々の高校に進むことになる。少年は、いつまでも少年を楽しみ、ミユリは高校生デビューをする。長く伸ばしたストレートの髪に青を入れる。少年の好きな海の色、空の色。



 土曜日の朝、朝日の昇る頃、ミユリは由比ヶ浜の石垣に立って海を眺めている。沖には、朝日を背に、オジサン一人、オバサン一人、そして隆史がサーフボードに跨って波を待つ姿がある。そして、大き目の波がくると、一人ずつ波に乗って行く。

 ミユリは、両手の指をからませ、祈るような姿勢で、隆史を見つめている。心の奥に秘めていた熱い想いが湧き出てきたかのよう。少女の長い髪をたなびかす潮風は、その熱い思いを吹き流して何処かへ消えてゆく。

 三人は、海から上がり、ミユリのほうにボードを抱えたまま近づいてきた。三人とも友を迎えるような爽快な笑顔である。

 隆史が、まり子先生と仁さんを指差して、

「紹介してなかったけど、俺のオジサンとオバサン!」

「⁉」

 まり子先生と仁さんが、少し驚いた表情で見つめ合い、隆史を睨む。

「ウソ!この人達が、波乗りジーンとマリー、だヨ。俺とまり子先生は、これから学校の道場に行かなきゃいけないし、お爺さんは、山に芝刈りに行くので、マタ、今度、例の話しようネ?」

 ミユリの目は大きく見開いたままだ。

 オジサンとオバサンが、ジーンとマリーだった!それより、隆史が、またネ、と言ってくれたのが嬉しくて、感動したのだった。

 ミユリは、熱い思いを胸に、まり子先生と隆史の後を追った。道場で何があるのかも見てみたい、と思ったのだ。

 その皆の姿を、何気に見ているヒナノがいた。

 ヒナノも、道場に向っているのだ。


 陽が高くなり、フレームの中にある、由比ヶ浜の風景からは、朝焼けのピンクは消えて、空の青と、その青を波の白いしぶきが映し出す。

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