第1話-2 恋は、ピンクか?ブルーか?
第2章 ピンクの花ビラは、ブルーの流れに混ざらない
ココは鎌倉である。
お寺はいくらでもある。
そして、お葬式もあちらこちらで催され、弔(とむら)われている。
学校の制服に、腕に黒の腕章、喪章を着けて葬儀に臨む青井隆史。
そして、喪服姿のパン屋の難波仁さん、隆史の高校の保健室の熊手まり子先生。
隆史の隣には、松葉杖を突きながら隆史に寄り添われているヒナノ。
片膝が、あの交通事故で砕かれ、まだ曲がらない。
足元には、左後ろ足を引き摺りながらヒナノに付いて来る子猫のティファ。
あの、交通事故で近くを歩いていたお婆さんが巻き沿いになってしまった。
ヒナノ達は、飛出して事故を起してしまった罪悪感もあり、みんなで葬儀に参列することにしたのであった。
ヒナノが長いお焼香を済ませるのを待って、隆史が手を添え、全員で帰路に着く。
ティファは仁さんが抱いている。
仁さんのパン屋さんの前で、四人と一匹は分かれた。
仁さんとまり子先生は店内に入り、隆史は、店の前に止めていた自転車を曳いて帰る。隆史は、自転車の後ろにヒナノを乗せて、ヒナノの肩には子猫のティファがチョコンと乗っている。
坂の途中にあるヒナノの住むマンションの前で、自転車からヒナノとティファを降ろす。隆史は慎重にヒナノに手を添える。
「じゃ、また明日」
隆史は、ヒナノに言いながらティファの頭を撫でる。
そして、一度手を振ってから、自転車を立ちこぎして坂を上って自身の家を目指すのだった。
明日、また会う時間も何も言ってはいない。約束はしていないが、今では二人の日課の様なものになっていた。登校も下校も隆史がヒナノに寄り添う。
朝は、隆史が自転車で坂をおりてくる。坂の途中でヒナノを後ろに乗せて学校に向うのだ。目の前には、朝日に輝き揺らめく穏やかな由比ヶ浜の海。
学校での授業が終われば、海クラブの活動の為、隆史は、ヒナノを連れて学校前坂下の海に向う。まり子先生は、顧問として生徒より早くに海に出ている。仁さんと仲良く?サーフィンを満喫しているのだった。隆史は、今では昼メシ、喫茶、海というパターンで午後に学校を抜け出すことはない。何時もヒナノを守っている。ヒナノの側(そば)にいる。
何も大きな事は起こらない、何気ない毎日
君のいる世界
なんて素敵な世界
ただ、君と一緒にいられればよかった
何時も君の側にいられたなら、君を守ることができる
この世に何が起ころうとも
どんなに、辛いことであっても
僕が君の代わりに何でも受け止められる
僕が君の側にいれば、君を守ることができる
(海クラブ)は、部活である。
顧問は、保健室の熊手まり子先生。
部員は、青井隆史、と 胡桃沢ひなの、それと、ヒナノが集めた幽霊部員 男女10名。帰宅部兼任。
しかし、波乗りジーンとマリー、それと隆史の人気もあって、だいたい全員参加しているクラブ活動⁉かつどう?カツドー!
サーフィン、釣、読書に剣道?(スイカ割りともいう)、そして最近は、まり子先生のSUPヨガも人気が高い。サーフボードに立ち乗りしてパドル(櫂)で漕ぐ。そして、遠浅沖に出てボードの上でヨガをする。
隆史曰く、
「まり子先生のは、何かの格闘技の組手みたいだな」
ヒナノは、これは、まり子先生には伝えないようにする。
毎日、行きも帰りも、お昼も休憩時間も隆史はヒナノに寄り添っている。
人気者の隆史だけに色々、周囲からヒナノへのヤッカ味も生まれる。
ヒナノは周りに対し、自分が歩行補助杖がないとウマク歩けない負い目がある。
ヒナノには周りの皆が、ヒソヒソ、自分の悪口を言っている気がしている。
いや、実際には聞こえるように囁かれている。きつ~い視線も感じている。
ヒナノには、隆史の気配り、優しさがダンダン辛くなった。
嫌なこと、気になることを心配ばかりしていると、気持ちがその一点に集中してしまう。
どんどん、辛くなる。
しかし、ヒナノは、思う。一旦、自分は、あるがままで良い!と心落ち着かせ、あるがままの自分を色々考えてみる。気になる嫌な感情だけに集中しない。それが、サトリ!
(悟り⁉サトリ?私は仏様か⁉)
そして、ある日の朝、ホームルームの始まる前の時間、ヒナノが自席に着いて今日これからの一日の準備をしている時、近づいてきたクラスの女子にハッキリ言われたのだ。
前々から、隆史といるヒナノを気に入らない目で見ていた女子と、その親友?がヒナノの席に寄ってきた。
「胡桃沢さん!ワザとらしく苦しんでいる顔しないでくれる!青井クン、毎日、毎日、あなたのお世話バカリして可哀そうじゃない!彼の人生、滅茶苦茶にしないでよ!」
ヒナノは反論した。
「別に私は、送り迎えしてくれとも言ってないし‥‥‥」
「何よ⁉それ‼青井くんが、勝手に自分に近づいている、って言うの?」
女子、二人はスゴイ剣幕で怒っている。
(隆史くんが、足の悪い私に寄り添うことが、ヒナノの周りには快くないようだ・・・)
(隆史くんの為にも、二人は少し距離を置いたほうが良いのかもしれない・・・)
(私が隆史くんの自由を、日常を、奪っていると皆に思われている)
昼休みには、いつものように隆史はヒナノを一緒に屋上で昼食をとろうと迎えに来た。
ヒナノの教室の数名は、ヒナノを睨むように見ている。
少し、気が落ち込むヒナノであった。
「どうしたの?元気ないね。食欲もないなんてことは無いよね?」
と隆史が微笑む。
頷くヒナノ。そのまま下を向いている。隆史に見えない様にしているが、涙が頬を伝う。
ヒナノは、斜め後ろを向き、隠れて涙を拭うのだった。
そして、席を立つヒナノ。支える隆史。
二人はそのまま、教室を出る。
二人の後ろ姿に燃え盛り、突き刺さるような怒りの眼差し。
それをヒナノだけは、感じていた。
教室の隅に着席している背の高い、褐色の髪は後ろに長く、ターコイスブルーがかった色が数本交じっている少女。そのヒナノに向けられた眼差しは、燃え盛り呪い殺す程の激しい物。
おとなしめ、静かで控えめな彼女、隆史は意識にないようだが、小学校からの同級生だ。
浜田みゆり。高校生デビューで髪にターコイズブルーを入れた。おとなしめ、控えめを脱して、幼い時から憧れていた青井隆史の側に寄り添いたかったのだ。高校生になってから突如現れたヒナノに青井隆史が寄り添うのが許せない。
隆史は、朝はヒナノを家から学校まで自転車で連れて行く。
お昼の食事はヒナノと一緒にとる。
帰りは、海回りでヒナノを家に送る。
そんな学校生活が続いていた。
ヒナノは、隆史が一緒にいない一人の時、周囲の皆の激しい怒りの矛先となっている。それに隆史は、気付いていない。
隆史の側に居たい女子は沢山いる。そんな女子から、ヒナノは自身の身の不具合で、隆史を縛り付けていると思われている。先生や、隆史が気付かないところで、無言の攻撃、それは行われているのだった。
隆史は、いつも通り、ヒナノに寄り添い、守っている。
誰も、入り込めない隆史とヒナノの二人の世界。ヒナノのことを、親鳥がヒナを育て守る、そんな感じである。
ヒナノは、
(有難い、うれしい、この世で一番幸せ、この上ない時間)と思う。それだけを感じて、時に身を任せればよいのだが、自身が強がれば強がる程、周囲からの攻撃は激化してくる。隆史に申し訳ない。私がいなければ他の幸せな時間を過ごせるだろうに・・・申し訳ない)
などと思い悩んでいる。
ヒナノの気持ちは、爆発寸前であった。
ヒナノは隆史にソッと伝えようと思う。
「もう、私の事、ほっといてイイよ・・・一人で出来るから・・・」
そして、その時は来た。
何時ものように、放課後、ヒナノの教室に隆史が一緒に帰る為に迎えに来た。
隆史は満面の笑みでヒナノに声をかける。
「ひなの!帰るぞ」
と、ヒナノの席に寄ってきた。そして、何時ものように手を差し出してヒナノが席を立つのを支えようとした。
ヒナノは隆史のその手を払い除ける。
「もう、ウザイな!来なくてイイって言っているでしょう⁉」
(⁉)
怯える、驚愕の隆史。何が起こっているのか分からない。
もう一度、ヒナノに手を差し伸べる。
「一人で行ける!」
ヒナノは、また、強く隆史の手を払いのけた。
隆史が教室に迎えに来てから今まで、感じていた自分への憎しみの視線は一瞬にして消えていた。
「わかった・・・」
そう言って、隆史は払われた自分の手と、ヒナノを交互に見ながら教室を去っていく。
隆史が、教室を去っていったの確認して、ヒナノは、机に暫く顔を埋め、涙を隠すのだった。
(終わった・・・これで良かったのだろうか?)
しばらくして、ヒナノは、立ち上がり、悪い足を引き摺るように歩行介助杖を使いながら、海へ向かう。
(海から家までは、隆史に送ってもらおうか?)
とも考えた。歩きづらい!いかに隆史が自分を介助していてくれたかを身に染みて分かる。
(しかし、隆史を私に縛り付けてるのはイケナイこと。大好きな隆史の為に‥‥‥)
やっとの思いで、ヒナノは海にたどり着いた。
まり子先生は、仁さんとサーフィンを楽しんでいる。
ヒナノは、いつも通り、隆史の側に来た。
それをみて、隆史は、
「大丈夫だった?一人で」
と、ヒナノに寄り添おうとしたのだが、
「私の半径、二千ミリ以内に近づくな!」
と、ヒナノに避けられ、飛びのいてしまった。
「二千ミリ?って、二メートル?」
そして、少し怒ったように隆史はヒナノから飛びのいた。
「ミリ単位で近づくなってか?」
今、海に沈みゆく夕陽を眺める二人の距離は、二千ミリ離れている。
海から上がってきた、まり子先生と仁さんは、ヒナノと隆史を後ろから眺め、その距離に気づく。
まり子先生も仁さんも、理解不能な感じで二人を眺め、一瞬、お互いを見る。
(なんだ、アレ?)と言うように・・・
二つの影 二人の世界
突然の恋は、潮風とともに去っていく
あの波も、この風も荒々しく岸から遠くへと引き上げる
海の彼方、夕陽の沈む水平線の向こうへと
こんなに想っていても、伝わることはない。コトバに出来ないから
夕陽の赤、雲の白、混ざり合ったピンク。この恋の色はピンク?
波しぶき、白く、写り込む空の青。この恋の色はブルー?
それから、隆史はヒナノと距離を取ることにした。二千ミリ。
夏の、とある朝。
ヒナノは、母から大き目のお弁当箱を受け取り、学校用のリュック、サックバックに詰めて、マンションを出る。
杖を突きながら坂を下り、学校に向う。
ヒナノは途中、仁さんのパン屋さんに寄って、いつも通りにピンクのアップルパイが入れて有るショウケースの前に立つ。
そして、
「アップルパイ、4つ、と1つに分けて下さい」
とオーダーする。
いつも通りに仁さんはテキパキと4つ、と1つに分けて小分けにする。そして、
「毎度あり」と、静かにヒナノにアップルパイの入った小袋を二つ渡す。
それから、足の悪いヒナノの為にお店の扉を先に開けに回り、ヒナノを外に送り出す。
仁さんは、ヒナノを見送った後、店の前の坂道の上を見上げた。そこには、隆史が、自転車にまたがって止まっている。ここのところ、毎日のようだ。まるで、ヒナノが店を出て行くのを待っているかの様に。
そして、仁さんは、隆史と目があった気がした。
仁さんは、首を横に振りながら大きなため息をつき、店に戻っていくのだった。
その後、店に入って来た隆史は、
「仁さん!いつもの」
と言って、ターコイズブルーのクリームソーダパイを2個づつ、小分けにしてもらい受け取り学校に向う。
店を出る隆史の背中を悲しそうな、困ったような目で見つめる仁さん。
寡黙であり、何も聞かない、話しかけない。
どこか昔の自分を憐れんでいるような、そんな感じでもある。
保健室のまり子先生も、二人のことを心配していた。
朝、ヒナノが仁さんの店のピンクのアップルパイを持って来てくれる。その後に、隆史が、ターコイズブルーのクリームソーダパイを持って来る。二人一緒ではない。海でも二人は寄り添うことが無くなった。お互いが距離を取っているように思える。
どこか昔の自分たち、そんな感じである。
今日こそは、と、まり子先生は隆史に聞いてみた。
「オイ!少年。お前、身の不自由なヒナノちゃんに何かやらかしたか?」
まり子先生にそのように言われた隆史は、慌てて両手のひらを横に振り、
「何にもしてませんよ!何も言ってないし、突然、私の半径二千ミリ以内に入るな!なんて言うんだもの、俺だって訳分かんないス!」
と答えた。
まり子先生が少し考える。
「二千ミリ、確かバイキンがうつらない距離だ・・・」
「先生、俺、バイキンになっちゃったの?」
まり子先生は、南の窓越しに見える校庭、由比ヶ浜を眺める。
どこか昔の自分を憐れんでいるような、そんな感じがする面影である。
「ヒナノちゃんは、隆史のことが、好きで、好きで、好き過ぎるのかな?」
と、ポツンと言って話し始めた。
「自分の足が不自由になったことで、何時も、何時も、隆史が付き添って隆史自身の自由が無くなっている。苦しみも分かち合って、隆史が苦しんでいると思うと、隆史を自分に縛っておきたくない、隆史には自分の時間を楽しんで欲しい、だからワザと距離をおいているのかな・・・、女心だね・・・健気だよね~」
「エッ?先生、健気な女心って分かるの⁉」
「何だと⁉てめえ、サッサと教室行け!」
まり子先生の顔のホホにある傷跡は、ファンデで隠していても怒るとスゴミを増す。
放課後、海クラブの部活動時間。夕陽を眺める隆史とヒナノの二人の距離は、二千ミリ離れている。
まり子先生と仁さんは、距離をとっている二人の後姿を眺めていた。
まり子先生も仁さんも、少し悲しい表情をみせている。
ヒナノが、仁さんの造ったピンクのアップルパイを持って来てくれたお陰で、まり子先生は、仁さんが、このアップルパイに込めた自分への想いを知った。そして、幼い頃からの波乗りジーンとマリーのカップルに戻れたのだった。
(なんとか、この二人、元の距離に戻してあげたい)
そう願う、まり子先生と仁さんだった。そして、そっと、手をつなぐ二人。
フレームの中の由比ヶ浜の景色に、ジーンと、マリーは戻って来た。
フレームアウトした隆史とヒナノ。
夕焼けの世界はピンクに染まる。
ブルーの流れはブルーのままで海に注ぐ。
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