湘南フォトフレーム

横浜流人

第1話-1 由比ヶ浜フレーム 恋は、ピンクか?ブルーか?

第1章 ピンクとブルーの出会い そしてネコ1匹

神奈川県 鎌倉近く 湘南の朝


 青井隆史(アオイ タカシ)は、この神奈川県の湘南と呼ばれている地域、鎌倉に住む高校1年生。 ホソマッチョで長身。 制服のネイビーブルーのブレザーがよく似合っている。白いシャツは、襟をはだけ、そのボタンダウンの襟に、レジメンタルストライプ柄のネクタイを超緩めに締めている。 

 彼が住んでいるのは鎌倉でも海側。

 江の島や茅ヶ崎(ちがさき)に近い。

 全国的に有名な鎌倉には北に鶴岡八幡宮が在り、そこから海に向かって真っすぐ、そこそこ長い参道が通っている。それを進むと、そこには全国の青少年少女たちが憧れる海、由比ヶ浜がある。人は、その浜の名前は知らなくても、ミュージックビデオやテレビドラマによく出てくる、よくある青春のワンシーン、うっとり恋する映像で記憶されているだろう。

 日に焼けたサーファー彼氏は、ウェットスーツの上半身をはだけ出し、キラキラ輝く白い歯を見せて笑ってる。その彼の傍らには、白地に花柄のティアードワンピースの裾を風にたなびかせ、頭には大きなツバの麦わら帽子、それが風に飛ばされぬよう、片手で押さえる栗色の長い髪の彼女。


 相模湾の広く開いた湾の、海に向って左側(東)が材木座。

 ひとつ岬を越えて、また左、東へと進むと、逗子の入り江が姿をみせる。

 その、岬を越えるトンネルは、これまた様々なテレビシーンに登場した、海辺のドライブの超有名画像となっている。

 ただし、有名なのは逗子から西の材木座に進む景色。

 葉山、逗子側からトンネルを抜けて材木座、由比ヶ浜に出る、左が海の景色だ。トンネルを抜けると穏やかに白波輝く明るい海と浜辺の町だ。


 青井隆史は、朝、母親から弁当を受け取り、古い木造の我が家を自転車に飛び乗り目の前の坂道に飛び出した。

 坂道を勢いよく下る。

 下り坂、自転車は、漕がなくても徐々にスピードは上がってくる。


 目の前に広がる由比ヶ浜の海、空、雲。

 一つのフレームに収まった風景画、写真のようだ!

 初夏の陽気は朝から爽快。

 

(夏色の空 どんな色)

(突き抜ける青い空 風に揺られる白い雲)


 隆史は、自分勝手な歌詞を口遊くちづさむ。そして、隆史は、ついつい、調子に乗りすぎた。

「あの青い空、白い雲に、ジャ~ンプ‼」


 出会いは突然、衝撃的で

 なんの予感も準備も考えもなかった

 出会えたのが突然で、偶然で奇跡だった。

 

 隆史が自転車ごと着地した先には、高校生と思わしき女の子が飛び出してきた!

「危ない!」


 遅かった・・・


 胡桃沢 ひなの(クルミザワ ヒナノ) は、今年の春、この鎌倉に引っ越してきた。そして、地元の高校に新入生として通うことになった。父親が、以前からこの湘南に住むのが夢だったようだ。

 父は、

「若い時、ママをこの海に誘い、ヨットに乗せてあげたんだ。そして、ママはパパに惚れたのだ。パパは、海の男で、ヨットマンだったんだよ!」

と言う。

 母は、

「パパがヨットに乗せてくれるというから、この海について来たの。とこらがね、パパのヨットは、この湾の岸近くでプカプカ浮いているだけで、危うく風と波に流されて帰れなくなるところだったの。そこを、地元のカッコいい漁師さんが助けにきてくれたのヨ!恥ずかしいタラありゃしない!」

とのこと・・・・・・

(まあ、なんやかんやあるが、パパの憧れの住まいは、ヒナノも大好きである。特に海側、南側の窓は、陽の光を照らしキラキラと揺らめく穏やかな海と、青い空、白い雲、その景色は窓枠をフレームにした一つの風景画のようだ)


 ヒナノは朝、初夏の心地よく眩しい日差しに目を覚ます。

 ベッドの脇のテーブルに横たわる時計をうっすらと眺める。

 8時 am ‼

(ヤバイ!遅刻する)

 飛び起きたヒナノは、母に起こしてくれなかったことへの不満を叫び、小さく可愛らしいお弁当を受け取って、マンションの部屋の玄関を飛出してゆく。そして、エレベータなど待っていられず、階段を駆け下りマンションの玄関を飛び出した。

 そこに、大きなナニかが降ってきた。

 青黒い大きな影は天から降ってきた。

 轢かれた。

 踏まれた。


 ヒナノは、地面に転び倒れた。足が痛くてしかたがない。立てない。早く立ち直り学校に急がねばならないと思うも、体が動かない。

 ヒナノは、空から落ちてきたものを睨みつける。

そこには、同じ高校の生徒と思えるブレザーを着た男子がチャリとともに転がっていた。

「何してんのヨ⁉ちゃんと前、見てなさいヨ‼痛~い」

「ごめん、ごめん。だって突然、飛出して来るんだもん。僕、青井隆史。この坂の少し上に住んでる。多分、同じ高校だよね?今、救急車呼ぶから、ちょっと待ってね。僕は、遅刻するから先に行くね」

と、携帯で救急車を呼ぼうとしている。

 ヒナノは、

「いいわよ!もう。私も遅刻するじゃない!私、学校に急ぐから!」

と喚いた。しかし、身体が立たない。

 その姿に隆史は、

「じゃ、僕の自転車の後ろに乗って。僕が学校に連れて行く!本当に救急車、呼ばなくていいの?」

と、ヒナノに手を差し伸べた。


 こうして、二人は突然、予期無く出会い、ヒナノは隆史の自転車の後ろに乗り学校に向かうことになったのだった。

(一応、ご存じとは思いますが、今現在、一般道での自転車二人乗りは道交法違反、五万円以下の罰金です)

 途中で、隆史は自転車を止めヒナノに言う。

「このピンク色のパン屋さんで、俺、パイ買ってくるから、待っててもらえるかな?毎朝、ここのパイを買ってから学校に行くんだ。すごく綺麗で美味しくて。それとね、学校には遅刻しても保険室のまり子先生が何とかしてくれるから。まり子先生もココのパイが大好きで、何時も僕が買って来るの待っているんだ。そんで、あの先生、僕の頼みは何でも聞いてくれるから」


(保険室の先生?アッ~あの若そうな恰好している女先生?アラサーの先生か?ハチキレンばかりの時代錯誤のボディコン・ミニを着こなしてる先生か?ファンデーションで隠してはいるけれど、女子は気づいてる。あの綺麗なスラッとした顔立ちの頬にスゴミの効いた傷がある。その先生が何でもアンタの言う事を聞いてくれる?あの女先生、アンタと、どういう関係なのだ⁉)


 学校に着くまでの間、隆史は、ひなのに色んなことを話し続けてた。


 隆史は、少し前まで子供の頃から何時もサーフィンをしていたらしい。保険室のアノ、熊手まり子先生も、ピンクのパン屋さんもサーファーだったらしいのだ。

 今では、まり子先生は、SUP(スタンド アップ パドルサーフィン)というのに転向したようで、サーフボードにパドル(櫂)を持って乗って、それで立ち漕ぎをしながら穏やかな海の上を流し、自然を満喫しているとのこと。たまに、そのボードの上でヨガなんかもしているのだという。

 ちなみに、隆史は、今はサーフィンとか次第にやらなくなったのだとか。

 この浜の近くに住んでいる子供から老人まで、サーフィンは日常の一部になっている。小さい子供は、毎日、ここの浜で何らかの遊びをしている。

 隆史は、海の上でサーフボードにまたがって大きな波を待っているうちに、寝てしまうようになったらしいのだ。それで今は、たくさんの可愛い女の子が集まっている時だけ、サーフィンを得意げにして見せるのだという。また、自慢げにサーフィンしている奴を見ると、近くの知り合いからボードを借りて、サーフィンをして、自分の技を見せつけることがあるとも言う。

結局、隆史は海にばかり居ることが多い。サーフィンをしなくても、海、波をみて、風を感じているだけで良いらしいのだ。たまには、釣りもする。しかし、ほとんどスマホをいじっていると言う。

 こんな素晴らしい景色の中で、なんで?スマホを弄っているんだろうか?ヒナノには理解できない。満員電車の生気のないゾンビ達のように。


 それと隆史は、剣道が得意らしい。幼稚園の時から剣道一筋なんだとか、自分で言っている。父親が剣道を続けていて師範級らしく、その流れで剣道をしている。させられている。

 父親の仲間というのが、よく隆史の練習している道場に来るという。警察署長とか、刑事とか、派出所の巡査とか。隆史は、一時、自分の父親は犯罪者だから、こんなにも警察関係の知人が多いのかと思ったこともあったらしい。

 だからでもないが、隆史は父の知っている人が来るので、絶対に稽古は手を抜かないし、休まない。真剣勝負。

 それでも、剣道着、剣道具は物凄く臭くてたまらないので、極力やりたくナイ、らしい。 


 ヒナノは、一人で自転車の後ろに置いて行かれるのも気に入らないので、隆史に続いてピンク色のパン屋さんに入った。というか、ヒナノも毎朝、このパン屋さんには寄ってパイを買っているのだ。可愛らしいお弁当だけでは足りない。しかし、お弁当を完食はしない。

 完食すると、母のお弁当は次々、量が増えてくる。足りないのか?と思うらしいのだ。


 ヒナノは、幼稚園の時に毎日、量の増えていくお弁当について母に泣いて訴えたことがある。幼稚園ではお弁当を全部食べた人から、園庭に出て遊んで良いことになっていた。

 ヒナノは毎日、誰より早く完食して園庭に遊びに出るのが好きだった。しかし、毎日、お弁当の量が増えて行く。完食するには時間がかかり始めたのだった。そして、ついにギブアップの時がきた。ヒナノは、その日、母に泣いて訴えた。

「お弁当、量が多いから減らして欲しい・・・」


 パン屋さんは、日に焼けたイケメンのサーファーのパテシエ風である。口数は少ない。最小限である。しかし、パン屋さんは白衣の上からでも、海の男らしい躯体の良さが窺える。 

 ヒナノは、そのパン屋さんに会うのが目的で毎朝、パンを買っているワケではない!

 ここの淡いピンク色のアップルパイがヒナノの大のお気に入りなのだ。

 オーソドックスなアップルパイの上にリンゴで造られたサクラと薔薇の花が載せてある。

 何時も、そのアップルパイを4つ買う。

 何時も、5つ並べてあるので、全部なくなるのは他の人に申し訳ない気がするのだった。


 パン屋さんは、二人が入って来たことに少し驚いた様子だった。

 パン屋さんが、目を丸くして、隆史とヒナノの二人を交互に見たような気がする。

 隆史は、パン屋さんに

「仁(ジン)さん、いつもの」

と言う。

 パン屋さんは、ターコイズブルーのクリームにブルーベリーとキウイの乗ったクリームソーダというパイを4つ取り、2個づつに小分けして隆史に渡した。そして、隆史は受け取りながらショウケースを眺め、

「あれ?今日はピンクのアップルパイ、5つあるじゃん!」

といったところで、パン屋の仁さんは、素早くショウケースから4つ取りだし袋に入れた。

 ヒナノは

「あの、ピンクのアップルパイは・・・」

(今日は、1つしか買えないのか?)と気落ちしていたヒナノだが、パン屋の仁さんは、素早くピンクのアップルパイを4つ入れた袋をヒナノに無言で渡してくれたのだった。


 二人は会計を済ませ、店の外に出る。

 そして、また、隆史の自転車の後ろに乗るヒナノ。

 必死に自転車を漕ぐ隆史。ドンドン、スピードを上げて行く。

  隆史がこのパン屋さんについての話をヒナノに聞かせてくれた。


 パン屋の難波 仁(なんば じん)さんは、クレージー・ジーンとよばれ、学校の保険室の熊手まり子先生は、マッド・マリーと言われ、昔は“波乗りジーンとマリー”と地元では有名だったのだそうだ。

 仁さんも、まり子さんも東京の学校に行くことになりこの街を出たのだそうだ。そして、仁さんは、東京から戻ってきて実家のパン屋さんを継ぎ、まり子さんは隆史達の学校の保険室の先生として戻って来たと言う。

 それから、仁さんの店での隆史のお気に入りは、この湘南の海と空を連想して、仁さんが創り出したターコイズブルーのクリームソーダパイらしい。

 毎日、隆史とまり子先生の為にだけ造ってくれているらしいのだ。最初は、まり子先生用であったのだが、まり子先生が、仁さんがこのパイを作り上げるの待っていると、まり子先生は学校に遅れる。だから、数も5つ!しかないこのパイを、何時も遅刻ばかりしている隆史が買って学校に行くことになった。

ピンクのアップルパイは、その後にやっと出来たそうで、まり子先生はその存在は知らないらしい。仁さんは、まり子先生の好きなピンク色の菓子パンをズ~ッと試作し続けたのだけれど、ピンクの花ビラが中々難しく出来なかったらしい。最初は、薔薇ではなく、女らしく和菓子でもよくある、乙女椿(おとめつばき)を作ろうと思っていたが、花ビラが数多く、密着しすぎてカタチ造りが難しかった、それに、椿は、花ビラが散るのではなく、花ゴト、ポトリと落ちることから、昔から縁起が悪いとされていたことを知った。花言葉には、(控えめな美)とかあるが、(罪を犯す女)というのもある。だから薔薇にしたらしいのだ。桜も最初は、ツツジを作る予定だったのが、これも難しくて同じ花ビラを5枚並べるという桜になった。

兎にも角にも、仁さんは、何が何でも、まり子先生が自分に惚れ直してくれる菓子パンが作りたかったようなのだ。中途半端なものでは、まり子先生に道端に捨てられるので、作り上げるのに時間が掛かった。自分の好きな色、地球における自然の神とかの色であるターコイズブルーのパイは割と簡単に先に作り上げることが出来たとのこと。

 そして、この店の売れ筋のパンは、普段はあまり見かけないフィッシュバーガーだそうだ。土日限定のようだ。白身魚のフライと、畳イワシ状にされた地元シラスをバターチーズソテーしたものを、地元キャベツとバンズに挟み、タップリのトマトソースと、マヨネーズで味付けされている。休日になると海に来た人達がこぞって買い求め、1日100個は売れるというのだ。仁さんは、そのフィッシュバーガーを作って包むのが面倒で大嫌いらしく、知り合いは誰も買わないようにしている。買うと仁さんに睨まれるそうだ。


 隆史とヒナノの二人が通う高校は海沿いの丘の中腹にある。最後の坂はかなり斜度がきつくなる。

 必死に立ち漕ぎに変わる隆史。

 校門の前には、遅刻者を捕まえて説教しようと立ちはだかる教師たち。

 トレーナ姿の体育教師が隆史達二人を睨みつけている。

「青井隆史、それに胡桃沢ひなの、オマエら遅刻だ!」

と声をあげたところに保険室のセクシークイーン、熊手まり子先生登場。隆史曰く“波乗りマリー”が仲裁に入った。

「まあまあ、今日はいいじゃありませんか?ほら、ヒナノちゃん、ケガしてるみたいですよ。青井くん、胡桃沢さんを保険室に連れてきて!」

(うっそ~?)

 目を丸くするヒナノに、ウインクして笑顔を見せる隆史。


 隆史は、保険室に入るなり、まり子先生に例のターコイズブルーのクリームソーダパイが2つ入った白い紙袋を渡した。

「ありがとう~、今日は食べれないかと思っちゃった。今日も仁は、元気に働いていたか?」

(この先生、パン屋の仁さんとイイ仲なのか?)

 保険室のまり子先生は、

「胡桃沢さん、ここに坐りなさい!」と言って、ヒナノのケガの手当をしてくれた。そして、二人の担任に内線電話で連絡をとり、次の授業から出れば良いということにしてくれたのだった。

 そして、自席で隆史の買ってきたターコイズブルーのクリームがタップリのったパイを一口食べた。

「美味しい~!なんで、こんなの仁が造れるんだろうね⁉アイツ、K大行く前は、周りの皆は、ゼッタイ漁師とかにでもなると思ってたのにね⁉」

 まり子先生の話は続く。

「アイツさ、ボードに乗って魚釣りとかして、釣った魚を浜の焚火で串焼きにして食ってた奴だよ!」


 まり子先生の目にヒナノの持っている白い紙袋が止まった。

 ヒナノは、その視線に気づき、

「あの、先生!治療のお礼でもないのですが、このパイ、おひとつ如何ですか?」

 ヒナノは、ピンクのアップルパイをひとつ取りだし、先生に差し出した。

「エッ?これも仁の店のパイなの?」

 先生は、それを手に取り、まじまじとピンクのアップルパイをみつめた。

「スゴイ!これはスゴイ。ピンクのアップルパイに、リンゴのお花が載っている⁉」

「アイツさ、中学校ころ?私がピンク色が好きだって言ったら、お店の壁、全部ピンクにしたんだよね」

「こんなアップルパイ、造ったんだ‥‥‥」

 先生は、熱いまなざしを注ぎながら残りも全て食べつくし、白衣を羽織った。

 何かに踏ん切りをつけて戦闘モードに入った感じだ。

 そこで、隆史は、

「俺は、淡いピンクの色は許せるけれど、果物を焼いたのって苦手なんだよね。リンゴとかパイナップルとか焼いたの」

と言う。先生曰く、

「誰もオマエの好みなんか聞いてないわ!」


 隆史は、カバンを肩に担ぐようにして立ち上がる。

「おっと、そろそろ教室行くか?あっ、ところで名前聞いてなかった。俺、青井隆史、1年E組。よろしくね」

「私は、胡桃沢ひなの、1年A組です」

 隆史は、うん! と納得したように強く頷き、

「そうだ、お昼一緒に校外のお好み焼き屋さんとか行かない?その後、ジャズ聞ける喫茶店行って・・・」

 そこで、まり子先生が会話に割って入る。

「そのまま、海なんか行くんじゃないヨ、少年、勉強しろ!」

 隆史は、当然というように、

「うん、勉強して仁さんみたいになるヨ。なんせ仁さん、午後3時には商品が売り切れるように最適供給量とか毎日、計算してるもんね。さすが、K大経済学部だ。そして、午後4時には海に来てる。多分、売り切れなくても来てる!」

「なに⁉」

 まり子先生は、目を見開いて驚いている。

 そして、隆史は、

「先生も早めに来なよ。先生が来るのって、何時も仁さんが帰っちゃった後なんだもん」

と誘う。そこで、まり子先生は、少し考えるように間を取ってから、

「働いてお給料貰っている身で、早く帰れるか」

と、隆史に言い返した。

 それを聞いて隆史は、少し考えてから先生に提案のような事を言い始めた。

「じゃ~、俺らで海クラブとか作るから、その顧問ってのになって、クラブ活動ということで早めに海に来れば良いんじゃない?」

 まり子先生、考える間もなく瞬時に、

「良いなソレ。お前、サボリの天才」

と、隆史の提案をいたく感心した模様だ。


 湘南の海、由比ヶ浜の海、国道沿いの海側、浜辺沿いの石垣の上に腰かける男女の姿。陽は西、江の島側に沈む。まだまだ明るく、オレンジ色の世界。

 石垣に腰かけているのは隆史とヒナノ。

 隆史は、朝がた買ったクリームソーダパイを頬張り、ヒナノは、ピンクのアップルパイを食べている。

 隆史は、ターコイズブルーのクリームソーダパイを空に掲げて

「この色、好きなんだな。海と空が混ざったようなブルー?グリーン?だよね」

 ヒナノは、淡いピンクのアップルパイをつまみながら

「私は、こっち。アップルパイも美味しいし、上に載せてある、リンゴで作ったサクラと薔薇の花が最高!」

 隆史は、アップルパイを摘まむヒナノの姿をみて、思い出した。

「あ、そう言えば、まり子先生!さっき、仁さんは、自分はピンクが好きだと言ったらお店の壁をピンクに塗ったとか言ってなかったっけ?」

 ヒナノも保険室での事を思い出した。

「あ、言ってた、言ってた。それにコノ、ピンクのアップルパイをマジマジみてたよね?」

 隆史は楽しそうに、

「このピンクのアップルパイで、あの二人、結婚とかしたりして・・・」

と、自分のホホを紅潮させて笑い始めた。

 ヒナノは、少し考えて、

「うん、このアップルパイは恋の最終兵器になるかもしれない。私からまり子先生に渡そう。仁さんと二人揃っている時がいい‼」

と言って、

(いい考えだ)

と自分の考えに納得した。


 そして、あの自転車轢かれ事件から、隆史とヒナノの二人の関係は急接近したのでした。


 恋は突然に、なんて考えた事はなかった。恋は時間をかけて、芽生え、育み、育てる物。ヒナノの場合、何時まで経っても、芽生えても育めない。恋が、見事に、華麗に花開いたとしても、百合や椿の花のように、頭ごと、ボタリ、地面に叩きつけられ、朽ちて行く。

 私には恋というものは、何時巡って来るのか?私は、何気にボーッと生きているからかな?

 私、胡桃沢 ひなの(クルミザワ ヒナノ)、高校生。で、転校生みたいな者。地元人ではない。今日も、夢も見ずに熟睡している。ここは、窓を開ければ、目の前に穏やかな海が広がっている。爽やかな潮風が、顔を、髪を、撫ぜて通り過ぎる。ひとつの事に、思いを深く巡らせる処ではない。視野180度、色々な事が、目くるめく走馬灯のように展開されていく。ひとつのことに、思い悩む処ではない。


 あなたの気持ちの色、やさしいコトバの色、そして私の色

 夕日に照らされる白い雲はピンクに染まる。

 恋の色は、ピンク?

 それとも白い波に移り込む空と海の青色?

 この恋の色は、ピンクか?ブルーか?


 学校でも隆史とヒナノは、何時も二人でいた。

 お弁当は、いつも二人で食べた。時に校舎の屋上で、そしてまた、学校の塀を乗り越えて校外に食べに行くこともある。

 時には午後の授業をサボるとか、正式な下校時に、二人は由比ヶ浜にいた。

 彼らの高校は、由比ヶ浜近くの坂の途中にある。その校舎の三階にあるヒナノや隆史の教室の南側の窓。

 窓枠は、一つの写真フレームのようで、その中に穏やかな青と緑の海と、青い空と白い雲、それは、岬のある風景写真。

 そこに、隆史と寄り添うヒナノの姿もはめ込まれる。


 ある秋に差し掛かった日、いつものように海を楽しんだ隆史とヒナノの帰宅途中のこと。

 道端にダンボール箱が置かれていた。

 その中に毛布にくるまれた子猫が一匹。

 毛並みは未だ幼く短いが、キジトラ柄の雑種であろう。生まれて直に捨てられたと思われる。

 隆史は、ダンボール箱の前に座り込み、子猫をなぜたり、摩ったり。ヒナノも並んで座り込む。

「かわいそう・・・、捨てられちゃったんだ」

 隆史は、少し怒り気味で、

「多分、想像以上にアカちゃんイッパイ生まれちゃったんだろうネ。ちゃんと、引き取ってもらえる人、探せばイイのに⁉飢え死にしちゃったらドオするんだヨ。まったく、ツーか、ちゃんと充水器なんかも置いてあるし、栄養食も置いてある。冷えない様に毛布なんかもチャンと敷いてある。ここまで出来るのになんで捨てるかネ?」

と嘆くのだった。

 ヒナノは、子猫の背中を撫でながら、それで体温を確認するようにして、

「この子、可愛いナァ~、隆史くん飼ってあげなよ⁉」

と隆史をみつめた。

 慌てる隆史。手のひらを激しく横に振り、

「無理、俺の弟、猫アレルギー!小さい時、サファリパークに家族で行ってライオンのアカちゃん抱いて写真とってもらった後、弟の目が腫れて大変だったんだ。知ってる?ライオンも猫なんだよね・・・」

「それと弟は、家で猫を飼い始めた時は、俺に家を出ていけ!家に近づくな!と言っているのだと思うことにしているんだって・・・」

 ヒナノは、隆史の残念そうな言い方から、本当は自分が猫を飼いたいんだなと思った。

「じゃ~、私が連れて帰ろ。連れて帰っちゃえば、うちは誰も文句言わないと思うし、うちのマンションは、ペット可だし。私が世話します、と言えば何とかなるっしょ!」

 隆史はヒナノの言葉に明らかに嬉しそうな表情になった。

「海には猫、連れて来てよ。俺も面倒みるから。弟の事なければ前から飼いたかったんだよネ」

 ヒナノは、(お腹を空かしているだろう子猫に何をあげれば良いのだろうか?)と考えた。そして思いつくのは、ミルクとも思ったが・・・たしか?

直ぐにスマホでググる。


(猫に危険な食べ物)


危険:高(猫が死亡する恐れがある食材)

とその他、危険な食材


危険:高

チョコレート・キシリトール・ネギ・たまねぎ・ニラ・らっきょう・にんにく

ぶどう・レーズン・アボカド・ココア・マカデミアナッツ・アルコール類


その他危険な食材 ×は危険 〇は大丈夫

牛乳 × /クリームパン × /食パン × /メロンパン × /いちじく × /キウイ 〇 /

グレープフルーツ × /さくらんぼ 〇 /スイカ 〇 /すだち × /ドライフルーツ × /

梨 〇 /パイナップル 〇 /バナナ 〇 /びわ 〇 /ぶどう × /ブルーベリー 〇 /

プルーン ×/マスカット ×/マンゴー 〇/みかん 〇/メロン 〇/桃 〇 /リンゴ 〇 /レモン ×


(やはり、牛乳はだめだったか・・・、明日、お母さんにペットショップで子猫用の食べ物、買って来てもらおうっと!)


 ヒナノは、少し残しておいたピンクのアップルパイからリンゴで造られた花を指に取って子猫に与えてみた。


(パンが×ダメなのだからパイもダメだろう)

(メロンパンもクリームパンも×ダメなんて、なんて悲しい動物なのだ)


 子猫は、ヒナノの指先のリンゴを最初は用心深く舐めていた。そして、暫くしてから口に入れた。

(おお!なんと可愛らしい)

と感じて、ヒナノは何気なく隆史の顔を見上げた。隆史も愛おしいように和んだ表情だ。


 ヒナノは、ダンボール箱ごと子猫を持ちあげる。

 隆史は、ダンボール箱を自転車のハンドルの上に載せ、後ろにヒナノを乗せてユックリと発進。坂では、自分は自転車を降りて、そろりそろり、慎重にヒナノの家を目指す。

 自転車を降りたヒナノはダンボールを抱えている。それで、隆史がヒナノの家のマンションの玄関、扉を開けてゆく。この上なく楽しそう。そして、ヒナノが自宅内に入ったのを確認するや、マンション前の自転車にもどり自分の家に向ってゆくのであった。


 さて、今、胡桃沢家の内では、母親がヒナノを迎えたところ。

 母親は、ヒナノの抱えるダンボール箱をマジマジと見つめる。

 さぁ~、どう展開していくのか?


 母親は、

「まぁー!可愛い~、ママ、欲しかったのよネ~」

という展開になってきたので、少し緊張の溶けるヒナノであった。

「パパはさぁ、犬、ネズミ?にウサギ、そして、犬と飼っていて、もう死なれるのが嫌でイヤで、絶対ペット飼わないって言ってたのよ~、私、ネコちゃん飼いたかったんだ~」

 母は続ける。

「ヒナノが勝手に持ち帰ったんだから、良いのだ!」

「可愛い~、ヨシヨシ、もう大丈夫だよ~、ママでちゅよ~」

と、子猫を抱きかかえ、撫ぜまくる母。それに、アカチャン言葉だ⁉

「明日、イッパイ買い物しなきゃね。あ~、それと育て方調べなきゃ。獣医さん近くに居たっけ?なんか注射しなければイケナイんじゃなかったっけ?」

母は、一人で盛り上がって昂奮状態である。

 呆然と母と子猫を見守るヒナノであった。

子猫は、なぜかヒナノに助けを求めるような眼差し‥‥‥


 こうして、お父さんの意見は一切受け付けられず、翌日、父は母の買い物に付き合わされることになる。大量の猫のペット用品が買い込まれた。(子猫用お家、猫タワー、爪とぎ、猫草、消臭マット、等々)こうして、子猫は、胡桃沢家の家族となり、海にも隆史や仁さんなど沢山の仲間を持つこととなったのでした。

 子猫の名前はティファ。

 最初に会った時に、子猫の目に、隆史の持っていたターコイスブルーのパイが写り込んだのか、目の色が鮮やかな、(ティファニーブルー)に映えていたのである。そこから、ヒナノは(ティファニーブルー)と名付けたのだが、連続で言い難く、(ティファ)に省略した。


 ヒナノは、仁さんとまり子先生が海岸にいる時を狙って、何時の日か仁さんの作ったピンクのアップルパイをまり子先生に渡そうと思っていた。しかし、毎日、自分で全部タイラゲテしまうので中々チャンスがない。まり子先生にピンクのパイを渡せたその時から、仁さんとまり子先生、二人の仲は、一気に炎上するとヒナノには思えていた。


 その日は、朝に三つ買っておいたアップルパイを午前中に全てタイラゲテしまったヒナノ。お昼に、隆史と学校を抜け出した。隆史は、そのまま海へ、そして、ヒナノは仁さんのパン屋さんに直行して追加のアップルパイを買う、そして一旦、帰宅。それから猫のティファを連れて、皆のいる海に向った。

 海沿いの国道の反対側、海側、石垣の上に隆史と、仁さんと、まり子先生がいる。

 ヒナノは、アップルパイを持っている。


(最高のシチュエーションだ!)


 とヒナノが思った瞬間、ティファが道路を挟んだ反対側に仲良し隆史を見つけたものだから、道路に飛び出した!

ヒナノもツラれてというか、止めようと思い、道路に飛び出してしまった。

 一瞬、ヒナノは隆史と目があった気がする。

しかし、今、意識はない。目を閉じる前の記憶‥‥‥


 凄まじいブレーキ音!

 ドン‼と物のぶつかる音。


 ヒナノとティファは、サーフボードを積んだ軽車両に跳ねられてしまったのだ。


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