第一章 その3 森島和平『信頼出来る大人達』

シャワーを浴び終えリビングに降りて行くと、すでに母が料理を始めていた。

「おはよ。わへい。こちらはいいから暖炉お願いね」

「僕は手伝わなくていいの?」

「リューリさんが手伝ってくれるでしょう?彼女が望む事をさせてあげなさい。…けど、そうね、コーヒーはわへいにお願いしようかしら。それから海鼠なまこの世話お願いね」

海鼠なまこねぇ…」

海鼠なまこはともかく、コーヒーと暖炉の役目を仰せつかった僕は着火剤で薪に火を付ける。

リビングにストックしてある薪はあと僅かだが、氷点下になる日も減ってきたし、そろそろ暖炉は使わなくて良いかもしれない。 

薪がパチパチと音を立て始めたとき、リビングにリューリが入ってくる。

「しのぶさん、遅くなりましたわ」

「良いのよ、リューリちゃん。お手伝いお願い出来る?」

「はい」

母とリューリが並んで料理を始める。

いかに元ペンションの広いキッチンとはいえ、さすがに三人は入れない。

僕はカウンターでコーヒー豆を電動ミルに入れる。

ちょっと疎外感。

水槽では海鼠なまこがじっとこちらを見ている…気がする。

この海鼠なまこは年末のスーパーで100g480円という高級食材として売られていたモノだ。

何と言うか哀れになり、購入し駄目で元々ダメ元で海水濃度の塩水に浸けたところ、奇跡の復活を果たしたのだった。

それ以降、我が家で飼い(?)続けている。

「お前も一人で寂しいか?熱帯魚でも入れてやろうか?」

海鼠なまこもたげた首(?)をゆっくり降ろす。

否定された、もしくは馬鹿にされたような気がする。

まぁ海鼠なまこは傷付くとサポニンという魚にとっては強い毒を出すと聞いた事があるし、このままが良いのかもしれない。

「なに海鼠なまこに話し掛けてるのよ」

リューリがカウンター越しに覗き込んでいた。


リューリがこうして僕の自宅に泊まり、毎晩のように愛し合い、朝は母のご飯を手伝っている。

僕は改めてここ数ヶ月間で起こった事を思い出す。


◆◆◆

元々、母と父は別居状態だった。

それが一ヶ月前に母が戻り、僕達家族三人での新たな生活が始まった。

母はリューリがかつて知り合い旦那さんと不倫状態にある事を知り、色々に協力してくれた。

その為、リューリが抱えている身体の問題についても理解してくれている。

リューリの身体は年齢以上に、つまりは大人として開発されていて、定期的に疼いてしまう。

母が自宅に帰ってきて嬉しい反面、実は困ってもいたのだった。

つまり、僕達は何処で愛し合うのか、と。


ある日僕達二人を前にして、母は言ったのだった。

「わへい、とても大切な事だからきちんと聞いておきたいの。あなたがリューリさんの身体のケアをしている事は分かっているし、リューリさんのお母さんもあなた達の関係は理解しています。今まではウチでいたのよね」


僕はなんとも居心地の悪い空気の中で、それでもしっかりと頷く。


「それで、母さんが帰ってきてどこで性行為セックスをすればよいか、困っているのではなくて?」

その問いにも僕達は頷く。

隣でリューリがギュッと手を握り締めているのが分かった。

だから、僕はリューリの手に自分の手を重ねる。


「母さん、僕達は悪い事をしているとは思えないんだ。そりゃこの国の倫理感では未成年者がそういうコトしてるって悪く見られるだろうけど。でも、やっぱり悪い事とは思えない」


僕は母の目を真っ直ぐ見て自分の気持ちを伝える。

母は僕の視線を受け止め、次いでリューリを優しく見つめた。


「わへい。母さんは、ね。あなた達を責めるつもりはありません。あなたがリューリさんをきちんとした道に戻して、付き合いだした段階でそうなる事は分かってました。それに、ね。あなた達の年齢で性行為セックスを我慢するなんて無理なの」


母は机に頬杖をついて、優しく微笑んだ。

「…ある程度の仲になった男女で性行為セックスを抜きにした関係は不自然なのよ。だから、ね」


母が家に戻って、いつかは、関係が知られるのだと覚悟はしていた。

その時はきっと叱られる。

そう思っていたから、母の口から出た言葉は思いもよらなかった。


「だから、堂々と我が家でしなさい。リューリさんのお母さんには私から話してあります。泊まっていっても大丈夫よ。ウチは元々ペンションだったから部屋数はありますからね。もちろん、お父さんに文句は言わせないわ」


ぽかん、とする僕達をヨソに母は続ける。


「ただし、きちんと避妊はしなさい。性欲を満たすだけでなく、相手の事を想ってしなさい。それから、大人として行動しているのだから、に対しては責任を持ちなさい。意味は分かるわね?一度大人として行動したら、大人と子供を使い分けるのもナシ、よ。それ以外にうるさく言うつもりはありませんからね。さて、この話はこれでお終い」


ああ、僕はこの人には一生追い付けないな、母の偉大さを改めて感じた瞬間。

僕はこの先、父親になったとして、こんなにも懐の深い大人になれるだろうか?


そんな事を考えたのだった。


◆◆◆


海鼠なまこに話し掛けたと思ったら今度はどうしたの?」

リューリの声で我に返る。

「うん、ちょっとね。思い出していた。この間いつ水槽の水替えたっけかなって」

「一週間前に替えていたわ」

「そっか。それじゃそろそろ替えないとね」

リューリが青い瞳で僕を見つめる。

思えば一年で僕達の関係は随分と変わったものだった。

一年後、僕達はどうなっているのだろう?

僕は来年は三年生。

リューリは一年後、卒業している。

進路は、どうするのだろう。

僕達と言う名のストーンのラインは果たしてグッドなのか。

誰か見てくれていたらいいのに。

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