輪廻再臨

「クッ……フフフフフフフ!」

 

 崖下の方から聞こえた声に、俺は思わず鳥肌が立った。


 声色は間違いなくリーシャのそれだ。

 しかし何かが決定的に違う。


 よく考えれば、リーシャが崖に身を投げたにもかかわらず、落下音のような音は聞こえてこなかった。

 

 まさか、と思い至った所で、それは姿を現した。

 

 崖の下から、リーシャの身体が浮かび上がってくる。

 

「礼を言うぞ。お前のお陰でようやく顕界を果たすことができた」


 リーシャの声で、それは口を開いた。

 姿かたちこそリーシャそのものだが、中身は既に別のものに成り果てている事はすぐに理解ができた。


「な……なんだお前は!?」

「この魔王リンカネルに向かって『お前』呼ばわりとは、無知とは恐ろしいものだな」


 リーシャ……いや、リンカネルは不敵な笑みを浮かべながら、大地に降り立った。


 冷徹な視線を向けられただけで、射すくめられそうになってしまう。

 人を人とも思わないような、凍てつく視線。 


 しかし、魔王への恐怖以上に、リーシャの身体を好き勝手使われている事への苛立ちが勝った。


「出てけ! 魔王だかなんだか知らねえけど、リーシャの身体から出ていけ!」

「我が不当に占拠したような言い草は傷つくな。我はあくまで、最初からここにいた。今まで出てこれなかっただけだ」

「御託を! いいからリーシャを……返せ!」


 怒りのままにリンカネルの腹を狙い、殴りかかる。

 いくら中身が違うとはいえ、リーシャの顔を殴るのは抵抗があった。


 結論的には、そんな配慮は不要だった訳だが……。


「いきなり暴力を振るうとは、野蛮だな」

「なっ……!?」


 リンカネルは表情一つ変えず、人差し指一本で俺の拳の勢いを殺してみせた。

 

 肉体の強度はあくまでリーシャのそれと変わりないはず。

 恐らく、指先に無言で強化魔法をかけているのだろう。


「本来ならお前を消し炭にしている所ではあるが……。あえて許そう。お前には恩があるからな」

「は? お前なんかに恩を売った覚えはないが」


 リンカネルは訳の分からないことを言いながら俺を指一本で弾き飛ばし、言葉を続ける。


「我は久々に転生できて気分がいいのだ。今までは覚醒前に依代が自死を選んだり魔王裁判で処刑されたりで、中々転生できなかったからな」

「そのまま永遠に転生できなければ、俺の気分は最高だったんだけどな」

 

 渾身の拳を指先一つで弾かれた今、皮肉を吐き捨てる程度の事しか俺にはできない。

 そんなことはリンカネルもお見通しなのか、怒る様子すら見せずに話を続ける。


「言葉はいくらでも飾り立てることができる。だからこそ、感謝は言葉でなく行動で示すべきだと我は思う。そこで、だ」


 リンカネルは両手を広げ、仁王立ちの格好になる。


「お前が我に何をしようと、決してお前に危害は加えない」

「へえ、非暴力主義か。おもしれぇ……!」


 俺は強く握りしめた右拳に硬化魔法をかけ、助走を付けて再度殴りかかろうとした。

 しかしリンカネルの続く言葉で、思わず手を止めてしまう。


「その代わり、お前の住み育った街に火を放たせてもらうがな」


 人質など用いる必要もないほど強い癖に、意地汚いにも程がある。

 一瞬でも非人間に人情を期待した俺が馬鹿だったと自戒した。


「ああ、忘れていた。先程の一撃分だ」


 リンカネルが右の手のひらを宙に掲げたかと思うと、ドス黒く燃える炎の塊が現れた。

 炎塊は瞬く間に空高くへと飛翔し、そして炸裂する。 


 帝都めがけ、無数に分裂した炎の塊が流星雨のように降り注ぐ。

 分裂した塊一つ一つは小さいにもかかわらず、着弾と共に凄まじい爆音と火柱をたてていた。

 

 一瞬間に帝都が火の海と化した。

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