【8日目】宴


「皆よ聞け!我らには、神の使いが付いておるのだ。魔人をも討ち果たす神の使いぞ。丁重に饗してほしい。この度の砦の防衛ご苦労であった。王もきっとお喜びである。皆の者…今宵は存分に鋭気を養ってほしい。」


団長の言葉より始まった夕げは、もう宴だった。

魔人討伐があり、補給物資が届いたのだ。

それはもう、砦内はお祭りの様に皆はしゃいでいた。


何人に敬礼され感謝の言葉を捧げられたのかわからない。

中には感極まったのか泣き出す人もたくさん居た。

僕らは恭しく促され上座とも呼べる場所におさまり食事をする。


ただ、僕としてはいまいち雰囲気についていけて無かった。


…そう、あの金魚芸のせいだ。


頭では、『ショートコント!魔人!!』なるものが何度もリフレインされる。


"あの魔人がアホな子だったお陰でなんとか助かりました。"


そんな雰囲気に水を差すような事…、口が裂けても言えない。



所詮、前線の食事だ…豪華な訳がない。

それでも皆酒を手に楽しそうにしている。

今回の防衛戦でも100人近い仲間が亡くなったと聞いた。

悲しくない訳ではないだろうに…。

だからこそ彼らはより楽しげに酒を呑むのだろうか…。


僕にはわからない。



それでも、戦場の空気で体は緊張してたのだろう…食事を口にするとホッとする。



落ち着くと、これからが頭を過る。


あの後、魔人の体が宙に溶けその全てが消え去った時確信した。

原理などわからないが、魔人とはいわゆる超高密度な魔素の結晶体そのものなんだろう。

正直、生物的に人がどうこう出来る次元の物ではないと感じる。


確かに僕らなら、魔人の魔素が宙に溶け消えるまで消滅領域で包んでしまえばなんとかなるかも知れない…。

10分…いや…30分…もっとか!?

まぁ、死ぬ気で1時間でも2時間でも僕はやるし、…やれる。

例えそれで魔人が動けても、宮国さんに足止めしてもらったり、神無月さんに射ぬいて貰ったり、それこそ大砲ゴリラもいる…。

なんとか出来るかも知れない…。


…魔人が後1人なら。


例えば後2体居たとすれば、それこそ1体をどうにかする間に僕らはきっと瞬殺されるだろう。

あれほどの超高密度な魔素体だ…。


たぶん間違いない。


今回同様、魔人全てがアホな子とは到底思えない…。

そう考えれば考える程、なんとも幸先は暗い。


__あのアホな子が最初で最後の魔人であってくれ。


…その願いはすぐに破られる。



「魔人の使いとの者より文が届けられましたッ!」


絶叫に近い声をあげながら、団員の一人が飛び込んで来た。


急ぎ内容を確認するも、

「明日、話をしに訪れる。」


…それだけ。


皆が水を打ったような静けさとなり、…次第に騒がしくなる。

団長が、「神の使いがついている!静まれ!!」と、その場を落ち着かせていた。


仕方がなく頭を動かしていた僕は、団長に告げる。


「流石に砦内は不味いでしょう。砦の外に会談用に天幕でも張る事は出来ますか?」


「その方がよろしいでしょうな。」


慌ただしく指示を出していた。



…うーん。全く相手の意図がわからない。

…降伏勧告か?同胞を殺した奴を差し出せとか??


話をするって言ってんだから…。

はーっ…聞くしかないよな。

ただ、あの化け物…そうだよな。

…溜め息しか出ない。


「団長。あれに対峙出来るのはたぶん僕くらいです。相手の意図がわからない以上、会談を受け入れ対峙するしかありません。話の内容が気になるとは思いますが、明日は僕に任せて貰えませんか?…頼りないでしょうけど。」


団長は悲しそうな顔をした。


「我々が不甲斐なく申し訳ありません。頼り無いなど、とんでもありません。心苦しくはありますが、お願い致します。…どうなっても、決してあなただけを死なせはしないと誓いましょう。」


「万が一の時、被害は少ない方がいい…。皆さんは砦内で動きあるまで、戦闘待機していて下さい。僕だけが天幕で魔人を迎え入れましょう。…あ、お茶くらい出した方がいいですよね。竹筒にお茶持たせてください。」


出来る限りなんでもないように軽く言いながら…。

…僕は覚悟を決めた。


「あれは、化け物でしょう…。儂だけ残っても中田さん抜きではたぶんどうにも出来ませんな。…ならば、その場に儂もご一緒させて頂きましょう。あぁ、せめて剣を貸して貰わねばなりませんな。手ぶらじゃなんとも絞まりませんでな。」


どこまでも穏やかに宮国さんが微笑む。

…本当に心強い。

宮国さんの目を見て僕は頷く。


「流石に、天幕で槍投げもないだろうから、力比べでもしようか…。ここまで一緒にやってきたんだ。俺も同席させて貰おうかな。」


「え?それじゃ、私だけ仲間外れみたいじゃないですか!?…天幕内に弓と矢を立て掛けて置いていいですか?…気分的にですけど。」


「ありがたいですが、流石に後衛の要2人は外にいた方が良くないですか?それではいざとなったら僕ら全滅ですよ?」


あわてて僕は口を挟む。


「中田さん。いいじゃないですか…。儂らここまで来たら一蓮托生で。こんな、見せ場に仲間外れもないですよ。儂はもう充分満足しました。皆で臨みましょう…この老体、一人くらいは逃げ出す暇も作れましょう。」


酒を片手にどこまでも楽しそうに宮国さんは語った。


「フフッ…。魔人よく見えなかったですよね。眩しそうだし、本当はサングラスとかほしいですよね。」


宮国さんにお酒をついで貰いながら神無月さんはご機嫌だ。


「魔人を撃ち落とした時…もう感無量だったんだよ、俺は…。生涯で一番の一投だった。ハハハ…そうだ、天幕内に槍も立て掛けておくか…俺も気分的に。ハハハ」


大井さんもすっかりご機嫌だ。


「団長、僕らだけで会談に挑みます。見ての通り、なんの心配もいりません。すいませんが、準備だけお願いします。」


僕も楽しくなって宮国さんにお酒をついで貰った。



僕にとってもようやく宴だ…。



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