【7日目】祝福
夜明けとともに僕らは出発する…。
はじめてと言える程、こんな揺れる荷馬車で寝てしまう。
人の慣れとは本当に怖いものだ。
気がつくと大井さんも寝ていた…。
宮国さんの姿は見えないが、魔素を感じるに外だ。
きっと槍でも振って走っているのだろうか…。
"全く武人と言うやつは…。
呆れる程、我が儘に真っ直ぐだ。"
外から差し込む日差しも相まって笑みが溢れる。
気がつくとそんな僕を見て神無月さんも微笑んでいた。
不意にそんな変わらず自然体な神無月さんへと聞いていた。
「神無月さんはずっとどこか楽しそうだよね…。」
「まぁ、楽しいですよ。…ん?」
少し外の日差しへと視線を移し、
僕へと視線を戻すとなんとも自然な笑顔で神無月さんは答え、そっと首を傾げた。
「ん…、不安とか怖かったりしない?…」
神無月さんは少し考えるようにして言った。
「うーん。…中田さんは、ここをどこだと思いますか?」
突然の質問に戸惑いながらも本心を告げようと僕は言葉を探す。
「ハハ、子供っぽい事言ってもいいかい?…僕は前の世界があまり好きでは無かったからね…勝手にこの世界こそ本当の日本だと決めちゃってるね。」
フフフと神無月さんは笑う。
「いいと思いますよ。私達にとって、ここは不思議な世界ですよね。…そもそも、訪れ方が不思議過ぎでしょう?…正直、ここが死後の世界だと説明されても納得してしまいますよ…私は。」
不思議ちゃんだと思っていた僕はしっかりとした返答に少なからず衝撃を受けた。
"僕にはない切り口だ…。"
終わりの先…興味深い解釈だ。
もう死んでるかも判らない不思議な世界。
なにを怖がる事があるのかと、彼女はきっと言っている…。
現実だと訴える視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚…全てをもってして…
この自我を主張する意識や記憶をもってして…
それでも尚、彼女にはそう納得出来ると言うのだろうか…。
理解出来るが、納得は出来ない。
ここが現実としか感じられない…僕には。
しかし、彼女を否定する根拠はなにもない。
「確かに…。確かにそうだね。」
…言葉に詰まる。
微笑を浮かべ神無月さんは言葉を繋ぐ…。
「そこで、私もここを勝手に『私の夢の世界』だと決めたんですよ。…ただ、気がついちゃって。私がここに居ますから、きっとアイツもこの世界に来ているかも知れないと、…。ここは不思議な世界ですから、例えば…姿形すらも変えて『私の夢の世界』へ来ていてもおかしくないんですよ…アイツが。」
そこで、声色が変わる。
「…むしろ必ず来ます。」
僕と目が合うとにっこり笑う。
「し、か、し、…良い方法をね。ちゃんと思い付きましたよ。アイツを見つける方法をね。…例え姿形がどうであれ、私の前に姿を現し…敵意や害意を向けてくる。…不愉快を全身に纏って…アイツならきっと。」
可愛く空中で弓を引くポーズを取る。
「そこで、…敵意を向けてくる全てを射てばいいんですよ。むしろ、敵意を向けてくる全てはアイツです。…なので射ぬいちゃおうかな…って。…ね?」
宙に引いていた弓を放つしぐさをすると…。
身をブルッと震わし…蕩けそうな顔で視線を宙に泳がす…。
ふと気がついたように目が合い…。
固まってる僕を見て、神無月さんは吹き出す。
「ハハハ…なーんてね。…驚きました?冗談ですよ?」
神無月さんは、からかうように笑った。
…僕は唖然とする。
彼女の満面の笑みを見てる内に笑いが込み上げてくる。
ハハハ…。
敵意を撒き散らす全てを彼女は射つと言う。
そうハッキリと…。
『私の夢の世界』…か、確かに。
この世界は彼女を歓迎してる。
この争いにまみれた世界で、敵意を向ける相手を射つ事を誰が責められると言うのか…。
きっと誰も責められはしない。
彼女をそうまで掻き立てる衝動は…
ここが、夢うつつな世界だからか。
それとも、その身を震わす快感ゆえか…。
こちらを覗き込むように微笑む彼女は、
この世界に祝福されてるように見えた。
■
馬休憩との事で僕らは外へとでる。
不意に視界に映る宮国さんは汗を大量に流しながらも黙々と槍を変わらず振り回し続けている…。
どこか雑念を振り払うようにただ黙々と…。
"きっとあの傲慢不遜な武人は理想を体現する。"
その姿を見て僕は確信する。
それは予感にも似た直感だ…。
嬉しそうに神無月さんは試射に向かう。
その背を見ながら大井さんがポツリと溢す。
「確かにな…。殺しに来といて、殺されても文句はないよな。」
もしかしたら、さっきの神無月さんとの会話を聞いていたのだろうか…。
大井さんは本当に馬車の扱いを覚えるつもりのようで、馬の世話の仕方を団員に教えて貰いに行った。
"少しは役に立てるように僕もやるか…。"
回りの魔素をより感じるように心を落ち着ける。
大きく息を吸って、
視界いっぱいに飛び込む空の青さ…。
あくせく生きる小さい僕らの事なんてまるで関係ないと言わんばかりに悠然とそこに在った。
まるでなに事も無かったかのように…変わらずただそこに。
風がさらうように僕の心も軽くなる。
…この血生臭い世界をどこか居心地良く感じてる自分に気がついた。
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