【6日目】狂気


マーレルの元からテーブルへと戻ると、神無月さんは寝床へいったそうだが、宮国さんと大井さんがまだそこにいた。

珍しく大井さんだけが飲んでいて、宮国さんは静かに泣いていた。


「大井さん、さっきはありがとうございました。僕も少し貰えますか…。」


「いや、怖くて堪らなかったよ…。ただね、むしろ中田さんがいたから…しっかりしないとと思ってね。そうじゃなければたぶん腰を抜かしていたかも知れないな…。」


僕はお酒を大井さんに貰い、少し悩んだが…声も無く肩を落とす宮国さんの前へそっと差し出した。


それを見て、大井さんはもうひとつお酒をついでくれる。


宮国さんはお酒を手に取るとそれを見つめ、ポツリと小声で溢した。


「もし、逃げるなら…儂を置いて逃げてくだされ。」


「僕には衝撃が凄すぎました…全くなにも出来なかった。正直動くことすら出来ませんでした。…なにが出来るとも、まるで思えませんけどね…僕は逃げませんよ。まだ…かも知れませんけど…。」


僕はそう思った事を口にした。


「儂は…逃げれなくなりました。この歳で、こんな無様を晒す事になるとは。死すら厭わぬ…死兵と言うんですかな…ありゃ。全身が強張りました…飲まれたんでしょう…儂は彼らに…。元の世界では武人を気取りこんな所まで死に場所を求めやってきて…。これじゃ…あまりにも情けない。あんな不細工な己を見たのはもう記憶にもない昔です…。次もし機会があり、あんな無様を晒すなら野垂れ死んだ方がいい。…」


あの惨劇を後にして…

…戦えなかった己を恥じているのか。

いや、上手く戦えなかったと恥じているのか…。


なんと武人とは我が儘な生き物だろう。

…僕は心底驚いた。


僕とはまるで違う…

果たして聞けば少しは理解出来るのだろうか?

悪い意味で興味が勝ってしまう。


「宮国さんがそれほどまでに追い求める理想とはなんなんですか?…こんな時に、ちょっと意地の悪い質問でしょうか?…」


不意に驚いた顔で視線が合い、宮国さんは溜め息をつくと口を開いた。


「いえいえ、…恥さらしのついでに馬鹿者の戯言として聞いて貰いましょうかな。…」


目線を酒に落とし…宮国さんは言葉を探すように語り出す…。


「言うなれば虚実一体ですかな…。相手を殺す剣を実とするなら、相手を惑わす剣…分かりやすく言うと崩しや誘いと言いますか…。それが虚。虚であり実である。…まぁ、他にも正解はいくつもありますでしょうし、それを成す方法もいくつもありますでしょう。…いずれもきっと難しくはあるでしょうが。…」


ひとつ息を整え、

自分自身に聞かせるように語り出す。


「…なれど、今の儂なら可能です。…身に余る力を制し…お茶を差し出すように、そっと刺せばいい…。必ず返礼があると無駄な力は抜いて備え…それをひとところに身も想いも視線も置かず…終わりなく流れ続ける。それだけです…。そう、それだけ。」


後悔を滲ませ小声で続ける…。


「まぁ、体現かないませんでしたがな…。」


己を嘲るかのように淡々と酒に語る。


「そんな事をせっせとやるとは我ながら大馬鹿者だとは思いますがね。…」


酒に映った自らを見たのか、苦笑した。



目に見える老人は生涯を費やしたそれに見えた。


僕にとって長い事、生きる事とは諦める事と同義だ…。

しかし、彼は違うのだろう。


それこそ僕が探す…

彼なりの素敵な終わりがあるのだな…、と。

裏返せば、…生き長らえるたったひとつしかない目的があるのだろう。



言えば…ロマンだろうか。

なんとなくそう僕は思い当たった…。


なんとも我が儘な馬鹿者だ。

己の理想で他者を屠る事すら厭わない…。

きっと省みる事をすらしないのだ。


しかしながら、僕は羨ましく思った。

潔いロクデナシだと…。


「宮国さん…。その理想の体現…見せてくれるんでしょ?…」


宮国さんは、しばらく目を瞑り頷く。


「…必ずやお見せしよう。」


彼は、覚悟を決めた証かのように、

酒をクイッと飲んだ。



「皆が逃げないんなら俺もまだ逃げられないな…。情けないがひとりは御免だ…。ハハハ」


大井さんが、諦めたように乾いた笑いをしながら酒を飲む。


「いつ逃げても恨みっこなしで行きましょう。ただ、大井さんが居てくれるのは心強いですね…。また、僕がダメな時には叱って下さい。」


僕はそう口にして酒を飲んだ。







外では、まだ遺体を焼いていた。

闇はまだまだ深く…ゆらりと残り火が揺れる。


団員は疲弊してるだろうにこのまま夜通しの作業になるのだろうか…。

せめて交代で休めるといいが…。


団長はまだ陣頭指揮をとっているようだ。


不意に僕に気がついたのか団長が近づいてくる。



「眠れませんかな?…こうなる事は少なからず予見してました。巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。…皆様にお怪我なくホッとしました。」


団長は開口一番、僕に詫びた。


「彼らはなぜあんな事を?…飢え、でしょうか?」


少し団長は視線を泳がせた…。


「当然、飢えもあったのでしょう。…飢えは人を狂わせます。…ただ、なんとも思ったのは『ぶつけようのない怒り』ですかな。我らは王国の最大の戦力であるがゆえ、争いの象徴でもあります。馬鹿な争いを続ける"なにか"へ、一矢報いたかったのかも知れませんな。…もちろん、真実など私にわかりようもありませんが。いずれにしても、我らは畏怖されるのが使命です。向かってくる者は討ち倒すしか出来ません。…」


彼らは、生きるために戦ったのか…?

いや…むしろ、ここで死ぬ為に戦ったように僕にも見えた。

怒り…か。


団長は、声を引き締め告げる。


「怪我人はここへ置いて行きます。2人程団員をつけ本軍へと合流出来るよう考えています。…早朝一番で出発致します…。少しはお休みになられると宜しいでしょう。」


敬礼をし、踵を返すと団員の元へと戻っていった。


痛みに声すらあげず、怒りさえ歯牙にも掛けない…

それが、王国魔術師団。

…確かに彼らは最強に相応しい。




不意に、残り火に目がいき…そっと思い出す。

神無月さんの事を…。


彼女がへたりこんだ時、いつも違和感があった。

なぜだか、…僕には快感に震えているように思える。

そう、試射に満足した時と同じように確かに口元に笑みを浮かべていた…。


はじめて彼女を見た…

そう、あの神殿の時もへたり込んでいたが違和感があった。

定かではないが、もしかするとあの時も…口元に笑みが浮かんでいたんではないか。

…そんな気がする。


『かかってこい…月野。』…か。

それがなにを意味するのかはわからない。


宮国さんですら飲まれたあの狂気…

彼女はまるで散歩のように向かっていった。

なにを想っていたのだろう。

きっかけがあれば彼女に聞いてみたいと思った。




争いなんて、そもそもどこか狂ってる…。

狂い争うのか、争いに狂うのか…その、いずれにしても。

それは目の当たりにし、肌で感じた…。


誰かの言う『生きる事は戦いだ。』

もし、それが本当で生きる事そのものが争いならば

…きっと皆狂ってる。

そんな狂気に満ちた世界で、誰が狂気を認識出来ると言うのだろう。

ただ、誰もが狂気にまみれてる事に気が付かないだけ…。

そんなありふれた狂気に気がつけない中、誰に狂気の是非が判ると言うのか。


ただ決めて選び取るしかないのかも知れない

…そこにある狂気を。

狂気に晒されたくなければ終わりを…。


不意に笑いが込み上げる…。

以前の僕は果たして、狂気に疲れて終わりを望んだのだろうか?

いや、なんとなく違う…

そこにある狂気をまるで無いかの如く否定する世界を見限ったのだ。


闇に踊る残り火に…

僕は自分の狂気が見えた気がした。


人によってはこの沸き立つ感情を生きる希望とでも名付けるのだろうか…。


…フフッ…フフフ…ハハハ…。


僕は感情が赴くまま、ただ笑った。



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