【6日目】王国魔術師団


「襲撃!襲撃だッ!!」


怒号が夜を引き裂く。


団員のひとりが飛び込んで来て、物資を狙い村民の襲撃です!と叫ぶように告げた。


皆さんの警護に付きますと表に居た団員と併せて2名の団員が誘導し始める。

僕らは彼らに付いて平屋を抜ける。


辺りは闇だ…団員の松明を目印に後を追う。

先に遠く荷馬車回りに撒かれた松明の明かりが見える。

少し距離をとったこの場所で控えるようだ。

団員は手に持っていた松明を地に投げ僕らに告げる。


「彼らの目的は物資です。こちらには流れて来ないかと思いますが、万が一の時はお下がり下さい。」



暗闇から鼓舞するかのような村民の怒号に近い掛け声が次々と飛び交う。

まるで、村民全てが叫び声を上げてるかのようにそこかしらで響き出す。

荷馬車脇の焚き火から村民の先団が取り付いて見えた。



突如、暗闇に炎が舞う…。


強大な身を焦がす程の火の魔術を発言させる団長が目に映る。

それを荷馬車にほど近い平屋目掛け撃ち放つ。


たちまち炎は平屋を轟々と燃え上がらせ、

それは巨大なトーチかのように辺りを照らした。


「戸惑うなッ!相手が誰であれ情けは無用!!迷いは味方を殺すぞッ!!」


団長が激し叫んだ。


それに答えるように、次々と火の魔術が放たれ荷馬車へ詰め寄る後続が燃え上がる。

それらは闇を払うかのように視界を開いた。


村民の数人が屋根の上へとよじ登り弓を持つのが見える。

それを追う花火のように火の魔術が宙を踊る。


団員が盾とモーニングスターを手に荷馬車へ取り付く者達を引き剥がしにかかる。

盾で崩し、モーニングスターの一撃で頭が弾けた…。

後続から詰め寄る者は次々と燃え盛り、団員は数人でひとつの生き物であるかのように次々と打ち倒す。


村民の波が徐々に押し戻され、荷馬車から距離が空く…。

そこを狙い、辺り一面焼き付くすかの如く一斉に火の魔術が放たれる。


…それは、まるで村そのものが燃え盛るひとつの炎のように映った。


"これが…最強の王国魔術師団。"



骸骨のように痩せた村民達は、手が潰れようと…、火に焼かれようと…、誰も退かない。

女子供に至るまで、鉈を振り上げ…クワを振り上げ…。

命の一滴まで絞り出すかのように雄叫びを上げひたすらに突き進む。

もう命はいらぬとでも言うように…。


その様に、僕は全身が震えた。

…震えが止まらない。


"こんなのが戦いだとでも言うつもりか…。"


燃え盛る炎が辺りの酸素全てを奪ったかのように息が苦しい…。



"サクッ…サクッ…"


いつもと変わらない足取りで神無月さんは不敵に口元を歪め、矢筒から矢を抜きながら数歩前に出た…。


視界の先で、はぐれたかの様にこちらへ迫る村民の一団が映る。


流れるように矢をつがえ射放つ。

…残光が闇に一線。


その矢は村民の頭を貫いた…。


『かかってこい…月野!』


雄叫びに掻き消されそうな中、

…彼女は確かにそう口にした。


すらりと2本矢を同時に抜き取ると、続け様に矢を射放つ。

そのいずれもが村民の頭を貫く。


発光した矢の残光が闇に儚くも溶け消えていく…。



"パァーン"


横で、宮国さんが頬を叩く。

横顔がいつもと違い鬼気迫って感じる。


…村民の数人が眼前に押し迫る。


「ボーッとしてちゃダメだッ!」


大井さんが僕の手を引き、後ろへと下げる。


警護に付いている団員が火の魔術を放った。

身を焼かれながらも迫る村民を、宮国さんが飛び出し力任せに薙ぎ払った。


「身を焼かれても止まらぬのか…。」


宮国さんが肩で息をし、…苦しそうに洩らした。


すぐ後に迫る村民をも、大振りで切り下ろし槍先で肩より先を飛ばすも、尚も残った手で鉈を振り下ろさんとする…。


息が止まる…"宮国さんが死ぬ"


ギリギリで後ろに転がるように避けるも、

…宮国さんは固まったかのように動かない。


団員が飛び出しモーニングスターを撃ち下ろし、…迫る村民の頭が爆ぜた。


宮国さんは、返り血浴びたまま尚も動かず自分の槍に視線を落とした。


更に迫る村民に団員が飛び出すように迎え撃ち、火の魔術を放ち、モーニングスター振るい…

僕らへと迫る村民は居なくなった…。


傍らそっと弓を下げ、神無月さんは震える我が身を抱きしめ、その場へへたりこむ…。



凍えるように冷えきったこの僕さえ焼き尽くすと言わんばかりに炎は暴れ狂う…。


…僕の視界全てを埋め尽くさんと暴れ続けた。


いつしか、村は命の灯火で埋め尽くされ…

僕の耳へ雄叫びは聞こえなくなっていた。



"オンギャー…オンギャー…"


遠くに赤子の鳴き声が微かに聞こえた気がした。







どうやって空き家へと戻って来たのか覚えていない。

…大井さんが手を引いてくれたのだろうか。


「すみません!団員の怪我人を入れて下さい!」


空き家へと運ばれてくる…。


「マーレル…。」


その姿を視界に捉えた時、血が沸騰したように覚醒する。


3人の怪我人が出たようだ。

うめき声を殺す団員を空き家の奥へと寝かせる。

僕は邪魔にならないように後ろでマーレルを見ていた。


左の肩に矢が深く刺さっている。

団長が、そっと近寄り衣服をナイフで切り裂く。


「マーレルよ…。防具に命を救われたな。」


矢の軌道が防具で反れたのか…。

団長は優しく語りかけ、防具を優しく脱がせた。


「毒はたぶん無いとは思うが、矢尻を抜くのに少し切るぞ…。」


「お願いします!」


マーレルはしっかりと団長を見てそう口にすると、腰布を噛み締めた。


"フーッ…フーッ…"


マーレルの鼻息が荒い…。


団長は火の魔術を浮かべナイフを炙り、矢の根本をスッと刺した。

途端に血でなにも見えなくなる…。

水の魔術を別の団員が傷口にかけると十字に矢傷を広げ切った。


マーレルは、片時も目を反らさず大粒の涙を流しながら団長を見つめ、…呻き声ひとつ上げなかった。

ボロボロと涙を流しながら、唇の色が変わる程キツく噛み締め、傷を縫い終わるその時まで、ただの一度も声をあげる事はなかった…。


「マーレルよ…、ようがんばったな。」


団長は、優しくマーレルの頭をそっと撫でた。



「団長…、後の処理は行っているのですが。どうも赤子が残っているようです。いかがしますか?」


そこへ入ってきた団員が、団長へと小声で問いかける。


「今行く…。その『処理』は私がする。」


団長も小声で答えるとその場を後にした。


…『処理』がなんなのか脳裏を過ったが考えるのを止めた。


手を汚さぬ者が汚す者を責める事など出来ないし、責任をとれぬ者が口出す事などあってはならない。

どうした所で、考えるだけ無駄だと思ったからだ…。



目の前に横たわる最強の魔術師団員…。

間違いなくこの幼く見える彼はその魔術師団の一員だ。

…嫌になるほど僕は思い知った。

つい今しがた…この目で…。


どうにも素直になれず僕はついつい意地悪が口をつく。


「死にぞこなったな…。」


「申し訳…ありません…見ての…通り、このザマ…です。守ると…約束しま…したが、どうやら…ここまでの…ようです。どうか…どうか…ご武運を…。」


マーレルは弱々しく言葉にすると、僕を見つめて右の拳をゆっくりと自らの心臓へ当てた…。


「役に立つかはわからないが…僕なりに精一杯やってみるさ。…少し休むといい。水は側に置いておく。」


柄にもない事を口走った…。

…少し彼に当てられたのかも知れない。


精一杯…。

さて、…僕になにが出来るだろう。


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