【5日目】野営
「中田さん、手をかざされてると途端に動きが以前に逆戻りだ。これは…間違いが起こりそうで本当に怖い。」
発光しなくなった宮国さんが苦笑して言ってくる。
馬の休憩中に宮国さんに試させて貰った。
あれから忙しなくあれやこれやと試して回った。
正直、ジャミングか消滅かはわからなかったがどちらでも良いと気がついた。
いずれにせよ、魔術は発現しない。
皆から、側に近寄るなと散々意地悪を言われた。
まぁ、ようやく役に立てるかも知れないと調子にのってニヤニヤが止まらなかったので、単に気持ち悪かったのかも知れない。
手をかざし意識するとほぼ視界におさまるならかなりの距離でも効果はあった。
張り切って僕は荷馬車を降りて離れながらマーレル君に協力をお願いした。
荷馬車に追い付くのに苦労したのはご愛嬌だ。
警戒中の団員に苦言を言われるも今の僕なら笑顔で対応出来る。
範囲はそれ程いっぺんには難しいみたいだが2人分程度だろうか…球形に魔素を失くせるみたいだ。
これにはマーレル君に加え、大井さんにも協力をお願いした。
それより範囲を大きくしても小さくしても、なぜか上手くいかなかった…。
別の休憩中、神無月さんの弓を射る妖艶な笑みを見ながら集中してしまったのか、うっかり、いやいや、うっかりね、射る際、魔素を消滅させてしまって…。
その時の、神無月さんのゾウリムシを見るような視線…。
「次やったら、許さないと思いますよ。」
口許に張り付けた笑顔とは裏腹に底冷えしそうな声色。
2度と…もう2度と調子にのらないと誓った。
僕は即座に正気に戻り、ずっとニヤニヤしてた顔が一瞬にして真顔になると、改心の土下座を決めていた。
折角、調子に乗らないと誓ったのに散々やらかした僕が面倒なのか『逃げる時に必要かも知れん…。』と、宮国さんと大井さんは団員に言って御者台へと座らせて貰うようだ…。
馬車の扱いに慣れる為だと言っていた。
マーレル君も忙しいのか…いつしか姿を消していた。
"チッ!…マーレルまで逃がすとは。"
結局、光るどころか消せる力に『消滅領域』と名付けたが、全く理屈はさっぱりだ。
ただ、そんな事すらどうでもいいと思える程気分は良かった。
"これで少しは役に立てるだろうか。"
消せる相手も居なくなったので、僕はひたすら自分自身に向け消滅領域を出し続けた…。
■
毎晩、停泊地のような小さな平屋だったが、今日は夜営となるようだ。
団員から、僕らの体調も良さそうなので少し距離を稼ぐ為に、停泊所を通り過ぎ日暮れギリギリまで進むようですとの事だった。
"昨晩、僕らの懸念を受けての事かも知れない…。"
まさに日が無くなる瞬間まで馬車は進み、少し開けた場所で次々と大きな円を描くように止まった。
"これからはこんな夜営もあるのだろうな…。"
この世界の夜は闇が深い…。
ランタンを片手に団員が世話しなく動き、円の中心で焚き火がされるまで僕らは荷馬車で待機した。
夜襲などされれば面倒この上ないだろう…。
光源が足りない。
荷馬車で作った円の外は明かりが届かず、さながらホラーのような不気味さだ。
松明を手にした団員が外でなにやら作業を重ねる。
どうやら、荷馬車の外遠くに鳴子の罠を設置しているようだ…。
荷馬車の内側ではハシゴを立て掛けている。
荷馬車で枠組みのように見えてた物が、ハシゴだったと気がついた。
荷馬車で囲った簡易的な砦という感じだろうか…。
きっと緊急時はハシゴ上から魔術でも放つのだろう。
焚き火の数が増え、慌ただしく食事の支度をはじめるのが目に入る。
どこかはじめての夜営に不安そうに見えたのか、マーレル君が近寄って来る。
「大丈夫ですよ…この国最強がここに揃っています。我ら魔術師団がきっとお守りすると約束しますよ。」
幼い子供に言われるとなんとも立つ瀬がない。
「はいはい、最強の魔術師団にお任せしますよ。」
「どこか信じてませんね?…まぁ、いいでしょう。いずれ我ら王国魔術師団の力…お見せしましょう。」
不敵に微笑み、魔術師団を語る幼子が微笑ましい。
「とは言え、夜は比較的安全です。…そもそも人が通りませんから、襲う側も獲物がいなければ無駄足です。むしろ、危険なのは昼間です。夜は獣が怖いくらいでしょうが…人より怖い獣は数える程しかいませんよ。」
マーレル君は口にすると作業に戻るかのように去っていった。
自分の事を棚上げしながら、不意にあんな幼いマーレルも遠くない未来に戦火で命を落とすのだろうか…。と、考えてしまう。
どこか飲み下せない感情が身を包む。
目に映る焚き火の炎がそんな想いを募らせるのか…。
僕はボンヤリと炎を見つめる。
溜め息が出た。
"何人も、人の矜持を汚してはならない…。"
自分を戒めた。
僕の安っぽい感傷と、なにかを成す為に覚悟を決めた者達の矜持…比べるまでもない。
ただ、話をし魔術師団の方々にもお世話になっている。
少しの情も沸くと言うものだ…。
"どうか、彼らに訪れる終わりが素敵な物でありますように…。"
やはり、焚き火の炎は人を感傷的にしてしまうのかも知れない…。
__見上げた夜空に見た事も無い満点の星空が広がっていた。
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