【△日目】神無月
「神無月先輩…。当たってるんですかぁ?流石にそう言うのは勘弁してほしいですぅ。」
私の最大の苛々の原因…月野と言ったか。
間延びした口調に虫酸が走る。
こいつはどこか生理的に受け付けない。
これは、私への煽りだろうか…。
言い掛かりも甚だしいが、落ち着け…。
何度も自分自身に言い聞かせる。
「弓道部内で、あまり目に余る行動は控えてほしいの。主将として告げているのだけど?…伝わってる?」
出来る限りの平静を装い改めて告げる。
この月野と言う後輩は入部当初より弓道部の男子、大蔵が目当てだと言っていた。
俗に言う天然を装ったあざと可愛い系で、その間延びする喋り方は当初より生理的に受け付けない。
部員をも巻き込んで遠回しに彼を落とす事に協力を懇願する様は悪女のそれだと感じた。
■
私の高校生活はなんと言うか…大変だった。
自分で言うのもなんだが、頑張っていた自覚がある。
勉強が得意でないからこそ馬鹿にされないように苦痛を感じながらも精一杯やっていた。
人一倍覚えが悪いのか、いつも勉強に追われていた。
そんな私を見て真面目だと皆が言い始め、いつしか真面目でなければならないと気を張っていた様に思う。
クラスメートが楽しそうに恋愛話をしているのを目にする度に、どこにそんな時間や余裕があるのか不思議に思ったもんだ…。
本音を言えば、さも大変な事のように大袈裟に話をするその姿が酷く幼く見えて、どこか馬鹿にさえしていた…。
古風な雰囲気から漂うたまらない美しさから弓道部に入った。
真面目な人がなるのが当然とばかりに回りから推され主将になった。
後輩は皆素直で指導するのもなんとなく様になり、いつしか部活が…私の唯一息継ぎ出来る場所になった頃。
…月野は入部してきた。
「大蔵君。最近、部活での雰囲気が少しおかしく感じるの。うちの部活は気が緩むと大怪我につながるでしょ?…どうにかしないといけないと思うのよ。」
「主将、確かに後輩達がたまにおかしな空気になってるのは僕も感じてるよ。気を引き締める為にも気がついた時は注意してみる。」
そういった会話があったのが随分前だったように思える。
結果として、大蔵は外堀を埋められる様に回りから月野の好意を知る事となり、見世物の様に持て囃され、熱に浮かされたかの様に悪女へとのめり込んでいった。
それはもう、本当にお手軽に…。
質の悪い演劇を見せられている気分だった。
最近では、所構わずイチャついて部活中もお構いなしだ。
空前の恋愛ブームなるチャラチャラした雰囲気を部内で巻き起こしていた。
そこに、私の求める静寂や凛と張り詰めた空気は無かった。
…纏わり付く不愉快感に、私の苛々はピークに達した。
■
その日は、澄み渡る程の晴れ間で珍しく気分が良かった。
"勉強のし過ぎでおかしくなったのかな…。"
この所まるでダメだったのが嘘の様に矢が冴える…。
__そっと目を閉じる。
今日はなぜか凪いでいる…。
ゆっくり呼吸を深く…。
__目をあけると、…月野がいた。
矢を的から外す際は安全確認をして行うのは常日頃から口酸っぱく言ってきた。
それなのに、安全確認もせず月野が矢を回収しに的へと向かっていた。
怒鳴り散らそうと…、声が喉まで出かけた。
無意識の内に、
染み付いた所作で弓を引き絞り…。
__射た。
見た事もない程、美しい軌跡…。
明確な殺意を纏ったそれが、月野の頭を刺し貫く…。
"あぁ…意識が遠のく…。"
薄れ逝く意識の中、
私は多幸感に心から笑っていた。
"もっと、早くにこうするんだった。"
溢れる快感に全身が震え…
このまま死んでもいいとさえ思った。
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