【△日目】大井
「大井さん!これ頼んでましたよね!!…本当にちゃんとしてくださいよ…。お願いしますよ。全く…。」
若い配送員に怒られる…。
現在は、配送の積み込みのバイトをしているがいつもこの調子だ。
たぶんなにか言わないと気が済まないのか、若いからと舐められたくないのか…。
きっと両方か…。
"ハーッ…。"
__高層ビルに遮られた空が眩しい。
まるで無くならない山の様な荷物を運びながら思う。
……なにやってるんだろう、俺は。
学生時代にアスリーターとして少しは有名になった。
しかし、槍投げなどマイナーなスポーツだ。
スポンサーなど個人で簡単につくわけもなく…社会に出てこの先どうしようかと考えていた。
「融資をするから小さなトレーニングジムでもやってみないか」と、業界の知り合いの伝から話があり大喜びで飛び付いた。
その頃の俺は鍛えるのが好きで仕方がなかったから、それはもう…天職にすら思えた。
当初はアスリート仲間や、その頃お世話になったコーチなど手伝ってくれて順風満帆の出だしだった。
毎日が忙しいながらも充実していた。
しかし、そんな日々は長く続かなかった。
仕事として行う作業なんて楽しい訳もない。
無駄に高いテンションはなにかを期待し、そしてそんな期待するなにかなんてある訳もなく…。
自分はまだしも回りは続かなかった。
手伝いにきてくれる人はまばらになり、祭りに似た熱が覚めるかの様に過ぎていった。
…終わりなく続くのだ。
日々の業務をこなし、売り上げを淡々と積み上げ、また当たり前の様に日々の業務に追われる。
月が変われば、またはじめからだ…。
誰だって思う…。
これをいつまで続ければいいんだ。と…。
そんな当たり前の事を痛感させられたのは、回りの熱が過ぎてからだった。
それでも、しばらくは良かった。
皆の熱のあった頃、作った顧客という貯金があったから…。
なんとか持ちこたえていた。
返済の厳しさに心が折れそうでも、この店が無くなればまるで人生そのものが終わるとすら感じていたから…。
ただ、働いて働いて働いて…。
しかし、労働に明け暮れても売り上げは伸びなかった。
そもそも経営なんてした事がないのだから、当然と言えば当然なのかも知れない。
売り上げがどうすれば伸びるのかわからない。
…いや、ドンドンとわからなくなる。
丁寧に接しても、手間をかけても、笑顔で対応しても…。
売り上げに関係してるのか、まるで実感がない。
この少ない資金で広告費を増やしてみて、…それで伸びなければ即倒産だ。
怖くてなにかを変える事がもう出来そうもない。
…売り上げは少しずつ、ただ確実に落ちていく。
さして知り合いが多いわけでもなく、どちらかと言えば話下手だ。
過ぎ去りし祭りの後では、その時手伝ってくれた誰もが連絡すら面倒だと言わんばかりの対応で、もう相談すら忍びない…。
…店を潰さない為に、バイトをはじめた。
__どこまでも高い晴天。
惨めな自分が小さく思えて恨めしい。
どこで歯車が狂ったのか…。
そもそも店なんてやらなければ良かったのか…。
もう、全てが間違って思える。
__空へ向かってたのはいつだったか。
あぁ…学生の頃…。
槍を投げて遠くに飛んでいくのが堪らなく気持ち良かったんだ。
ただ、気持ち良くて何度も投げた。
"いつかあの空を貫いてやる…、と"
賞を貰い、もっと遠くに投げたいと思った。
それで、筋力トレーニングをはじめたんだった…。
__そうだ。…それがきっかけだった。
人間関係はあまり得意ではなく少し煩わしく思っていたあの頃は、すればするだけ実感出来る筋トレにすぐにはまりこんだんだ。
必要な栄養素などコーチに教えて貰い黙々とやった。
あぁ、…俺は遠くに投げたんかったんだ。
ただ、力一杯遠くに…。
__あの見下ろす空を貫く為に…。
きっと遠くない未来に店は潰れるだろう。
そして、借金だけが手元に残る。
__見下ろすな。
回りを取り囲む街の喧騒が耳に障る。
__いつまでも見下ろしてられると思うな。
込み上げてきた激情に身を任せ、
目に入った石をつかんだ。
__俺が落としてやる。
全力で空へと投げた石は、空へ溶けるかのように飛んだ。
__この糞ったれな世界に、お前も。
失われたなにかが身を刺す。
体が焼けるように熱い…。
嘲笑うかの様に…
悠然と変わらぬ青空が瞳いっぱいに広がる。
"必ず撃ち落とす。…今に見ていろ。"
目に入った石に手を伸ばす。
「なにやってるんですかッ!大井さん!?」
耳をつんざく絶叫…。
怒号と共に、次々に取り押さえてくる配達員達…。
「離せ!…離してくれ!!
あのいけすかない空を撃ち落とすんだッ!
糞ッたれなこの世界へ叩き落としてやるんだッ!」
もがきながら俺の意識が飛んだ…。
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