【△日目】宮国


「やはりまだまだ敵いませんね。いつしか宮国道場の看板を背負える様、日々励みます。今後とも御指導宜しくお願いします!」


屈託なく笑う息子は本当に出来がいい。

父を敬う自慢の息子だ。

もう前から道場を任せて問題ないと判っている。

道場を後にする息子の姿を見て思う。


__もう敵うまい。



年々衰えていくのは誰よりも自分が一番身に染みて判る。

思い描く動きに不愉快なズレが生じる。

目を反らすようにして誤魔化し誤魔化し鍛練を続けてきた。


我ながら美しかった冴えも、自らに見なくなって久しい…。


頭では判っていても、かつて自分の物だった武の美しさ…。

どんどんと息子に宿るのを、恨めしげに思わずにはいられない…。

遂ぞ息子の武に見惚れてしまった時、腸を引き裂かれる思いだった。



__独り佇む道場で思う。


生まれた世を間違えたのか…。

儂の教える琉球武術はあらゆる物を武器へと変え、実践で殺傷する事を前提としている。


護身だ精神鍛練だと…何度も己を諌めた。


不意に堪らなく笑いが込み上げる。


…そんなのは、戯れ言だ。


儂の磨いた武とは、ただの人殺しの技よ。

それ以上も以下もない。


何人頭で斬り殺したと思ってる。

来る日も来る日も…。

こんな平和な世で、人殺しの技をせっせと磨いた己を呪えば良いのか…。


滑稽な己に笑いが止まらない。


ただひたすらに武人を気どり…

平和な世で狂気に取りつかれ馬鹿な事を…。



不意に身を襲う虚無感…。


__失われていく。


血反吐を吐く程の稽古や鍛練。

気が遠くなる歳月…積み上げて来た。


その全てが、まるで無かったかの様に…。


__振るう一太刀、その機会すら得ずに…。



気がついてしまっては身の底より怖い。

己が死ぬより怖い。

とてもじゃないが、耐えられない…。

認める事が怖い…。


これから何十年と時が過ぎれば、笑って盆栽をいじれる様に成ると言うのか…。


"この儂がか?…本当に?…。"


身がすくむのを打ち払うかの様に感情が身を翔る。


溢れ出んばかりの憤怒。

沸騰する武への想念。

身を破らんとする激情…。


__あらんがぎりに叫んだ。


「だ、誰でもいい!…だ、誰でも構わないッ!儂にッ…儂に武人としての死に場所をくれッ!!!」


"せめて、この老いぼれに戦い果てる機会を…。"


泣きながら虚空に手をのばし、儂は意識を失った。


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