【2日目】仲間


まだ午前中と言うのにお尻が限界を向かえた。

皆痛いのか何度も座り直す様にどこか落ち着かない。


「マーレル君、お尻が痛すぎるから少し外を走って来てもいいかな?…。」


返事を待たずに荷馬車の外へ向かい身を乗り出す。

荷馬車の速度は緩やかでたぶん早歩き程度だ。

流石にその為だけに止めて貰うのも忍びない。


「そのまま、降りるんですか!?ちょ、ちょっと、…大丈夫ですか?…気をつけて下さいよ。車輪に巻き込まれるのとか本当に見たくないですよ…。」


突然降りようとする僕を見てマーレル君は慌てて言う。


「よっ…と。あ、あぶねぇ…。」


荷馬車に手を残す様に飛び降りて助かった…。

たぶん掴んでなかったら転んでいた。

これが慣性の法則か…、それとも僕の運動神経の無さか…。

たまらず苦笑する。


「儂らもいいかね。流石に尻が痛くて敵わん…。」


宮国さん大丈夫かなと、心配するも…。

なんとも軽やかに身を投げ出すと数歩バランスをとって着地した。


…はいはい、僕の運動神経ですね。


「俺も降りよう。お尻だけに筋肉が付きそうだ。」


筋肉おばけは転んでもきっと無傷だ。

少し自分の運動神経の無さが恨めしくなって悪態をつく。

体が筋肉で重いのか僕と同じように慎重に荷馬車に手を残して危なげなく着地。


「あ、じゃー。私も良いですかね。外気持ち良さそう。」


笑顔で神無月さんが荷馬車から顔を出すと、すっと宮国さんが手を差し出し降りるのを華麗にエスコートしていた。

なんとも自然で嫌みがない。


神無月さんも思いの外身軽だ。

僕の視線に気がついたのか、

「弓道部も体育会系なんですよ。だから大丈夫です。」

心配されたのを懸念したのかにっこりと言われた。



眼前に広がる自然の風景…。

遠くに山が見え、辺りは見渡す限りの野原…。

抜けるような青空と辺り一面を照らす陽射し…。

心地よい風が頬をくすぐる…。


…あぁ、気持ちいい。


この世界に来てほとんどはじめてと言っていい解放感…。


なにひとつ状況は好転してないが、

正直それすらどうでもいいと思えた。


僕らはまるで揃えたかのように背伸びをしていた。


歩くと少し離されるが走ると追い付く…。

まさに早歩きの速度で荷馬車は進む…。

舗装もされてない道をパンパンに積んだ荷馬車ならこれでも精一杯急いでるんだろう。

…まぁ、こんなもんなんだろう。


ジョギングには丁度いい。

横を見ると、笑いながらなにかを話してる。

皆解放感からか笑顔が絶えない…。


警戒中の団員が気がつき騎乗したまま近づいてくる。


僕は、少し大きな声でお尻が痛すぎるんですよ。と、伝えると妙に納得され、慣れるまではキツいですよねと同情された。

車輪に巻き込まれないように気を付けて下さいねと念押して注意を受けたが、行為を止められるような事はなかった。


協力すると言った事が良かったのか、かなり行動の自由を感じる…。

団員の対応も穏やかで気分は物凄く楽になった。


荷馬車の中からマーレル君が、呑気にジョギングして歓談する僕らを見て笑ってる。

やはり笑ってると子供にしか見えない。

…頬が温む。


僕らは気持ち良さが勝ってしまってそのまま延々と外にいた。

皆にとってはこの程度のジョギングは気分転換でしかないのか、なんとも話しながら時折笑い声も響き、肩で息があがる僕を尻目になんとも楽しそうだった。




「馬を休ませまーす。しばし休憩しまーす。」


ずっと外に居続ける僕らに知らせるように警戒中の団員さんが大声を出した。


僕は近くの程よい石に腰かけて息を整える…。

あぁ、たぶん荷馬車は飛び乗る方が簡単だ…。

つい気持ち良くて無理したが、今後は飛び乗り休もう…。

僕がゼーゼー言っていると、しばしば目が合った警戒中の団員さんが水を持ってきてくれた。


「荷馬車の方に水の樽を入れておきましょう。こんなに走っては流石に喉も渇くでしょう…。それと、車輪にはくれぐれも気をつけて下さいね。」


団員さんは優しげに語りかけて来た。


「ありがとうごさいます。それは本当に助かります。水は貴重ではないのですか?なんだかすみません。」


「進行ルートの途中途中に水源は確保してありますし、休憩に合わせて補充してますので心配には及びません。後、これ…、汗を拭くのにお使い下さい。…他の方々にもお渡ししますね。」


「あ、ありがとうございます。」


僕は手渡された腰布のような物で汗を拭いた。


「今日の夕げの際に、軍の支給品しかありませんが、着るものも用意しますので、洗う物がありましたらおっしゃって下さい。夜のうちに洗えば朝には乾いてしまいますから…。先に進むと色々難しい日も多くなりますからね。」


「本当にありがとうございます。」


"確かにこんな汗をかいて着る物や洗濯など頭から抜け落ちていた。"

後の事を言われ、座ったままだったがしっかり頭を下げた。


皆腰布を貰ったのか汗を拭きながら僕へと近づいてくる…。


「接してみると、皆さん優しいですな。」


「本当に優しくてありがたいですよ。聞きましたか?…晩御飯には着替えをくれるそうですよ。洗い物あったら出してくれって言ってくれました。」


「お、それはありがたいな…。汗をかいた後で気がついて、どうしようかと悩んでいたから助かるね。」


大井さんもどうやら後で気がついたようだ。

嬉しそうに言う。


「流石に女物はないですよね?…私のは自分で洗うしかないかな…。たいして気にしませんが、後で聞いてみます。」


男性陣が、その言葉になにを想像したのか互いに目を合わせる。


神無月さんは言葉を続ける…。


「あ…。夜、着替えたらですが。すみませんけど誰か背中だけでも拭いて貰えませんか?…昨日うまく拭けなくて。」


"…えっ?"


男性陣は互いの目を見ながら固まる…。

そっと大井さんと頷き合い、目線だけで宮国さんにお願いした。


男性陣が皆紳士…もといヘタレで助かった。

こんな状況で仲間を過度に警戒するのは正直厳しい。

逆に色ボケされたらそれはそれで愛の為ならなんでも許されると身勝手されそうで面倒だ。


まだ出会ったばかりだし、特殊な環境だからかも知れないが、このメンバーで心底ホッとした。


まぁ、つまりは、…ヘタレ万歳。


「あ、…私、少しだけ試射して来ますね。」


男性陣の気まずさも知らず無警戒とも思える神無月さんは思い出したかの様に言って、嬉しそうに笑った。


調整してくれた団員を探しに行く後ろ姿が、どこか楽しそうに見える。


それがきっかけになったのか、宮国さんと大井さんはは荷馬車に槍を取りに向かった。


僕?…

もちろん、そこに座ったままボケーッと辺りを眺めているままだよ…。



…気がつくと。


大井さんが気持ちいいくらいの槍の遠投をした。


"うわ…、どこまで飛ぶんだ…あれ。"


彼は空を睨みつけていたが、空に溶ける程の大遠投に思わず笑ってしまう。


あまりの飛距離に、馬で駆けて取りに向かう困り顔の団員…。『物資が無くなります!』と、大声で注意を受けている。


筋肉おばけが、少ししょんぼりしているのがなんだか可愛い…。



神無月さんの試射が見えたが流石に立姿すら様になっている。

袴が似合いすぎてるのは間違いない。

ただ、本人的にはやはりなにか違うのか浮かない顔だ。



宮国さんも槍を振るってるのが目に入る。

具合を確かめてるのか大振りに振り回している。


すっと力が抜けて見えた…。

ダラリと穂先すら下げ、ただ槍を持っているだけに思える自然なその佇まいに、素人ながらなんとも言えない味みたいな物を感じた。

武人と呼ばれる人が槍を持つだけで確かに伝わる物がある。


…そう、しっくりくる。


団員達が興味深そうに見ているのが判ったのか、宮国さんは脱力にも似た構えを解くと、まるで見せる為かの様に派手に振り回し軽やかに舞った。


団員さんが何人も集まり、宮国さんに笑顔で声を掛けている。

あの様子だと、明日にでも団員達と手合わせや稽古をし始めそうだとなんとも頼もしく思えた。



__あぁ、空が目に染みる…。


深呼吸とも思える大きな溜め息。

…なんの役にも立てそうもないな。


眼前に広がる微笑ましい光景とは裏腹に僕はひとり困った顔をしていた。



和気あいあいと過ごした日中から想像も出来ないが、

…その夜、僕らは意識を失う程の原因不明の高熱を出す事になる。


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