【2日目】魔術


"小学生くらいだろうか…。幼いな…。"


「マーレル・大黒です。団長の孫になります。魔術師団より参りました。本日は皆様の荷馬車へとご一緒させて頂きます。どうぞよろしくお願いします。」


早朝まだ朝日がようやく見えた頃、僕らのいる平屋へ挨拶に来た。

昨日僕が望んだ魔術指南者だろう。


"相変わらず黒のローブだ。"

この世界では皆このローブを着る決まりでもあるんだろうか?…


「中田です。どうぞよろしくお願いします。」


簡単に名乗り返すと、疑問をさらっと聞いてみた。


黒のローブは軍の支給品で魔術師団の制服との事。

特殊な布で燃えないらしい…。

この補給物資輸送には王国魔術師団しかいないとの事だ。

この世界の住人全部がこの服装ではないらしい。

少し安心した。


団長のミドルネームのソルについても聞いてみたが、それは栄誉の称号らしく王より授けられるとの事。

マーレルの父も戦死してからソルのミドルネームを授かったと不意に地雷らしき物を踏み抜いた。


どうやら、大黒一族は優秀な魔術師の家系らしい。


まぁ、優秀なのはわかるが、こんな子供まで前線へと送るのか…。

まさにこの戦いは、総力戦という事なのだろうか。

それとも、この世界の感覚が違うのか…。


「お食事お持ちしました。」

団員が、数人でまた鍋を持ってくる。

握り飯はひとつついている。


僕らは集まり食事を済ませる…。


神無月さんが、弓を再度選び直したいと食事を下げに来た団員に告げて再度補給の荷馬車へと向かった。

宮国さんはまだ少し警戒してるのか、神無月さんに同行するようだ。


大井さんは少し体を動かしたいと筋トレを始めた。

体を動かした方が気が紛れるのかな?

こんな所に来てまで…、日課なのか?…。

僕には良くわからない感覚だ。


表ではどこか慌ただしく動く団員が目に映る…。


しばらくして、神無月さんと宮国さんが戻って来た頃、荷馬車付近の団員が大声で叫ぶ。


「そろそろ出発しますので、荷馬車へと移動お願いします。」


かなり早い時間から移動を開始するようだ。




僕らは荷馬車へと乗り込む。

荷馬車内には昨日は無かった各自の防具がちゃんと入れてある。


「すみませんが、ご一緒させて頂きます。」


背の低いマーレル君に手を貸し荷馬車へと引き上げる。

その後もう一人、団員が乗り込んでくる。

神無月さんにお願いされたとの事で、弓の調整を伺いますとの事だ。

基本移動しながらと言う事なのだろう…。

かなり急いでるのがヒシヒシと伝わってくる。


ホロを張っただけの荷馬車内は広い…。

多少の物資が置いてあってこれだけ乗ってもまだまだ余裕がある。


団員から、馬を休める為の休憩を挟みつつ日が落ちるまで移動をすると聞いた。

今後ほとんどが移動と言うことになるのだろう…。

慣れない移動だけでもキツいに違いない。

昨日を思い出すと不意に顔が強張る。


"あぁ、お尻が限界になったら降りて走ろう。"


僕は、密かに思った。



「早速ですが、先に防具の付け方を実際につけながらお教え致します。どうぞしっかりと覚えて下さい。出来れば手早く付けれるまで練習しましょう。」


あぁ…、マーレル先生は朝から元気だ。







「やはり感覚が違いますね…。」


神無月さんは、広い荷馬車内で弓の弦を少し引っ張りながら困った様に言う。

素人なのでわからないが違うらしい。

団員のひとりとなにやら話している。

邪魔しては悪いので聞き流す事にした。



休憩中に試射してみますねとの声が聞こえ、一端あちらは終わるようだ。



いよいよお楽しみのマーレル君の魔術講義に入る。

結局、皆が聞いてみたいとの事から全員で聞く事となった。


マーレル君が言うには、

この世界には、魔術の元とも言える"魔素"と呼ばれる物が漂い満ちているとの事。

それは体内にも流れていて、それを圧縮して発現した物を簡単には魔術と言いますと彼は説明してくれた。

手のひらで、少しの火を浮かべたり風を起こしたりして僕らを驚かせた。


「ねぇ、どんな魔術があるんだろう…?」


堪らず質問する。


「基本的には敵を打ち倒す火の魔術と、降ってくる矢を払う風の魔術ですか…。後、傷を洗ったりする水の魔術もありますね。他にもあるのでしょうが、ほぼその位しか使われてないかと…。」


「その水は飲めるのかい?…あ、後…ケガを治す回復魔術とか…、そうそう、敵の魔術を防ぐ魔術なんてのはあるのだろうか?」


僕は慌てる様に質問が止まらない。


「水魔術の水をですか?…飲めますが、あまり意味はないと思いますけどね。魔術は基本として発現後、しばらくすれば宙に溶けてなくなる物ですし…。回復魔術…聞いた事ありませんが。当然ですが、ケガなどは魔術で治りませんよ。宙に溶け失われるのにそんな事が出来ると思いますか?…あ、禁術とされる生け贄を使う物ならあり得るのかな!?…わかりませんが。…敵の魔術をもし魔術で防御するならば矢と同様に風の魔術を使う事になるのでしょうか…。降ってくる矢を払うのと違い、難しそうですね。気がつけばもう身が焼かれているのではないかと思えます。普通に燃えない素材の盾ではダメなのですか?…」


マーレル君は、なんでそんな事聞くんだろうと少し困った人を眺めるように僕を見た。


この世界の魔術とは、絶妙にまぁそうだよねと思うんだが…痒い所に手が届かない感じと言うか…。


手から魔術は発現させるようなのだが、左右の手に水の魔術と火の魔術をそれぞれ同時に用いた爆裂魔術に似た物はあるとの事だったが、術者の人数を要するとの事で使う戦況がかなり限定的ですよと言われた。


そもそも、左右同時に扱うのが難しいらしく僕は出来ませんと悲しそうに言っていた。


"水蒸気爆発を意図的に起こす感じだろうか…。きっとそうだろうが火力…おかしくないか…それ。"


詳しく聞くと、魔術は"身の側"にしか発現出来ず、それを押し出す!?撃ち出す形になるらしい。

それを身から離れた場所に発現させようとすればするほど術者の人数がいるとの事。

つまり2人で同時に、ひとつの魔術を発現した際は身の側より少し離れて発現する事が可能となり、3人同時だとより離れた場所へ発現可能…、そんな感じみたいだ。


そして、複数人で行う際には、その発現を間違わない為に、詠唱のような物を用いて…使う魔術と発現場所、そしてタイミングを合わせるんですと言っていた。

長めのカウントを詠唱と呼んでるって話みたいだ…。

ひとりが指揮者のように、この魔術をどれだけ遠くにって情報を交えカウントし皆で合わせるイメージだろうか…。

目の前で魔術を見せる際、彼は詠唱などしない。

つまり、基本的に無詠唱という事だ。


想像してみて、爆裂魔術が限定的な理由は判った。

1人で使ったら身の側で炸裂する訳だし、本当にただの自殺だ。

集団で使うにしても、誰かタイミングを間違えたら近くの術者を巻き込んで吹っ飛ぶとか…、それはもうただのコントだ。


「身の側に発現させて撃ち出せば良いのだから、わざわざ人数を使い、あえて遠くに発現させる意味はほとんどない訳か…。」


「いえ、身より離せば離すほど、より圧縮し威力を上げてもこの身の危険がなくなりますから遠くに発現させる意味はありますよ。」


つい口から出た疑問に答えてくれる。


火の魔術を左右同時に発現させると身の側より離れる事で威力を上げれるらしい。

その為、マーレル君は同時発現を練習してるとの事。


身の側では耐えられない熱さの威力でも遠くなら問題ないという訳だ…。


…なるほど。

燃えないローブを着ている理由が苦笑混じりに判る…。

"夏場のラーメン屋さんよりキツそうだ…。"


なんとなく火炎放射器を想像してみたが、つまりはそう言う意図の魔術であるのだろう。

どの程度の速度で距離を飛ぶのか判らないが、…確かに驚異的なはずだ。

戦場で身を焼かれ悶え苦しむ仲間を見たら戦意をごっそり削られる事は容易に想像出来る…。

なんなら取り乱し燃えながら誰かにすがり付く…。

きっと、阿鼻叫喚の地獄絵図…。

想像に寒気が襲った。


「そもそも戦場で求められる程の魔術を扱える者はほとんど居ません。魔術は使えても、戦場で求められる威力の体内魔素の圧縮を出来ないのです。魔術師団で戦況を覆した事は一度や二度ではありません。王国内の狭き門、選ばれし最強の魔術師団。…我らはそう呼ばれています。」


目には幼い子供が胸を誇らしげに張っている。

どこか微笑ましく眺めていると…。


「それゆえに魔術師は戦場で真っ先に狙われます。」


なにかを思い出したのか、悲しそうに呟いた。


僕の視線に気が付くと気を取り直したように僕らを促した。


「威力のない物なら魔術を使える者はたくさんいます。皆さんにもきっと使えると思いますよ。体内の魔素を感じる所からはじめましょう。」



その後、悪戦苦闘するも魔術の発現どころか魔素を感じる事すら誰も出来なかった。

この調子だと、どうやら魔術を使うのは難航しそうだ。

なにか特別な力がと期待していたのだが、そうは簡単にいかないらしい。



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