【1日目】呼ばれた理由


夕暮れ過ぎ闇に辺りが包まれるかと思う頃、

ようやく馬車が止まった。


黒のフードの老人が顔を覗かせる。


「皆様方、本日はこちらにて夕げとなります。どうぞこちらに…。」


優しげに声をかけて来る。


早速のように宮国さんがお話を伺いたいと声を掛けるも、お食事の後でゆっくり伺いましょうと返されていた。


もう随分辺りが暗いからか、どこか寂しい集落のように小さい平屋が並ぶ…。

移動手段が馬車となるとあちこちにこういった停泊用の場所があるのだろうか?と、ふと思う。

黒のフードの数人が先行し、その中のひとつの平屋に向かうようだ。


どこか自然に見えるも宮国さんはあれで周囲を警戒しているのだろうと感じた。

対照的に神無月さんはまるで無警戒に見える。

…まるで散歩でもしているかのように辺りを見回しながら足取りも軽い。

大井さんは、後ろ姿ではその筋肉から壁のようで伺い知れない。


「しばらくお待ち頂けるとお食事をお持ちします。お食事後、団長がいらっしゃると伺っています。どうぞ、お茶を飲んでおくつろぎ下さい。」


黒のフードはそう告げると手早く人数分のお茶が入ってると思われる竹筒を渡してその場を後にする。

"去り際、右手の握りこぶしを心臓にあてていたが、敬礼的ななにかだろうか…。"


平屋の中は、なんと言うか違和感が無い事に、少し違和感を覚えた…。


西洋風のランタンのようなものがいくつか下げられていて灯りを灯していた。

大きめなテーブルに6脚の椅子…側には暖炉のような物がある。奥には釜戸など古めかしい日本の文化を感じるのに別の部屋にはベットのような木組みがある。


…文明レベルに対して和洋折衷が早すぎないか?


外を通ってきた際、井戸らしき物が見えたので、てっきり過去に来たのかと思ったが…。


正直、そこまで歴史に詳しくないので断言は出来ないが、過去ではないように思える。

ただ、見るからに文明レベルは元の世界よりも劣る。


心象で言えば、少し前衛的でおかしな時代劇…。

そんな感じだろうか。


「言葉も通じますし、あるいは日本かと思いましたが、なんとも奇妙に感じますな…。」


宮国さんも平屋の中を見てそんな感想を口にした。


僕は正直どこでも良かったが、

神殿で聞こえた会話から察するにどこかに"召喚"された事は間違いないだろう。

つまり異世界と言う事になるのだろうが、

…気分的に、この世界こそが真実の日本と決めつける事にした。

なんとなく気持ちの収まりが良いからだ。

…自分でも子供っぽいと思ったが、そう思うと胸が少しスッとした。


辺りを匂いが立ち込める。


"あ、米はこの世界でもあるのか…。まぁ、優秀な保存食だからな…。"


黒のフード数人が鍋を運んできた。

なんか煮込んだ物が入っている。

テーブルに置くので、僕らは自然と集まり席につく。

それに各自にひとつずつの握り飯があるようだ。

呑気にも良い香りに、ホッとするとお腹が減っている事に気がついた。

食器は木製のようだが、ちゃんと人数分あるので各自で装いレンゲのような木のスプーンで食べてみる。


塩味の煮込みみたいな感じだが、美味しい。

ちゃんと食べれる物で本当に安心した。

誰もがホッとしたように見える。



会話もなく黙々と食べたのですぐに食べ終わる。なんの気無しに席を立ち、表を眺めると松明をかざした黒のフードの数人が気がついたようだ。

表では荷馬車の番でもするのか焚き火をしていた。

腰布のような物とタライを手に平屋へと来ると、

それを部屋の隅に置き、変わりに食事を下げてくれた。


「お口に合いましたか?…なにぶん食料も少なくあまりおもてなしも難しく心苦しいのですが…。少ししましたら団長がお越しになります。その後、お湯をタライに張りますので、お体を拭くのにお使い下さい。」


そう丁寧に告げて出ていった。


まだ、距離感のある僕らはあまり会話も少なかったがようやくかと言うようにそのままテーブルについて待つ事にした。


本当にすぐと言えるほど、団長と呼ばれた黒のフードの老人は僕らの平屋を訪れた。


「お話があるとの事でしたので、こちらの席をお借りしてもよろしいですかな?」


僕らがテーブルに居ることに気がついた団長は、お雛様席とも言える場所を指し示し腰を下ろした。


「自己紹介もしませんで申し訳ありません。ハイデ・ソル・大黒と申します。王子に思う所はあるでしょうが、こちらとしてもなにぶんはじめての事、至らぬ所はご理解頂きたい。」


右手の握りこぶしを心臓にあてている。

"やはり、敬礼かな…。"


宮国さんが応答しはじめる。


「宮国と申します。失礼ながら、こちらはまるで事情が飲み込めてないのです。耳にした貴殿方の願いとやらも誰もわかりません。我らは日本よりここへ呼ばれて来たようですが、どうもこの世界とは違うらしい…。この世界の常識も伺い知れぬゆえこちらこそ無礼があるかも知れませんがご容赦願いたい。手間であるのは承知だが、呼ばれた経緯などまずお話頂けませんかな?…」


少し団長は困惑して見える。


「…なるほど。こちらの願いや呼び掛けに応じて来て頂いたと思っておりました。なにぶん禁術とされ数百年も経ちます。…私どもにははじめての事で、なにをお話すべきか迷う所ですが、こちらがすがる立場…努めて包み隠さずお話する事を約束しましょう。」


皆を見渡すと誰も口を開かない事から、団長は静かに続けて語り出した。


「まず…我々、大和キングダムは魔人の侵略を受けております。実際は、魔人に与する者共と交戦中だと申し上げればよろしいのか…。

魔人とはなにかと、もし聞かれたとしても、一騎当千の人の姿をしたなにか…としか我々にもわかりません。

2年程前、突如我々の国に現れ恐るべき力でいくつかの都市が殲滅されました。

現在は、その魔人に与する者共…魔人信仰者とでも申しますか…、それらの人々と主に交戦を続けております。…つまり、交戦は2年にも及びます。」


そこで団長はどこか遠くを見るように視線を泳がせた。


"魔人。聞き間違いじゃなかったか…。"

僕はいよいよ異世界感満載になるも、同時に現実感は急速に薄れる…。


団長は言葉を続ける。


「相次ぐ離叛や戦死者…長引く戦況に食糧も厳しくこのまま冬を迎えれば多くの国民が餓死する事でしょう。

戦場にて夫を失った者達が、我が身を捨ててもとすがる思いで懇願したのが皆様をお呼びした禁術、神々の使いを呼び出すとされる魔術にございます。」


団長は目を閉じ己を恥じるように声を震わせた。


「…なにぶんその禁術は500もの生け贄が必要です。過去に試した際の生き残りはとうにおらず、他力本願を嫌う王子は一貫して乗り気ではありませんでした。…ただ、他に策もなく一途の望みをかけお招きした次第です。…後はとうにありませぬ。我ら王国魔術師団全員、貴殿方に付き従う覚悟です。神の使いが旗印になって頂けたらこれ以上の離叛に歯止めも効きましょう。…我らはどうあっても後には退けぬのです。贄となった者達との誓いは果たさねばなりませぬ。なにとぞ願いを聞き入れお力を貸して頂きたい。」



思っていたよりずっと深刻そうな状況を聞き、少し狼狽える。

…そもそも戦時なんて想像がつかない。


例え事情がどうあれ、戦争に引っ張り混むとは中々に身勝手としか言い様がない。

まぁ、良くわかりもしない"なにか"にすがるくらいだ。

…常軌はとうに逸してるんだろう。


なんとなく感じた違和感の正体を聞いてて思い当たった。

彼らは、それこそゴーレムやら、神獣やら召喚したつもりなのだ。…たぶん、今も。

自らに都合の良い"神の使い"ってのがそれだろう。

つまり、それが僕らだ。

名前を知らない同胞が殺されたのに怒りさえ沸かない僕が文句を言えた義理もないだろうが…。


まぁ、召喚したこの世の物ではない…"なにか"がどうなっても気にならないのは正直理解出来る。

しかも、追い詰められて願って呼び出した"なにか"なら尚の事、…そんな"なにか"にも事情があるなんて確かに、わざわざ考える訳もない。


…これは、拒否権なんて無いんだろうな…正直。

せめて、逃げたい人がいたら逃がしてあげられると良いけど…。


それで、こんな奇妙で弱そうなのが出て来て…。

気分的にはイフリートやらバハムートみたいなのが出て来て欲しかったよね…うん、判る。

王子、それは落胆するよな。

生け贄500人とかおかしな事言ってたし…。


今更ながら行われたであろう狂気の沙汰を思うと目眩がする。


…。


ん?…でも、神の使いなんだよな、…僕ら。

一応、神の使いだと思われてる訳だよね。

今は多少疑わしく思っても、少なくともあの時は…。


…あんな無茶するかな?


やっぱり王族としての権威か…。

確か前の世界でも中世には貴族に話しかけるだけで無礼討ちとかあったはずだ。

不敬罪だったか…。


あ…待てよ。

例えば、王子は実は責任感強くて、神の使いか試す為に斬りかかったとかどうか?…

命を賭けて王国の命運を託すべき相手か見定める的な…。

結果、真の神の使いだったとして『無礼だ!』と、諌められたら『私の命に免じてお許し下さい』的な…感じとか?

もしそうだとすると…王子は、むしろ返り討ちされる事を願ってた…とかね?!


うわー…。

考えたら微妙にありえそうなのがキツい。

なにその、殺した側も命を賭したそれぞれの正義的な感じ…。

流石に、殺された生徒会長を思うと居たたまれない。


王族に無礼を言ったから当然の無礼討ちにしとこう。


僕らのこれからを思えば、生徒会長楽に死ねて良かったよねとなるかも知れないし…うん。


…決めた。

絶対に事実確認なんてしない。


__きっと、思い過ごしだ。



期待されてもなにが出来る訳でもないだろうが、団長は僕らが弱いのを承知だし、『神の使い』として居れば良いのだろう…つまりは、神が味方して使いを寄越したとの、大義名分さえあればいいんだ…たぶん。

まぁ、もしかすると犠牲の多さから諦めきれないだけかも知れないが…。


いずれにしても『神の使い』として協力すれば少なくとも彼らは味方で居てくれるはずだ。


"僕にとっては、それこそ今更な…出来すぎた終わりだ。"


話に出てきた、魔術師団…なんとも心をくすぐるワード。

僕は欲望を抑えきれず、口を挟む事にした。


「中田と申します。役にはたたないかも知れませんが、僕は協力しましょう。…ただ、僕らも一人一人気持ちは違います。他の方々が望まぬ場合はどうか強要は止めて頂けないでしょうか?旗印なら僕だけでもよいでしょう。…失礼ながら、確か魔術師団とおっしゃいましたよね?…ならば、この世界に魔術があるのでしょう。その魔術とやらを教えて貰う事は出来ますか?…」


突然、口を挟んだ事に皆がビックリしている。


「中田さま、まずはお礼を…。もちろん皆様に配慮はさせて頂きますが、これ程の戦火…この世のどこにも安寧の地はありますまい…。某これでも魔術師団長の任につきし者…、可能な限り教える事を約束しましょう。」


団長がホッと胸を撫で下ろし、僕に敬礼をする。



「ひとまず、今の行き先はどちらになるのかお伺いしたい。」


宮国さんが質問を再開する。


「補給物資を携えて最終防衛拠点の砦へと向かっております。おそらく6日程かかるかと…なにぶん急いでおりますゆえ確かな時はわかりかねます…。」


改めて日にちを示されると現実味が増す…。

あまり残された時間はなさそうだ。

宮国さんは諦めたかのように溜め息をつき、大井さんは驚き狼狽えてみえる。

なぜか、…神無月さんは穏やかだ。

…話を聞いてなかったのだろうか。


先程の返答からも言葉尻は優しいが、選択権などないに違いない。

それは宮国さんにも判ったようで、続けて質問をする。


「我々も戦う際に武器と防具はお借り出来ますのかな?…」


自衛的にも、早く武器を持ちたいのかも知れない。


「当然でございます。さすがにこちらへ敵意を向けられたら困るとだけ申し上げておきますが、補給物資に含まれる武器防具とお使い頂きたい物があるかこの後見て頂きましょう。他にもご要望がありましたら出来得る限り努力は致します。」


ひとまず他の人の気持ちが今はどうあれ武器や防具はあって困らない。

どうにもこの世界は安全には程遠そうだ…。


宮国さんと目が合い頷きあう。

すぐにでも見に行けるか聞いてみると、早速見に行ける事になった。


松明を片手に先導され、補給物資として積まれている武器や防具の荷台を見たが当然軍の支給品しかない。

爆発物や火器の類いは見当たらなかった。


全員分の軽装の防具を各自サイズに合った物を選らぶと明日乗っている荷馬車に運んでおきますと言われた。

確かに付け方を教わらないとつけられそうもない。

宮国さんと大井さんが槍を貸して欲しいと頼み、神無月さんはぜひに弓をと熱心に弓を選び、僕はどれも重くて扱えずナイフみたいな物を貸してくれる様に頼んだ。


扱いに気を付けるならどうぞお持ち下さい。と言われ逆に良いのか驚きながら僕らは武器を手に平屋に戻った。







「中田さん、驚きましたな…。まさか一番血生臭い事から縁遠そうなあなたが一番に協力を約束するとは…。」


宮国さんは、良く寝れると差し入れて貰った酒を飲みながら僕に言ってきた。


「雰囲気を読まずに先走ってしまい申し訳ありませんでした。拒否権も無さそうだったので、逃げたい方もいらっしゃるかなと思うと、つい口にしてました。」


「なんのなんの、あの感じだと拒否権など確かにあって無いようなものでしょうしな…。こうして武器まで持たせてくれたと考えると、中田さんの申し出があって良かったと思いますよ。…ただ、神無月さんはちょっと不憫に思いますがね。どうにも女性を戦場に送り出すのは居たたまれないですな。…」


そこで弓の弦を触っていた神無月さんが視線を上げて答える。


「フフフ…お気持ちはありがたいですが、私もついて行かせて下さいね。仲間外れはダメです。ちょっと引いていた物と少し違うのでまだお力になれるかはなんとも…。ただ、弓があって良かった。なんで持ってこなかったんだろうと困っていたので…。あ…後、未成年ですが、私もお酒飲んでみてもいいですか?」


マイペースな神無月さんにどこかホッとする。

宮国さんは満面の笑みを浮かべ酒をコップに注ぐ。


「是非呑みましょう。こんな明日をも判らぬ所に連れてこられて、誰に遠慮もいりますまい。」


青白い顔をした大井さんは溜め息をつき口を開く。


「俺も頂けますか…少し落ち着きたい。こんな見た目でも争い事にはまるで無縁でね…。情けない事に、どこか実感は無いのに怖いんですよ…。こんなんじゃ、役にも立たないと思うんで逃げたいんですがね…」


宮国さんは、酒を注ぎ手渡す。

大井さんはそれをひと口飲むと溜め息まじりに続ける。


「ただ、考えても…この世界のどこに逃げたらいいのか。…逃げてどうするんだと思うと、笑っちゃうほどさっぱりでね。…元からどこにも逃げ場なんてなかったと思い出しましたよ。」


最後は聞こえないかのように小声だった。


「それでもいざとなったら逃げ出すかも知れませんがね、ハハ。…今は正直…ひとりで無いだけありがたい。」


大井さんはそうこぼすと、酒を飲んだ。


「皆、…今まで戦争など無縁でしょう。儂も実際がどうか知りませんし、どうなるかなんてなってみないと判らない。逃げたくなったら一も二もなく逃げていいですよ。…なんの義理もありませんしな。ただ本当ですな…ハハハ。確かに…どこに逃げていいのやら。こちらこそ、こうして話相手がいるだけありがたいですよ。」


優しげに宮国さんが語りかけ、大井さんに酒を注ぐ。



「フフ…、お酒って美味しいんですね。このお酒が特別美味しいんですかね?…」


はじめてのお酒を口にして神無月さんは言う。

なんとも不思議で、まるで回りの諦めなど気にする様子が見えない。

…純粋にお酒を楽しんで見える。


「日本酒のようですが、確かにこれは美味しく感じますな。…」


つられて宮国さんも顔がほころぶ。



___僕は困っていた。


…焦る…時間がない。

終わりを目前にして、未知の魔術やら興味深い人達やら…。

こんなにも、やりたい事や知りたい事が出来るとは…。

人生とは本当に儘ならないもんだ…。



「僕もお酒貰えますか?…」


ひとまず、その輪の中に入る事にした。

微笑みながら僕の為に酒を注ぐ宮国さんが見えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る