【1日目】集いし者達


ユラユラと揺れるロウソクの先を、黒のフードの老人は歩きだす…。

後を追うように促され、動き出そうと皆へ視線をやる。


"ゲリラに拘束される映画を見たが…こんな気分なのだろうか…。"

…僕を凶暴な恐怖が襲う。


今だへたりこんでいる女の子へ、そっと甚平のおじいさんが手を貸し立たせている。

…女の子が感謝するように微笑んだ。


"ペタリ…ペタリ…"


女の子が裸足の事に気がついた黒のフードの数人が慌てて走り去る。



"バタン…ギイッ……"


遠くで大きな建物の出口らしき扉が明け放たれると、そこには眩しい外の光が射し込んだ。


しばし茫然とその扉から射し込む光に視線が止まる。


"あぁ、外だ…。"


ゆっくりと歩く黒のフードの老人がその日射しの手前で僕らを待つかのように止まった。


慌ただしく靴を手に戻ってきた数人は、女の子へそっとそれを差し出すと、女の子はなんの警戒もなく受け取りすうっと履いた。


"コツン…コツン…"


子供用にも見えたその軍用のショートブーツは具合が良かったのか、女の子は爪先を軽く床に打ち付けると、持って来てくれた数人にお礼のように笑みを漏らす。


開け放たれた扉から風を感じると堪らなく外へ出たくなる。

まるで引き寄せられるように足早に日射しが漏れる扉へと向かった。


___ようやく扉だ。


目が覚めるような晴天で思わず目を細める。

強烈な匂いから解放されたのもあるだろう…空気が美味しい。


"スゥーーーッ…ハーーーッ…"


ようやく実感出来る呼吸に気持ちも少し落ち着く。


そこには、10台以上はあるだろうか…。

ホロを貼った荷馬車がずらりと並び、黒のフードを被った者達が慌ただしく動いている。


___蘇るかの様に、耳に入る喧騒。


馬に騎乗した黒のフードの者達も目に入る。


"凄い大所帯だ…。見えるだけで30人以上はいるだろうか…。なぜ全員怪しげな黒のフードなのか…。"


その光景に僕は思う。

"ジタバタするだけ無駄だな…。"

なんとなく諦めが通りすぎ肩の力がすとんと抜けた。


「こちらの最後尾へ乗って頂けますでしょうか!…直ぐに出発致します!!」


荷馬車を指し示すように黒のフードの老人は喧騒に負けじと大きな声で僕らへ呼び掛けた。


慌ただしさは感じるも、興味深そうに誰もがこちらを眺め、近くの者は丁寧に僕らを荷馬車へと促した。


乗り込む際、一人一人竹筒を手渡され、

「少し揺れますよ。」と、告げると僕らだけを荷馬車内に残し居なくなった…。


荷馬車後方出入口のホロは左右で結わえてあるのか開いていて、外の日射しで荷馬車内は明るい。

荷馬車は広く、左右にベンチのように長い板があり思い思いに腰を下ろした。



…荷馬車は、ゆっくりと動き出す。


"……ゴト……ゴト…"


腰に揺れや振動を感じるも、緩やかな速度で馬車は進む。

開け放たれたホロから覗くわずかづつ離れる神殿らしき建物をぼんやりと眺める。


荷馬車内のどこか重い空気と揺れを感じる現実感…

ホロから覗く現実感のまるで沸かない雄大な景色…

ギャップで頭がショートしそうだ…。


訳がわからないのもあるだろうか…。

誰もが皆、押し黙ったまま。



"……ゴト……ゴト…"



自分の中に言い知れない不安が沸き上がるのを感じ、…僕は、心から苦笑した。


"どうせ僕は世界を見限った身だ…。今更怖いもないだろうに…。"



"……ゴト……ゴト…"




___どれだけ時間が流れただろう。



「やはり、ここで死ぬのでしょうな…。」


ポツリと甚平のおじいさんが呟いた。


僕らの視線が集まると、ハッと我に返ったように甚平のおじいさんは言葉を繋いだ。


「あぁ…、不吉な物言い申し訳ない。儂は宮国と申します。皆さん言葉は通じますかな?…」


突然の問いかけに驚きながらも頷き、回りを見たが皆頷いている。


「それは良かった。なんとも正気が疑わしかったが、…話せる方々で実に安心しました。儂は、元は日本に居たのですが…皆さん、元はどちらに?」


次々に呟きの様な声で、

"私もです…。俺も日本…。"と、聞こえる。

「僕もです。」と、小声で答える。


「皆同じですか。儂はそうだな…2020年から確か来ましたかな。」


又、皆が口々に、

"私もです…。俺もそうです…。"と、聞こえる。

「僕もそうです。」と、それに続いた。


「あぁ、それなら皆さんお分かりかと思うが、そんな平和な日本で…」


恥ずかしそうに頭を撫でながら言葉を繋ぐ。


「人を打ち倒す武術など、日々せっせと磨いてた馬鹿者でしてな…儂は。今の状況はとんと判りませんが、…もう充分に生きましたし、死ぬ事は仕方ないと諦めが付きましてもどうにも…」


ひとつ溜め息をつき、組んだ足に肘をつけなんでもない事の様に言った。


「どうせ死ぬならせめて戦って死にたいと、そんな酔狂な事を考えていましたら。…口に出ておりましてな。」


苦笑混じりに宮国さんは又自らの頭を撫でた。


僕は『戦う』との単語から思わず口を挟んだ。


「突然の事で自信ありませんが、耳にした会話の感じだと…もう少し状況がわかるまでおとなしくしていた方がよくないでしょうか?…なんとなくですが。」


突如、口を挟んだ僕に驚くように宮国さんは視線を動かすと、しばらくして微笑みながら穏やかに言った。


「あぁ、…まずはそうでしょうな。まぁ、殺すつもりならあの時全員やってるでしょうしな。」


宮国さんは、その時を思い出すかのように宙に視線を泳がせた。


「…儂はロクデナシにも『見事な一閃だな。』などと感心してしまいまして…ついぞ、声を掛ける機を逃してしまいましてな。なんとも、わからんと言うのはどうもうまくない。馬車が止まってからでも聞いてみるとしましょうか…。」


斜め上な事を、なんとも穏やかな口調でサラッと言った。


…まぁ、人の事は言えない。

僕も大概にロクデナシだ。

あまりの事で光景は目に焼き付いていても…。

"名前も知らない誰か"の事なんて深く考えもしなかった。

『この世界で自己主張は、命懸けなんだな。』と、思ったのを覚えているくらいだ…。


「なんか儂ばかり喋ってしまい申し訳ない。気乗りしなければ無理にとは言いませんが、良ければ皆さんの事も少し教えて頂けますかな?…」


優しい口調で見渡しながら宮国さんが促す。

口を挟んだ事から、真っ先に目が合った。


「失礼しました。僕は、中田と言います。元はバイトに明け暮れる大学生でした。ただ…少々うんざりしてた際に、ここで目を覚ましたので、状況が判らず不安ではあるのですが…」


なにを喋ってるんだと恥ずかしさに襲われ頭をかいてしまう。


「まぁ、戻りたくはないんですよね。何て言うか…(どうせ一緒と言うか…)。皆さんどうぞ宜しくお願いします。」


飲み込んだ言葉に自ら苦笑しながらも僕は軽く頭を下げた。


回りをキョロキョロと見渡した後、筋肉のおじさんが続く。


「次はお、…私も良いだろうか?大井です。なんでここにいるのかさっぱりわかりません。気がつけば居た感じです…かね。まだ、ちょっと混乱してるな…ハハ」


愛想笑いをして落ち着こうとして見える。


「これって夢ではないんですよね…フゥー。戻れるのかな…。まぁ、戻りたいかと聞かれたら微妙なんだけどね。ハハ」


印象でしかないが大井さんは人が良さそうだ。

見た目は筋肉オバケなのだが、話した印象にまるで怖さは無かった。


宮国さんが見事な筋肉を見ているのに気がついたのか話を続ける。


「あぁ、あっちではトレーニングジムを経営していて…元々は槍投げの選手をやっていたんですよ。こう見えても少しは記録を残した事もあるんです。ハハハ」


その世界ではひょっとしたら有名だったのかも知れないが、マイナー過ぎて槍投げ選手なんて人生で初めて実物を見たと思ったのは内緒だ。


「全く…なんだかわからないってのは気が滅入りますね。この先、どうなるのかわからないがどうぞよろしく。」


大井さんは愛想笑いを浮かべ話を締めくくった。


"スーッ…"


横で深呼吸をする音が聞こえ、

そこには女の子がスッと姿勢を正している。

袴姿も相まって凛として見える。


「私は、神無月樹理と申します。高校3年、弓道部主将をつとめていました。…先程はご迷惑お掛けしてすみません。」


にこりと宮国さんに会釈した。


「勉強のし過ぎか…自分でも少しおかしく思った時ここで目覚めましたので、なんでここにいるかは謎ですね。ただ、別に戻る事にあまり興味はありません。」


口に指を当て思い出すかのような仕草で彼女は続ける。


「あ…まだ少しボーッとしてるからですかね?なんとなくまだ夢見心地で…。ご迷惑お掛けするかも知れませんが、どうぞ宜しくお願いします。」


本当に、実感が持てないのか…。

後半の表情からは、ふわふわとした空気が彼女を包んで見えた。


どこか浮かない顔の僕らとは違い、

…彼女の顔には微笑みが浮かんでいた。


話し終わりに竹筒を口にしていた宮国さんも、つられて笑みを返す。


「なんとも、素敵なお嬢さんだな…。儂が古いのか…こんなわからぬ状況だと、どうにも不憫に思えてしまいますな。…儂で良ければ微力ながらお力になりましょう。竹筒は水のようで、大丈夫なようです。貴女も良ければ飲むといい、少し落ち着きますよ。」


「はい、ありがとうございます。」


神無月さんは頷き竹筒を飲み…

ふーっと、ひと息つくと、

僕と大井さんにも目を合わせ微笑んで見せた。


全く僕に邪な思いなどないのだが、

女の子の笑顔とは凄いもので。


その場の重い空気は瞬く間に霧散した。




"……ゴト……ゴト…"



こんな状況で誰もパニックで泣き出したりしない事に心からホッとする。

なぜ元の世界に戻れないのかと、我が身の不幸を嘆くように振る舞われても僕には到底『理解したくない』からだ。

きっと面倒だと言わんばかりにその人を避けなければいけなくなる。

ただ誰も…、『帰る事を望まない』なんて、流石に訳有りなのか?と、思わずにはいられない。


僕がそうであるからか、…俄然興味が沸いた。


ひとまず現状をどうにか把握したくて早く馬車が止まって欲しくなる。


…正直、お尻も痛い。



"……ゴト……ゴト…"



竹筒の水を飲みながら

目をそっと向けると…


___外は、まるで絵画のような素晴らしい夕焼けに変わっていた。



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