僕らの10日間異世界戦記

T.ko-den

【1日目】 召喚


強烈な匂いと、ざらついた固い床…。


___緩やに意識が覚醒する。


ユラユラと囲むようにロウソクの灯りが映る…。

体を起こすと、目から飛び込む光景に思わず息が止まる。


灯りの先には夥しい数の人が折り重なり倒れてる…。

回りをそっと見渡すと揺らめく灯りの先に同じような光景が続く…。

見える限り生きてると思えない人が続く…。


___悪夢。


"ふっ…ふっ…"


動悸が激しくなり、思わず荒くなる呼吸がやけにうるさい。


"どれだけの人が倒れているんだ?…

臭い…あ、…まさかこれが血の匂いか。"


『ここはどこで、なんなんだ!』との思いが頭を駆け巡る…。

必死に記憶を探るも整合性を見いだせない。

まるで現実感の持てない状況を、埋め尽くす強烈な匂いが否定する。


___これは現実だ!…と。


不意に下を見ると幾何学模様…魔方陣らしきものがある…なんかの儀式か?


"ビクッ"


不意に人の気配を感じ、息を潜め見渡すと…

甚平姿の白髪まじりな精悍なおじいさん。

Tシャツがはち切れんばかりの筋肉のおじさん。

学生服の男の子。

袴姿の女の子。

それぞれが魔法陣の中、ごく近くでゆっくりと立ち上がってるのが見える。

誰もが恐る恐る見渡しながら、押し黙っている。



「王子!…やりましたぞ!神の使いが参りました!!」


突然、静寂を破る声。

ここが思うより広いのか床や壁の素材か、残響が凄い。

反射的に視線を向ける。


少し離れた先にたぶん黒のフードを被った…数人動く気配を感じる。

同じフードを被った集団が居る。


ロウソクの灯りで見え難いが、夥しい死体のない通路らしき物があるのか…響く靴音が近づいてくる。


"カツン…カツン…カツン…カツン…"



近くまで来て、ようやくいかにも王子と思える格好の男が真ん中に居るのが見えた。

黒のフードを被った者達はいかにも魔術師と言わんばかりの格好だ。

ロウソクの揺らぐ灯りで邪教徒の集会かなにかを想起させる。


「まだ使えるのかわからん…。本当にこんな奇妙な格好の者達が使えるのか?」


王子と呼ばれた男は冷淡に言い放つ。


「きっと、神がこちらの呼び掛けに答え招いた者達…魔人を討ち滅ぼすに違いありますまい!…出なければ者共も報われぬと言うもの…。」


黒いフードのおじいさんは答えるように声を震わす。


"なんなんだよ…いったい…。"


訳の判らない状況で軽いパニックになっていたのか、目の前で繰り広げられる更に訳の判らないやりとりに、急速に頭が冷えるのを感じる。

リバーブの効いた壮大なセリフ回しにより、寒々しさを感じたのもある。

これは、なんの茶番に付き合わされてるんだ?

舌打ちが出そうな程、頭で悪態をついた。

恐怖が限界を越えたのかも知れない。

それを誤魔化す為か脳内の悪態が止まらなかった。


突然、目の前に居た学生服の男の子が声をあらげ口を挟んだ。


「家に帰して下さい!これはなんの冗談ですか!?」


まるで手を上げ意見を述べているようなハキハキとした話し方…なんとも、真面目そうだ。

僕の中で『生徒会長』と呼び名が決まる。

不意に、学生服の後ろ姿にくっきりと蹴られたであろう上履きの足跡が見えた…。


「禁術と言え…神に祈り、討ち果たす者を願い、その方らが現れた。……帰すとは?」


眉間にシワを寄せ王子が問う。


「なにを言ってるのかわかりませんし、家に帰りたいのです!」


生徒会長は苛立ったように答える。


「やはり、じいよ…こんな禁術にすがらねばならなかった時点で…。」


諦めを滲ませ王子は続けた。


「今更言うまい…これ程の犠牲を払った後で忍びないが、使えなければそれも致し方ない。想いは果たす。…私がどうかしていた。」


少し悲しげに王子はこぼし、唇を噛んだ。


「つ、使うとは…なにをさせる気ですか?そ、そんな横暴が許される訳がないッ!」


生徒会長は体を奮わせ、抗議の声をあらげた。


__その刹那…抜剣。


一足飛びに王子は、生徒会長の手を根本から斬り飛ばした。


"ボトッ…"


「許されない?…誰が誰に許しを請えと言っている。」


王子は底冷えする声で苛めた。


…。


"えっ…なに?…"


とっさの事で息が止まる。

理解がまるで追いつかない…。


吹き出す血飛沫に、声もなく袴姿の女の子が身を震わせその場にへたりこむ。


「じぃ…見ての通りだ。期待するだけ無駄だ。」


落胆を隠しもせず王子は呟き、ひとり踵を返すとその場を後にした。


"カツン…カツン…カツン…カツン…"



__静寂が辺りを包む。


生徒会長はずっと視界に居た…。

大量の出血に既に意識は無いのか、叫び声もない。


冗談のような血飛沫…

崩れ落ちる膝…倒れる頭…


うずくまり…痙攣し……血溜まりに沈む。


助けるでもなく…

駆け寄るでもなく…

僕らは声も出さず…


__ただ、茫然と立っていた。


飛び込んでくる強烈なリアルに、頭がショートしたかのように微動だに出来なかった。

誰もが呼吸すら忘れてしまったかのように、ただ静かだった。



「皆様、移動致します。こちらへついてきて下さい。あれは、もう…ダメでしょう。」


沈黙を破るように、黒のフードのおじいさんが告げた。

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