第2話 故意の擦れ違い(私 中学1年生)『希薄な赤い糸・女子編』

 全校集会が終わり、講堂(こうどう)から教室に戻(もど)る途中、あいつを見た。

 講堂と教室棟を繋(つな)ぐ連絡通路の中程(なかほど)で、溜(た)まっている五、六人の1年生男子の中に、あいつがいたけれど、話しに夢中(むちゅう)で、横を通る私に気付いているように見えなかった。

 去年の春の日以来、あいつとは1度も言葉を交(か)わしていない。

(私の爪(つめ)の形を指摘(してき)した、あいつ……)

 あいつの問(と)いは、私の爪へのコンプレックスを強(つよ)めさせた。

 あれから、ぼんやりと自分の爪を眺(なが)めている事が多くなったと思う。

 私のオリジナルな爪を、『四角(しかく)い爪』と表現されたのは初(はじ)めてで、何か新鮮(しんせん)な感じがしたけれど、どこかロボチックで好きじゃない。

(四角い私の爪か……)

 爪を見る度(たび)に耳の奥で、あいつの声が響(ひび)く。

 私に嘘(うそ)を吐(つ)かさせた、あいつ。

 あの頃(ころ)から、私はあいつを意識している。

 今度、話し掛けて来たら話の内容に関(かか)わらず、強い言葉で突(つ)き放(はな)して、みんなの前で見下(みくだ)して遣(や)ろうと思っている。

 音楽の授業の時のようにあいつが、また恥(はじ)を掻(か)くのを見たいのに……、その後は1度も私の近くに来る事は無く、顔も向けて来なくて、私を見ている様子(ようす)は無かった。

 小学校を卒業するまで接する機会(きかい)は無くて、同じ中学校だったがクラスは違(ちが)っていて、あいつに恥を掻かせる為(ため)に模索(もさく)する事も無くなっていた。

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 あいつは去年の夏に1度もプールへ入らなくて、体育の水泳の授業は、いつもプール脇(わき)で見学をしていた。

(夏風邪(なつかぜ)を引いているんだってぇ? 本当は、水が怖(こわ)くて泳(およ)げないんじゃないのぉ?)

 泳げないのなら、プールに入った時にワザとぶつかって遣(や)る。

(水中へ引(ひ)き倒(たお)して、あいつをパニックにさせて遣ろう)

 そう考えてチャンスを狙(ねら)っていたけれど、とうとうあいつは水泳の授業を全(すべ)て見学や欠席で通してしまった。

 中学1年生になった今年も、あいつは仮病(けびょう)を使って水泳をサボっているのに違いない。

(泳ぎも……、歌も……。意気地無(いくじな)しのあいつ……)

 今、不快(ふかい)さを必死で耐(た)えている私は、あいつに当たり散(ち)らしたい気持ちも抑(おさ)えている。

     *

 お腹(なか)が痛(いた)くて頭も痛い、それに気持ちが悪い……。

 寝(ね)ても、覚(さ)めても、身の遣(や)り場の無い症状は全(まった)く良くならなくて、少しでも薄(うす)れさせて気持ちが耐(た)えれるように、薦(すす)められた薬を飲んで痛みと気持ちの悪さを和(やわ)らげた。

 この気持ちの悪い不快感(ふかいかん)は男性に理解されない。

 言葉でも、文字でも、映像でも、疑似(ぎじ)体験するような術(すべ)は無く、実態(じったい)が解(わか)り合える表現に至(いた)っていない。

 故(ゆえ)に生理に悩(なや)んだり、苦しんだりする女性に優(やさ)しくなれる男性は少ない。

(これは男の子達に生理という現象と其(そ)れに伴(ともな)う痛みや不快感や身体(からだ)の不具合(ふぐあい)が、真剣(しんけん)に教育されてい所為(せい)だ。直接セックスと子作(こづく)りに関係する生理現象を曖昧(あいまい)にして隠(かく)そうとする教育界の大人達(おとなたち)の間違(まちが)った倫理観(りんりかん)が原因でしかない。だから生理になった女の子は男子達に揶揄(からか)われてしまうんだ!)

 この生理(せいり)という女性特有の不可解(ふかかい)な生体現象は三(みっ)つ上のお姉(ねえ)ちゃんとお母(かあ)さんから聞かされて、女に生まれて来ただけで負(お)わされる理不尽(りふじん)な不愉快(ふゆかい)さの対処(たいしょ)を教(おそ)わっていたけれど、将来的に生理と妊娠(にんしん)と出産は女性の身体の外で成(な)されるように、医学が進歩してくれるのだろうか?

(エデンの園(その)で善悪(ぜんあく)の知識の木の実を勝手に食べたイブが、神から「出産時の苦しみと夫(おっと)に服従(ふくじゅう)しなければならない」という罰(ばつ)を与(あた)えられたからなの?)

(アダムの罪が「労働(ろうどう)して自分で食料を得(え)る」という成果が有るのに、死に至ったり、障害(しょうがい)が残ったりする不安を伴い、更(さら)に奴隷(どれい)のように服従する重罪は、イブがアダムに食べるように唆(そそのか)したからなの?)

 如何(いか)にも男尊女卑(だんそんじょひ)の時代に作られた固持付(こじつ)けストーリーの神話には、現代に於(お)いてもパンドラの箱の神話と同じように、世界中に周知(しゅうち)した恨(うら)みしか感じない。

 受精(じゅせい)して生命を宿(やど)して子孫を育(はぐく)むのは女性だ!

 男性は受精させるだけの機能しか備(そな)えていなくて、授乳(じゅにゅう)さえもできない。

(なのに罪深(つみぶか)いのは女性だなんて、文明の始(はじ)まりから世界は間違っているじゃない!)

 それに授(さず)かった子供が障害無く五体満足(ごたいまんぞく)で産まれて来て、健(すこ)やかに成人してくれる保障(ほしょう)も無い。

 自分の御腹の中の赤ちゃんが奇形(きけい)や死体だなんて、もう発狂(はっきょう)しそうになるくらいショックな事で、気持ちと体調が回復するまでに長い時間と家族や友人の支(ささ)えが、私だったら必要だと思う。

(ほぼ1ヶ月(1かげつ)周期の生理は出産後も続き、妊娠する度(たび)に産みの激しい痛みと耐え難(がた)い苦しみは繰(く)り返(かえ)され、それは生理が無くなる老齢(ろうれい)まで続くんだ!)

 こんなイライラする暗(くら)く重い不安は、いったい誰(だれ)にぶつけて散らせばいいのよ!

 初潮(しょちょう)は小学5年生の冬に来た。

 11歳だったから、生理が上(あ)がるを60歳と見積(みつ)もれば、49年間も毎月、1週間はブルーになるんだ。

 白いタンポンや下着に沁(し)み込(こ)む血液は鮮(あざ)やかな朱色(しゅいろ)で、誤(あやま)って指先を切った時に出て来る少しくすんだ赤色ではなくて、それだけ女性の身体の根幹(こんかん)からの出血だと理解していたけれど、痛みと鬱(うつ)の不安を何倍にも大きくさせる鮮やか色の出血は、『これで私の人生(じんせい)は終わりかも』と考えて仕舞(しま)い、とても慣(な)れるて達観できるような事では無かった。

 ただ、救いらしきモノが有るとすれば、お姉ちゃん曰(いわ)く、『女の絶頂(ぜっちょう)の快感(かいかん)は男の管(くだ)を通って出る時だけの快感よりも、何十倍の気持ちが良くて、その恍惚(こうこつ)さは気が遠くなるほどって!』そういう事らしい。

 だけど、お姉ちゃんも、私も、経験する相手がいなくて、それを肯定(こうてい)できるのは今のところ、お母さんだけだ。

『パパの反応を見る限り、そうなのでしょうね。その数秒間は、例(たと)えが難(むずか)しい恍惚さで最高だと言っていたわよ。でも、生まれながら男と女と違っていたら、お互いの快感の凄さは体感できないわよねぇ。性転換(せいてんかん)しても快感を得(え)られる皮膚と神経と脳内の域(いき)は同じだし、やっぱり無理だわ』と、教えてくれて、『確(たし)かに、そうだよねぇ』と思っている。

 以後、お父さんの正面で、お父さんの顔を見て話すのが恥ずかしくなってしまった。

 そして暗黙の了解で、ケアをし合う時以外は生理を話題にする事はなくなったが、生理で苦しむ度に『イブとパンドラって、どれだけ宗教的に魔性(ましょう)の魅力(みりょく)が有るんだよ』と考えるようになっていた。

(さあて、私が快感へと導(みちび)かれるのは何時(いつ)の事だろう? その相手は、いったい誰なのだのうなぁ?)

 更に、お母さんは『女の性(さが)が進化するのかしら、貴方達(あなたたち)を生む度に喜(よろこ)びが高まるのよ』と、追加報酬が有るみたいな事を言って、『なるほど、女としてパンドラぽくなって行くんだ』と、恥ずかしさに背中をゾクゾクさせながら感心していた。

(このイライラと痛みと気持ちの悪さは、あいつを蔑(さげす)みの上から目線で見て、拒絶(きょぜつ)と否定(ひてい)の言葉と態度でメゲさせれば、ちょっとは晴(は)らせるかも知れないな……)

     *

 朝、廊下の掲示板に幾(いく)つかの絵が貼(は)り出されていて、その中の1枚が目を引いた。

 モザイク画のようで違う。

 細(こま)かく濃淡(のうたん)に色分けされた翠色(みどりいろ)の中、夏の終わりの光に照(て)らされる学校の三(さん)尖塔(せんとう)が浮(う)き上がるように描(えが)かれていて美しい。

 その計算したような色遣(いろづか)いの絵に、私は暫(しばら)く見惚(みと)れてしまった。

(どんな感性や観察眼や想像力が有れば、こんな絵が描(えが)けるのかな?)

 その作者が気になって、絵の横に金のリボンといっしょに押しピンで留(と)められたネームカードを見るば、あいつの名前が書かれていて、不意に『ドーン』と、背中(せなか)を強烈(きょうれつ)に突き飛(と)ばされたくらいに驚(おどろ)いた。

(……あいつが描いたんだ! あいつに、こんな絵を描ける才能が有るなんて、マジ信じられない……)

 頭ごと脳味噌(のうみそ)がグラグラ揺(ゆ)れた!

 あんな無作法でデリカシーの無い奴が、綺麗(きれい)で繊細(せんさい)な感性を持っていた……。

 いつの間(ま)にか周りに十数人の生徒が集まって来ていて、みんながあいつの絵を見ていた。

 その人垣(ひとがき)の向こうに下足箱(げそくばこ)へ寄り掛かって内履(うちば)きに履(は)き替(か)える、あいつが見えた。

 あいつの絵に見惚(みと)れていたのを悟(さと)られたくない。

 私はそそくさとスキップをして、その場を離(はな)れた。

 教室を二(ふた)つ過ぎて視線を後ろに流すと、掲示板を見る人だかりの横に立ち、私を見ているあいつが視界の隅(すみ)に映(うつ)る。

 視線を戻(もど)し切る直前に、あいつが走り出す姿勢(しせい)へ移るように見えたと思ったら直(す)ぐに、『ダッ、ダダダダッ』と、あいつの駆(か)けて来る慌(あわ)ただしい足音が聞こえて来た。

 背後に追い掛けて来る、あいつの気配を感じて、私はスキップのテンポを速め、自分の教室へは行かずに途中の階段脇に在る女子トイレに隠(かく)れた。

 静かにトイレの個室のドアを閉(し)めるけれど、鍵(かぎ)は掛けず、表の表示は空(あ)きのままにしておく。

 女子トイレの中に人の気配(けはい)はしてしない。

 あいつは中まで入って来ないと思うけれど、便座の上に立って息を殺(ころ)して待つ。

 突然、静まりかえったトイレに水を流す音が大きく聞こえた。

 その水洗の音に、息を顰(ひそ)めて辺りのようす窺(うかが)っていた私は、飛びあがらんばかりに驚いて便座から落ちそうになった。

 ガラガラガラ、ビッ。

 トイレットペーパーが巻き出されて切り取られた音が響き、もう1度、水を流す音が聞こえる。

 続いて衣擦(きぬずれ)れが聞こえ、それから個室の戸が開(あ)く気配と、水道で手を洗う音に、トイレのドアを開ける音が連続して、そして、人が出て行く音がした。

 誰もいないと思っていたのに、先客がいた。

(びっくりしたぁ、これで、ここには私だけ?)

 トイレのドアが開いた時に、あいつの気配がした。

 先客が外へ出るのを躊躇(ためら)ったのか、ドアを閉めるのに少し間が有った。

 あいつは、まだ、私を捜(さが)しているのだろうか?

(まだ、そこにいる! 早く、どこかに行けっちゅうの!)

 今度こそ、あいつが私を捜しにトイレに入って来ると思ったけれど、あいつは捜しに来なかった。

(あいつが、女子トイレに入って来たら、それはそれで、大問題にして遣る!)

 5分ほど経(た)って、辺りを窺いながらトイレから出てみると、あいつは既(すで)にいなくなっていた。

 廊下や階段には登校して来た大勢の生徒達が行き来していて、その中に、あいつの姿は見当たらなかった。

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 正直言って私は、男子が苦手(にがて)だ。

 共通の話題なんて思い付かないし、何をどう話して良いのか分からない。

 金沢市(かなざわし)へ越して来る前に暮らしていた穴水町(あなみずまち)諸橋(もろはし)地域の明千寺(みょうせんじ)地区には、同級生の男子はいなくて、二つ年上の上級生と一(ひと)つ年下の男の子が住んでいて、引っ越した年は、お姉ちゃんが中学2年生に進級する時だったから、地区の小学生は私を含めて三人だけになっていた。

 いつもいっしょに遊んでいるその二人(ふたり)は、私を見付けると、何も覚(おぼ)えが無いのに追い駆けて来て、逃げ出す私に笑いながら蛙(かえる)や蛇(へび)、それに、どうやって捕(つか)まえたか知らないけれど、土竜(もぐら)まで投げ付けて来た。

 遠くから勢(いきお)い良く投げられて、目の前の路面に叩(たた)き付けられるようにドサリと落ちて来た牛蛙(うしがえる)や土竜は、落ちて転(ころ)がった姿勢のままじっと動かずに、ただ、断末魔(だんまつま)にピンと伸ばした手足をヒクつかすだけで、とても可愛(かわい)そうだった。

 そんな嫌(いや)がらせに怖がりもせず、泣きもしない私の態度が面白(おもしろ)くなかったのか、2度ばかり追い付かれて蛭(ひる)と糸ミミズだらけの田んぼに突き倒(たお)された。

 だから、とてもじゃないけれど、遊びには交(まじ)りたくなかった。寧(むし)ろ、いつも構(かま)われたくないから警戒して避(さ)けていたし、逃げていた。

 同じ諸橋地域に居る女子の同級生は、海岸沿いの宇加川(うかがわ)地区に二人、沖波(おきなみ)地区に二人いたけれど、他の前波(まえなみ)地区などには男子も、女子も居なくて、上級生と下級生が数人いるだけだった。

 近くの花園(はなぞの)地区には女子がいなかったし、明千寺地区の小学生の女子は私一人(ひとり)だけだった。

 時々スクールバスを宇加川で降りて同級生と遊んでいたけれど、一人で帰る夕暮れの田んぼの中の道は本当に寂(さび)しくて心細かったのを覚えている。

 それが億劫(おっくう)で、遊ぶと楽しいのだけど、時々しか行かなかった。

 地元の男子とはキャーキャー逃げ回るだけで、まともな会話はしていなかったし、スクールバスやクラスでの纏(まと)まりは、はっきりと男子と女子で分かれていて、クラスメイトの他地区の男子にも、授業以外で面と向かって話した事は無い。

 家に帰ると一人でブラブラするのが多かったけれど、一人で遊ぶのは嫌じゃなかった。

 それに、お婆(ばあ)ちゃんやお姉(ねえ)ちゃんが良く構ってくれたから寂しくもなかった。

 故(ゆえ)に男子には品の無い乱暴者のイメージと、意地悪で酷(ひど)い事をされた思い出しか持っていない。

     *

 小学校では『私を好きだ』という噂(うわさ)を全(まった)く聞かなくて、全然モテなかった私が2学期の中頃に初めて男子から告白された。

 帰り掛けの校舎を出ようとしたところを、私はギュッと腕をいきなり掴(つか)かまれた。

「あっ、痛(いた)い!」

 更(さら)に引っ張られる腕に、グイッと振り向かされた。

(誰? いっつう! ……痛くしないでよ!)

「俺と交際してくれ。お前を好きになった!」

 痛いと顔を顰める私は、突然、腕と肩を痛めてくれる男子から、御付き合いを申し込まれた。。

 小学校が違って名前は知らないけれど、隣のクラスで割と人気(にんき)が有る、ちょっとカッコイイ男子だ。

 照れと緊張と興奮からなのだろうか?

 上擦(うわず)った大きな声で言われた。

 でも、この痛い体制で、その言い方は無い。

(それって、命令調じゃん! ふつう、私に御願いか、伺(うかが)うように言うんじゃないの? いきなり掴んで、肩と腕を痛くしてくれて、ちょっとぉ、先に謝んなさいよ!) 

「いいよな! なぁ! なぁ!」

 強引に自分の都合(つごう)で迫(せま)って、一方的に私の返事まで決め付けてくる。

(隣のクラスの人気者か、何だか、知らないけど、ちょっと頭、おかしいんじゃないの? 不躾で、不作法で、すっごくムカつくじゃん!)

「いやよ! なに勝手なこと言ってんの。あんたなんかに、全然、興味ないから。交際なんてしないよ」

 掴まれた手を振り払った。

「付き合っている奴がいるのか? それとも、好きな奴がいるのか?」

 はっきり断(ことわ)られたくせに、腹立(はらだ)たしいことを訊(き)いてくる。

「そんなの、いないよ! あんたに関係ないじゃん!」

 吐(は)き捨てるように言って、逃げるように小走りで私は家に帰った。

 それから、2学期が終わる年の瀬までに、更に二人の男子から『好きだ』だと告白されたけれど、二人ともリベンジしないように、とても寒くて優(やさ)しい言葉で丁寧(ていねい)にお断りした。

 二人とも素直(すなお)に退(ひ)いてくれたと思う。

 一人は、『お母(かあ)さんと姉さんも、お前が良い子だと思うと言っていた』と、ぞっとする事を言って背中に悪寒(おかん)が駆け抜けた!

 口には出さなかったけれど、2、3歩、後退(あとずさ)りしながら思う。

(勘弁(かんべん)してよね。中学生にもなって、マザコンやシスコンは願い下げ。キモイよ)

 彼らのリベンジは無いけれど、出逢(であ)った時の気不味(きまず)いムードと、再び、

好意をもたれるのが嫌で、見掛けると私の方から避けた。

 フッた男子達に、避ける態度を見せ付けて、如実(にょじつ)に嫌がっているのを分から締(し)めてやる。

     *

 あいつの美術作品は、その後も度々(たびたび)展示されていた。

 銀ピカの鎧(よろい)を纏った黒い犀(さい)……?

(何これ? インパクトは有るけど、ネーミングが変じゃん! どこが、どう戦士なのか分かんないよ。鎧を着ただけで、武器や戦闘傷なんかは無いの)

 おもしろい作風だけど、調子放(こ)いてるみたい。

(真面目(まじめ)に遣ってんの? あいつは!)

 しかし良くできていて、エスニック風? らしき造形は、オブジェとしてリビングのサイドボードの上に置いても可笑(おか)しくないと思う。

 雪の降り積(つ)もる真冬日には、あいつ作の長さ40センチメートルぐらいも有る、デカイくて変てこな頭のサメが展示されていた。

 確(たし)かハンマーヘッドと言う種類のサメだったと思う。

 そのサメが海底を泳ぐ作品で、明るい色遣いから南の珊瑚礁の海らしいと想像できた。

 真(ま)っ青(さお)な空の太陽から降り注(そそ)ぐ熱い陽射(ひざ)しに射貫(いぬ)かれた、透明で温(あたた)かなコバルトブルーやエメラルドブルーの海を泳いでいるハンマーヘッドのイメージなんて、絵画的想像力の乏(とぼ)しい私は寒風吹き荒(すさ)ぶ、この雪臭(ゆきくさ)い季節に浮かばない。

(そのイメージが思い描ける、あいつって、……もしかして、スゴイのかも……)

 真心の想像力も無い私は、少しジェラシーを感じてしまう。

 噂で、あいつが美術部に入籍させられたと聞いた。

(きっと、あの先生が、強引に美術部に入れたのかもね)

 美術部の顧問先生で美術の先生は、あいつのクラスの担任だ。

 将棋の駒を逆(さか)さにしたような角張(かくば)った顔に、ギロっとした目と上がり眉(まゆ)と一文字に結(むす)んだ薄い唇(くちびる)が、意思の強さを知らしめる。

 まるで劇画(げきが)の善でも、悪でも、主人公を導(みちび)く隠(かく)し玉(だま)を持つ脇役(わきやく)の顔付きだが、芸術家らしい早口のキビキビした物言(ものい)いの恐(おそ)ろしげな先生だ。

 授業中に先生と目が合い、怪光線を放つような眼光で見据(みす)えられた時は、その貫(つらぬ)くような鋭(するどい)い視線に透視スキャンされて、心根(こころね)の審判を裁定しているみたいで恐ろしかった。

(あいつは、あんな作品を作っているくらいだから、素質が有ったんだろうなぁ)

 あいつが放課後に、ちゃんと美術室へ行って、美術部員らしく絵や彫刻(ちょうこく)を創作(そうさく)しているなんて想像が付かない。

     *

 見蕩れていた翠(みどり)の三尖塔が、あいつの作品だと知った時に、あいつの美術の才能に負(ま)けないよう、私も頑張(がんば)ろうと思っている。

 小学校の卒業文集に私の夢は、『ピアニストになること』と書いていた。

 お姉ちゃんの友達は、ピアノ教室の先生の指導をそれなりに理解した上で、私に教えてくれていると思う。

 でもそれは、お姉ちゃんの歳での知識と経験と感受性でアレンジした理解だったから、知識と経験値の高い大人の先生のテクニックには、とても及(およ)ばない。

 私はピアノに凄(すご)く惹(ひ)かれていて、生意気(なまいき)にも音の美しさや魅力的な深みを、もっと、もっと知って、今は到底(とうてい)挑戦できそうもない超絶(ちょうぜつ)技巧(ぎこう)まで学(まな)ぼうかと考えていた。

(もっと上手(じょうず)に、いろんな曲を弾(ひ)けるようになって、大勢の人達を、いっぱい感動させたい)

 ピアニストになりたいと、熱くなって行く思いで、お姉ちゃんに相談してみた。、

「いいね。賛成だよ。応援するからね」

 そう言ってくれたお姉ちゃんは、私にピアノのレッスンを受けさすようにと、お父(とう)さんとお母さんにお願いしてくれた。

(お姉ちゃん、ありがとう!)

 レッスンは、お姉ちゃんの友達の薦(すす)めで、通学路の途中に在る金沢市内じゃ名の知れたピアノ教室で習(なら)う事になって、週に3回も通っている。

 お父さんは中古だけど、立派(りっぱ)なアップライトピアノを買ってくれた。

 それにピアノの音が部屋から漏(も)れないように、防音工事もしてくれた。

 今、ピアノのレッスンは私の1番好きで楽しい事。

 だからピアノ教室へ通う為(ため)に部活は参加しないし、レッスンが有っても、無くても、毎日、家で何時間も練習している。

 だけど成績が下がるとピアノ教室を辞(や)める約束だから、学校の勉強は疎(おろそ)かにしてない。

 いつか私は、ピアニストになって6年生の時よりも、びっくりするようなピアノの音色を、あいつに聴(き)かせて、これ以上も無いくらいに目を見開かせて遣りたいと思う。


つづく

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