仕事をしましょう
その日の放課後、校内に残る生徒たちがめいめい部活やら委員会やら課外活動に勤しむかたわら、私は吉根先輩とジンさんに交互に連れられ、校内の五か所にお守りを設置して回った。
いまだに私の異能とやらについては半信半疑だが、もう向こうがその前提で話を進めてるのだから私も「じゃあそうなんだろう」と思うしかない。
そこへいくと、お守りというのは我ながらナイスチョイスだといえよう。例えば、私が刺繍したハンカチがどこかに落ちてたり結びつけられたりしていたら、誰かが捨てたり落とし物として届け出たりするかもしれない。そんなことをしてもゴミ捨て場や職員室が無敵になるだけだ。
だが、こと学校という空間において、おまじないというものは決して少なからぬ価値観を持つ。誰だって校舎内の目立たないところに意味深にお守りがぶら下がっていたら、よほど邪魔な場所にないかぎり手を出そうとは思わないだろう。
どんな思いが、どんな念がそこに込められているか、分かったものではない。
「あとどのくらい作ればいいですかね」
最後の一つを体育倉庫の天窓の下に括り付けた私の問いに、出入り口に立って周囲を見渡していた吉根先輩が答えた。
「どんだけ作ってくれても構わねえが、とりあえず今日はやめとけよ」
「え? 材料ならまだ全然ありますよ?」
「そうじゃねえ。お前、無意識にやってるから気づかねえんだろうけどな、術師が術を使うってのはそれなりに体力を消耗してんだよ。他人の力なんて目で見たって測れねえんだ。お前が自分で管理しろ」
おっと。
それは全く気付かなかった。
いわゆるゲージ管理ですね。ふむふむ。
「先輩。なんだか肩が重い気がするんですが、これが力の使いすぎってやつですか?」
「それはお前の日頃の姿勢が悪いせいだ」
…………そうだとすると、全く体調の変化は感じられないのだが。
もし本当に、気づかないうちに私の中のなにかが消耗しているのだとして、それが体にどういう悪影響を及ぼすというのだろう。
ただ、今まで刺繍をやっていて体に不具合が起きたことなんてない。
私の場合よくアニメやら漫画やら小説やらゲームやらなにやらで徹夜することも珍しくないので、仮に何か体調不良があったとして原因が特定しづらいというのはあるが。
まあ、やらずともよいというならお言葉に甘えさせてもらおう。取りあえず今日のところは撤収だ。
私が揚々と体育倉庫を出ようとした時――。
べこん!
突然倉庫の壁から謎の音がした。
飛び上がった私が吉根先輩に飛びつこうとしたところ、何故か再び顔面を鷲掴みされて止められた。
「落ち着け。ジンさんだよ」
恐る恐る外に出てみれば、倉庫の壁面にしゃがみ込んだジンさんが見慣れない工具を片手にぺたぺたと壁を触っていた。
「壁のへこみが気になったらしいな」
「え?」
壁の、へこみ?
それを今直してるってこと?
なんで?
いや、そりゃ表向きには用務員であるところのジンさんの仕事としては間違っちゃいないのだろうけど……。
「あ、あのぅ。ジンさん。お守りの設置、終わりましたけど」
「…………」
「ええっと、私、もう帰って大丈夫なんですかね」
「…………」
「ジ、ジンさんはまだお仕事していかれるんですか?」
ジンさんの手が止まり、私を振り返った。
映画俳優と言われれば納得してしまいそうな整ったお顔と目が合う。
そして、ひらり、と片手を振られ、それきりまた元の作業に戻ってしまったジンさんに再び話しかける勇気は、私にはなかった。
え……?
今、ひょっとして『用が済んだならさっさと帰れ』って言われた?
「ほら、行くぞ三条。『用が済んだならさっさと帰れこの限界腐女子』だってよ」
「限界腐女子は言ってないですよね!?」
時刻は17時。
夏至を過ぎたばかりの夕空はまだ明るい。
私と吉根先輩は一応手芸部にも顔出しをすることにして、部室へと向かった。
「あの、先輩。昨日は聞きそびれたというか、そこまで考えが及ばなかったんですけど」
「なんだ」
「犯人はなにがしたいんですかね?」
「……それなんだよなぁ」
例の黒い匣に憑りつかれた人間は、感情のエネルギーとやらを吸い取られて昏睡状態になってしまうらしい。
そして、それは恐らく何者かによる人為的な怪異であって、つまりは使用者がいるということだ。だが、こんな閉鎖的な環境で立て続けにそんな事件を起こしては、当然その手の人間からの捜査の手が入るはず。すなわち、今のこの現状だ。
人為的な事件なのだとして、ここまで巧妙に被害者を増やせるのならば、それなりの手練れなのだろう。私のように無自覚に術を使ってそれをばら撒いているわけではないはず。だとしたら、吉根先輩たちのバイト先(仮)のことだって知っていておかしくない。
捜査の手が入ったところで逃げおおせる自信があるのか。
もしくは何か別の目的があるのか。
私だってそれなりにフィクションの世界には造詣がある。こういう時のパターンとしてよくあるのが――。
「わざと目立つ事件を起こして、俺たちを誘い出してる可能性」
「やっぱり、そういうのもあります?」
「前例はある」
ただ、そうなると、そろそろ何か変わった動きが出てきてもおかしくない。
そんなことを考えてしまったのが、よくなかったのか。
部室へと顔を出した私たちを迎え、しばらくは和気藹々といつもの部活動に興じていた部員の一人――一年生の女の子が、おもむろにこんなことを切り出してきたのだ。
「あ、そういえばリコ先輩。エイちゃんから連絡とかないですか?」
「矢杉さん? え、なんもないけど……」
「今日、学校休んでるみたいなんですよ。メッセ送ってるんですけど、既読にもならなくて……」
「え……」
通称エイちゃん。
私が昨日、刺繍入りのペンケースを貸した後輩の女の子だった。
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