強面の先輩

 やんややんや。

 やんややんや。


 その日一日のぱーりーぴーぽーな連中の浮かれようといったらなかった。

 早々にコンちゃんなんてあだ名をつけられた転校生を取り囲み、やれ前の学校の話だのやれ部活の話だのやれ恋人の話だのなんだのと彼を質問攻めにし、その全てに爽やかイケメンスマイルで答えを返す(恋人は募集中だそうだ。そこだけ聞き取れた)転校生をいっそうもてはやし、騒がしいことこの上なかった。


 私?

 私とミーコ、それから数名の闇属性の生徒たちは突如現れた光属性のオーラがもたらすスリップダメージにHPを削られ続け、放課後にはもはやグロッキーだった。

 た、体力を回復せねば。

 這う這うの体で依然として賑わしい放課後の教室から逃げ出し、ミーコは漫研へ、私は手芸部へ、それぞれのホームへと帰巣したのだった。


「おっつぁれさぁれーす(お疲れ様でーす)」


 私が部室に辿り着いた時には、部員の数は半分ほどであった。

 この学校の手芸部もまた、その緩さには自信がある。出席率は平均六割で、私自身バイトにかまけてよくサボる。

 では何故今日は出席したかと言えば、すり減らされたHPを回復させてくれる癒しの存在を求めてのことであった。


「よお三条。久しぶりだな。もうちょい顔出せ、お前は」


 フェルト生地と毛糸玉に塗れた牧歌的な手芸の部室にあって、世界観を崩壊させかねない野太い声が私を呼んだ。


 身長182センチっ

 体重うっすらと脂肪を残し85キロっ

 ワックスでぴっちりと固められたツーブロックの茶髪っ

 エッジの効いた二の腕のラインっ。

 切れ長の瞳から鋭い眼光を放つこの男っ。


 手芸部三年、吉根よしねあかりだ~~!!


「あ、お疲れ様でーす」

 私は努めて平静を装い、吉根先輩の真向かいの席に鞄を置いた。

 そんな私に、そのへんのメスブタどもなら視線だけで三回は昇天させられそうな目つき(デフォルト)の先輩が気さくな調子で声をかける。


「どうした? 顔色悪くねえか、三条」


 聞いた?

 ねえ、聞いた?

 この人、こんな凶悪な見た目してるくせに普通に優しいのだ。

 ちなみに今の彼の手元にはとっても可愛いニードルフェルトの狐が丸まっているのだ。


 初めて手芸部の部室で吉根先輩を見たときには、(あ。この部活はこのヤンキーに占拠されてるんだ。きっと後から仲間のヤンキーたちが集まってタバコとかヤクとか吸いだすんだ。お前も共犯者な、とか言われて私も吸わされるんだ。みんなそうやって脅されて仕方なく部室を提供してるんだ。きっと私の貞操も遊び半分でこの人に散らされるんだ)と0.1秒でそこまで想像させられ涙目になった私だったが、諸先輩方が必死に私を宥め、彼の無害を保証してくれた。それどころか――。


「パン屋だっけか。バイト頑張り過ぎなんじゃねえのか? 今度の文化祭の展示、お前の刺繍の腕もあてにしてんだからな」


 え……?

 私の事、よく見てくれてる……。

 この人、ひょっとして私のこと好きなのでは……?


 なーんて勘違いをしてしまわぬよう、厳重に注意されているのだ。

 この人ねー。基本みんなにこんな感じだからね。吉根先輩のあだ名、『オタクに優しいギャル』は伊達じゃない。

 それでも、たまにこうやって乙女ゲーの主人公感を味わいたくて、私はこの手芸部に顔を出しているわけだ(超不純)。


「大丈夫です~。ただちょっと、今日来た転校生が眩しすぎて心にダメージをですね」

「転校生?」

「すっげえイケメンだったんですよ。なんかもう目の毒っていうかなんていうか。クラス中大騒ぎで雰囲気に疲れちゃって」

「…………ちっ。あの野郎目立つなっつったろうが」

「先輩?」

「ん。ああ、なんでもねえよ」

「あ。もちろん先輩の方がカッコいいですよ。嫉妬しないでくださいね」

「あ゛あ゛?」


 ぐえぇ~。

 その低音凄み声。体の芯に響きます~。はぁ~癒される~。


「いや、リコちゃんも大概ヤバいからね?」


 そんな女子の先輩のお言葉を聞き流しつつ、私はその日の最終下校までせっせと刺繍に勤しんだ。


 

 そして、日も沈みかかり、校舎全体を橙色の光が染め上げる頃、私はすっかり暗くなった校内をぺたぺたと歩いていた。

 部活は切り上げになったのだが、教室に忘れ物をしたことに気づいたのだ。

 吹奏楽部の演奏も聞こえなくなり、どこか遠くの方で聞こえる生徒たちの声が、わずかに空気にしみ込んで聞こえるような、誰もいない廊下。


 そういえば。

 最近校舎内で奇妙な噂話が囁かれているのを思い出した。


 曰く、誰もいない校舎に現れる人魂。


 部活や委員会活動を終えた生徒たちが、もう何人もその怪異を目撃しているのだとか。

 うわぁ。そういう怪談話、ホントにあるんだぁ、なんて思って適当に聞いていただけだったのだけど、いざ自分が一人で誰もいない廊下を歩いていると、にわかに恐怖心が込み上げてくる。


 あ、なんか赤い光が…………なんだ非常ボタンのランプか。

 あ、なんか白い光が点滅して…………なんだ切れかかった蛍光灯か。


 ああ、こんなことなら見栄を張らずに誰かについてきてもらえばよかった……。

 無駄に緊張しながら教室へと戻り、自分のロッカーからミーコに借りた同人誌(全年齢向け)を回収すると、私は再びぺたぺたと昇降口へ歩みを進めた。


 そこで、黒づくめの男に出くわした。

 生徒でも、教員でもない。薄汚れた上下黒のつなぎを着た中年の男。

 今にも没しそうな夕日に照らされて、長く伸びた男の影が私に重なる。




 その男の手に、鈍く光る刃が握られていた。

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