「井の中の蛙、宇宙を知らず」

蛙鮫

「井の中の蛙、宇宙を知らず」


 広大な闇の中、アマガエルの雄が一匹。無機質な物体の窓から青く美しい星を眺めていた。


 数日前、轟音とともにこの空間に投げ出された。二足歩行の物好きに連れてこられたのだ。


 この物好き達は彼以外にもこれまで、犬、猿、猫、鯉なども連れて来たことがある。


 彼は今、自身の故郷を見下ろしている。彼自身、空の向こうはどうなっているのか考えたことはあったが、そう思うだけで別段、行きたいとは思ったことがなかった。


 しかし、まさか自分が行くことになるとは予想していなかった。こうして故郷の星を見下ろしていると自分が神になったような錯覚に陥った。


 そんな傲慢な思考に至る程、ここから見る景色は壮観だったのだ。ここには自分を脅かす天敵はいない。


 物好き達も自身に利用価値があるという事でここに連れてきているのだ。餌も定期的に与えられる。


 故郷という巨大な塀を抜け出した彼は、新しい次元の扉を開いたのだ。今の彼は生態系という括りから解放されたのと同義である。


「これが自由」

 彼は静かに悟った。すると物好き達がゆっくりと移動して辺りが静かになっていた。どうやら物好きが就寝に入るようだ。

 

 辺りは一気に暗闇に包まれて、彼の故郷が一層、輝いて見えた。自分が住んでいる星がここまで美しいものだとは思いもしなかった。


 そして、この世界がいかに広く、自分が住んでいた場所がいかに狭いか理解した。


 この世界が闇夜のように漆黒に包まれている事は彼にとっては驚きの一つだったのだ。


 故郷の星を見るたびに引き込まれるような、吸い込まれるような今まで感じた事ないような不思議な感覚に陥った。


 今まで見た何よりも美しかった。この暗い闇の果てにも美しく素晴らしいものが存在するのだろうか? 


 そんな素朴な疑問が彼の中で浮かんだ。しかし、そんな事を思いながら、闇を眺めていても一向に何も見えない。


 無限に続く闇を眺めていると、急に睡魔が襲ってきた。五感が途切れるのを感じながら、静かに眠りについた。



 目を覚ますと物好き達は外の方を一斉に眺めていた。彼らの視線の先を追うとそこには白く丸い巨大な物体が存在していた。


 故郷ほどではないが、それでもかなりの大きさだ。物好き達が口の開閉を繰り返し、意思疎通を行なった。


 内容は理解できない。おそらく目の前の物体についての事だろうと彼は予想した。

 

 数分後、大きな音を立て、巨大な物体の動きが止まった。おそらくさっき見た巨大な物体に着陸したのだ。


 外の方を見ると真っ白い荒原が広がっていた。草木が一本も生えておらず、まるで大地が死んでいるようだった。


「これはまさか」

 彼は故郷にいる際、夜空に浮かぶ巨大な白い物体を思い出した。


「そうか、これが」


 白い姿をした物好き達がふわふわと浮きながら、未知の大地を堪能していた。


「なっ、なんだ。何が起こっているんだ」

 彼にとってその光景はなんとも見慣れないものだった、普通、跳ねればすぐに地面に足がつくのに、それが異様に遅いのだ。


 見た事もない目を疑うような光景に彼は思わずケージに張り付いて、外の景色を見た。


 自分の故郷ではありえない光景だ。飛んでいる鳥とは違い、浮いているのだ。


 跳ねて見たいと思ったが彼はケージの中でしかその優雅な光景を見ることができない。


 今まで物好き達の言動は理解できないものが多かったが、今回ばかりは共感できた。


 未知の状況を楽しむ。これが出来たからこそ彼は故郷を離れて、遥々この場所まで来ることが可能になったのだと彼は察した。


 それから物好き達が戻ってきて和気藹々としていた。彼もケージの中ではしゃいでいた。感動を体で表現せずにはいられなかったのだ。


 そこからさらに物好き達が移動を始めた。静かな時間が流れていたが彼は内心、楽しみだった。一体何がお目にかかれるのか期待に胸を膨らませていたのだ。


 すると先ほどまで暗かった外の光景がやけに明るくなった。ゆっくりと視線を向けるとその正体がわかった。


  故郷より遥かに巨大な物体が真っ赤に光っていたのだ。全体的に炎のようにメラメラとしており、輝いている。


 その圧倒的な大きさと光景に彼は度肝が抜けそうになった。物好き達も森の獣達のように騒ぎ始めた。


 彼は感づいた。これは自分が故郷で空を眺めた時にある光っている物。自分は今、それを信じられない距離で見ているのだ。


 彼はそのメラメラとした物体のように胸が熱くなった。世界はあまりにも広い。そして壮大であるとこの短時間に思い知ったのだった。





 数日後、物好き達が動かす無機質な物体が故郷に着陸した。ようやく帰ってきた。彼は胸にしみわたる安心感とともに宇宙に対する名残惜しさも覚えていた。


 それからは夜になると定期的に星空を眺めるようになった。自分はこの前ここにいた。あそこにいたなど自分の中で模索するのが楽しかったからだ。


「また行きたいな」

 彼は小さな胸の中で静かに願った。

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「井の中の蛙、宇宙を知らず」 蛙鮫 @Imori1998

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