第2話 シーグラスのヘアゴム
あぁ……毎日、息が苦しいな。
好きな人にはきっと、想いは届かない。
就活だって、終わりがないし。
お兄ちゃんは、県職員になった。
お姉ちゃんは、地元の上場企業。
私だけ、決まらない……。
二人は、頭、いいから。
私、十歳の頃、海に落っこちて、岩で頭を打ったから。 だから、ばかなんだ。 じわっと、涙が出てくる。
長すぎる就活。 食欲なくて、リクルートスーツ、ゆるくなっちゃった。
もう、秋なのに。 周りの子達はとっくに就職決まったり、親から「就職しなくていいよ」って、言われてるのに……。
色んなことがものすごく嫌になって、車で海に来た。
子供の頃、家族で来た海。 小さな、狭いビーチ。 私はリクルートスーツのまま岩場に座って、ぼーっと海を見る。
「こんにちは」
「わっ」
海の中から、女の子に話しかけられる。 地元の小学生かな。 わお、胸、出てますけど……。
「えへへ……。 これ、おぼえてる?」
「な、何。 この辺の子? こんな所で泳いで、ここ、禁止だよ。 それに、寒いでしょ」
女の子は、くすくす笑う。
「きんしだよ。 おもしろい。 きんしだよ。 まえもいってたね」
「お、面白い? 前? 誰かと、間違えてるかな。 お友達とか、お父さんお母さん、近くにいるの?」
女の子は、首をかしげる。
「ひとりだよ。 おともだち、あなた」
「お友達……」
すぐに、お友達って言っちゃうタイプの子なのかもしれない。 小・中学生くらいに見えるけど、見た目より、だいぶん幼い雰囲気で喋る。
「これ、おともだちでしょ」
手首に付けた、ビーズのブレスレットを見せてくる。 子供が手作りでやりそうな、ちゃちなビーズ。 魚、イルカ、貝殻、お星様、ハート……。 自慢気だ。
「それ、こうかんでしょ」
女の子は、私の携帯電話のストラップを指差す。 子供の頃、気に入っていたヘアゴム。 丸っこい、プラスチックじゃない、色とりどりのきらきらがついている。 ガラスかな。 どこで買ってもらったのか全然覚えてなかったけど、すごく気に入っていた。
「交換? 交換したいの?」
女の子は、首をぶんぶん振る。
「こうかんでしょ。 あなたがあげたから、わたしが、あげたでしょ」
「私が、あげたの? だから、あなたが、このきらきらをくれたって事?」
嬉しそうに、頷く。
「おともだち、まってたの」
女の子は、続ける。
「おともだち、わたしがおいでっていったら、おちちゃったでしょ。 あたま、ごっちんして……」
「頭、ごっちんして」
十歳の頃、海で。 岩場に、頭をぶつけて。
「ごめんなさいが、したくて。 まってたの」
「待って……。 十二年も、前だよ。 あなたは……」
ぱしゃん、と水音がする。 女の子の……尾びれが見えた。
「ごめんなさいって、したかったの。 あと、すごいのくれて、ありがとうって」
私はリクルートスーツのまま、岩場を降りる。 携帯電話を握りしめて。 女の子は、ぱちぱちと拍手する。
「おりるの、じょうずになったね」
何でか、涙が出てくる。
「上手になった……? ふふ。 ありがとう」
「あのね、まってたの。 あたまごっちんして、いたかったね。 ごめんね。 こうかん、ありがとう。 これ、たからものなの」
宝物……? この、ビーズのブレスレットが?
女の子は、私のパンプスを撫でる。 5センチヒール、すり減って、歩くとカツカツ鳴ってしまう、黒のパンプス。
「おもしろいね」
「あなたの尾びれは、素敵だよ」
二人で、ふふっと笑う。
「ね、ずうっと、待っててくれたの?」
女の子はまた、頷く。
「おともだち、あいたかったの。 また、おはなししたかった。 あなたは、ちのにおい、にくのにおい、かなしいにおいがしない……」
血の匂い、肉の匂い? 何だろう。
あ、もしかして。
「私、お魚、食べたことない。 だからかな?」
自己満足だし、何の意味もないって分かってる。 だけどお魚食べるのは、昔から、なぜだかかわいそうで。
女の子は、にこにこになって頷く。
「おともだちも、きっとにんぎょなんだよ。 いっしょだね」
「ふふ。 一緒だね」
暗くなるまで、二人で話した。 かわいい女の子の、人魚と。
「あーあ、帰りたくないな。 どうせ就職、決まんないし。 好きな子は、女の子だし。 どうせ、幸せになんかなれないんだ」
彼女は、私のスカートを引っ張る。
「なれるよ」
「なれないよ。 私、向いてない。 この世に」
こんな事言っても、しょうがないのに。 帰るのが、本当にいやだ……。
涙が、ぼろぼろ出てくる。
「じゃあ、にんぎょになろ。 わたしと、いこ」
「……ふふ。 そしたら、毎日楽しいね」
小さい子に、気を遣われて。 恥ずかしい。
彼女は私の頬に、キスをする。 涙を、舐める。
「なれるよ。 まず、おさかな、たべたことないでしょ。 それに、なみだが、うみのあじ。 おともだちは、だから、にんぎょです」
「何それ……。 涙は皆んな、しょっぱいんだよ」
彼女は、私のリクルートスーツのラペルを引っ張る。 私はそのまま、海に落ちる。
「おともだちは、にんぎょです」
「もう、人魚でいいや。 一緒に、いってみようかな」
手を引かれて、海の中へ、潜っていく。
目が覚めたら、そこに、彼女がいた。
「ほらね。 にんぎょだよ」
信じられない。 私の下半身、おへそは……ある。 腰骨の下から、お魚みたいになっている。 上半身は、ブラウスとジャケットを着たまま(そんな人魚、フィクションでも見たことはない……)。
「ふふ……。 人魚だ。 すてき」
「うみは、おもしろいよ。 うみのそこ、きらきらがらす、おちてるから。 いっしょにさがそう。 いっしょなら、たくさんみつけられる」
彼女は、私の手をぎゅっと握る。
「にんぎょは、おもしろいけど、さみしかったよ。 ママがしんだら、ひとりぼっち。 おともだち、ずうっとまってたよ」
私の胸元に、すりすりする。 ずうっと、待ってたの? 就活、どこからも必要とされなくて、女の子が好きって、誰にも言えなかった私を?
「ねえ、人魚さん。 お名前、何ていうの? 私は、
「ゆーみ。 にんぎょのなまえは、かわいこちゃんだよ。 ママは、そうよんでたよ」
かわい子ちゃん。 彼女のママは、とってもとっても、可愛がってたんだ。
「ふふ。 じゃあ、長いから、かこちゃん。 かこちゃんって、呼ぼうかな」
「かこちゃん? かこちゃん! かわいい、かわいい」
かこちゃんは、私の周りをくるくる回る。
「これ、たからもの」
また、ブレスレットを見せてくれる。 もう色褪せた、プラスチックのビーズ。
「ゆーみのたからもの」
私の携帯電話。 ストラップにした、きらきらのヘアゴム。 一緒に海の底へ、持ってきてくれたんだ。
「ゆーみは、かこちゃんの、あたらしいたからもの」
かこちゃんはそう言って、私に抱き付く。
「かこちゃんは、夕海の、新しい宝物」
私も、ぎゅっとする。
暗い海の底は、暑くもなく、寒くもない。 お腹も空いてるのか、分からない。 私が生きているのか、死んでいるのかも。
だけど、心は満たされてる。
就活、八十社も落ちて。 生きてる価値ないって、言われてるみたいだった。
好きな子には、好きって言えなくて。 だって、女の子が好きだなんて、言えない。 困らせたくない。
かこちゃんは、待っててくれた。 十二年も、私を。
かこちゃんが見つけた、宝物。 私が、宝物。
その宝物を、私だって大切にする。 これから、ここで。
ビーズとシーグラス 下野 みかも @3kamoshitano
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