第87話 心が生まれた時
水の蜂がこの地に降り立ってから、蜂たちは水を生み出して、他の生命たちに分け与え続けた。そして、魂と体が成熟した頃に自ら命を終わらせて、女王蜂の元へと還っていった。
女王蜂は同胞たちの
そうやって彼女たちは、使命のために存在し続けてきた。
心のない彼女たちにとって、そこに善も悪も悲しみも怒りもない。水の蜂は元々水の神によって、そういう存在として生み出されたのだから。
水の蜂が生まれて、何百年も経った頃。
変化をもたらしてしまったのは、この地にいた『人』であった。
水の神が『蜂』の外見の元とした種族。自分たちと同じ姿、形をしている存在に、人が興味を持つのは必然であった。
蜂たちも自分たちにはない『心』を持った人に興味を持ち始め、やがてその交流は蜂にも心を生み出した。中には人と心を通わせ、愛し合う者も現れた。
しかしそれは、神の使者として生きる存在には、不要なものでしかなかったのである。
自ら命を終わらせる瞬間、ある一匹の蜂が涙を流してこう言った。
『もっと生きたい』と。
そんなことがあったある日のこと。女王蜂は全ての蜂を一ヶ所に集めて、こう言った。
『これから、あなたたちは自由に生きなさい。人と心を通わせるのもよし、授けられた本来の生を全うするもよし。あなたたちの代わりに、
それから女王蜂は、たった一人で『力』を集めた。水を生み、他の生命を助けながら国中を巡り、やがて自ら命を終わらせ、次代の女王蜂へ力と記憶を引き継ぐ。そうして何百匹という同胞の代わりに、少しずつ少しずつ力を溜めていった。
孤独で途方もない旅だった。
何百年という時間が過ぎて、あと少しで雨を降らせることができる。そんな時に、ある男が彼女の前に現れ、膝を折って首を垂れた。
『私はこの国の王です。偉大なる女王蜂様。あなたが姿を隠してから、愚かにも我が民は水を求めて争い続け、人も大地も疲弊しきっています。私はこの国を生まれ変わらせたいと思っています。しかし、争いを止めるための力も、国を立ち直らせるだけの水もない。女王蜂様。もう一度我々に水を与えては下さいませんか? 今度は決して水を無駄にしないと誓います。この代わり、あなた様のお身体は我が王宮に匿い、安全に大切にお守りいたしましょう』
国の現状に絶望しつつも、女王蜂は慈悲深い心を持っていた。涙を流しながら懇願する王の言葉に頷くと、ためていた力のいくらかを犠牲にしつつ、国の何ヶ所かに大きなオアシスを創った。
そして、疲れ切った女王蜂はその命を終わらせると、次代の女王の繭を王に託した。
『一時の水を与えるならまだしも、オアシスを生み出すとなると、たくわえていた力の一部を使わなければならなかった。けれど、この私の残りの命と、王宮でもう何度かの私を使えば、今度こそ国に雨を降らせることができる。やっと、その時がくる』
そう思っていたのに。
まさか、目覚める時を待っている自分の『力』を使い、人間が自らの欲のまま、水を生み出し続けていたなど思いもしなかったのである。
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